俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章18 WEAR CAT ①

 御影探偵事務所に舞い込んだ、変わった仕事。

 

 国家に所属するウラの機関が持ち込んだオモテには決して出せない危険な仕事だ。

 

 

 弥堂 優輝(びとう ゆうき)がその話を聞いている途中で、部屋に突然乱入する者が現れた。

 

 

「――キミは……?」

 

 

 今回仕事を持ち込んだ男――市役所のオジさんを自称する佐藤 一郎が乱入者に問う。

 

 弥堂も眼を細めてその人物を視た。

 

 

「ボクはここのスタッフだよ!」

 

 

 声変わりしたかどうかくらいの少年のような声。

 

 身長も弥堂よりも大分低く160cmくらいだろうか。

 

 だが、ノックもなしに部屋に突入してきただけあって、全く物怖じせずに佐藤の問いに答えた。

 

 

「そうなんだ。随分若そうだけどお仕事してエラいね。御影所長?」

 

 

 佐藤は笑みを深め、それからこの探偵事務所の責任者である御影 都紀子(みかげ ときこ)へ真偽を問う。

 

 

「あ、はい……、この子は――」

 

「――って、都紀子さんっ⁉」

 

 

 御影所長が答えようとすると、乱入者は所長を見てギョッとした。

 

 

「なんてカッコしてんですか……っ⁉」

 

 

 大袈裟に驚いて所長へと駆け寄る。

 

 そして、弥堂の無体のせいでボタンが千切れ開けてしまった胸元に手を伸ばした。

 

 

「とりあえず応急処置をしますよ?」

 

「あ、ゴメンなさいね?」

 

 

 そして、白いレースがチラ見えするブラウスを安全ピンで留めようとする。

 

 所長もその処置を受け入れた。

 

 

 処置を始める際、乱入者はブラインドになるように弥堂の方へ背を向けた。

 

 その人物の様子はわからないが、こちらに身体の正面が向いている御影所長の仕草から、何か小声で言葉を交わしているように見える。

 

 

「おまたせ!」

 

「話を止めてしまい申し訳ありません。その、確かにか……、彼はウチの子です」

 

「へぇ?」

 

 

 所長の返答に佐藤は興味深げに声を漏らした。

 

 

 所長が“彼”と言ったこの人物が、背格好や声から判断して少年だとすると中学生くらいに見受けられる。

 

 そんな年頃の子供を探偵事務所で働かせることは行政に属する人間からすると、感心できないはずだ。

 

 だが、佐藤の声音からは何か期待するような色が感じられた。

 

 

 処置を終え、乱入者は快活な声や仕草で弥堂や佐藤の方へ身体を向けた。

 

 弥堂は眼を凝らしてみる。

 

 

 彼は随分と華奢だ。

 

 異世界に召喚される直前の中学一年生の弥堂もひ弱な子供だったが、その当時の自身と比べても細いと思う。

 

 上は身体の線がわかりづらいダボダボの大きなパーカーで、下は足首まであるダメージジーンズ。スニーカーを履いている。

 

 そんな服装でもはっきりと華奢に見える。

 

 

 そして野球帽のようなキャップを深く被っており、帽子のツバで顔が隠れて見えない。

 

 先程、所長の着衣の乱れに驚いてみせた時、彼女に駆け寄った時、そのツバの陰を覗けそうな機会はあったが、隠された顔は何故かよく見えなかった。

 

 

 そういった不自然さもあるが、弥堂が最も不自然に感じたのは彼に対する印象だ。

 

 

 其処にいるはずなのに、眼に映っているはずなのに、なにか、どこか、曖昧に感じる。

 

 うまく言い表せないのだが、昨夜名前の無いバーで会った詐欺師の男――何故か印象に残らない彼の顔――それと同種の感覚がした。

 

 印象を曖昧にされてしまう。

 

 

 もしかしたら弥堂の所属する部活動の長である|廻夜 朝次《めぐりや あさつぐ――彼のサングラスとも同じかもしれない。

 

 部長はいつも顔の半分を隠してしまうような大きなサングラスをかけているため、その下の表情はよく――

 

 

(――ん? 何故今思考が逸れた……?)

