俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章19 5月4日 ①

 生きて、積み重ねたものが、俺に何かあっただろうか。

 

 

 今日ここまでに引き摺ってきたものにはいくつか心当たりがあるが、積み重ねたというとちょっと思いつかない。

 

 

 出会った人とは漏れなく何らかのカタチで別れ、人間関係はいつもゼロに等しい。

 

 

 何も目指してはいないから、どんな道の途中にもいない。

 

 

 金は稼いでもすぐに使ってしまうから、一時的に持っていることはあるけれど、あまり自分の所有物という感覚がない。

 

 

 それなら形あるものならといえば、恐らく俺の持ち物で客観的に最も価値の高かった聖剣(エアリスフィール)は水無瀬にくれちまった。

 

 

 そうすると異世界から持ち帰ってしまったいくつかの物はと考えてみても、どれも大した品ではなく日本で売られている物以下だ。

 

 

 一番最初に思いつくのはエルフィーネに貰った遺品のような黒鉄のナイフだが、あれも頑丈なだけで特に大した代物ではない。

 

 

 ただ、最後の戦場まで――

 

 そして、その後の今日までも――

 

 

 俺と共に在って壊れなかった唯一の物でもあると考えれば、その頑丈さは評価すべきなのかもしれない。

 

 

 俺はこのナイフのことをどう思っているのだろうか。

 

 

 わからない。

 

 

 物について何を思えばいいのかわからない。

 

 

 

「――まだ、わからないのですか?」

 

「痛っぅ……っ!」

 

 

 加減された“零衝(ぜっしょう)”が撃ち込まれ、俺の口から胃液とともに血が溢れ出る。

 

 

「これでわかりましたか?」

 

 

 地面に打ち付けた杭に括りつけられて身動きのとれない俺に、感情の灯らない冷徹な目を向けるのはエルフィーネだ。

 

 久しぶりに見ると我ながら酷い絵面だと思うが、これは尋問をされているのでもなければ、何か折檻を受けているわけでもない。

 

 当然エルフィーネも怒ってなんかいない。

 

 

 これは過去の訓練の風景であり、そして今目の前に映る『俺』というのは今ここで思考を並べているこの俺ではなく、記憶の中に記録された過去の俺のことである。

 

 

 これは夢だ。

 

 過去の記憶を見る夢。

 

 

 俺にとって夢というのは未来を思い描く想像上のナニカではなく、常に過去の幻像を還り視る後ろ向きなものだ。

 

 そしてその過去の記憶の悉くがロクなものではないので、どうしても『夢』という言葉にネガティブなイメージが紐づいてしまっている。

 

 

「や、やめ……っ、エルフィ……っ、もう――うげぇっ……⁉」

 

「まだ、わかりませんか?」

 

 

 また一発、自分に零衝が打ち込まれる映像を見ると――まぁロクでもねえなと、やはりそんな風に思ってしまう。

 

 

 零衝――

 

 大地より“威”を汲み上げ、それを体内で加速・増幅し対象との接点から直接相手の体内にそれを徹して炸裂させる格闘技法。

 

 

 エルフィーネが修めた教会暗部の暗殺武術の中の一つの技法だ。

 

 セラスフィリアに「剣も魔法も使えないのならもう武術しかない」と言われ、新たなトレーナーとしてエルフィーネを付けられ。

 

 そして軽い気持ちでエルフィーネに「その“ぜっしょう”って必殺パンチ、オレにも教えてくれよ」と言ってしまったところ。

 

 上記のように説明を受けた。

 

 

 ちょっと何を言っているのかわからなかったので、その旨を彼女に正直に伝えたところ――

 

 身体で感覚を掴んだ方が早いと言われて、俺はこんな拷問のような目に遭っている。

 

 

 最初の一発をぶちこまれた段階で俺は即泣きを入れて、もうやめてくれるよう彼女に頼んだのだが、融通の効かない彼女は――

 

 

「出来るまでやれば出来るのです」

 

 

――と言って、諦めることも妥協することも許してはくれなかった。

 

 

 そして、彼女は最期まで俺を諦めてくれなかった。

 

 

 この時、俺は「この女は頭がイカレている」と確信し、しかし恐いから口には出せなかったのだが。

 

 しかし結果的に俺は“零衝”を身に着けることが出来た。

 

 

 そうすると、「出来るまでやれば出来る」というエルフィーネの言葉は正しかったことになってしまう。

 

 

 何故今更こんな情けない記憶を改めて見させられているのだと考えると――

 

 

