俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章16 5月3日 ①

 気が付いたら――

 

 

 パッと――

 

 

 視界に街並みが広がる。

 

 

 晴れた空の下、それなりの人波があり、それなりの笑顔と活気がそこには在る。

 

 

 気が付いたらというよりも、俺という意識が突然その光景の中に発生したような感覚だ。

 

 

 なぜならば、これは夢だからだ――

 

 

 

 今俺の眼に映る――意識が認識しているこの風景は、昼間に希咲と一緒に歩いた街の様子と似ていると言ってもいいのかもしれない。

 

 だからきっと、その体験によって記憶が揺り動かされ、過去の経験と紐づき、こうして夢の中で蘇ったのだろう。

 

 

 はっきりと夢だと断言出来る根拠はある。

 

 

 視界に広がるこの街は、昼間に見た美景の街とはまるで違う。

 

 似ているのは雰囲気だけで、その雰囲気も見れば見る程に俺の感じる類似性が薄まっていく。

 

 

 舗装などされていない土の地面。

 

 建物も土壁が殆どで、綺麗に並んで建っていたりはしない。

 

 目に映る人々の中に日本人など一人も居ない。

 

 そしてさらに決定的な証拠となるモノがある。

 

 

 俺の視界の中央、視線が向いている先に居る人物。

 

 この世界の中心。

 

 

 少しくすんだ金髪。

 

 そこから飛び出る長い耳。

 

 エルフの特徴。

 

 

 エルフィーネが居る。

 

 

 彼女が居ることで二つの意味で非現実が証明される。

 

 この街並みは異世界のモノで。

 

 そして彼女はもう死んでいる。

 

 

 だから、この映像は俺の過去の記憶が夢の中で再生されているだけのモノなのだ。

 

 そして、この日が、その記憶の中のどの日の出来事なのかも、もうわかっている。

 

 きっと、希咲とのデートもどきのような時間が、この記憶に触れたのだろう。

 

 

 

 ここはあの世界の教会の総本山たる聖都の下町だ。

 

 

 エルフィーネは普段城や屋敷の中で過ごす時はメイドの恰好をしていて、外に出る時はシスターの恰好をしそれ用の頭巾を被っている。

 

 教会の暗部で働く者はそうする者が多い。

 

 ウィンプルで顔を隠すのだ。

 

 しかし、エルフィの場合はそれだけが理由ではない。

 

 

 擦れ違う者、俺たちに追い抜かれる者――

 

 彼女の姿を目にした者たちは皆彼女に視線を奪われ、一瞬その美しさに呆けた後に、遅れて義務的に表情を歪める。

 

 彼女の長い耳のせいだ。

 

 

 この世界ではエルフは神の敵とされ、エルフィーネのようなエルフの特徴が強く表れているハーフエルフも迫害の対象とされている。

 

 教会が定めた教義により、人間の社会に於いて人間だとは認められていないのだ。

 

 

 だから彼女も外出をする際はメイドであってもシスターであっても、頭に頭巾を被って耳を隠しているのが常のことだった。

 

 

 しかし、この日の――

 

 

 今俺が眼にしている記憶の情景では、彼女はメイドでもシスターでもない。

 

 平均よりはちょっといい位の庶民の家の町娘がするような恰好をしている。

 

 家事や家業の手伝いをしない休みの日に、ほんの少しだけ身分の相応から背伸びをする時に着る、エプロンドレスのような服を着ている。

 

 だけど色合いは彼女らしく、地味なものだ。

 

 

 俺はこの時、このことに何も違和感を持っていなかった。

 

 何故なら、街に潜伏する任務などを行う時に、彼女がこういう服装をすることが過去にも何回かだけあったからだ。

 

 それらと違う点といえば、この時の彼女は頭巾を被っておらず、自分を隠していなかったというところだろう。

 

 

 そんな彼女の姿を街の人間は、この世界の人間は奇異と侮蔑の目で見ている。

 

 その様子が今俺の眼に見えている。

 

 それはつまり、記憶にある――ということだ。

 

 

