「――なぁ、ヤったっしょ? オマエヤったっしょ?」
5月4日 月曜日。
昼を過ぎた時間頃、弥堂は中美景橋を渡っていた。
愛苗の入院している総合病院や美景台学園の前を東西に走っている国道。
その国道に沿う形で美景川が流れている。
中美景橋はその美景川に架かっている橋で、愛苗の実家や希咲の家などがある新興住宅地に繋がっている。
2週間ほど前には、魔法少女ステラ・フィオーレと、ユニーク個体のゴミクズーである“アイヴィ・ミザリィ”との戦いの舞台になった場所でもある。
弥堂はその橋を使って国道側から新興住宅地へと向かっていた。
そして――
「――なぁ、アンタヤったっしょ? ナナミとチェンジしたあのエッチなお姉さんとヤったっしょ⁉ お、教えろよぉ~、こいつぅ~……っ!」
――その足元で鼻息を荒くしたネコさんがウロウロしながら着いて来ていた。
病院を出てから少ししてからメロはずっとこの調子だ。
弥堂は無視していたのだが、いい加減鬱陶しく感じてきて嘆息する。
「うるさいぞ、クソネコ。川に放り捨てられたいか」
「い、いいじゃねえッスか。ジブン使い魔として気になるんッス。ほんと他意はなくマジで。だから、お、教えろよぉ~、アンタヤったっしょ?」
どうもメロは一昨日の希咲とのデート後の弥堂の動向が気になって仕方ないようだ。
「やってねえって言ってんだろ。しつけえな」
「う、うそつくなよぉ~。我々サキュバスには契約者であるオマエのエロステータスが見えるんッス! わかってるッス。は、恥ずかしがるなよぉ~」
「なんだそれは?」
「エッチなステータスのことッスよ。実績とか履歴とか。だ、だから隠すなよぉ~。みえてるぞぉ~」
「そんなわけがあるか」
抱っこをせがむようにズボンに張り付いて、クンクンと股間を嗅いでくる獣の首の皮を弥堂は摘まみ上げる。
「バカなことを言っていないで、そろそろ人間に化けろ」
「にゃー」
そしてペイっと放り投げたネコさんは空中で器用にクルリンと回り、バフンっとエフェクトの煙を出すとメスガキフォームに変身した。
「つか、ジブンなにすればいいんッスか?」
「さっき説明しただろう」
メロはそのまま女児スニーカーで橋のコンクリートを踏んでテクテクと着いてくる。
弥堂は彼女に胡乱な瞳を向けた。
「お前に引き会わせるヤツが居る」
「それってこないだのイイダみたいなことッスか?」
「そうだ。俺の予定がつかない時に代わりに会ってもらうことがあるかもしれん」
「また男っスか?」
「そうだ」
「やだやだ、ジブン今度は美少女がいいッス!」
「美少女? そんなもの何の役に立つ。売春させたってたかが知れてるだろ」
「え……? 美少女と謂えばまず売春なの? なにこの人……」
自身のご主人の発想に使い魔はドン引きする。
彼女が黙ったので、弥堂はスマホを取り出してアプリを起動させた。
画面に表示された一つの光点の位置を確かめて眼を細める。
「ん? 時間の確認ッスか? 今日は何時に待ち合わせてんッスか?」
「13時だな」
「あれ……? 病院出たのそれくらいの時間じゃなかったっけ? 今何時ッスか?」
「13時20分だな」
「ダメじゃん……」
メロは呆れた目でダメなニンゲンさんを見る。
「オマエの待ち合わせに対する考え方はおかしいッス!」
「おかしくない」
「こないだあれだけナナミに怒られただろ? 少しは学べよッス」
「学んでいる。というか、今日の待ち合わせはデートとは違う」
「はぁ?」
疑いの表情をするネコさんに、弥堂は言って聞かせる。
「今日はわざと遅らせている」
「なんでそんなことするの?」
「相手の従順さを測っている」
「は? つか、怒って帰っちゃったらどうするんッスか? 言っとくけど、ナナミのアレは実は相当優しい対応だからな? 勘違いすんなよ?」
「問題ない。相手の居場所は常に把握できる。仮に勝手に持ち場を離れたら、それをネタにさらに脅せるようになる」
「なんなん? そのイリーガルなメンヘラ仕草……」
メロは自身のご主人のメンヘラ具合と反社具合にゲッソリとした。
しかし彼女も細かいことは気にしない性質なので、すぐに切り替えをする。