――あぁ、そうか――

 

 

 自身の裡に積み重ねたモノ――

 

 

 彼女から教わった。

 

 受け継いだコレは。

 

 

 唯一俺が自分で文字通り血反吐を吐きながら努力して身に着けたソレなのだと云えるかもしれない。

 

 

 エルフィーネは――

 

 彼女は今の俺と同様に。

 

 何も目指さず、ただ与えられた目的を果たすために人形のように生きてきたヒトだ。

 

 

 自分の後輩にあたる孤児院の皮を被った暗殺者養成所のガキどもを守るため、解放するために――

 

 彼女は教会に従ってきたようなものだが、しかしその望みすら彼女を支配するために教会に植え付けられた洗脳の一つなのだろう。

 

 

 教会が彼女に与えたあらゆるものが、彼女を幸福から遠ざけていた。

 

 

 しかし、それでも。

 

 彼女は武術に関しては、きっと好きではなかっただろうが。

 

 それでも何十年かかけて修め研鑽したものでもあるので、きっと一定の誇りを持っていたように思える。

 

 

 今、目の前の映像で泣き叫んでいる俺よりももっと遥かに、酷くて辛い目に遭いながら彼女はその業を身に着けたのだろう。

 

 この時の彼女は、こんな俺を見ながら、何を思っていたのだろうか。

 

 

 そんな彼女の業を俺は本当に――本当にほんのごく一部だけ受け継いだカタチになる。

 

 継承したなどとはとても言えないレベルだ。

 

 

 彼女が苦しみを超えて積み重ねたモノは、きちんと後に継ぐことが出来なかったのだ。

 

 彼女はそのことをどう思っているのだろう。

 

 

 俺は彼女に与えられたこの業を誰かに継ぐつもりなんかはない。

 

 彼女はそれをどう思うだろうか。

 

 

 

 俺が使える“零衝”は、エルフィーネが使うソレの劣化品だ。

 

 彼女はほんの入口に爪先を入れた段階だと表現した。

 

 

 “零衝”は対生物、それも人間を相手にする場合は頗る効果が高い。

 

 直接内臓をぶっ壊すようなものなので、まともに当てさえすれば大抵の生き物は俺の使うレベルでも殺せる。

 

 

 相手が強力な“加護(ライセンス)”持ちの“神意執行者(ディードパニッシャー)”であっても、完全に不意を討ってあちらが戦闘状態にない時にぶちこめば、それでぶっ殺せた時もあったほどだ。

 

 だが、相手が通常の生物でなくなると、途端に通じなくなる。

 

 

 わかりやすい例が、先日戦ったゴミクズーや悪魔だ。

 

 

 血が無い、内臓が無い、そもそも肉体が無い。

 

 そんな相手には俺の“零衝”は役立たずになる。

 

 

 しかし、本当の“零衝”は――

 

 エルフィーネは違う。

 

 

 

 そんなことを考えると、目の前の映像が消えて、別のモノに変わる。

 

 また別の時の記憶が夢に映し出される。

 

 

 

「――ムリだっつってんだろ……っ!」

 

「無理は嘘吐きの言葉です。殺しなさい、ユウキ――」

 

 

 これはエルフィーネと共に魔物の討伐をやらされていた時の記憶だ。

 

 

 俺は飛ばされた異世界で人間相手に殺し合いばかりをしてきたようなイメージがあるが――実際にそれは間違いではないのだが――あの世界にもファンタジー異世界よろしく魔物という存在はいた。

 

 厳密に言えば、俺が元住んでいて帰ってきたこの日本がある世界にも魔物は居たようなので、おそらく『世界』の仕組み的にどの世界にも存在するのだろう。

 

 

 俺が教わった魔物学のようなものによれば、“魔物”とは大きく2種類に分類される。

 

 生物系と死霊系だ。

 

 

 生物系の魔物というのは、特に獣などが成長の過程で個体ごとに突然変異をしてそうなるケースが多い。元のカタチを残しながら変化をしたり、通常ではありえないサイズになったりなど。

 

 さらにそうして変異したまま繁殖に成功してしまうと、その変異した個体が生まれてくることもある。

 

 それはもう別の種として進化し生まれながらの魔物種ということになってしまう。

 

 

 わかりやすい例が水無瀬だ。

 

 かなり乱暴だが、あの化け物は突然変異したヒト種の魔物と謂えるかもしれない。

 

 仮に彼女が子供を産んで、その子が生まれながらに魔法少女だったとしたら、それはもう“魔法少女”というヒトから派生あるいは進化した魔物の種族と謂えよう。

 