 だけど俺は、なにも気付いていない。

 

 彼女の服装の変化など気にも留めていない。

 

 

 人波の中をすり抜け。

 

 デコボコの壁づたいに歩き。

 

 すみからすみまで視線を這いつくばらせて敵を探す。

 

 強く生きなきゃ――くらいのことは思っていたかもしれない。

 

 

 要は今日の希咲とのデートの時と同じ。

 

 勝つこと、生き延びること。

 

 そればかりを考えていた。

 

 

 本当に眼を向けなければならないモノ。

 

 本当に大事なモノがすぐ目の前に。

 

 視界のど真ん中にあるのにも関わらず。

 

 それを視ていない。

 

 

 “強さ”の意味がわかっていなかったのだろう。

 

 多分今でもわかっていない。

 

 敵を殺せることこそが強さだと思っていた。

 

 そして今でもまだそう思っている。

 

 

 

 先を歩くエルフィーネが“くるり”と回る。

 

 見た目相応の少女ほどには元気も勢いもない。

 

 だけどちゃんと長いスカートをふわっと浮かせて翻し、俺の方へ振り返る。

 

 そして、やっぱり控えめに、だけど、はにかみながらちゃんと笑った。

 

 

 もしかしたら、彼女はこの時、少し燥いでいたのかもしれない。

 

 見た目通りの年齢の少女のように。

 

 

 だけど俺は、やっぱりそれにも気が付いていなかった。

 

 ちゃんと記憶に残っているのに。

 

 

 

 彼女は『世界』でひとりぼっちだ。

 

 俺も『世界』でひとりぼっちだった。

 

 

 そんな俺たちは身を寄せ合い、肌を重ねて、同じ道を歩き――

 

 だけどずっと、ひとりぼっち同士で――

 

 

 俺は日本人で、彼女はエルフで。

 

 俺は男で、彼女は女で。

 

 俺はガキで、彼女は大人で。

 

 

 だから――と言ってもいいのかはわからない。

 

 だけど――最期まで俺たちは“二人”にはなれなかった。

 

 

 こうして何度もこういった光景を繰り返し視ていれば、嫌でも勝手に検証が進んでしまう。

 

 

 俺のせいだ。

 

 

 

 

 少し歩いて市場に近づき、屋台を見つける。

 

 薄汚れた革袋から取り出した金を、エルフィーネが屋台の親父に渡す。

 

 彼女の手に返ってきたのは、二つの(ふか)しイモだ。

 

 

 少し広くなった道以上広場未満のスペースの真ん中にデカイ石や木箱が適当に置かれている。

 

 ショッピングストリートにあった休憩スペースのような気の利いた場所ではない。

 

 辺りの店の連中が適当に邪魔な物を集めて置いているだけだ。

 

 

 そんな場所に並んで座って、芋を食う。

 

 クレープなんて贅沢でシャレた物はここでは売られていない。

 

 だけど、塩もバターもかかっていない、ただのジャガイモ擬きを蒸しただけの食い物が、俺は嫌いではなかった。

 

 

 スイーツなんてナメた物は庶民の生活圏には存在しない。

 

 この芋もそういった類いの物じゃない。

 

 エルフィーネが面倒を見ている孤児院でもほぼ主食となっているようなありふれた食い物だ。

 

 

 その芋を俺が「ハフハフ」言いながら食っているところを眺め、彼女は一口二口だけを齧る。

 

 俺が食い終わると自分の分を寄こしてきた。

 

 

 この世界には、『食っているところを男に見られると恥ずかしい』だとか、『たくさん食う女だと思われると恥ずかしい』だなんて価値観は存在しない。

 

 少なくとも庶民の間では。

 

 そんなことを考えるのは食うに困らない一部の貴族や王族の女だけだ。

 

 

 だから、この戦闘マシーンのような冷血な女にも、そういう“女っぽさ”が出てきたのかと思いつき。

 

 そういや皇城の任務が長くなって上流階級の女と一緒にいる時間がほとんどだから、そいつらから影響を受けたのかと考えた。

 

