「――出せよこの野郎」
「ぁいてっ、け、蹴らないで……っ」
ゴスっと弥堂が膝で蹴ると、男は身体を縮めながら懐を探りだした。
「ちゃんと持ってきたんだろうな?」
「あ、あぁ……」
「つか、コイツ誰ッスか?」
弥堂がジロリと眼つきを強めて男の挙動を監視していると、暢気な調子でメロが尋ねてきた。
「こいつはウマジマだ。ウマジマ ナオトという」
「あん? ウマジマ?」
「い、いや、オレはウマジマじゃなくって
「ふぅん……?」
ビクビクしながら訂正してくる面長の男を見て、メロはニヤリと笑った。
「クラァッ! ウマヅラこのヤロウ!」
「あいてっ!」
ズビシっと馬島の足に蹴りを入れる。
「アニキがウマヅラ言ってんじゃクラァ! 文句あんのかウマヅラァ!」
「言ってないが?」
「言ってねえだろウマヅラこらぁっ! それよりアニキがブツを出せ言うとるんじゃ! はよ出さんかいウマヅラこのヤロウッ!」
「な、なんなんだこのガキ……⁉」
ペシペシと女児キックを見舞ってくるメロに戸惑いながら、ウマヅラくんはペンケースのような物を取り出した。
「よこさんかいウマヅラァッ!」
「あっ――」
メロはそれを素早く奪うと、サッと弥堂のアニキに差し出す。
「アニキ! ジブンやったったッス! ウマヅラからカツアゲしたったッス!」
「うむ、ご苦労」
弥堂は適当に相手しながらケースを開けて中身を確認する。
「つーか、それなんなんッスか?」
メロは興味津々にピョンピョンとジャンプしながら弥堂の手元を覗き込み――
「ぅげっ⁉」
――ギョッとした。
弥堂の持つケースには、注射器が三本入っていた。
その見た目のマズさからブツの正体を想像してしまい、メロは顔色を悪くする。
そんな彼女の様子に構わずに、弥堂はウマヅラくんをギロっと睨んだ。
「おいウマヅラ。これしかねえのか? ナメてんのか」
「カ、カンベンしてくれ……! それだってめちゃくちゃヤベエ橋渡ってんだ」
「本当だろうな?」
「ほ、ほんとうだ……! オレみたいなランクの低い売人はそれ捌いてからじゃねえと次の分を回してもらえねえんだ……! ウソじゃねえ……っ!」
必死に弁解するウマヅラを見てメロはスッと真顔になると、弥堂の方へ“気をつけ”の姿勢で向き直る。
「……あの。弥堂のアニキ。ちょっとよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「それは……?」
「見りゃわかんだろ。ヤクだ」
「…………」
思った通りすぎる回答には最早返す言葉がない。
どこからどう見てもアウトすぎるこの状況にメロは目元を手で覆うと、「あちゃー」と天を仰いだ。
だがこのことを重く真面目に捉えると、刑に服す方向以外に解決の道はないので、悪魔らしくスパっと切り替えることにした。
「つか、これってこないだジブンが飲まされたヤツッスか?」
「そうだ」
「うえぇぇ……」
使い魔の契約時のことを思い出してメロは顔を顰める。
今のやりとりを聞いてウマヅラくんはギョッとした。
「ってことはウマヅラはヤクの売人なんッスね?」
「あぁ」
「カスッスね」
「そうだな。だがこのカスは可哀想なカスなんだ。カスホストだからちっとも売れなくってな。だからヤクもロクに女に売りつけることも出来ないカスなんだ」
「なんだぁー? ウマヅラァ、オマエも色々苦労してんだな? 元気出せよッス。カスでも生きてるんだもの」
「くっ……、ぬっ……、ぅぬぬっ……!」
身を襲う屈辱に、ウマヅラくんは歯を食いしばって耐えた。
そうして無抵抗でいるのをいいことにメロはどんどんと馴れ馴れしくする。
「なぁなぁ、ウマヅラー。オマエってホストなんか?」
「え? あ、あぁ……」
ワンチャン小学生の可能性もある見た目の子供に、非常に答えづらい質問をされたウマヅラくんはチラチラと推定保護者の顔色を窺いながら頷く。
「ちょっとチンコ見せろよウマヅラぁ」
「は……? えっ……⁉」
すると調子こいた女児にとんでもない要求をされて、ウマヅラくんはぶったまげた。
「ホストって女喰いまくってんだろ? ってことはチンコ最強だな? つーわけで、その最強チンコをジブンに見せてみろよッス」
