俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章16 5月3日 ②

 

 5月3日 日曜日。

 

 

 紅月 望莱(あかつき みらい)は朝から電話をかけている。

 

 

「――というわけで。弥堂せんぱいの事件前後の行動をもう一度時系列順に確認したいんです」

 

『めんどくさい』

 

 

 電話の相手は学園のマスコット的存在であるちびメイドの片割れの“うきこ”だ。

 

 女児のくせにいっちょまえに個人所有している彼女のスマホに、望莱の方から電話をかけた形だ。

 

 

『はぁ……、だめ。“ふーきいん”はホントにだめ』

「まぁ。それは困りましたね」

 

『こうやって休みの日にまで私の仕事を増やす。私はママじゃないのって何回も言ったのに』

「それは仕方ありません。シゴデキ女はどうしてもママみが溢れてしまいますから」

 

『そうなの?』

「はい」

 

『……それなら仕方ない。助けてあげる』

「ありがとうございます」

 

 

 スマホの向こうから聴こえてくる「むふぅー」という満更でもない溜め息をスルーして本題へ促す。

 

 

「まず事件の前日――4月24日の“せんぱい”はどうでしたか?」

『学園にきてた』

 

「2年B組の教室の様子は?」

『見てないから知らない。私は忙しい』

 

「なにかあったんですか?」

『卸したてのメイド服の手触りが気に入らなくて、こんなのじゃ仕事に行けないって思った。だから服をいい感じにするためにベッドでコロコロしてた』

 

「なるほど。それは素晴らしい労働意識です。ところで、着慣れたメイド服はどうしたんですか?」

『それはその前の日に“ふーきいん”に燃やされた』

 

「その日って、例の一回目の学園の襲撃のあった日ですよね? “うきこ”ちゃんは“せんぱい”と戦ったんですか?」

『私を侮辱してるの? みらい。“ふーきいん”みたいなザコと私じゃ戦いになんかならない』

 

「それは失礼しました。では、何故服が燃やされるようなことに?」

『“ふーきいん”が悪い。夜に二人っきりで会ってあげたからって勝手に“おっけー”だと勘違いして襲ってきた』

 

「まぁ、それは怖いですね」

『怖くない。“ふーきいん”はザコだから。でも獣欲を剥き出しにして私のぱんつを見るために服を燃やしてきた』

 

「それは大変です。“せんぱい”が『ぱんつ見せろ』って言ったんですか?」

『ゆってない。でもスカートが燃えた後すっごく見てた。だから間違いない』

 

「なるほど。それは間違いないですね。“せんぱい”が火を放ったんですか?」

『うん。学園のあちこちに勝手にガソリンとか隠してた。“ふーきいん”は悪いオトコ』

 

「確かにイケナイ人ですね。それで、24日の朝の教室に異常はなかったと?」

『たぶん、そう。だって“出席簿は全員出席になってた”から』

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 

 望莱は必要な情報だけを抜き出していく。

 

 

「それで、“せんぱい”は放課後まで学園に居たんですか?」

『居た。下校する生徒どもを奴隷のように並ばせてた』

 

「その日は市の外出自粛に合わせて早く終わったんですよね?」

『そう。おひるで終わった』

 

「“せんぱい”は下校整理をしてから帰ったんですか?」

『ううん。途中で帰った。たぶん飽きちゃったんだと思う。“ふーきいん”は子供みたいだから』

 

「まぁ、それはいけませんね」

『そう。いけない。だから私が“ふーきいん”の代わりにその後生徒どもをイジメてあげた。“ふーきいん”は私に感謝するべき』

 

「感謝は大事ですよね。つまり、“せんぱい”は風紀委員会の仕事の途中で、急に帰ったんですね。誰かと一緒だったりしなかったですか?」

『しない。“ふーきいん”は“一人で帰った”』

 

「なるほど。わかりました」

 

 

 相槌を打ちながらチラリと時計を見て、先に進めることにした。

 

 

「事件当日――4月25日の“せんぱい”の行動は知らないんですよね?」

『“ふーきいんの行動”は知らない。聞いたらお嬢さまと“まきえ”が泣かされた』

 