 出会った当初は碌に喋らない表情を動かさない人形のような不気味な女だった彼女が、俺と付き合ってからよく喋ってよく泣くようになった。

 

 だから俺の影響で彼女が“人間らしく”、“女らしく”なったんじゃないかと、もしかしたらそんな吐き気を催すような自己満足すら浮かべていたかもしれない。

 

 そして、そういった下らない思い付きの全てが、彼女から受け取った芋に「ハフハフ」と齧りつくとすぐにどうでもよくなって消え失せる。

 

 

 この時にはもう、俺はイッパシのつもりでいた。

 

 だけど、たったのこれだけのことで、ちっぽけな俺の心に、なにか“温かみ”のようなものが発生していた。

 

 

 ルビアや色んな人の死を経て、人の生命は軽く、人は簡単に死に、あまりに当たり前のことなのだと覚えた。

 

 それでも、自分の女くらいはどうにか守ろうと思っていた。

 

 

 だけど、それは気のせいか、勘違いか、そもそもの思い違いだったのだろう。

 

 イッパシの男のつもりの俺はずっと彼女に守られていた。

 

 きっと、実際50年以上生きていた彼女からしたら、俺なんて孤児院で面倒を見ているガキどもと大差なかったのだろう。

 

 この時もそうだ。

 

 

 その証拠に、俺の胸に刻まれた“勇気の証明(デモ・ブレイブ)”はついこないだ一度輝いたきり、それまでは一度も光を灯すことすらなかったからだ。

 

 

 俺は彼女を――エルフィーネを愛していた。

 

 恋はしなかったかもしれないが、だが最終的に彼女のことを愛した。

 

 

 俺の“魂の設計図(アニマグラム)”に記録された記憶にはそう書かれている。

 

 だから、愛していたはずだ。

 

 

 愛情というモノにはカタチがない。

 

 だからもしかしたら、この『世界』にはそんなモノは存在していないのかもしれない。

 

 

 そんな言い訳を思いつく。

 

 

 だけど、少なくとも、『愛する』ということは――もしくはモノは――カタチのない何か不思議なパワーのようなモノではなく。

 

 行為であり、技術なのではないかと思う。

 

 

 それには、習熟があり、優劣があり。

 

 単純に俺は『愛する』という行いが下手くそだったのではないだろうか。

 

 

 こっちに戻ってからたまに耳にすることがあったが――

 

 どれだけ「好きだ」「愛してる」と叫んで始めた恋人・夫婦関係でも、男のセックスが下手くそだから別れる女が結構な割合居るという。

 

 

 だから、『愛する』という行為もセックスと同じで、なにか目に見えない『気持ち』とか謂う不思議パワーの大きい・小さいではなく、単純に上手い・下手の技術的な話に過ぎないのではないだろうか。

 

 それなら色々なことの説明がついて納得が出来る。

 

 

 

 

 今になってみれば――

 

 

 この時彼女が何故芋を食わなかったのか、想像することは出来る。

 

 この後にどういうことになるかを考えれば、それはわかる。

 

 

 彼女は胃や腸に物を入れたくなかったのだろう。

 

 

 そう思うと――そんなところに、彼女の“女らしさ”を感じてしまう。

 

 終わってるぜ。

 

 

 

 芋を食い終わってまた一緒に歩く。

 

 彼女が前を歩き、たまに隣に来て並び、すぐにまた前へ出る。

 

 俺はただ後に着いていく。

 

 

 そうやってこの道をキミと歩く。

 

 

 少しすると、段々と人気が減っていき、辺りも裏びれたような雰囲気になっていく。

 

 

 この辺りがどういう場所なのかは知っている。

 

 何度も見たから知っている。

 

 

 この後にどういうことが起こるのかも知っている。

 

 何度も視たから。

 

 

 この道の先に何が在るのかも。

 

 この道の先に何が無いのかも。

 

 全部知っている。

 

 

 

 だから、やめろ――

 

 

 手を差しのべるな。

 

 俺を求めるな。

 

 どんな死に方になるにしても。

 

