俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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序章34 その瞳の奥にいるもの ①

 私立美景台学園放課後遅く、校舎東側の文科系クラブ部室棟から二年生校舎へ向けて二人の生徒が足早に歩いていく。

 

 

 時間帯としては完全下校時刻をとうに過ぎているにも関わらず、空中渡り廊下には聞くからに剣呑な足音と不機嫌な話し声が響いていた。

 

 

「――見られたっ」

「…………」

 

「ねぇ、見られたっ!」

「…………チッ」

 

「みられたみられたみられたみられたみられたっ‼」

「うるせぇな。しつこいぞ」

 

 

 先導して歩く弥堂の脇を歩く希咲が恨みがましい視線と声を絶え間なくぶつけてくる。

 

 

「しつこいってなによ!」

「もう終わったことだろうが。いつまで言ってんだ」

 

「だってあんた結局謝ってないじゃん。あたし誤魔化されないから」

「……わかった。俺が悪かった。もうこれでいいな? 話は終わりだ」

 

「なんなの、そのテキトーな謝りかたっ。終わるかどうか決めるのはあたしでしょっ。だいたいさ、ホントに悪いと思ってるわけ? どこが悪かったかわかってんの? ねぇ、なにが悪かったのか言ってみなさいよ」

「め、めんどくせぇな……なんなんだお前……」

 

 

 希咲のあまりのしつこさに、デフォルト無表情の弥堂の鉄面皮が疲労感を滲ませたものに崩れる。

 

 ピクピクと引き攣る彼の口の端を、横合いからチロっと見上げる形で瞳に映して、希咲は少しだけ愉快な気持ちになり何故か満足感を得た。

 

 

 ずっと言い争いながら歩いていた二人だったが、どうやらこの闘争の軍配は希咲に上がりそうだ。

 

 

 

「てかさ。黙って歩けっていうけど結局どこ向ってんのよ? こっち行ったら教室じゃない」

「そうだが」

 

「あたし先にトイレ行きたいって言ったじゃん。あんた全然あたしの話聞いてないのね!」

「聞いている。聞いているし、憶えている。忘れないと言っただろうが。お前こそ聞いてんのかアホが」

 

「逆ギレすんじゃないわよ! じゃあ、なんでこっち連れてくわけ?」

「効率がいいからだ」

 

「はぁ?」

 

 

 期待していた理解に足るような答えが返ってこずに希咲は眉根を寄せた。

 

 

「それにお前の話を聞くことと、お前の言うとおりにするかどうかはまた別の話だ」

 

「なにそれ。ほんとムカつく。効率がいいってどういう意味?」

 

「うむ、いいか? まず教室で荷物を回収する。次に昇降口棟へ繋がる渡り廊下手前の階段に向かう。階段を下りる前に便所があるだろ。そこを使え。その後1階に下りてから昇降口へ向えば、一本道上で全ての用を済ませることができる。つまり効率がいい」

 

「……わー…………うっざ…………。あんたってさ、旅行とか遊びとか全部きっちり予定立てて、当日それ通りに進まないとイライラしちゃう系のひと……? 絶対いっしょに遊びたくないんだけど」

 

「さぁな。旅行も遊びも行ったことがないからわからんな」

 

「んなわけないでしょ。てか、別に講堂のトイレ行ってからでもいいじゃん。大して変わんないじゃない」

 

「そんなことはない。少なくとも20秒はロスが出る」

 

「なによ20秒って。そんなの誤差じゃん。細かすぎてマジうざいんだけど」

 

「ふざけるな。お前は20秒便器に跨っていればいいだけだろうが、その誤差を待たされるのは俺だ。お前の排便に要するコストを俺に強いるな」

 

 

 言いながら到着した自分たちの所属する2年B組の教室のドアを開ける。

 

 

「だからっ! 言い方っ! なんでいちいち変な言い方すんのよ!」

 

「意味が同じなら言い方なぞ何でもいいだろうが」

 

「よくねーっつーの! 女の子に汚い言い方すんなばかっ」

 

「うるさい。いいからさっさと荷物を回収しろ。すぐに出るぞ」

 

「女の子を急かすんじゃないわよ! もうっ」

 

「女の子とやらは随分といいご身分のようだな。急げよ」

 

「うっさいっ」

 

 

 言い合いながら既に自分の荷物を回収していた弥堂は、教室のドアに背を預けながらこれ見よがしに爪先で床をトントンと叩き希咲を急かす。

 

 彼女はその態度にプリプリ怒りながら自身も手早く荷物をまとめていく。

 

 

 机の上に置いて口を開いたスクールバッグに必要な物を乱暴に詰め込んでチャックを閉じる。引っ手繰るようにしてバッグを持つと教室の出口へと歩き出しながら持ち手に腕をとおして肩から提げる。

 

 机と机に挟まれた白鍵の隙間を抜け出すと、出入口で待つ弥堂と目が合う。なんとなく足を止めて彼の顔を見遣った。

 

 

 ドアに寄りかかりながら悠然と見下ろすように立っているその姿が非常に癪にさわる。

 

