俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章16 5月3日 ③

 

「――次はいつ帰ってくるの?」

 

「早くても連休後かな」

 

 

 華蓮さんの部屋の玄関にて、弥堂 優輝(びとう ゆうき)はいつものように嘘を吐く。

 

 

「そう。じゃあ連絡返してね」

 

「あぁ」

 

 

 重ねられた嘘にも気付きながら、彼女もそれを咎めずに男を送り出そうとする。

 

 

「あ、そういえば――」

 

「うん?」

 

 

 弥堂が靴を履いたところで、思い出したように彼女は言う。

 

 

 ちなみに弥堂の服装は黒のデニムにグレーのシャツ、かなり色の暗いグリーン系のオックスフォードシャツを羽織らされていた。

 

 これは華蓮さんが彼に着せるために準備していたもので、元着ていたジャージはこの部屋での寝巻として没収されている。

 

 デニムは細くも太くもない物だ。

 

 戦闘時の脚の稼動域に関して彼がうるさいので、スタンダードなタイプがチョイスされていた。

 

 

「キミ、お金ないの?」

「何故そんなことを聞く?」

 

「聞いたの。キミがやけに報酬の高額な仕事を欲しがってるって」

「誰に?」

 

「さぁ。誰だったかしら」

 

 

 彼女は白々しく惚けるが、弥堂は追及することはせずに嘆息する。

 

 

「別に。いつものことだろ」

「……500万までなら負担なく渡してあげられるわ。ヤバイことするくらいなら正直に私に言って」

 

「それは結婚資金にでもとっておけよ」

「サイテーの冗談だわ。気に喰わないわね」

 

 

 揶揄ったことを咎められながら華蓮さんに胡乱な瞳を向けられると、弥堂は肩を竦めて誤魔化した。

 

 

「これ、持っていって――」

 

 

 彼女はそれ以上の事は言わず、綺麗な紙袋を渡してくる。

 

 

「金ならいらない」

 

「ちがうわ」

 

 

 邪推するとそれは否定された。

 

 袋の中を覗いてみると、包装紙で綺麗に巻かれた箱が入っていた。

 

 弥堂はそれで中身を察する。

 

 

「気を遣いすぎだ」

「そうもいかないでしょ」

 

「わかったよ。寄っていく」

「ちゃんとお礼も言うのよ」

 

 

 その言いつけには返事をせずに肩を竦めて、弥堂はドアノブに手を掛ける。

 

 だが、ドアを開けようとした時、「待てよ」と思いついたことがあった。

 

 

 クルっと振り返って華蓮さんの顔を真剣な顔でジッと視る。

 

 

 

「“負担なく”ということなら。仮に負担込みを前提とした場合いくら出せるんだ?」

 

 

 

 弥堂は部屋を追い出された。

 

 

 

 

 

 

 

 呼び出したエレベーターに乗り、9階から下へ降りる。

 

 1階ではなく5階のボタンを押した。

 

 

 すぐに5階に着いて扉が開くと、2階と地下2階のボタンを押してから廊下に出る。

 

 5階フロアを歩き非常階段を使って4階に下りた。

 

 4階のフロアを通って404号室のチャイムを鳴らす。

 

 

『――ふぃあっしゃいふぁへぇッ! ひゃんひぇえひゃふぁふぇふふぁッ⁉』

 

「…………」

 

 

 するとすぐに、威勢だけはいいが何を言っているのかは全くわからない声がスピーカーから聴こえてくる。

 

 だが、それでも相手が誰なのかだけは弥堂にもわかった。

 

 

「おい、ヤスちゃん。俺だ」

 

『ファアァァァァァーッ⁉』

 

 

 手短に名乗ると素っ頓狂な奇声が返ってくる。

 

 

『ヒャフファにフォレフォレヒャヒっふぁ、ファヘへんふぉふぁッ⁉ ふぉうふふぃふふぃふぁほ、フォラァッ⁉』

 

「いいから。リュージさんに替われ。どうせいるんだろ?」

 

『ファアァァーッ!』

『おいヤス。なに騒いで……ん? あ? オイ、誰だこのヤロウ?』

 

 

 すると別のガラの悪い声に相手が変わった。

 

 

「俺だ。入れろ」

 

『あ? ヤクザにオレオレ詐欺たぁ、ナメてんのかァッ⁉ 皐月組だぞコラァッ⁉』

 

「いいからさっさと開けろ。殺すぞ」

 