「まぁ、それはヒドイ」

『そう。“ふーきいん”はひどいオトコ』

 

「では、その次の日にいきましょう。事件の翌日――4月26日。“せんぱい”が来たんですよね? 日曜日の学園に」

『きた。学園のお掃除ですごく忙しかったのにこっちの都合なんかちっとも考えてくれない』

 

「それは困りましたね。学園の被害は実際どんな感じでした?」

『壊れた物とかは大したことない。でも“ザコいおにく”をたくさんぶっ殺したから結構穢れちゃった』

 

「それを“うきこ”ちゃんが?」

『“まきえ”が治した。徹夜で。そのせいで“まきえ”は一日お昼寝になっちゃった』

 

「ということはその後の事後処理を“うきこ”ちゃんが頑張ったんですね?」

『うん。がんばった。そのまま寝かせとくと“まきえ”がおねしょしちゃうから、定期的におむつ替えたりしてた』

 

「なるほど。それ以外は?」

『お嬢さまががんばった。半ベソでお役人と電話したりしてた』

 

「なるほど。よくわかりました」

 

 

 ツッコミどころはたくさんあるが、それには反応しないようにして、ただそのツッコミどころがあったことだけを覚えておく。

 

 

「そんな忙しい最中に弥堂せんぱいが現れたと」

『そう。“まきえ”のおむつ替えてる時にアポなしで来た』

 

「“せんぱい”は何をしに?」

『書類をよこせって。すっごくエラそうだったからカチンときた』

 

「書類?」

『しょるい。その日は事務はお休みだからダメって言ったけど、言うこと聞いてくれなかった』

 

「それで?」

『“ふーきいん”はおばかだから、無視してると事務室を壊して勝手に入ってっちゃうから仕方なく開けてあげることにした』

 

「まぁ、“うきこ”ちゃんは優しいんですね」

『仕方なくなんだから。でも、“まきえ”のおむつが途中だったから、代わりにそれは“ふーきいん”にやらせた。私は甘やかすだけの女じゃない。家事は分担』

 

「それは素晴らしいです。それで結局“せんぱい”はなんの書類を持っていったんです?」

『うーん……ぜんぶ?』

 

「全部?」

『そう。入学とか退学とか転校とか。そういう感じの書類をゴソって持っていった』

 

「なるほど。そうですか」

『それで「明日もまた来るから開けとけよ」って命令してきた。明日も忙しいからやめてって言ったのに全然聞いてくれない』

 

「それはツライですね」

『うん。私は泣きながら“まきえ”のおむつを替えた』

 

 

 “うきこ”はいかに自分が男に酷い目に遭わされたかという部分にフォーカスしてくる。

 

 だが、その声はとてもやる気の感じられない声音だったので、みらいさんはスルーした。

 

 

「そしてその翌日、4月27日にも彼は学園を訪れたと」

『うん。また来た』

 

「それで?」

『あっちばっかり、したいことするのはズルイからお嬢さまに言って“ふーきいん”を“じんもん”した』

 

「何を訊いたんです?」

『ゾンビがいっぱい出た日、どこで何してたって訊いた』

 

「そうしたら?」

『いっぱい詰められた』

 

「誰が……?」

『私たちが』

 

「誰に……?」

『“ふーきいん”に』

 

 

「はて?」と望莱は首を傾げる。

 

 尋問をして詰める側が詰められたとはどういうことだろうと尋ねる。

 

 

「どうしてそんなことに?」

『さぁ? いきなり“ふーきいん”が逆ギレしてきた。お前らはオタクだってバカにされた』

 

「それはヒドイですね」

『うん。ゾンビとか悪魔とか真顔で言ってて恥ずかしくないのか? アニメと現実の区別がつかないならお前らは病気だ。医者に行け――とか。そういうこといっぱい言ってきた』

 

「まぁ、まるで何も知らない人のようなことを言ったんですね」

『そう。それで“まきえ”は泣かされて、お嬢さまも「だからお前のおぱんつはオタクっぽいのか」って言われてプルプルしてた』

 

