俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章18 WEAR CAT ⑤

 美景台にある新興住宅地。

 

 ここにはこの10年内で作られた比較的新しい家屋が多い。

 

 

 そんな中で周囲の家よりも比較的年季の感じられるような、老朽化が進んでいるようにも見える一軒家がある。

 

 その家の前に黒いミニバンが停車した。

 

 

 

「――ありがと、パパ」

 

 

 助手席側のドアが開いて、ショートパンツから剥き出しになった細い脚が外へ伸びる。

 

 車から降りてきたのは希咲 七海(きさき ななみ)だ。

 

 運転席の義父に礼を言う。

 

 

「車で送るくらいお安い御用だぜ。今日はオマエのおかげで助かったしな」

 

「そ」

 

「また頼むぜ?」

 

「う、う~ん……」

 

 

 その頼みには七海ちゃんはお口をもにょもにょさせて、明確な回答は差し控えさせて頂いた。

 

 なので話題を変えて誤魔化すことにする。

 

 

「てゆか、晩ごはん食べてけば? これから作るし」

 

「う、う~ん……」

 

 

 そうすると今度は義父の方が答えに窮する。

 

 彼とは血は繋がっていないし、厳密にはもう義理の父でもないのだが、リアクションが似るところに親子であることを感じた。

 

 

「あによ。テキトーなことばっかしてるくせに気が小さいんだから」

 

「だ、だってよぉ……、まだ色々と……」

 

「はいはい。じゃ、また今度ね」

 

 

 煮え切らない義父にあっさりと見切りをつけて、希咲はヒラヒラと手を振る。

 

 そのまま助手席のドアを閉める為に手を動かそうとした時――

 

 

「――なぁ、七海」

 

 

 義父が少し真剣な声で呼びかけてくる。

 

 希咲は手を止めて首を傾げた。

 

 

「オマエに頼まれてた。行方不明者の捜索なんだが……」

 

「なにかわかった?」

 

 

 愛苗の件だ。

 

 それなりにキャリアのある探偵である義父にも、希咲は早い段階で愛苗の捜索をお願いしていたのである。

 

 

 義父は不可解そうな顔をした。

 

 

「わからねえ。なにも」

 

「……そっか」

 

 

 希咲もあまり期待していなかったので、落胆は然程ない。

 

 義父に頼んだ当初はともかく、今は望莱と一緒に色々と解き明かした情報がある。

 

 そのことを踏まえると、探偵とは謂え、通常の捜索手段しか持たない一般人の義父には見つけられないだろうと判断していたからだ。

 

 

「つーか、おかしいぜこれ……」

 

「…………」

 

「いくらなんでも、何も情報が無さすぎる。出生から全てだ。一切の情報が何処にも無い。こんなのはオレも初めてだ。なんなんだよこれ……」

 

「……わけわかんないわよね」

 

 

 希咲は苦笑いしか出来ない。

 

 だが――

 

 

「実在してる人間、なんだよな……?」

 

「そうよ――」

 

 

 それには強く速く断言をした。

 

 彼女のその瞳の強さに義父は戸惑う。

 

 

「それ、もう探さなくていいよ」

 

「……いいのか?」

 

「ん。ちょっと、目途がついたの……」

 

「え?」

 

 

 希咲は身体を起こし車のドアを掴む。

 

 

「どうにか出来そう……ううん、どうにかする……、絶対に――」

 

 

 

 そう言い切って車のドアを閉め、家の玄関に向かった。

 

 

 買い物袋を持ち直して玄関のドアに手を伸ばすと、背後で車が走り去る音がする。

 

 その音と入れ替わりに希咲のスマホが着信音を鳴らし始めた。

 

 

「はいはい、ちょっと待って……っ」

 

 

 少しだけ急いで家の中に入り荷物を下ろす。

 

 そしてリュックから取り出したスマホを見ると――

 

 

 画面に表示された着信相手は、望莱だった。

 

 

 背中の後ろでガタンとドアが閉まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴトリとズれるような音とともに扉を開くと、ガランガランと不快な鐘の音が鳴る。

 

 

 新美景駅南口の路地裏にある名前の無いバーに、弥堂 優輝(びとう ゆうき)は入店した。

 

 

 

「ワリイなお客さん。まだ開店前なんだ……って――」

 

 

 カウンターでグラス類を並べていたバーテンダーの男――トーマスがジロリと入り口に目を向け、弥堂の姿を認めると露骨に顔を顰める。

 

 

「…………」

 

 

 弥堂は無言でカウンターに近付いていく。

 

 