『ん? なんだあ、狂犬だったんかよ。早く言えよな』

 

「…………」

 

 

 殺意を仄めかさないと本人認証がとれないシステムに多大な疑問を抱きながら弥堂はドアが開くのを待った。

 

 間もなくして開かれる。

 

 部屋の中から出迎えたのは、皐月組の構成員である“暴発リュージ”だ。

 

 

「よう、狂犬。朝っぱらからどうした?」

 

 

 リュージは声だけは朗らかに挨拶をしつつ、廊下をキョロキョロと見廻してから弥堂を招き入れ、そして素早く鍵をかけた。

 

 マニュアル通りの所作なので弥堂も気にしない。

 

 

「ちょっとここを通らせてくれ。帰りたいだけだ」

 

「あぁ、別に構わねェよ。オマエまた追われてんのか?」

 

「いや? どうだろうな。だが、追われていないと考える理由はない」

 

「相変わらずなに言ってんのかわかんねェけど、少しは真面目に生きろよ」

 

「ヤクザモンに言われたらおしまいだな」

 

「まったくだぜッ!」

 

 

 なにがそんなにおかしかったのか、ガッハッハッハと豪快に笑うリュージの前を歩き部屋に中へ土足で入った。

 

 

 同じマンション内であるのに華蓮さんの部屋とはまったく様相が異なる。

 

 部屋の中にはポーカー台にバカラ台に自動雀卓、それから小さなルーレットテーブルが節操なく置かれている。

 

 人は数名のヤクザ者とディーラーが一人いるくらいだ。

 

 

 動いている卓は一つもなく、壁際で裸の男が頭にズタ袋を被らされて正座させられている。

 

 その男の耳元でヤスちゃんがナイフをシャカシャカ擦ると小さな悲鳴が漏れたので、まだ生きているようだ。

 

 

 弥堂はその様子を一度視てから、正面に視線を戻す。

 

 

「いつ来ても客いねえな。この裏カジノ」

 

「まぁ、客をいっぱい入れて儲ける目的じゃねェしな。大赤字にさえなんなきゃOKだって若が言ってるぜ」

 

「そうか」

 

 

 自分で振った話だが、大して興味もなく適当に話を終わらせた。

 

 そこで手にかかる重量を思い出す。

 

 

「そうだった。これやるよ」

 

「アン?」

 

 

 片眉を上げるリュージに紙袋を手渡す。

 

 

「あぁ、あの姉ちゃんか……」

 

 

 それだけで彼には意図が伝わったようだ。

 

 リュージは若いモンにその紙袋を渡すと、少しだけ真剣な声音で弥堂に話す。

 

 

「なぁ狂犬、オメエよ」

「なんだ?」

 

「オメェ、あの姉ちゃんにちゃんと礼を言っとけよ?」

「彼女にもアンタらに礼を言っとけって言われたばかりだよ」

 

「オマエの為にイロイロ気を遣ってんだよ。まだ若ェのにデキた女だぜ、ありゃあ。あのタイプはヤクザの嫁に向いてるかもな」

「それは褒め言葉なのか?」

 

「さぁな。オメェ次第じゃあねェか? それにオレぁ結婚したことねェからわかんねェや」

「そうか」

 

「とにかく! オメエは他人への感謝を忘れるなってことよ」

「そりゃどうも」

 

 

 ヤクザ者に正論で諭されてしまって、弥堂は何とも言い難い心持ちになる。

 

 そんな彼にリュージはクズの年長者として、さらに説教をする。

 

 

「若だってそうだぜ」

「あ?」

 

「こんなとこに――あの姉ちゃんと同じマンションにわざわざ儲かりもしねえ裏カジノ作ってよ。オレらを常駐させてる理由(ワケ)、わかんだろ?」

「わからないな」

 

「ったくガキがよ。まぁ、若はオメエを相当気に入ってるってこった。それだけは疑うな」

「わかったよ。そういえば辰のアニキはいねえのか?」

 

「アニキか? アニキなら入院してるぜ?」

「なんだと?」

 

 

 話題を変えるためだけに尋ねただけだったが、意外な答えが返ってきたので弥堂は思わず反応する。

 

 あの殺しても死ななそうなチンピラが入院とはどういうことだと関心を持った。

 

 

「また腰でもやっちまったのか?」

「いや、先週よ、ゾンビと戦ったんだよ」

 