 

 しかし、彼女の心臓に同化した“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”のことを考えると、彼女は魔物というより、魔王級の悪魔といった方が正確だ。

 

 だから、もちろんこれはただの例であって、彼女は魔物ではない。

 

 あんな風にその種の枠を超えた個体が、生きながらに魔物となったものを生物系の魔物と分類する。

 

 

 それに対して、一度死んでから魔物として活動を再開したものを死霊系の魔物と呼ぶ。

 

 一般的に“アンデッド”と呼ばれるものだ。

 

 そして、先日戦ったゴミクズーは恐らくこれにカテゴライズされる。

 

 

 生きる過程で超進化をしたわけではなく――

 

 

 死んで。

 

 “魂の設計図(アニマグラム)”が解けて。

 

 バラバラになった“魂の残滓”が『世界』に還ることなく現世に遺ってしまい。

 

 周囲の魔素と溶け合うことで、妄執として『世界』にこびりつく。

 

 

 そして、他の“それ”らと、寄り合い、結びつき合い、混ざり合って――

 

 再びカタチを得てしまったモノ。

 

 

 それがゴミクズーであり、アンデッドであり、死霊系の魔物というわけだ。

 

 

 この死霊系の魔物はさらに2つに分けられる。

 

 簡単に言えば、実体があるか、ないかの2種類だ。

 

 

 先日の一連の魔法少女事件で出遭ったゴミクズーは全て実体のあるアンデッドということになる。

 

 そして実体のない方は、一般的にイメージする幽霊やお化けといったものとほぼ同じだ。

 

 

 この死霊系の魔物には“零衝”が通じづらくなる。

 

 生物系の魔物は、極端なデカブツというわけでもなければ、“零衝”によって“威”を徹し殺害することは一応可能だ。

 

 生物的な構造をしているかどうかが重要ということだ。

 

 

 “零衝”とは要するに、相手の体内の血管や内臓を直接破裂させて殺す技法だからだ。

 

 それらが無い敵には通じないというのも当たり前の話だろう。

 

 

 なら、実体のあるアンデッドはどうなんだという疑問が浮かぶだろう。

 

 結論から言うと、基本的に通じづらい――だ。

 

 

 あれらは外側は生物的な見た目をしているが、中身は必ずしもそうではない。

 

 

 “魂の残滓”として遺った『生きたい』『死にたくない』『生き返りたい』など――

 

 そういった妄執や怨念がその存在の根幹だ。

 

 それらが魔素と結びつき、悪魔が受肉するように仮初の肉体を経ているに過ぎない。

 

 

『生き返りたい』『元に戻りたい』という想いが存在の意味そのものになっているようなものなので、生前の姿に似せて外見を固めようとする。

 

 だから外見は生物的になるが、中身までを完全に再現だか再生できるわけではないし、そうする意味もない。

 

 そのため、俺の“零衝”によってヤツらの内部破壊をすることは出来なかった。

 

 

 だから実体のない方のアンデッドにはさらに通じなくなる。

 

 今目の前で流れている記憶の映像のように。

 

 

 

「――こ、こんなのどうしろって……っ!」

 

 

 かつての俺が魔物の攻撃から逃げ回っている。

 

 相手はその実体のない死霊系の魔物の代表格とも謂える、悪霊――所謂レイスと呼ばれるモノだ。

 

 

「芯を見なさい。どんな敵であろうと“真”を見極め、その存在の“芯”へと“意”を徹せば、必ず殺すことが出来ます」

 

「なに言ってっか、わかんねえんだよおぉぉ……ッ!」

 

 

 レイスの放つ魔術から逃れるために、俺は絶叫をあげて走っている。

 

 横で手だしせずにレクチャーをするエルフィーネの言うことは何一つ理解できなかった。

 

 

 このレイスという悪霊は幽体の状態で存在している。

 

 2代目の残したノートに書かれた内容によると、限りなく実体に近い霊子体というらしい。

 

 先日港で戦った、エネルギー体の龍――ほぼ精霊と呼んでもいいアレが、この限りなく実体に近い霊子体の究極形だろう。

 

 

 こいつらは受肉をしていないので肉体が無い。

 

 だから触ることすら出来ない。

 

 当然物理攻撃でしかない俺の“零衝”など通じない。

 

 

 一般的にこいつらを倒すためには魔術や魔法によって、魔力的にダメージを与えることが有効とされる。

 