「オイ、狂犬。テメエは出禁だって2日前に言ったばかりだろうが」

 

 

 その言葉も聞き流し、弥堂はトーマスの前に立つ。

 

 

 そしてバフっと――

 

 

 彼の前に札束を3つ放り投げた。

 

 

「…………」

 

 

 トーマスはそれをジロリと見下ろし、それから弥堂の目を隻眼で睨む。

 

 

「…………」

 

 

 常と変わらぬ乾いた絵具のようなのっぺりとした黒い眼で、弥堂も彼を見返す。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 数秒ほど睨み合って、そして――

 

 

 トーマスは煙草を一本咥えてそれに火を点けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無人島の洋館。

 

 

 

「――はい……、はい……。そうです。“せんぱい”の尾行について、以降はそのようにします……」

 

 

 紅月 望莱(あかつき みらい)は希咲と通話をしている。

 

 

「……はい。大丈夫ですよ。気にしないでください。こちらはお任せを……。はい。それじゃあまた――」

 

 

 通話を切った。

 

 

 シン、となった部屋で望莱は瞼を閉じて、そのまま数秒ほどその場に立つ。

 

 

 そして、瞼を開き――

 

 

 望莱はスマホに手と目を戻し、通話履歴から相手を探すと発信ボタンを押した。

 

 受話口を耳に近づけ、コール音を数えて待つ。

 

 幸い、相手は通話に出た。

 

 

「――もしもし? 紅月です。今お電話大丈夫でしょうか?」

 

 

 当たり障りのないお決まりの挨拶を口にしながら、この後のプランを何通りか、頭の中で高速で組み立てる。

 

 そして相手の声と話を聞いて、その反応から選択を決めた。

 

 

「……えぇ。そうです。そこで、佐藤さんとお取引しようと思いまして……」

 

 

 通話先を見通すように遠くに目線を置く。

 

 

「提案とお願いです……。えぇ、はい。ちょっとお困りでしょう? だからわたしの方から御一つ――策をご提供します……」

 

 

 唇が薄く弧を描いた。

 

 

「……問題ありません。当然、仕込みは間に合わせます……」

 

 

 言いながら窓のカーテンを閉めて、望莱はPCデスクの方へと向かった。

 

 

 

 

 状況が大きく動き出し、誰も彼もが決定的な地点へと向かって進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方過ぎ頃――

 

 

 美景台総合病院。

 

 

 

 病室内にて、水無瀬 愛苗(みなせ まな)がパートナーであるネコさん妖精のメロと向かい合って、手と肉球を合わせて「にゃっにゃっにゃっ」と手遊びをしていると――

 

 

「――ひゃぁっ⁉」

「――にゃぁっ⁉」

 

 

――病室の窓が突然ガラっと開かれた。

 

 

 驚いた愛苗とメロが銃でも向けられたようにハンズアップをしていると、3階の部屋の窓から弥堂が侵入してくる。

 

 

「び、びっくりしたぁ……」

 

「オマエもう面会時間終わってるッスよ!」

 

 

 ホッと腕を下ろす彼女らに何も答えずに、弥堂は土足のまま病室の床を踏んでベッドに近づいてきた。

 

 

「だから窓から入ったんだ」

 

「あ、そっかぁ」

 

 

 彼の無法や奇行に慣れてきてしまったせいで感覚が麻痺しているのだろう。

 

 愛苗ちゃんはもう「なるほどー」としか思わなかった。

 

 

「土産だ」

 

「え? あ、お菓子だぁ。いつもありがとう」

 

「気にするな」

 

 

 弥堂はコンビニのビニール袋を愛苗に手渡すと、彼女が座るベッドの枕の近くに丸椅子を移動させて置く。

 

 すると、弥堂が渡した袋に頭を突っこんで中身を物色していたメロが顔を出して文句を言ってきた。

 

 

「チュッチュは? ねぇ、ジブンのチュッチュは? オマエにはネコさんを飼育してるっていう自覚が足りないッス!」

 

「…………」

 

 

 弥堂は無言でメロの首の後ろを摘まみ上げる。

 

 

「にゃー」

 

 

 そしてペイっと、メロを愛苗の足元あたりに投げ捨てた。

 

 メロは空中でくるりんと回ってベッドの上に着地をキメる。

 

 

「わぁっ、メロちゃんスゴイ!」

 

 

 その軽業に愛苗が顔を輝かせてパンっと手を打つ。

 

 

「へへッ、ジブンなんせネコさんッスから……!」

 

 

