俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章15 風ニ薫ル ⑥

 希咲が泣いて逃げ出し、弥堂がマキさんに引き摺られて行った少し後――

 

 

 パパ活広場の騒ぎを見ている少女が居た。

 

 

 ピンク色のフリルブラウス、レースアップされたハイウェストの黒いプリーツスカート。

 

 地雷“風”な量産型ファッションのマキさんとは違って、こちらは典型的で本格的な地雷系女子だ。

 

 そして彼女は、弥堂と希咲が待ち合わせをしていた時間よりももっと早い朝に、アレックスにナンパをされていた少女である。

 

 

 空へ向けて噴き上がる壊れた噴水を、広場の外で棒付きキャンディを舐めつつ無気力そうな瞳で見つめている。

 

 

「――おいッ! “マッド・マイン”……ッ!」

 

 

 すると背後から少女へ向かってそう呼びかける者が現れた。

 

 少女は緩慢な仕草で振り返る。

 

 そこに居たのは――

 

 

 パーカージャンパーのフードを被り、首から軍用の暗視ゴーグルのような物を提げた背の高くない少年。

 

 彼は10日ほど前の4月23日に新美景駅南口の路地裏にて、弥堂と揉めた不良グループの中に居た少年だ。

 

 

 あの一帯を牛耳る“R.E.D(レッド) SKULLS(スカルズ)”を構成する4つのチームの内の一つ、“皇帝(エンペラー)”のリーダーである来栖 大和(くるす やまと)だった。

 

 

 “マッド・マイン”と呼ばれた少女は気怠そうに口からキャンディを離した。

 

 

「なに? ヤマト」

 

 

 その態度にヤマトは苛立ちを隠さずに捲し立てる。

 

 

「『なに?』じゃねェんだよッ! オマエこそこんなとこでボーっと突っ立ってなにやってんだ⁉ あの外人どもは見つかっ――って、な、なんだこりゃあ……?」

 

 

 捲し立てようとしたが、喋っている途中で壊れた噴水に気が付きギョッとした。

 

 

「オ、オマエ、まさかここであの外人どもとヤリあったんじゃあねェよな……?」

「ちがうよ。ワタシじゃない。全然関係ない人たちのケンカ」

 

「あぁ……、まぁ、この街ならあり得るか」

「そーそー」

 

 

 怒って、驚き、納得をする。

 

 そんな落ち着きのないヤマトと対照的に少女はどうでもよさそうに抑揚のない相槌を打った。

 

 気を落ち着けて、ヤマトは本題を仕切り直す。

 

 

「だったら、こんなモン見物してないでさっさと仕事しろよ、“マッド・マイン”。このまま見失ったりしたら、オレらが文句言われるぜ?」

 

「それはわかってるけどさー、ヤマト。その呼び方やめてくんない? 外でこれはハズイんだけど……」

 

「つーか、むしろ外ではこう呼び合えって決まっただろ? オマエこそ本名でオレを呼ぶなよな」

 

 

 この会話が誰かに聴かれていないかと周囲へ目を配らせてから、ヤマトは胡乱な瞳になる。

 

 

「だってさー、全然カワイくないじゃん? なんか厨二まる出しでイタイしダサイし」

「じゃあどう呼べばいいんだよ?」

 

由彩(ゆあ)でいいじゃん。名前知ってんだし」

「……オレ、年上の女子を名前で呼ぶ方がハズイんだけど……」

 

「ダサ。中坊まる出し」

「うるせェなッ! つっても、身バレしたらオレら色々マズイだろ……⁉」

 

 

 ムキになって言い返してくる中学生男子に、少女も眉間を歪めた。

 

 

「ナンバーで呼ぶって案もあったじゃん。あっちの方がマシだったのに……」

 

 

 少し拗ねたように言う彼女にヤマトは嘆息しつつ答える。

 

 

「だから。順位(ナンバー)は割としょっちゅう変わっちまうし、そもそも欠番もあるから。それで呼び合ったら頻繁に名前覚え直すことになって面倒だからって、そういう結論になったろ? ちゃんと覚えとけよ」

 

「なにその言い方。ナマイキ。ワタシはNO.9だぞ?」

 

「オレ、NO.6なんだけど……」

 

「うるさい中坊」

 

 

 どこか捉えどころのない彼女にヤマトは反論を堪え、代わりにもう一度溜め息を吐いた。

 

 しかし、少女の愚痴は止まらない。

 

 

「つーかさ、16も揃えようとするから人数足りないんじゃん」

「組織的にその数字に意味があるって設定なんだから仕方ねェだろ」

 

「でもさー。そのせいで結局全然足りなくってザコいのまで無理矢理ナンバーにしてるからさー、実質半分くらいしか機能してないじゃん。どうせウチらってビジネス宗教なんでしょ?」