「アンタらもそんなこと言ってんのか」

「いやオメェ、これマブなんだって。しかもだぜ? ウチの組の屋敷にゃあゾンビの親分みてェなのまでカチコミしに来やがったんだよ……!」

 

 

 切った張ったが常のはずのヤクザにも、さすがにあれは衝撃体験だったのか、リュージは堰を切ったように喋り出す。

 

 

「ありゃあ伝説の抗争になるぜ」

「それは怖いな」

 

「おぉ。オレもさすがにブルっちまったよ。でもオメェ、アニキは違う。バケモン相手にもステゴロ上等だぜ?」

「それは怖いな」

 

「でもそんなアニキでも一筋縄でいかなかったんだ。なんせ相手は親分だからよ」

「それは怖いな」

 

「聞いてくれよ狂犬。なんとよ、その親分、ズルムケだったんだ。チンポのゾンビだったんだよ」

「……それは怖いな」

 

 

 もしかしてレッサーデーモンのことかと想像する。

 

 

「そのチンポとアニキがタイマンでヤったんだよ!」

「きたねえな。つーか、全員で囲んでボコれよ。バカかよ」

 

「だってオメエ、タイマンだもんよ」

「それで辰っさんは負けたのか? よく生きてたな」

 

「いや、勝ったぜ? アニキが負けるかよ」

「マジかよ……」

 

 

 レッサーデーモンは下級でも悪魔だ。

 

 普通の人間が殴ってどうこう出来るはずの相手ではない。

 

 別の者から一度聞いた話ではあったが、改めて聞いて弥堂は素直に驚きを浮かべた。

 

 

「だけどアニキもズタボロにされちまってよォ。アニキの自慢の真珠がボロっと出てきちまったんだよ……。オレぁもう見てらんなかったぜ……」

「どんな戦い方したんだよ」

 

「オレも真珠入れるか迷ってたんだが、あれ見たら怖くなっちまってよ……。やっぱ止めといたほうがいいかな?」

「やめとけよ。入れる意味ねえだろ。チンコは技術だ」

 

 

 ふにゃっと眉を下げるヤクザに呆れていると、ヤスちゃんが寄ってきた。

 

 

「フォイ、ヒョォフェン! フォレフファエフォッ!」

 

「……あぁ、悪いな」

 

 

 彼は通称“アンパン売りのヤスちゃん”だ。

 

 大好きなアンパンを食べ過ぎたが彼には歯磨きをする知恵がなかったために、歯の本数が心許無く極端に滑舌が悪くなっている。

 

 

「狂犬、ヤスがなんて喋ったかわかったのか?」

 

「いや?」

 

「そうか……」

 

 

 不思議そうにするリュージに適当に返事をし、弥堂はヤスちゃんが差し出してきたロープを受け取る。

 

 すると、ヤスちゃんはスッとアンパンも渡してきた。

 

 

「…………」

 

 

 弥堂はそれらを一度受け取り、ロープだけを確保してアンパンはその辺にいた若いモンにくれてやった。

 

 

「ヘヘッ……」

 

 

 アンパンを貰った男が嬉しそうに袋を開けると、ヤスちゃんは悲しそうに眉をふにゃっとさせた。

 

 それらを全て無視して弥堂はベランダの方へ向かう。

 

 

「ところで、辰っさんは何処に入院してるんだ?」

「アン? 美景台の総合病院だよ。ウチでいつでも使える部屋確保してんだ」

 

「そうか。元気にしてんのか?」

「あぁ。元気は元気だぜ。あのゾンビは外人街の仕業だって言っててよ。殴り込みにいくから退院させろって騒いでるぜ」

 

「……そうか」

「まぁ、暇なんだよ。オメエも空いてる時に見舞いに行ってやってくれや。ああ見えてアニキは若やオメエのこと気にかけてんだよ。あ、これオレが言ってたって言うなよ? ケジメつけさせられちまう」

 

「わかった。俺は何も聞かなかった」

 

 

 適当に答えて記憶の中の記録を増やし、弥堂はベランダを開けた。

 

 

「ロープは後で適当に片付けとくから、そのまんま行っちまいな」

 

「あぁ、いつも悪いな」

 

 

 部屋の中からそう声をかけてリュージは窓を閉ざす。

 

 分厚い遮光カーテンが閉まる様子を横目で見遣ってから、弥堂はロープをベランダの落下防止柵へ括りつけた。

 

 そして、4階のベランダから地面へロープを放り手を離す。

 

 そして――

 

 

 ドクンっと、心臓に火を入れた。

 