 

 

 弥堂が自分自身にそんな疑問を浮かべた時、

 

 

「ってことはキミの同僚なのかな? 弥堂君?」

 

 

 佐藤に水を向けられる。

 

 

 弥堂は切り替えることにした。

 

 視覚的に何か曖昧に感じられたとしても関係ないと――もう一度乱入者を強く視て、それから佐藤へ答える。

 

 

「いや。俺は知らないな」

 

「言っとくけどボクの方が先輩だからね。ここの仕事熟してる量だってキミよりずっと多いよ」

 

「…………」

 

 

 佐藤に答えたつもりだったのだが、その少年は気安く弥堂にそう言ってマウントをとってきた。

 

 弥堂が無視していると、再び佐藤が所長へ問う。

 

 

「御影所長……?」

 

「あ、はい。この子――彼のことはいつも頼りにさせてもらっています」

 

「ふぅん。もしかして彼は……?」

 

「えぇっと……」

 

 

 わざと肝心な言葉を削った――何かを確認するような佐藤の質問に、所長は一度目を泳がせてから少年の方を見た。

 

 彼は所長にコクリと頷いてみせる。

 

 すると――

 

 

「…………はい。そうです……」

 

 

 所長はどこか後ろめたそうに、佐藤に肯定をした。

 

 わざと肝心な言葉を削って――

 

 

「へぇ……」

 

 

 佐藤も多くは語らず、ただ感嘆をした。

 

 それには先程の期待が叶ったかのような色があると、弥堂には感じられた。

 

 

 そして肝心な部分が――おそらく弥堂にだけ――曖昧なままで、佐藤は話を進めることにしたようだ。

 

 

「――じゃあ、二人出してくれるって認識でいいのかなあ?」

 

「そ、それは……」

 

「いいよ!」

 

 

 所長は言い淀むが、少年は快諾した。

 

 

「キミも構わないかな?」

 

 

 所長に口を挟む機会を与えないように、佐藤はすぐに弥堂に話を振った。

 

 弥堂は少しだけ考えるフリをして――

 

 

「――いいぞ。構わない」

 

「へ……?」

 

 

 その少年の参加を承諾した。

 

 だが、弥堂のその答えに何故か参加を申し出てきた少年自身が驚きをみせる。

 

 例によってその目元は見えないが、キョトンとしているように思えた。

 

 

「なんだ?」

 

「あ、いや――」

 

 

 弥堂が彼にジロリと眼を向けると、彼はあたふたとしながら言い訳をし始める。

 

 

「てっきり分け前が減るからとかってゴネるのかなーって……。さっきまでの話を盗み聞きしてた時の印象だと、そんなメンドそうな人だなーって思ってて……」

 

「あぁ。確かにそれは嫌だな。おい、さっきの報酬は一人分だな? ちゃんと人数分出せよ。それが出来ないならこのガキはタダ働きさせろ」

 

「び、弥堂君っ!」

「やっぱりムチャクチャ言うなぁ……、この人」

 

 

 割と失礼なことを言われたが弥堂はそれを流して、佐藤の方へ半ば恫喝するような要求をする。

 

 その物言いを所長が咎め、少年はどこか呆れたような態度をみせた。

 

 しかし、言われた本人は「はっはっはっ」と楽しげに笑う。

 

 

「ふふ、いいよお。もう300万円だそう」

 

「――だそうです。よかったですね所長」

 

「わ、私的には、お金を受け取りすぎる方が後々コワイと言いますか……」

 

 

 相手の気が変わる前に弥堂が所長に承諾をさせようとすると、彼女は複雑そうな顔をした。

 

 余計な抵抗をされたくないのは佐藤も同じようで、話を本筋の依頼内容の方へ戻そうとする。

 

 

「続きを話したいんだけど、キミはどこまで内容を把握しているかな?」

 

「全部聞いてました。ボクのはそういう能力(チカラ)です」

 

 

 少年の方へ確認をとると、彼は肩を竦めて軽く答えや。

 

 

(そういう、チカラ……?)