「なんてことでしょう。同じ女性としてこのわたしも怒りに震えて涙が止まりません」

『だから私は言ってやった。「お嬢さまはぱんつなんて穿いてない。ナメないで」って』

 

「そうしたら?」

『お嬢さまも震えて涙が止まらなくなった』

 

「草」

 

 

 その時の情景を想像するとみらいさんは自分もふざけたくなったが、強い精神力で自制する。

 

 代わりに後で郭宮生徒会長に、『オタクっぽくてもパンツくらい穿いた方がいいですよ』とメッセージを送ることを決めた。

 

 

「で、“せんぱい”はそれから?」

『帰った』

 

「え?」

『女を泣かせたら満足して帰った。“ふーきいん”はザコのくせにサド。なまいき』

 

「……それだけで帰ったんですか? 何か用事があったから前日にアポとって訪問したんじゃ」

『たぶん“ふーきいん”は“でぃーぶい男”だから女に口答えされてカッとなっちゃったんだと思う。キレると他のこと全部忘れちゃうどうしようもない男なの』

 

「そうですか……。その後、改めて用事を果たしには?」

『来てない。こっちから捕まえにいくまで来なかった』

 

「なるほど……」

 

 

 望莱は目を伏せて少し思案する。

 

 

(これは、“どっち”でしょうか……)

 

 

 だが、そのことは追求せずに質問を変えた。

 

 

「ところで、前にも一度聞きましたけど」

『なに?』

 

「“水無瀬 愛苗”という人物に関する記録は?」

『ない。“学園にそんな人はいない”。答えは前と一緒』

 

「そうですか」

 

 

 もう一度思案し、やはりまた質問を変える。

 

 

「では、“うきこ”ちゃん」

『なに?』

 

「“言ってないこと”――いくつありますか?」

『そんなのない。わたしはシゴデキ』

 

「そうですか。ところでこれは全然関係ないお話なんですが、こっちの島で見たことない珍しげなバッタを見つけたんです」

『…………』

 

 

 きっぱりと己の仕事に瑕疵はないと断言していたが、ここで初めて“うきこ”の返答が遅れる。

 

 電話の向こうからなにやらソワソワしている空気が伝わってくる。

 

 すると――

 

 

『……4つか5つ……? もう一個あるかも』

 

「なるほど。わかりました。ところで全然関係ないお話なんですが、このバッタをお土産にしようかと考えていたんですが、ご迷惑ではないですか?」

 

『ない。バッタたのしみ』

 

「それはよかったです。では、お忙しいところありがとうございました」

 

 

 やりとりはそこで打ち切って望莱は通話を終了させた。

 

 

「せんぱいのことを庇っている節がありますね……」

 

 

 他には誰も居ない部屋で声に出して考える。

 

 

「多分京子(みやこ)ちゃんの指示ではない」

「彼女は複雑な駆け引きは出来ない」

 

「恐らく理事長でもない」

「“せんぱい”を庇うことはともかく、それをわたしに隠すメリットはない」

 

「ということは――」

「――“うきこ”ちゃんの個人的な理由」

 

「そういうことになります」

「では、その理由は?」

 

「それを考える前に――」

 

 

 独り言ちて時計に目を遣る。

 

 

「もうすぐ七海ちゃんのバイトが始まっちゃいます」

「続きを考えるのは後」

 

「先に七海ちゃんに伝えることを伝えなきゃ」

「電話します」

 

 

 言いながら今度は希咲に電話をかける。

 

 彼女はすぐに電話に出た。

 

 

『あーい。もしもーし? おはよ』

「おはようございます、七海ちゃん。まだ時間大丈夫ですか?」

 

『うん。今駅から歩いてるとこ。どした?』

「弥堂せんぱいのことで、3つ連絡です」

 

 

 時間がないので今回はセクハラもおふざけも我慢することにした。

 

 

「まず、昨夜ですが。“せんぱい”はどっちの拠点にも帰ってきませんでした」

 

『スタッフさんの張り込みがバレた?』

 

「わかりません。七海ちゃんと別れた後の“せんぱい”は、あのマキさんって人と漫喫の個室で休憩してから一緒にショッピングして。それから一緒にキャバクラに同伴しました。そして閉店後、今度は別のキャバ嬢と出てきて、美景市駅付近のお高めのマンションにしけこみました。朝になってもまだ出てきてません。イマココ」