 なので、彼の立つその脇を通り抜けざまにわざと肩でぶつかってやって、彼を押し遣り廊下に出た。

 

 

 押しのけられた弥堂は特に文句は言わず、小さく嘆息をして希咲の後を追った。

 

 

 だが、さっきの続きとばかりに今度は前方を歩く彼女から抗議が再開される。

 

 

「てか、これじゃ意味ないじゃんっ。あたし先にトイレ行きたかったのに」

「……しつこいな。そんなに漏れそうなのか?」

 

「んなわけないでしょ! だから別におしっこしたいわけじゃないって何回言わすのよ」

「じゃあ――」

 

「――だからって、別の方でもないから!」

「そうか」

 

 

 前方から文句を言うために振り向きながら歩いていた希咲は、歩き辛かったのか歩調を少しゆるめて隣にくる。そこから睨みあげながら話を続ける。

 

 

「ブラ直したいだけって言ったでしょ! この状態であんたといっしょに居るのヤなのよ。だから先に済ませたかったの! わかれっ」

「わかるか。下にヌーおブラしてるから問題ないと言ってただろうが」

 

「問題ないわけないでしょ! お外なのにブラ外れたまんまなのよ⁉ あたし大ピンチなの! 男にはわかんないでしょうね、この危機感は!」

「なら、わかれと言うな」

 

「うっさい! だいたいさ、なによ『ヌーおブラ』って。いちいち『お』を付けるな、きもいっつーの」

「そう言われてもな。掟だから仕方ない。お前と上司。どちらに従うかなど言うまでもないだろう」

 

「何が掟よ。いみわかんない。…………でもさ、『お』を付ける場所ヘンくない?」

「あ?」

 

「その『あ?』って返事の仕方。それも女の子に嫌われるわよ――じゃなくてっ。『ヌーブラ』が商品名なのに、間に『お』を入れるのおかしくない?」

「じゃあどこに入れればいいんだ?」

 

「え? んーー…………?」

 

 

 弥堂に問い返され、よく手入れされた綺麗な爪が当たらぬようにして、人差し指の腹でゆるく下唇を撫でながら考えると、

 

 

「……おヌーブラ?」

 

 首を傾げて若干自信なさげに答えた。

 

 

「おヌー?」

「おヌーっ」

 

「卸したてなのか?」

「それはおニューでしょうがっ」

 

 手の甲で軽くパンっと隣を歩く弥堂の胸を叩く。

 

 

「――って、なにやらせんのよ。あたしがスベったみたいじゃないっ」

「なんでやねん」

 

「なんでやねん⁉ ぷっ。なんでやねんだって。その顔でなんでやねんとか。マジ似合わないー。うけるんだけど」

「…………忘れろ」

 

 あまりにゆるい会話内容に半オートモード状態にまで思考停止していため、思わず漏らしてしまった不用意な発言を弥堂は強く悔いた。

 

 

 そのまま軽くツボに入ってしまったのか、彼女はクスクスと笑い続ける。

 

 

 コロコロと転がるように感情が起伏する希咲に何かを言い返したくもなるが、先までのように恨み言を言い続けられるよりかはマシかと好きにさせる。

 

 

 しかし――

 

 

「てかさー。あんたってさー、なんでそんなデリカシーないの?」

 

 

 すぐにまた蒸し返される。

 

 

 弥堂にとっての女の苦手な部分を寄せ集めたかのようなところばかり見せてくる、そんな隣を歩く少女に盛大に顏を顰めた。

 

 

「あによっ。イヤそうな顏すんじゃないわよ。デリカシーないし、頭おかしいことばっか言うし。そんなんで中学ん時とかどうしてたわけ? 普通に生活してたらそんなことになんないでしょ。なんなの、あんた」

 

「ほっとけ。生憎と育ちが悪いんだ。諦めろ」

 

「なによそれ。いい? トイレのことで女の子弄るとかガチでサイテーだからね。今回は特別に許したげるけど他の子にやったらフツーに嫌われるわよ?」

 

「大きなお世話だ」

 

 

 人差し指を立てながら諭すように言ってくる少女にうんざりとしながら弥堂は答える。次の目的地であるトイレは近い。もう少しの我慢だと忍ぶ。

 

 

「別にあんたが嫌われようが関係ないけどさ、愛苗に迷惑かかるようなことはしないでよね」

「知ったことか」

 

「なにその態度。生意気っ。あんたそんなんでよく彼女できたわね?」

「あ?」

 

「あんたのカノジョさんって菩薩様かなんかなの? 普通の子じゃストレスで頭ヘンになっちゃいそう」

「なんの話だ」

 

 

 適当に返事をしていたが、希咲の言う『あんたの彼女』というものに見当がつかなく、覚えのない会話に眉間が歪む。

 

 

「だから。あんたのカノジョさんよ。さっき言ってたじゃん」

「そんなこと言ってないぞ」

 

「なんでしらばっくれるのよ。恥ずかしいの? ほら、あんたのお師匠さん。メンヘラのメイドさん……? シスターさんだったっけ?」

「あぁ。エルフィーネのことか」

 