 

 

 弥堂はその言い回しに疑問を感じるが、他にはそう感じる者はいないようで、佐藤は大きく頷いた。

 

 

「なるほどね。ところでキミのことは何て呼べばいいかな?」

 

「ボクのことは“ウェアキャット”と呼んで」

 

「そうかい。じゃあよろしくねウェアキャット君。では、話を戻すよ――」

 

 

 明らかに本名でないその名前をあっさりと受け入れて、佐藤は話を戻す。

 

 弥堂としても重要なのはそっちの話なので、名前や能力のことは聞き流すことにした。

 

 

「それじゃ、お隣失礼っ」

 

 

 ウェアキャットと名乗った少年は断りを入れてから、弥堂の隣のソファに腰を下ろす。

 

 体重を感じさせないくらい、ほんの僅かにソファが沈んだ。

 

 

「よろしく、弥堂くん」

 

「…………」

 

 

 弥堂は答えず、チラリと横目を彼に向ける。

 

 さっきよりも傍に居て、だがやはりその顔は窺えない。

 

 

 弥堂はすぐに佐藤へ眼を戻す。

 

 すると、説明が再開された。

 

 

「今渡した手付金とは別に成功報酬についてだ。今回の依頼には成功の段階をいくか設定させてもらう」

 

「段階?」

 

「あぁ、まず大成功でプラス1000万円。普通の成功で300万円だ」

 

「いっせ――」

 

 

 成功報酬の額に所長とウェアキャットがギョッとしたが、弥堂は別のことが気になった。

 

 

「成功段階の条件は?」

 

「ふふふ」

 

 

 弥堂が質問すると佐藤は嬉しげに笑う。

 

 

「まず大成功について――これは福市博士と賢者の石(アムリタ)がどちらも敵の手に渡らないことだ」

 

「待て。護衛対象はともかくブツまで持ってきているのか?」

「ブツって……」

 

「そうなんだよ」

 

 

 弥堂の言い回しにげんなりとした声を出すウェアキャットを無視して、佐藤は説明を続ける。

 

 

「クローズドな講演会って言ったろ? これは名ばかりで、実体は親米の資産家へのプレゼンなんだ」

 

「あぁ、なるほどな」

 

「だから守るべきものは二つ。博士と賢者の石(アムリタ)。この二つがどちらも敵に渡らず、そして博士は存命であること。これが大成功の条件だ」

 

「……ブツの方は最悪ぶっ壊れても構わないということだな?」

 

「敵に渡るくらいならね。福市博士さえ生きていればどうにでもなる。この大成功の場合はアメリカからお金を引っ張れるからキミたちにも高額報酬が払えるってわけさ」

 

「わかった。次は?」

 

「え? それだけ?」

 

 

 どこか着いていけていない様子の所長とウェアキャットを置いて、佐藤と弥堂は話を進めていく。

 

 

「次に成功。これは賢者の石(アムリタ)を奪われた場合だ」

 

「博士だけは渡すなということだな?」

 

「その通り。博士は絶対に敵には渡せない」

 

「えっと……、じゃあ、賢者の石(アムリタ)ってのより博士の方が大事ってことだね?」

 

「そうだね。人に勝る財産はないよ。だからこれを守ってくれたらちゃんと予算から300万円を追加で出そう」

 

「ふむふむ……」

「…………」

 

 

 ウェアキャットがコクコクと頷くが、弥堂は少し思案した。

 

 

「で、だ。失敗条件だけど、これはもちろん福市博士が敵に奪われることになる」

 

「まぁ、そりゃそうだよね。今の話を聞く限りは」

 

「ふふふ。そして失敗した場合なんだけど、当然成功報酬は何も無し。だけど、今渡した手付金は1円も返さなくていい」

 

「え? いいの……?」

 