 弥堂に文句を言おうとしていたメロだったが、大好きな愛苗ちゃんにホメられて気を良くし、そのことはすぐに忘れてしまったようだ。

 

 

「…………」

 

 

 弥堂は彼女らに呆れたような眼をした。

 

 

 愛苗にしたってメロの身のこなしなどこれまでに散々見て来ただろうに、今更改めて感動するようなものじゃない。弥堂はそんな風に考える。

 

 それに弥堂がこの部屋に入ってきた時に彼女らがしていた手遊びも、幼稚園児がするような遊びだ。

 

 高校生にもなってそんな遊びをして――と、彼女のことを見ていると、

 

 

「どうしたの? ユウくん」

 

 

 不思議そうに首を傾げられてしまう。

 

 弥堂は諦めることにした。

 

 

「……いや。お前ら毎日楽しそうでいいな」

 

「うんっ。ユウくんのおかげで私は幸せだよ!」

 

「……そうか」

 

 

 何故か負けたような心持ちになり、弥堂は彼女に反論する気をなくす。

 

 

「オマエこんな時間まで連絡もなしにどうしたんッスか? つか、色々と――」

 

「――繋げ」

 

「へ?」

 

 

 恐らく希咲とのデート以降のことが聞きたいのだろうが、愛苗の前で答えられるわけがない。

 

 だから、弥堂はただ短く命じて、それっきりメロのことは無視した。

 

 

「体調はどうだ?」

 

 

 愛苗に尋ねながら丸椅子に座る。

 

 

「ユウくんそのお洋服カッコいいね!」

 

 

 しかし全然関係のない答えが返ってきて、弥堂は脱力してしまいそうになる。

 

 彼女本人も失敗したことに気付いたのか、「あっ」と口を開けた。

 

 

「キミの言いたいことはちゃんと聞いてやる。だからまずは俺の聞いたことに答えてから、言いたいことを喋れ」

 

「うん。えへへ、ごめんね?」

 

「構わない。それで?」

 

「うん。元気だよぉ」

 

「そうか」

 

 

 そのまま談笑に入る。

 

 ちなみに弥堂は洋服のことは何も答えていない。

 

 

 体調や検査、それからリハビリのことなどについて会話をしていく。

 

 すると、俄かに愛苗の鼻がクンクンっと動いた。

 

 

「……ユウくん、今日いいニオイするね?」

 

「ニオイ……?」

 

「うん。女の子……? のニオイ……?」

 

 

 弥堂は反射的に視線を窓の方へやって逃走経路を確認する。

 

 相手が愛苗なので大丈夫だとは思うが、彼の経験上、女からこの手の指摘をされると大抵ロクな目に遭わないからだ。

 

 

「……華蓮さんじゃないか?」

「かれんさん……」

 

「キャバクラで会った怖いお姉さんがいただろ」

「あっ、お姫様の人だ」

 

 

「うーん?」と首を傾げる彼女に情報を開示すると、誰のことだかわかったようだ。

 

 

「この服を華蓮さんに貰ったんだ」

「そうだったんだぁ」

 

「あぁ。俺がジャージ着てるとあの人何故か怒るんだよ」

「そうなんだ。でもユウくんジャージもカッコいいよ?」

 

「そうだろう? キミはよくわかっているな」

「えへへ」

 

 

 どうにか誤魔化すことに成功したようだ。

 

 それからいくつか言葉を交わし、一度会話が途切れる。

 

 

 そのタイミングで弥堂はチラリと視線を動かした。

 

 

 視線を向けた先は、愛苗が背を預ける枕――そのすぐ近く。

 

 ベッドの上に無造作に置かれている“しましまブラジャー”だ。

 

 

 弥堂の視線を追った愛苗もそのブラジャーに気付き、ハッとする。

 

 キョロキョロと気まずげに目を動かしてチラっとメロの方を見る。

 

 しかし何も言わずに愛苗ちゃんはモジモジとした。

 

 

 その様子を一頻り見守ってから、弥堂はガッと“しましまブラジャー”を掴む。

 

 愛苗ちゃんは自分のブラジャーを握りしめる弥堂の手をジッと見た。

 

 

 遅れて何秒かしてから愛苗ちゃんはまたハッとする。

 

 チラっと弥堂の顏を覗き見て、それからどこかソワソワし始めた。

 

 そんな彼女の足の近くでは、ベッドに寝そべったメロが自分のお腹を舐めて暢気に毛繕いをしている。

 

 

 そうして誰も喋らないまま――

 

 

 弥堂が帰るまでの間、よくわからない時間が病室の中で過ぎていった。

 

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