「エルフィーネ⁉ まさかの外人さん⁉」

「まぁ、日本人ではないな」

 

 

 彼女がいるだけで『まさか』な男の口から出た名前に、グローバルな交際の気配を察し、驚き戦慄した希咲のサイドのしっぽがぴゃーっと跳ね上がった。

 

 

「……なんなの……外国の人と付き合ってるって聞いただけで感じるこの妙な敗北感…………」

「俺に言われてもな」

 

 純日本人である希咲さんは、コミュニケーション能力が地獄だと認定していたクラスメイトの男子が、まさか自分よりもススんでいるのではと、何故か落ち込みそうになる。

 

 

「へーー。あんたがねぇ……。彼女いるってだけでもチョー意外なのに。素直にびっくりだわ。ねぇねぇどうやって出逢ったの? もう長いの?」

「さっきからお前は何の話をしてるんだ?」

 

「や。だからさ。あんたとその彼女のエルフィーネさん?の馴れ初めとか」

「彼女? エルフィが?」

 

「え? ちがうの?」

「…………その『彼女』というのは『恋人』という意味でいいんだよな?」

 

「当たり前じゃない。他にどんな意味があんのよ」

「ふむ」

 

 そう頷いて顎に手を遣り、弥堂は立ち止まった。

 

 

 希咲は隣を歩く彼が突然立ち止まったことで、「ぉととっ」と2歩ほどたたらを踏んでから遅れて歩みを止める。

 

 

「なに? どした?」

 

 振り返って尋ねながらその時視界に入った周囲の風景を見れば、もう目的地であった階段前のトイレの少し手前であった。

 

 ずっと隣の弥堂を見ながら文句を言っていたので進行具合に気付いていなかったようだ。

 

 

「なんだ、もう着いたのね。やっと安心できるわ」

 

 心許無くなった胸元を抑えていた手でついでにその頼りない胸を撫でおろす。

 

 

 意外な人物のコイバナには面白さはあれど、個人的に弥堂に興味があるわけではないので、あくまで親友の水無瀬のための情報収集を兼ねた世間話というつもりで彼に話を振っていた。

 

 

 その話はまだ途中だったのだが、希咲にとっては自分の『お外でノーブラ』の状態異常を解除することの方が緊急性が高い。

 

 だからここで話を一旦打ち切ろうとする。

 

 

 しかし――

 

 

「んじゃ、あたしちょっと行ってくるからあんたは先に――「――そうだな」――え?」

 

 その前に返事を返されてしまい、言葉が被ってしまったことで特に意味はなく彼の顔を見た。

 

 

 見てしまった――

 

 

「――そうだな。そういうことなら、キミの言うとおりエルフィは俺の彼女なのだろう」

 

 

「あっそ」

 

 

 軽く相槌をうちクルっと背中を向ける。

 

 

 顔を見られないように。或いは見ないように。

 

 

「てか別にキョーミないしっ」

「そうか」

 

「あたしいってくるから、あんたは先に下駄箱行ってて。ここで待ってないでよ」

「わかってる。さっさと出すもん出してすぐに出て来いよ」

 

「だーかーらーっ! それやめろって言ってんでしょ! バカなんじゃないの⁉」

「うるさい。さっさとしろ」

 

 

(――ホント、バカなんじゃないの?)

 

 

 希咲は振り向かないままで進み、ドアに手を掛ける。

 

 

「マジしんじらんないっ。んじゃまたあとで!」

 

「あぁ」

 

 

 勢いをつけてドアを押し開け、中に入る。

 

 

 

 

 今度こそ確実に話を打ち切るように、自分と彼がいる空間とを隔てるために後ろ手でドアを閉める。開けた時に比べ静かに力なくそれは閉ざされた。

 

 

 微かなパタリという音を聴くと、閉めたばかりのドアが動かぬようにそっと背を預けた。

 

 

 緩く目を閉じ外の気配を探る。

 

 

 足音が聴こえたりはしないが、人が一人遠ざかっていくのがわかった。

 

 

 意図せずに溜め息が漏れた。

 

 

(……ばかっ。デリカシーなし…………)

 

 

 その溜め息は安堵からであり、後悔からでもあった。

 

 

(――バカ七海。無神経……っ)

 

 

 肩を落としながら奥へ進む。

 

 

 一番奥の個室に入り鍵を締めた。

 

 

 時間帯としては誰かが来るはずもないので、手洗い場の鏡の前でも着衣を整える用は済ませられるのだが、なんとなく閉塞感を求めてしまったのだ。

 

 

 

 仕切り壁の鞄掛けにスクールバッグの持ち手をひっかけて、着衣はそのままに便座に腰掛ける。膝の上に肘を置いて頬杖をつきながら床を見る。

 

 

 再び溜め息。

 

 

「やっちゃったぁ――」

 

 

 思わず声にだしてしまった後悔の言葉は、人気のなくなった校舎のトイレ内にやたらと響いた気がして、反射的に息を潜めてしまう。

 

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