 

 全身に魔力を巡らせて、右手を意識する。

 

 聖剣(エアリスフィール)なしで、霊子の糸を創ることを試みた。

 

 

 聖剣の管理人格であるエアリスが触手を生み出していた時の記憶を再生して、その魔術構成をトレースし魔力を注ぐ。

 

 すると、細い糸が一本生成され、弥堂の魔眼にだけキラキラとした霊子の輝きが映った。

 

 

 だが、その輝きはすぐに濁る。

 

 糸は肥大化し赤黒く変色し実体化され、そして可視化された。

 

 

 この糸の物質化は弥堂の魔力によるものだけではない。

 

 弥堂の魔力光は蒼銀だ。

 

 だからこれは魔力だけで実体を得たのではなく、単に弥堂の技量と魔力不足のせいで霊子状態を維持することが出来ず、不純物を大量に取り込んでしまった為に起こった現象だ。

 

 

「ふむ……、ここまでは成功か」

 

 

 これはエアリスの触手の模倣だ。

 

 自宅で何度か練習をしたが、同じ結果が現れた。

 

 

 以前までは聖剣を使って霊子の糸の生成を行っていた。

 

 それと同様の不可視の霊子の糸を創るという点ではこれは大失敗となる。

 

 あれは聖剣やエアリスなしでは出来ないのだろう。

 

 だが、それは想定内だ。

 

 

 霊子の操作としては失敗だが、不純物を取り込み物質化したおかげで、この不完全な魔力の糸で直接的に物理力を以て、他の物質に影響を齎すことは可能となる。

 

 

 霊子状態では不可視という利点はあるが、その性質上糸による攻撃はどうしてもエアリスの“加護(ライセンス)”である【切断(ディバイドリッパー)】頼みだ。

 

 直接的に物理的に攻撃をすることは出来ない。

 

 

 エアリス不在では肝心の【切断(ディバイドリッパー)】が使えないので、霊子の糸が仮に生成出来たとしても何の実効力もない。

 

 それならば、いっそのこと失敗状態であるこの物質化を利用して、物理的な実効力を発揮できないかと考えた結果がこの魔術だ。

 

 

 聖剣(エアリスフィール)を失ったことで、霊子の糸はもう使えない。

 

 だが、代わりに以前よりも魔力が少しだけ増えた。

 

 その魔力を活用して弥堂は新たな手段を模索している。

 

 

 エアリスの触手の模倣だが、出来上がったモノはとても触手とは呼べない貧相なモノだ。

 

 霊子の糸よりは太いが、いいところワイヤーと呼べる程度の代物だ。

 

 今からこれを試す。

 

 

「…………っ」

 

 

 弥堂は精神を集中させ魔力を運用し、魔力ワイヤーを操作する。

 

 

 先程のロープと同様に落下防止柵にワイヤーを動かして括りつけていく。

 

 動きは多少覚束ないものがあるが、一応弥堂の意思に従って動かすことは出来た。

 

 次は強度の確認だ。

 

 

 弥堂はワイヤーを括り終わると、躊躇いなく4階のベランダから宙へ身を投げ出す。

 

 

 いつもこのマンションから出る時は、万一の尾行や張り込みを警戒し、こうしてこの部屋のベランダからロープを使って脱出することにしていた。

 

 この部屋のベランダと、そこから下は監視カメラの死角となる。

 

 皐月組がそうさせている。

 

 

 今回はこの魔力ワイヤーが脱出用ロープの代替だ。

 

 そのように使えるかという実験となる。

 

 

 2mに満たないワイヤーは、弥堂の体重の落下による荷重を一度耐えた。

 

 弥堂は3階のベランダの壁を踏んで体重を支えながら、次はワイヤーの長さを伸ばすことを試みる。

 

 魔力をさらに注ぐことでそれは解決され、弥堂は壁から足を離した。

 

 

 さらに2mほど伸びたワイヤーにぶら下がり、2階の壁を蹴って空中に身を躍らせる。

 

 今度は逆にワイヤーを縮めて自分を引き上げることに挑戦してみる。

 

 

 3階部分まで戻ることに成功した瞬間、ワイヤーがブチンっと千切れた。

 

 弥堂が地面への落下を開始すると同時に魔力ワイヤーは霧散して『世界』へと還った。

 

 

 その様子を魔眼で視上げながら弥堂はエルフィーネに教わった足さばきを使って、タタタタターンッと音を鳴らして着地をする。

 