「ガ、ガキがなに言って……、って、オイ! や、やめろ……! 脱がせようとするな……っ!」
無遠慮に手を伸ばしてベルトをカチャカチャしてくる女児から、ウマヅラくんは情けなく腰を引いて逃れようとする。
その様子を見ながら弥堂はうんざりとし、メロの首根っこを掴まえた。
「やめろ」
「あっ――⁉ は、離してくれッス! 後生ッス!」
「勝手な真似をするな。何故オマエは知らない男に会うとまずセクハラをするんだ」
「サキュバスッスから! ジブンサキュバスッスから! ジブン見てみたいんッス! ホストのチンコ!」
「ダメだ」
弥堂はペイっと女児を放り投げる。
そして動揺するウマヅラくんにフォローを入れた。
「すまなかったなウマヅラくん。ウチの若いモンが」
「わ、若いモンって、若すぎだろ……。正気か、アンタ……⁉」
何故か戦慄したような顔をされて弥堂は気分を害した。
しかし、こんなところでいつまでも突っ立っているわけにもいかない。
「おら。代金だ」
「え……?」
徐に怪しい茶封筒をウマヅラくんに押し付ける。
ウマヅラくんは弥堂の顔色を窺ってから封筒の中身を覗き、またもギョッとした。
中には数十万の金が入っていたからだ。
「い、いいんッスか……?」
「商品を受け取ったら対価を払う。当たり前のことだろう? それとも金はいらんのか?」
「い、いや……っ! へ、へへへ……っ、アーザッス!」
ウマヅラくんは下卑た笑みを漏らすと、勢いよく弥堂へ頭を下げた。
「あぁ。また次も頼むぞ」
「ッス! ザーッス!」
一方的に強請られるだけだと思い込んでいたウマヅラくんは安堵し、しかしすぐに表情を曇らせた。
「あ、あの、ヤクのことはいいんッスけど……」
「あ?」
「ひっ、ち、ちがうんッス! じ、じつは――」
「――口答えしてんじゃねえぞ! ウマヅラぁっ!」
「あいてっ⁉」
慌てて弁明をしようとしたが、横から飛んできたジャンピング女児キックを喰らって、ウマヅラくんは転んでしまう。
メロは尻もちをつくウマヅラくんに素早く近寄ると、ボリューミーなホストヘアーをガッと掴み上げた。
「テメーウマヅラコラァ! 誰に断って語尾に『ッス』を付けてんじゃあ⁉ 勝手なことすっとウチのアニキが許さんぞッ!」
「別に許すが?」
「アニキが許してもジブンが許さねえッス! オマエその喋り方やめろ! ジブンと被ってんだよこのヤロウ!」
「い、いてえな、わ、わかったよ……!」
ウマヅラくんの髪を掴んだ手をブンブンと振って、メロカスは自分よりも立場が低そうな者にイキリ散らかした。
弥堂は溜息を吐いてメロを引き離す。
「そういうわけで、悪いなウマヅラくん。なんかこいつがうるさくてめんどくせえから、『ッス』は遠慮してもらってもいいか?」
「い、いや、ベツにオレ普段からこういう喋り方なわけじゃ……」
「なんだウマヅラこのヤロウ! チンコも出せねえカスホストに『ッス』は十年早いんじゃコラー!」
「お前よくその語尾つけ忘れてるだろうが」
「そんなことねえッス! ネコ妖精としてのアイデンティティなんッス!」
「わかった。それより、ウマヅラくん。何を言おうとした?」
「え? あ、あぁ……」
理解不能なチンピラコンビに戸惑いながら立ち上がり、ウマヅラくんは先ほど言いかけたことを口にする。
「その、ヤクを横流しすんのはいいんだ。ただ、次からは別の場所で……」
「何故だ?」
すぐに罠を警戒した弥堂はジロリと彼を視る。
「こ、ここ以外ならどこでもいい……! ここだけはオレ、ちょっと……」
「ここだと何が問題なんだ?」
「ほ、ほら、ここってよ……、前に自殺とかあったろ……? それで、オレ、ちょっと……」
「その魂ならもうここには残っていない。気にするな」
「え?」
不可解そうな顔をするウマヅラくんに説明をしようとし、やっぱり面倒だったので止めて弥堂は歩き出した。
「どうでもいい。着いて来い」
「あ、は、はい……」
「オラァ! ジブンが後ろで見張ってっからなぁ! 逃げんなよウマヅラぁ!」
「に、にげねえよ……っ」
弥堂はホストと女児を引き連れた3人PTで住宅街に侵入していく。