 それらが使えない俺が対峙するとしたら、聖剣(エアリスフィール)の【切断(ディバイドリッパー)】の“加護(ライセンス)”を使って、“魂の設計図(アニマグラム)”を直接破壊しにいくのが最も効率的な手段だ。

 

 

 しかしこのイカレたお師匠さまは、この幽霊をぶん殴ってぶっ殺せと俺に命じたのだ。

 

 

 この記憶の場面は、教会からの異端審問の任務に就いている時のことだ。

 

 この手の魔物は、死んだ人間が悪霊化して悪さをする、まんま幽霊のような“ゴースト”という名前の魔物が多い。

 

 しかし、そうではなく、頭のイカレた魔術師が研究を続けるために不死を求めて生きたまま自分を幽体化しようとし、それが失敗して“ゴースト”となるケースもある。

 

 それらは大抵強力な個体で魔術も使える。

 

 そんな迷惑な異端者を“ゴースト”の上位種として“レイス”と呼んでいるのだ。

 

 このレイスには生前と同等の知性や理性が残っていることもある。

 

 

 教会はこのレイスという存在を決して許さない。

 

 

 神父やシスターがそういった幽霊を祓うというのは創作物でよくある話だ。

 

 だから、その手のアンデットを教会関係者が斃すというのは、特に違和感なく当たり前のことのように俺たちは受け入れてしまう。

 

 

 しかし他の世界は知らんが、ことあの異世界に関しては、そうなるに至った実際の背景事情は少し異なる。

 

 

 

 これは余談になってしまうのだが、あの世界に『死霊化』の技術をバラまいたのは2代目だ。

 

 だが、彼は悪意をもってそうしたわけではない。

 

 

 あの世界の人間たちはとにかく野蛮で好戦的だ。

 

 どいつもこいつも、どうやって人をぶっ殺すか、誰をぶっ殺すかばかりを考えている。

 

 なので、2代目が整備したとはいえ、司法や警察に該当する能力がとにかく未熟で。

 

 道端に謎の死体が転がっていたとしても、それを誰がどうやって殺したのかなど深く考えたりはしない。

 

 まず考えるのは、『誰が殺したことにするか』だ。

 

 俺が居た時代も国家元首であるクズ女からしてそういう人間なのだから致し方ないだろう。

 

 

 だから巷に殺人鬼が潜んでいたとしても、いつまで経っても犯人が捕まらないのだ。

 

 

 治安の向上を図っていた2代目は頭を悩ませた。

 

 捜査方法や考え方を教えてもおサルさんたちが中々理解してくれない。

 

 かと言って、多忙な2代目が全ての現場に赴いて検死や捜査をするわけにもいかない。

 

 サルどもに任せてもまさに『死人に口なし』状態で何も解決しない。

 

 

 そこで、天才である彼が見出した解決方法が、死人に口をつけることだった。

 

 要は死体に残った“魂の残滓”を魔物化し、レイスとなった死者本人である被害者を尋問して犯人を吐かせるという狂った方法だ。

 

 

 これが世界を震撼させた。

 

 

 単純に禁忌に該当するということもそうだが、とにかく国家や教会を始めとする権力者たちに都合が悪かったからだ。

 

 あの世界では、俺が滞在した時代もそうだったが、暗殺・忙殺が当たり前の世界だ。

 

 

 謀略のため、口封じのために権力者たちは意図も容易く他者の生命を奪う。

 

 もうわかるだろうが、死者が喋れるようになってしまっては、それらの謀略が明るみに出てしまうのだ。

 

 

 このことが原因で2代目は異端認定を受けて、表舞台から姿を消すきっかけとなった。

 

 

 さらにまずいことに。

 

 霊体化した死者を、きちんと記憶を把握し知性を持った状態――つまりレイスとして魔物化することが2代目以外には出来なかったのだ。

 

 他の者がこの魔法を使うと、高確率で死者は知性や理性を持たぬ化け物――つまり人を襲うだけのゴーストとして魔物化してしまう。

 

 これが後の世まで爪痕を残す大失態となってしまった。

 

 

 ノートの中のこの件に関する記述の最後は、苦悩と後悔をの籠った文字で「あの時は疲れていた」と、2代目の懺悔未満の言葉で締められていた。

 

 

 当然この時俺が戦っているレイスも、中途半端に伝わって後世に遺った2代目の魔法によって魔物と為った魔術師である。

 

 それはつまり、この時の俺は2代目のせいでロクでもない目に遭っているわけだが。

 