「あぁ。これには危険手当と口止め料が入っていると思ってくれ」

 

「そう聞くと好待遇な気がしてきちゃうなぁ……」

 

 

 佐藤とウェアキャットの話を聞きながら考え、弥堂はジロリと佐藤を視た。

 

 

「コワイ目だねえ。でも、安心してくれ。成功しなかった時でも場合によっては特別ボーナスを出すよ」

 

「え? どういうこと? 失敗したのに?」

 

「まぁ、成功しなかったとしてもだね。頑張り次第でね。今回成功しなかったとしても、ボクとしては今後もいい関係を続けたいし。成功しなかったとしても内緒でボーナスを支給しちゃうよ」

 

「……そのボーナスの条件は?」

 

 

 同じ言葉を繰り返す佐藤に弥堂がそれを問うと、彼は笑みを深くする。

 

 

「今は言えないよ。先に言っちゃってそれを目標にされると困るからね。大成功を目指して依頼に臨んでほしい」

 

「ふむ……、それもそっか……。ていうか、そのお金もらっても博士が無事じゃなきゃボクたちも後味が悪いしね……」

 

「わかった。つまり依頼が成功になる最低条件は、福市 穏佳(ふくいち しずか)博士を“敵に”渡さないことだな?」

 

「そうだね。その条件でどうかな?」

 

 

 弥堂もウェアキャットも佐藤の提示する依頼の成功条件に納得し、二人とも頷いた。

 

 その反応に佐藤も気を良くした。

 

 

「オーケー。若者はノリがよくてオジさん嬉しくなっちゃうよ。一度まとめると、成功条件はいくつかあれど基本的には守るべきものは二つ。博士と賢者の石(アムリタ)。だけど優先は博士だ」

 

「製法は渡せないということだな」

 

「そう。それじゃあ当日のことについてなんだけど――」

 

「――待て。その前に訊きたいことがある」

 

 

 より具体的な話に入ろうとする佐藤を弥堂が止めた。

 

 

「いいよ。確認は大事だ。質問を出来るのは素晴らしいことだよ。何でも聞いておくれ」

 

「じゃあ、質問だ。少々違和感をもった点がある」

 

「なんだい?」

 

「何故、博士個人が狙われる?」

 

「え?」

 

 

 弥堂のその問いにウェアキャットは首を傾げるが、佐藤は興味深げに口角を上げた。

 

 

「キミ話聞いてなかったの? だって博士がそのヘンなクスリを――」

 

「――黙ってろクズ。お前と話していない」

 

「はぁッ⁉」

 

 

 弥堂を注意しようとしたウェアキャットだが、逆に辛辣な罵倒をされて肩を怒らせた。

 

 しかし、佐藤が笑いだしたことで弥堂に反論する機会を失ってしまった。

 

 

「ふふ、何故そう思ったんだい?」

 

「その博士とやらは研究機関に所属しているんだろ?」

 

「そうだね。そして賢者の石(アムリタ)を発明した」

 

「だったら、その機関とやらに賢者の石(アムリタ)の作り方は共有されているだろ? いくら発明したと謂っても一研究員にその製法を秘匿と独占が出来るはずがない」

 

「……つまり?」

 

賢者の石(アムリタ)一つ奪って満足することが敵の目的ではないだろ? その利権が目的だと言ったな? だったら最も重要なのは賢者の石(アムリタ)の製法とそれを作れる設備になるはずだ。奪う方も守る方も、博士個人にこだわる理由がない」

 

「ふふふ、素晴らしい!」

 

 

 弥堂のその回答に佐藤は手を打って大袈裟に称賛をした。

 

 横でウェアキャットがムッとしたことが気配で伝わったが、弥堂は当然無視をする。

 

 

「では、その辺を解説していこう。博士を守る上で大事なモチベーションにもなるしね……」

 

 

 そして佐藤は、賢者の石(アムリタ)の開発者である福市 穏佳(ふくいち しずか)について、より詳しい説明をしていく。

 

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