いつ移動をしたのか――
気が付いたら目の前にエルフィーネが居て、空中に浮遊するレイスを見ていた。
「零衝には段階があります――」
どうしようもない弟子である俺に見切りをつけたのか、エルフィーネが動き出す。
「貴方の修得した“零衝”は基本の壱。物理的な力――衝撃を最高効率で運用する方法です。しかしそれは『武の入り口』に過ぎません。“零衝”には次の段階があります――」
スっ転んで動けない俺に向けてレイスは数本の氷の矢の魔術を放った。
「……肆、『
エルフィーネが腕を動かすと、空間が破砕したかのように全ての氷が砕け散った。
彼女の手が薄い緑色で淡く覆われている。
彼女の魔力光だ。
「死霊は物理的に存在するわけでなく、魔力的に存在をしている。その存在の大部分は魔力で構成されていることになります。ならば――」
エルフィーネは足手まといの俺の襟首を掴み、俺を持ったままレイスに向かって突貫する。
レイスは発狂したような奇声をあげて、ありったけの魔術を発動させた。
「徹すべきは大地の“威”ではなく、大気の“魔”……。貫くべき“芯”は心臓ではなく魂……。そして血や内臓が存在しないのなら――」
エルフィーネは自分へ向かってくる十数の攻撃魔術の隙間を縫うように奔り、必要最小限の回避行動で最高効率で敵へ近づいていく。
その間、俺は悲鳴をあげるだけだ。
「……漆、
彼女の足が壁に触れると、そのまま身体を横向きにして壁を駆け上がっていく。
レイスは天井近くまで高度を上げながら魔術で彼女を狙った。
エルフィーネは壁を蹴り、今度は空中を踏む。
足裏で空間に“零衝”を撃つことで空中を歩くとかいうイカレた業だ。
そして、あっという間にレイスに肉薄をする。
「――裡で爆ぜるは魔力……っ!」
魔力を秘めた掌で、実体のない霊体に触れて、彼女は“魔”を徹す。
次の瞬間には、レイスの内部から薄い緑色の光が膨らみ、それが破裂するように拡がって敵の姿を呑み込む。
床へと落下しながらその様子を視ていると、タタタンっと足音を鳴らし彼女が着地する。
そして、その時には光が止んでおり、魔物は消滅していた。
「これが“零衝”のニ、“
足元に放り捨てた俺を見下ろしながら、彼女は秘技を伝える。
零衝。
すなわち、零から衝撃を生み出し、その先に――
壱、
弐、
参、
肆、
伍、
陸、
漆、
――と七つの段を昇っていく。
この七つを修めた先に最秘奥である『
だが、エルフィーネは七つ総てを修めているが、そんな彼女にもその最秘奥とやらは使えないらしい。
ちなみに俺に出来るのは『壱、
しかし、言い訳や自己弁護をするわけではないのだが。
この業は彼女のオリジナルではなく、教会の暗部に伝わる武術だ。
だけど、これの“参”以降を使えるヤツを、俺はエルフィーネ以外に一人も見たことがない。
俺がヘボだということは否定しないが、だが俺が飛びぬけてグズなわけでなく、彼女がおかしいのだ。
呆然として腰を抜かしている俺にエルフィーネは改めて七つの段を語って聞かせている。
彼女の表現は難しいので、俺の理解で簡単に説明すると――
・壱、
俺が使う通常の零衝。
漫画などで見る発勁と極めて似通っている物理的な攻撃だ。
・弐、
今エルフィーネがやってみせたように、物理的な衝撃ではなく自分の魔力を相手の体内に撃ち込む攻撃だ。
・参、
壱と弐の攻撃を離れた相手に撃つ技で、さっきシャロを狙う魔術を撃った遠距離打撃技だ。
・肆、
これは参の応用で、遠当てをショットガンのように複数撃ち出す。それを直接敵に当ててもいいし、さっきエルフィーネがやった様に空間に打ち込んで、パンチでバリアができる。
・伍、
零衝は基本的には点を打つ技だ。覇圧は点を打ってから先に拡げて面制圧をするらしい。一撃で広範囲を殴る技だと本人は供述している。
・陸、
空間を衝撃によって揺らし人の認知を殴って五感を狂わせるらしい。魔討で使えば魔術の妨害も出来るらしい。
水無瀬より少し背が高いくらいの見た目の少女が軽く腕を振るうと、広間に居る数十人の人間の三半規管が一斉に狂ってその場で倒れる。すごい気持ちわるい。
・漆、
手以外でも零衝を放ち、尚且つ高威力で打つのではなく適宜威力を操ることで空中を歩行することすら出来るとかいうちょっと意味のわからない技だ。肩の揺れで左右に移動することも出来るとか。
エルフィーネは肩から垂らしているおさげをブンっと振って、それで零衝を打つことすら可能だ。頭が理解を拒む。
――と、このように。
一段上がるたびに正気が追いつかなくなっていく。