 そして、何事もなかったかのように歩き出した。

 

 

 魔術を切り替えて、今しがたの結果に考えを巡らせながら、弥堂はマンションを離れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 新美景駅北口のロータリー――

 

 

「――さっそく出せよ」

 

 

 乗り込んだミニバンの車内にて、無遠慮に命じてくる中年男を希咲は睨むような目でジッと見る。

 

 その視線に男は怯むことなく、大袈裟に肩を竦めてみせた。

 

 

「そんな目で見んなよ。頼んだのはお前の方だろ」

 

「…………」

 

 

 それは確かにその通りだった。

 

 

 母が新たな借金を増やしたので、生活の維持の為に更なる金が希咲には必要になった。

 

 それを得る為の“シゴト”を求めて、自分からこの男に連絡をしたのだ。

 

 

 不満を覚えて、それを露わにしたところで、何の意味もない。

 

 そんなことで財政状況は解決されないし、自分がこれからすることも、これまでにしたことも、何一つ変えられはしないのだ。

 

 

 仕方ないと諦め、割り切り、ファスナーに手をかける。

 

 指を引いてジッパーを鳴らした。

 

 

 空いた隙間に手を挿し入れられる。

 

 

「ちょっと……、勝手に……っ!」

 

 

 眉を寄せて文句を言うが聞いてもらえず、顔も見てもらえない。

 

 

「いいじゃねえか。こっちはもう待ちきれねえんだよ……」

 

「そ、そんな乱暴にしないで……っ」

 

 

 雑な手つきで無遠慮に中身を弄られ、そして目当てのモノに触れられる。

 

 男の手がスッと引かれた。

 

 

「あった、あった。開けるぜ?」

 

「……勝手にすれば?」

 

 

 希咲が持ってきたバッグから、男はA4サイズの封筒を取り出しそれを開封する。

 

 またも雑な手つきで掻きまわして、中身を一部取り出した。

 

 

「おーっ、いいねぇ。相変わらずキレイに撮れてんじゃあねえか……」

 

「……うれしくないし」

 

 

 男の手にあるのは写真だ。

 

 希咲の側から見えるのは写真の背で、どの写真を見ているのかはわからない。

 

 

 だが、自分で撮って現像し封筒に入れたのだ。

 

 それらに何が写っているのかは自分でよくわかっている。

 

 

 写真を見て下卑た笑みを浮かべる男の顔を見ないようにしながら、堪えようのない羞恥に耐える。

 

 

 目元と頬を紅く染める彼女の様子を、男はハッとどうでもよさそうに笑う。

 

 

「なにが不満なんだよ?」

 

「……だって。そんな写真撮りたくないし」

 

 

 不貞腐れたような彼女の顔から、男はもう一度写真に目を遣る。

 

 

「……このラブホ、こないだ行ったな」

 

「サイテー……」

 

「なに怒ってんだよ。思い出してんのか?」

 

「んなわけあるか……っ! こんな写真撮りたくないって言ったでしょ⁉」

 

 

 声を荒らげる彼女の様子をむしろ楽しむように男は笑い声をあげた。

 

 

「いまさら何言ってんだ。別にいつもどおりのことだろ?」

 

「……いつもどおりになっちゃってるから、なおさらヤなの……!」

 

「ンだあ? まだ恥ずかしがってんのか? “初めて”なんてとっくに終わっただろぉ?」

 

「うっさい! そういう問題じゃないっ!」

 

 

 自分はこんなにも躊躇いを覚え、こんなにも忌避感を抱いているのに――

 

 そんなもの全てどうでもいいことかのように、男には余裕がたっぷりとある。

 

 

 それが堪らなく悔しく感じた。

 

 

 うっすらと涙を目尻に浮かべながら睨みつけてくる彼女に、男は軽く肩を竦める。

 

 

「まぁ、いいぜ。続きは事務所に行ってからだ。じっくりと見せてもらうぜ? へっへっへっ……」

 

「……きもすぎ」

 

 

 その力無い罵倒はせめてもの意趣返しだ。

 

 これにも何の意味もない。

 

 この後することも変わらない。

 

 

 その証拠に男がハンドルを握れば勝手に動き出してしまう。

 

 自分の意思とは関係なく、自分の身体が運ばれていってしまう。

 

 

 こんなことは、やはり――

 

 

 どんなに先の未来でも笑えるようになるとは希咲には思えなかった。

 

 

 

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