 彼のような完璧で最強な勇者でもあり魔王でもある男でも失敗はするのだと思うと、若干自己肯定感が上がったりしなくもなかったので、当時の俺に彼を責める気持ちはなかった。

 

 

 話が逸れたが、そんな迷惑な魔物を教会の命により殲滅しに来た俺たちが、何故こんなピンチを迎えているかというと――

 

 

「レイスですか。珍しいですね。ちょうどいいので貴方の“零衝”を次の段階に進める修行をしましょう――」

 

 

――と、お師匠さまが仰ったからだ。

 

 

 触れもしないモノをどうやってぶん殴って殺せと言うのだと、俺は真剣に抗議をしたのだが、当然聞き入れてはもらえなかった。

 

 エルフィーネは一切手を出さないので、俺はこうして一方的に魔術で追い立てられている。

 

 

 俺からしてみれば酷く理不尽で非道な扱いを受けている気持ちだが、彼女からしてみればそんなつもりは毛頭ない。

 

 何故なら、“零衝”で死霊を殺せないというのは、この“零衝”という技の欠陥によるものではないからだ。

 

 

 先程俺は『“零衝”で死霊系の魔物は殺せない』と言ったが、実はそれは正確な情報ではない。

 

 

 正確には『“俺の零衝”では死霊系の魔物は殺せない』となる。

 

 

 つまり、俺がヘボなだけで、エルフィーネには出来るということであり――

 

 

 これがエルフィーネが“俺の零衝”を『入り口』と呼んだことの由縁である。

 

 

「――う、うわあぁぁっ⁉ シャ、シャロ……、シャロ……ッ! 助けてくれ……っ!」

 

 

 あまりに無様な命乞いに、俺は眉を顰める。

 

 記憶の映像に眼を遣れば、レイスの魔術で足を撃ち抜かれて放棄された洋館の床に転がった昔の俺の姿だ。

 

 思わずこの手でトドメを刺してやりたくなる。

 

 

 この頃はルビアが死んだ後国に帰り、エルフィーネやシャロと組んで仕事をし始めた頃だ。

 

 威勢ばかりよくなっただけで、まだ碌に戦う力がない。

 

 

「ユ、ユーキさん……っ! い、今助けに……、へぶっ――⁉」

 

 

 足手まといの怪我を治すために勢いよく走り出そうとした聖女のシャロだが、床に散らばった瓦礫に躓いて見事に転ぶ。

 

 

……おかしい。

 

 シャロのヤツこんなに鈍くさかったか?

 

 彼女に対しては基本的に俺の好感度が高いのであまりそういったイメージがなかったが、よくよく思い出してみればそういうところもあったかもしれない。

 

 これが初恋補正というものか。

 

 

 大体無理があったんだ。

 

 この戦いの場は洋館の吹き抜けになっているエントランスで、レイスは2階相当の高所を飛んでいる。

 

 飛べもしなければ遠距離攻撃の手段も持たない俺にどうしろってんだ。

 

 

 改めて憤りを感じていると、レイスが転んだシャロに目を付ける。

 

 枯れ木のような腕を彼女の方へと伸ばし、氷の矢を一本放った。

 

 

 その時、ずっと傍観に徹していたエルフィーネの右腕が動く。

 

 あまりの速度にまるで煌めいたように俺の眼には映った。

 

 

「……参、『切離(せつり)』――」

 

 

 ボソッと呟くように発音されたその声が聴こえた瞬間、シャロを狙っていた氷の矢が弾けて消える。

 

 これは“零衝”の三段階目、遠当てバージョンだ。

 

 

 全く持って意味がわからない頭のおかしな技法だと言いたいところだが、ずっとそう思っていた“コレ”は、つい先日俺にも出来てしまった。

 

 魔力のゴリ押しで再現しただけなので、あれが正しい技だったのかはわからない。

 

 だが、もう“コレ”のことを馬鹿にして、自分に出来ないことを正当化することは出来なくなってしまった。

 

 

 この遠当ての“零衝”は技の奥の一つだ。

 

 

 俺が身に着けた“零衝”はただの基礎で、入口に踏み込んだだけに過ぎない。

 

 

 なら、その入口の先には何があるか。

 

 

 それはちょうどこの後の記憶の中で見ることが出来る。

 

 

 それを見たり、説明を聞いたりすると頭がおかしくなるから、俺はあまり乗り気ではないのだが。

 

 

 しかし先日その一部が出来てしまったことだし、この機会に学び直すような心持ちで改めて見てみようと思う。

 

 

 それを行う師の姿を――

 

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