「ま、いっか。誰が待ってんのか知らんけど、どうせならイケメンで頼むッス。タワマン住みであればなおヨシッス」
「ナオヨシじゃない。ナオトだ」
「は? 誰? つか、イイダはまぁまぁだったけど、今度は若いイケメンが欲しいッス。金持ちの」
「よくわからんが、上客だったらお前なんかに任せるわけないだろ。俺が直接対応する」
「え? オマエ、男もイケちゃうの? オールマイティなん? 勇者ってそういうこと?」
「あ? 男だろうが女だろうが知ったことか。そんなもの関係ない」
「な、なんたるオス度……っ! なんたる漢らしさ……ッ! やはりオマエを契約者に選んだジブンのネコさんアイに狂いはなかったッス……!」
「泣いて命乞いしてションベンチビってただろうがお前」
「も、もぉーっ! お兄さんのバカバカっ! なんでそゆこと言っちゃうのぉーっ!」
メロは照れ隠しにメスガキムーブをして弥堂のケツをポカポカと叩いた。
「やめろ鬱陶しい」
「もがぁッス」
弥堂はメロの顔を押し遣ってからジロリと彼女を視る。
「ん? なんッスか?」
サキュバスという種族である以上、淫蕩な性質があるのはある程度仕方がないとは考えているが――
弥堂は以前に廻夜部長より渡された悪魔や魔物に関する資料を思い出す。
『えっちなモン娘オムニバス』という文献だった。
他の著作物にも度々登場するほどサキュバスというのはメジャーな悪魔だったが、そのキャラクターの大半はエッチなお姉さんだった。
それに比べて我が家のサキュバスはどうだろうと、“
コイツはエッチなお姉さんというよりは――
「あっ……み、みられてる……、ジブンの魂……奥までぇ……っ。お、女の子のダイジなトコロなのに……、ただの突っこむための穴としか見てない目ッス……。はぁはぁ……っ」
「…………」
――こいつはどちらかというとスケベなオッサンだ。
見た目は女児やネコだが、中にはオッサンがいるのではと弥堂は疑惑の眼を向けた。
「別に――」
「あっ……」
だが、すぐにどうでもいいことかと眼を逸らした。
メロは何故か少し残念そうな顔をする。
それを無視して歩を進めた。
「そういえばッスけど――」
「あ?」
すると、こちらもすぐに切り替えたようで、隣に追い付いてきたメロが世間話のように切り出す。
「意外っスね。なんだかんだわりと毎日お見舞いに来るの」
「行けるなら行く。行けない時は行かない。それだけのことだろ」
「スナオじゃないヤツッスね。だって予定のことだけじゃなくってさ」
「なんだ?」
「なんかスッゲェ疑心暗鬼だったじゃないッスか。尾行されてるかもとか、監視されてるかもとかって。あれはもうオッケーになったんッスか?」
「何も変わっていないぞ」
「でも、何日か前ほどナーバスじゃない風に見えるッス」
「そう感じるのか?」
「ジブンこれでも悪魔っスから」
メロは頭の後ろで手を組みながらチロリと横目で弥堂を見上げる。
「悪魔は生き物の感情に敏感ッスから。さらにジブンとオマエは使い魔契約してるから、契約者の感情の動きには敏感になるんッス」
「そういうものか」
「つっても、契約前よりは少しわかるようになったくらいッスけど。契約してんのに、オマエの感情はその辺歩いてる知らん人よりわかりづらいッス」
「そうか。役に立つのか? それ」
「ん? さぁ、どうッスかね。つか、役に立てるためにあるもんじゃないだろ?」
「俺にはわからないな」
「そのうちもっとわかるようになるかもッスね。ジブン、サキュバスッスから。他の悪魔よりはそういうの得意っス」
「サキュバス関係あるのか?」
「そりゃそうッス。言ったろ? エロステータスが見えるって」
「感情はエロくないだろ」
「は? なに言っちゃってんの? 感情は大事だろ⁉ 巨乳ボロン! ひゅー! ボッキいぇー! なんてので喜ぶのは童貞だけッスよ? まずその人物の背景、事情、行為への
「…………そうか」
生意気な口をきかれたので引っ叩いてやろうと思ったのだが、彼女が思ったよりもガチな目をしていたので、弥堂は口答えすることを差し控えた。
「別に状況が好転したわけでも、急に悪くなったわけでもない。俺たちはな」
なので、元々の質問への答えを口にする。