 

『あいつガチでクソなんだけど』

 

「てゆーか、高校生の遊び方じゃないですよね。それはともかく、そのマンションを拠点Cとして設定し、新たに監視リストに入れました」

 

『ん』

 

 

 多分言いたいことは山ほどあるだろうに、希咲が何も言ってこないことから残り時間を逆算して望莱は先に進める。

 

 

「2つめ。25日の事件の翌日に“せんぱい”は休日の学園に押しかけて、転校手続きなどの書類を持って帰っています」

 

『……マジでこのG.Wが勝負か』

 

「ですです」

 

 

 理解の早さに喜びを感じながら最後の報告をする。

 

 

「3つめ。今日は七海ちゃんが動けないのでスタッフを増員して監視に当たらせていますけど……」

『あー、うん。おけ』

 

「本当にヤバくなった時は緊急出動お願いするかもです」

『や、こっちもゴメン。バイト入っちゃってたから……』

 

「まぁまぁ。依頼人(クライアント)がいる以上は、お仕事を優先させるべきです」

『うん、ありがと。それと――』

 

「――魔石のチャージは別働のスタッフを割り当てました」

『ゴメン。昨日結構使っちゃったから……』

 

「報告は以上です。では、わたしは次の作業がありますので」

『あ、うん。連絡ありがと。がんばってね』

 

 

 送話口から伝わってくる空気で希咲の歩くペースを予測し、彼女に言わせる前に自分の方から手短に通話を終了させる。

 

 そしてみらいさんは手にしていた飲みかけのエナ汁をカンっと放り捨てた。

 

 

 推しのくれた『がんばってね』はどんな栄養ドリンクやエナジードリンクよりも漲るのだ。

 

 床に落ちたジュース缶からコポコポと零れる液体が絨毯をエメラルドグリーンに染めていく様子をジッと見ながら、さらにもう一件電話をかける。

 

 

「――あ、蛮くんですか? 実はお願いがありまして。はい。ちょっとバッタを捕まえてきてください。え? はい。バッタです、バッタ。えぇ。未だかつて目にしたことのない感じのバッタでお願いします。え……? ふざけてなんかないですよー! わたしだって一生懸命やってるんです! もういいです。自分で捕まえます。みんなに干されて可哀想なリィゼちゃんを誘ってバッタ採りにいってきます……、え? やってくれるんですか? でもヤなんですよね? え? ホントはやりたい? じゃあ、やらせてくださいってお願いしてください。あ、ショタボでお願いします……」

 

 

 こうしてG.Wの2日目が始まる。

 

 朝から精力的に仕事をして望莱は通話の終了ボタンに指で触れる。

 

 

 

 

 

 

 

 スマホの画面に触れた指をフリックして、希咲は望莱との通話を切った。

 

 

 昨日に続いて本日も午前中から、彼女は新美景駅の北口に出てきている。

 

 今日の彼女はダボっとしたTシャツの上にパーカージャンパーを羽織り、下はショートパンツとショートブーツだ。

 

 

 家を出る時間が遅れてしまったので、約束の時間に合わせて急ぎめでここまで来た。

 

 服装の乱れを直すことを意識したタイミングで、ロータリーに停まっている見覚えのあるミニバンに気が付く。

 

 

 こういう時に限って、相手は時間通りに来ているようだ。

 

 

 車の横のガードレールに寄りかかる男がこちらに気付いた。

 

 半月ほど前にもこの辺りで待ち合わせた男。

 

 その時は学校帰りの夕方だった。

 

 

 くたびれたスーツを着た男がこちらへ手を挙げて、好色そうな顔に笑みを作る。

 

 

 身嗜みの修正を諦めて、希咲はパーカーのジッパーをグイっと上げる。

 

 そして男の方へと歩いた。

 

 

 

「おまたせ、パパ――」

 

 

 

 挨拶もそこそこに。

 

 男に促されるまま。

 

 

 希咲 七海(きさき ななみ)は、男の車に乗った。

 

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