 自分を捨てるな。

 

 

 それは俺がやる。

 

 俺はキミよりも死ねるから。

 

 それだけは俺の方が得意で。

 

 俺の方が価値が低いから。

 

 

 だから、やめろ――

 

 

 

――などと、思っていたのも何回目までだろうか。

 

 

 今ではもう何も思わない。

 

 

 

 瓦礫の中。

 

 燃え盛る炎の中。

 

 降り出した雨に打たれ。

 

 見下ろす。

 

 

 血と肉片。

 

 飛び散って、こびりついて。

 

 胃も腸もどれだかわかりゃしない。

 

 無用な心配だ。

 

 バカめ。

 

 

 バラバラのキミの欠片に抉り取った自分の眼球を混ぜて潰す。

 

 代わりに拾った僅かに残ったキミの髪を握りしめ。

 

 俺は“次”の道を歩き出す。

 

 

 キミがいなくなった道を。

 

 

 

 

 何度も視た光景。

 

 

 俺は何も思わない。

 

 

 知っていて、慣れてしまったから。

 

 

 それにはもう――

 

 

 それにすらもう――

 

 

 新しい刺激はない。

 

 

 

 

 降りしきる雨は、血と混ざり、キミを流して『世界』へと還す。

 

 

 空を閉ざした曇りの上から夜が落ちてきて。

 

 

 闇が帳を下ろした。

 

 

 次に幕を開けるのは新しいだけの朝だ。

 

 

 夢は終わる――

 

 

 

 

 

 

 

――眼を開ける。

 

 

 そこに映るのは記憶の中に記録された天井。

 

 1年前くらいまで毎日見ていた天井だ。

 

 

 隣に眼を動かせば、そこには同じシーツに包まる裸の女。

 

 

 目が醒めたから、朝になったから、次の道を歩かなければならない。

 

 

「――起きたの……?」

 

「あぁ。起こしたか?」

 

 

 ベッドから身を起こそうとすると、彼女がすぐに反応する。

 

 そうしてお互いに嘘を吐き合った。

 

 

「ユキト……」

 

 

 だから彼女は答えずに、俺の身に縋りついてくる。

 

 

「もう(タイムアップ)だ。華蓮さん」

 

 

 彼女は俺と一緒には眠らない。

 

 彼女が眠るのは俺が居なくなってからだ。

 

 

 彼女は眠っている俺の身体をこうして弟の名で呼びながら弄る。

 

 俺はそれに気が付かないフリをし、そして彼女も寝ていたフリをする。

 

 

「あと、5分だけ……」

 

 

 

 華蓮さんは狂っている。

 

 

 彼女はどこにでもいるような不良少女だった。

 

 そんな彼女には弟が居た。

 

 二人は仲が良かったらしい。

 

 

 ある日、彼女らの両親が亡くなり、二人は引き取り先を探す。

 

 唯一の肉親が祖母だったが二人ともを引き取る余裕はなかった。

 

 心優しい弟はそちらを姉に譲り、自分は施設――孤児院に入った。

 

 

 お互い大人になって金を稼げるようになったらまた一緒に暮らそうと約束をし、別れた。

 

 別れたといっても、華蓮さんの方から頻繁に会いに行ける距離だ。

 

 住む場所が別れても二人の関係は問題なく続いた。

 

 

 高校を出て、弟は華蓮さんの後を追うように水商売の世界に入った。

 

 当時、華蓮さんが所属していた店は外人街のパシリの半グレが経営する会社の系列店で、弟が入ったのは皐月組がケツモチになっている店だ。

 

 裏社会の細かい事情までは、彼のような小僧や彼女のような小娘の知るところではなかった。

 

 

 来月になったら広い部屋を探してようやく一緒に住めるねと。

 

 そんな話をした数日後――

 

 

 華蓮さんの弟は行方不明になる。

 

 

 ケツモチ同士の抗争があり、皐月組の方が負けたのだ。

 

 店は物理的にも書類的にも潰され、所属していた関係者の何人かが死に、何人かが失踪した。

 

 