「それって大丈夫って意味っスか?」
「さぁな」
「さぁなって……」
「状況が発生する時は常に相手がいる。なにか変わった出来事があった時、こっちが変わらないことで相手がどう動くか。それとも動かないか。それを見ている」
「む、むじぃッスよ。ジブンネコさんなんッスから、もっとわかりやすく言ってくれッス」
「心臓を晒したまま様子を見ているってことだ」
「よ、よくわかんねえけど、いきなりピンチになったりしそうに聞こえるんっすけど?」
「さぁな」
噛み砕いてもらったようで、話はループしてしまった。
「相手が引き金を引けば、そうなるかもしれない」
「それってヤベエってことなんじゃ……」
「あぁ。だから、引くなら引いてみろと、待っている」
「ジ、ジブンわかんねえッス……」
「俺もこれ以上は説明できん」
話題を打ち切って、弥堂は横目でメロを見る。
彼女の態度や振舞いが、自分に対して慣れてきているように感じた。
「気は引き締めておけよ」
「ん? 大丈夫ッス。ジブン少しは掴めてきたっていうか、慣れてきたッス。今の生活に」
「だから言っているんだ」
「……? よくわかんねえッス」
首を傾げる彼女への言及はそこで止めた。
彼女の察しの悪さ、思慮の浅さ、経験の不足、それだけでなく――
こうして並んで歩いていると、その姿からニンゲンの子供と同然に錯覚する。
子供に言っても無駄だと――そんな風に諦めたくなる。
それこそ気を引き締めるべきだと、己を戒めた。
やがて橋の出口が見えてくる。
そこには人影が一つ。
「おい、そろそろシャキっとしろ。遊びは終わりだ」
「は? スケベは遊びじゃないんだが?」
「わかった。終わったら聞いてやるから上手くやれよ」
「なにをやるのか説明されてねッスけど、まぁ、任せろよッス。イイダの時も上手くやったろ? イイダの金玉はもはやジブンの手の内っス」
「……今回もそうしろ」
下手に構えた手をモミモミと動かすスケベなオッサンとの会話を打ち切り、出口へと向かう。
先で待っている人物も弥堂たちに気が付いた。
男だ。
その男は弥堂の姿を見ると、遠めでもわかりやすく怯えた仕草を見せた。
弥堂とメロは無言のままその男の目の前まで近づき、そして歩を止めた。
「……ッス! こっちゃーッス! ま、待ってました……、ッス!」
ラフな服装の20代前半くらいの男は慌てて姿勢を正し、弥堂に卑屈に頭を下げる。
彼のその声音に、メロはピクリと不快そうに眉を動かした。
男が身体を起こして弥堂へ顔を向ける。
弥堂は一度だけコクリと頷いてみせ――
「――ぶぇッ⁉」
――突然その男の頬をビンタした。
「えぇーーッ⁉」
いきなりのことにビックリ仰天するメロを放って、弥堂はバランスを崩す男の髪を掴んで顔を上げさせた。
「『待ってた』だと? 俺がお前を待たせてたのか? お前が勝手に待ってたんだろ? 何故それをいちいち俺に言ってくる。ナメてんのかテメエ」
「ひっ……、そ、そんな……」
「『そんな』? なんだ? なにか文句があるのか? あ?」
「い、いえ、ない……です……っ! すんませんッス……!」
「『すいません』? 何故謝った? お前俺になんかやったのか? なんだ? 何をした? どう落とし前つけんだ? あ?」
「ひっ、ひぃぃ……っ」
弥堂の開幕恫喝によって、男は碌に挨拶もしない内にまともに口をきけない程怯えてしまった。
「…………」
ビンタに驚いて両手を天に突き上げた姿勢のまま、メロは口を半開きにして弥堂をジッと見る。
どうしてこの人の人間関係は必ず暴力から始まるのだろうと、メロはどこか切ない気持ちになった。
そのまま弥堂の感情を覗いてみる。
彼はちっとも怒ってなどいない。
なのに、こうやって怒ってるフリをして他人を恫喝し怯えさせ、言うことを聞かせようとする。
これが彼にとってのコミュニケーションなのだろう。
さっきは少し彼と慣れた風な会話をしていたが、やっぱりこんないつ逮捕されるかわからない人との生活には不安を覚えてしまった。
そして、今日これから一体何をさせられるのだろうと、不安半分楽しみ半分な気持ちを抱く。
とりあえず、初対面でメソメソと泣く見知らぬ成人男性が泣き止むのを待った。