「……オマエそれ内部で絶対言うなよ? 最初はそうだったはずだけど、最近はガチなヤツ増えてきてヤベェんだよ。目ん玉ガンギマリでキショいし、カルト怖ェよ……」

 

「アンタの方がヤバイこと言ってない?」

 

 

 ブルルっと震える中学生男子にジト目を向けて、キャンディに舌を伸ばした。

 

 

「てゆーか、そんなこと言ってるワリに、アンタなんで必死にランク上げてんの?」

「身の安全を確保してェんだよ。どうせオレらはもう抜けのるはムリだ。だったら幹部まで上がって、こうやって現場でヤベェことしないで済むようにしたいんだよ……」

 

「へー、タイヘンだね」

「オマエだって他人事じゃねェだろ? 9位まで上げてるんだしよ」

 

 

 少女はまたキャンディを口から離して、ヤマトの問いに答える。

 

 

「ワタシはアンタみたいに他のナンバーにケンカ売ってランク上げしたワケじゃないし。営業成績?って言うの? お金くれるからヤッてただけなのに、そっちで評価されちゃっただけ」

「……でも、高いに越したことはねェだろ?」

 

「ワタシはもうここらでいいかなー。能力の実力より高く評価されてセキニンとか負いたくないし。バトルもカンベンだし。推しサマに課金出来るお金貰えたらそれで満足」

「オマエ、ホストとかコンカフェとかホドホドにしとけよ? アレってほとんど――」

 

「――そうなんだよねぇー。ウチらの下部組織なんだよねぇ。知りたくなかったなぁ……。そのせいでどうしても“下”に見ちゃうから前みたいに推せなくてゲキサガリ。でもー、どうせ最推しは元々ベツだし、いいんだけどー。でもー、最推しは課金するトコロがないからかなしー」

「……そうかよ」

 

 

 将来的なことを考えての立ち回りについて話す自分とはまるで価値観が違うと、ヤマトは呆れる。

 

 それ以上はもう同じ話題を続けることをやめた。

 

 

「あ、そうだー。名前“マイン”だけでよくない? マインちゃんとかカワイーでしょ?」

「……なんか地下アイドルとかに居そうだな」

 

「えー? アンタそういうの好きなの? そういやなんかオタクっぽいって思ってたんだよねー」

「ち、ちげェよ……ッ! って――電話か……?」

 

 

 強く否定しようとすると、そのタイミングでヤマトのスマホに着信が入る。

 

 

 彼が電話に出ると、少女はどうでもよさそうにキャンディに舌を当てた。

 

 ヤマトの通話はすぐに終わり、彼は目に剣呑な色をこめ直す。

 

 

「オイ、見つかったってよ。あの外人ども」

「へー」

 

「駅ビルの映画館だ。急ぐぞ」

「しゃーなしだねー。仕事するかー。よし、おねーさんに着いて来い“ロード・ディスコーダー”」

 

 

 少女が冗談めかした口調でヤマトにそう呼びかけると、彼は微妙な表情になった。

 

 

「……ワリ、やっぱそれ死ぬほどハズイわ。フツーに名前で呼び合おうぜ」

 

 

 少女はスッとジト目になる。

 

 

「じゃあ、呼んでみ?」

 

「行くぞ、由彩」

 

「は? 桃川さんだろ? 中坊」

 

「ンだよそれッ! もういい! オレは先に行く……!」

 

 

 揶揄われたことに気付き、ヤマトは華奢な肩を精一杯怒らせながら駅の方へ歩いて行ってしまった。

 

 

「ふ。中坊かわい」

 

 

 そんな彼に聴こえないように薄く笑ってから、外していた黒いマスクを着け直して少女も彼の後に続く。

 

 だが、数歩進むと彼女は足を止めて、もう一度噴水の方へ振り返った。

 

 

 

「……なんで、希咲と弥堂が……? あいつら付き合ってんの……?」

 

 

 

 コミカルな爆弾が描かれたマスクの下でボソっと呟き、少女は――

 

 

 

 ――美景台学園2年B組 出席番号24番 桃川 由彩(ももかわ ゆあ)は目を細める。

 

 

 バッグから手探りでスマホを撮りだし画面を点灯させた。

 

 

「……ってことは、これってもしかしてチャンス?」

 

 

 目線を下げて、待ち受けの写真を見つめる。

 

 その人物を映すだけで、露出した目尻がでろんっと下がり、マスクで隠された口はだらしなく半開きになった。 

 

 

 彼は画面の中からこちらに向かって微笑む。

 

 でも決して画面の中の彼の目に彼女が映ることはない。

 

 毎日彼を見つめる彼女を、彼が見つめ返すことは永遠にない。

 

 そんな、画面の中の推しに向かって話しかける。

 

 

「あはぁ……、聖人(まさと)きゅんっ……」

 

 

 蕩けた笑みを浮かべると、歪んだ涙袋が一層艶めいた。

 

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