 ここまで話せばわかるかもしれないが、要は華蓮さんのやっていることは、その潰れた店を再興して弟を探していることだ。

 

 マネージャーの黒瀬さんはそれに協力している。

 

 

 黒瀬さんは華蓮さんの弟と同じ孤児院の出身だ。

 

 弟と仲が良く、自分の実の弟のように面倒をみていたらしい。

 

 頭のいい黒瀬さんは大学まで出て銀行に勤めていたらしいのだが、この件をきっかけに退行し、華蓮さんとともに弟の行方を追うことにした。

 

 そして潰されたシノギであり誰も進んで手を出したがらなかった“Void(ヴォイド) Pleasure(プレジャー)”のケツモチになったのが、皐月 惣十郎(こうづきそうじゅうろう)だ。

 

 

 この弟の失踪によって華蓮さんは頭が狂った。

 

 人生の目的を失ったに等しい。

 

 だが、狂ってでもいなければ外人街に個人で戦争を挑んでまで弟を探そうとはしないだろう。

 

 

 彼女は弟への執着心が強い。

 

 その喪失感を埋めるように、俺を弟の名で呼びながら身体を求める。

 

 

 俺と出会う前から他の男にもそれを求めていたのかは、知らないし興味もない。

 

 元々“そういう”姉弟だったのかも、知らないし興味もない。

 

 だけど、俺は元々はそうではなかったのだと思っている。

 

 

 もう何処にも居ない弟を疑似的にでも感じられるのは、代替品から伝わってくる体温と快楽だけなのだ。

 

 

 彼女は普段は聡明なフリをしながら虎視眈々とチカラを付け、その裏で定期的に弟として俺を抱いて――あるいは抱かれて――正気を保っている。

 

 だけどそれはもう常に狂っているようなものだと俺は考えていたが、あまり興味が無かったので強く止めたことはない。

 

 

 それで金と住む場所を得られるのならいいかと、軽い気持ちでこの関係を始めてしまった。

 

 もしかしたら、俺のそんな軽はずみな行為――

 

 普通の人間なら拒否感や嫌悪感を抱き、まともな倫理観や道徳心があれば止めるか身を退くかするような悍ましい行為――

 

 それを赦し能えてしまったことで、彼女を余計に、且つ決定的に狂わせてしまったのかもしれない。

 

 

 

 普通に考えて、彼女の弟はもう死んでいるだろう。

 

 

 そんなことは黒瀬さんは勿論、華蓮さんにだってわかっているだろう。

 

 だから、弟の行方を探るのに内情を探りやすい外人街の方へ入るのではなく、その敵対組織に入ったのは、“そういうこと”なのだ。

 

 

 つまり、そんな彼女と彼の物語に、フラっと横から這入りこんできたのが俺という野良犬だ。

 

 

 もしかしたら、そんな彼女らとともに外人街と戦い彼らを亡ぼし、そして華蓮さんの弟の真相に辿り着く――

 

 

――そんな物語もどこかの道の先に在ったのかもしれない。

 

 

 もしかしたら――

 

 俺が高校進学するなどという気の迷いを起こさなければ――

 

 美景台学園に入学しなければ――

 

 もしかしたら、俺は犬らしくエサをくれるご主人様の為に外人どもの喉笛を喰いちぎっていたのかもしれない。

 

 

 だが、少なくともこの俺には彼女は救えない。

 

 

 夜は。

 

 闇は。

 

 その幕は魔法の光によって開かれてしまった。

 

 

 だから俺はもう別の次の道を進まなければならない。

 

 

 ひとりぼっちで。

 

 

 

 眼に視えない気持ちは大きくても小さくても『世界』には何も影響をしない。

 

 在っても意味が無いし、無くても問題は無い。

 

 

 だから――

 

 

 肌を寄せ、抱き寄せ、髪を撫でる。

 

 

 

「愛してるよ、姉さん――」

 

 

 

 技術は習熟し上手になった。

 

 

 それでもきっと救えない。

 

 

 新しい刺激はない。

 

 

 彼女も救えない。

 

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