文字通り正気の沙汰ではない。
この時点でいくつか気付くかもしれないが、例えば陸の
先日の蠅の魔王との戦いで、ヤツの魔法の照準をズラすために使った俺の魔法のような技――
エアリスは勝手に【
俺のものは、恐らく分類としては魔法に分類されると思う。
周辺空間の霊子に干渉して認知を狂わせる魔法。
今までは自分の気配が相手に伝わらないように誤魔化す程度のことしか出来なかった。
俺が霊子の干渉によって成し得ているものの殆どは、俺のオリジナルの発想ではなく、エルフィーネの技を再現しようとしたものが多い。
武の才能がない為に、霊子の操作だの魔力や魔術だ魔法だのと、俺が色々と駆使して劣化品を作るのがやっとだというのに。
彼女は身体操作による技術のみでそれ以上のことをやってのける。
先日の戦いの最終局面では勇者の力に目醒めたために、魔力のゴリ押しであそこまでの大化けをしたので、あれは例外だ。
流石にエルフィーネもあそこまでのことは出来ないだろうが、彼女は十分以上に化け物だった。
潤沢な魔力による身体強化が出来るとはいえ――
ルビアのように強力な“
魔術や魔法を使うことが許されているわけでもなく。
――彼女は極めた武のみでそれ以上の脅威を発揮するのだ。
これは魔術オタクのルナリナの考察だが。
エルフィーネの武術はある意味魔法と呼べる域まで達しているらしい。
例に挙げられたのが、自分の魔力を相手に徹して体内を壊滅させる『
通常、攻撃魔術とは、
➀魔力を燃料として、
➁構成した魔術式を通して、
➂望んだ効果を魔術として体外で表現し、
➄その表現された魔術を当てることによって
➅相手を殺す。
こういった手順を踏む。
エルフィーネの“零衝”その弐の魔討は、この➁~➄を省略しているのだとルナリナは解説した。
俺はあまり興味がなかったので適当に聞き流したのだが、今にして思うとおかしな話だなと感じた。
エルフィーネはハーフエルフで、教会の教義によって邪悪で穢れた存在であると決められている。
魔術や魔法は神に愛された種族である人間にしか使えないと教義で決まっているので、エルフィーネは使えてはいけない魔術や魔法を使ってはいけないのだ。
人間よりも魔素への親和性が高く魔術が得意なはずのエルフなのに、使えば異端認定をされる。
だから、彼女はこの武術を極めるしかなかったのだ。
なのにそれが魔法の一種となるというのはなんとも皮肉な話だと感じた。
そしてそれをドヤ顔で俺に説明するルナリナの顔が俺は大変ムカついた。
それにルナリナにこういった余計な入れ知恵をされたおかげで、俺はエルフィーネの変態武術を密かに『脱法魔術』と呼んでいた。
それが彼女にバレてしまい、手酷いビンタをされた。
というわけで諸々の報復をするために、ある日俺がルナリナの部屋を訪れた時、ちょうど彼女がスライム殺しの薬の実験中だった。
なので、テーブルの上にはスライムの死骸が置かれていた。
俺は腹いせにその死骸をルナリナの服を引っ張って背中に流し込んで、彼女を泣かしてやった。
そういえば――
この時についでに実験中の薬をパクって、俺がいつも腰につけていた小さなバッグの中に入れっぱなしだった。
そのバッグには魔力増強の麻薬を常備していたので、異世界からこっちに飛ばされる際に日本に持ち込んでしまった。
ヤク以外にも、それの原材料となる魔力草の種や、パクった薬、その他細々としたものを密輸してしまったカタチになる。
片付けようと思いながら部屋のクローゼットに適当に突っ込んだままだった。
流れがよくわからなくなったが、それを今急に思い出した。
一体なんの話だったか。
結局、俺の零衝はゴミだという話か。
何か学び直そうとか考えたような気もするが、どうせ勇者の力ももうないことだし、どうせ“零衝”の先も出来やしないだろう。
出来もしないことを考えるだけ時間の無駄だ。
そう考えると、目の前の映像が薄れていく。
どうやらこの時間も終わりのようだ。
『ユウキッ! どうして貴方はいつもそう――』
なにか聴こえたような気がするが、気がしただけなら気のせいだろう。
過去の出来事よりも、今日を凌ぐことの方が大事だ。
事態がどうなるにせよ、今のヤサは引き払うことになる。
明日からはヤバいヤマに入ることだし、今日のうちに色々と身辺整理をしなければな。
きっとそれを学ぶための夢だったのだろう。
彼女がそれを教えてくれたに違いない。
一応礼は言っておくべきか。
ありがとうルナリナ。
『待ちなさいユウキ……! 重要なことがまだ――』
夢は終わる――