俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章20 皐月組 ④

 

 弥堂とメロを正面に、皐月 惣十郎は尋ねる。

 

 

「――単刀直入に訊くぜ? 兄弟、オメエはやっぱり“そっち側”なのか?」

 

「“そっち側”という言葉の意味がわからない」

 

 

 これには弥堂は事実を述べる。

 

 尤も、口にした言葉には嘘はないが、その言葉を選んだ真意は本音ではない。

 

 

 ある程度弥堂と付き合いのある惣十郎にはそれがわかるようで、さらに踏み込んだ訊き方に変える。

 

 

「オメエは“陰陽師”か?」

「違う」

 

「教会。魔術師。仙人。道士。どれだ?」

「その中では魔術師に近いのかもな」

 

「……なるほどな。道理で……」

「その中に“エクソシスト”は含まれないのか?」

 

「なんだ。オメエ、そっからかよ。ってことは天然モノの“外法師(ハグレ)”か……」

「ハグレ? どういう意味だ?」

 

「まァ、落ち着けや。ちゃんと順番に説明してやるよ。その前に――」

 

「――はい。オイ、いいぞ。入れ」

 

 

 惣十郎が目配せすると、また若頭が廊下へ声をかける。

 

 すると今回も「ヘイッ!」と威勢のいい返事と共に子分さんが障子を開けて入ってきた。

 

 その手にはいくつか荷物がある。

 

 

「――その前に、さっきの頼まれごとから済まそう。ちょっと着てみろ」

 

「これは――」

 

 

 弥堂の前に置かれた品々を見ると、それらはスーツにシャツ、ネクタイ、靴にベルトと一式が揃えられていた。

 

 

「……随分準備がいいな?」

「カァーッ! 疑うんじゃあねェよ。前から用意してて折りを見てオメエにくれてやろうとしてたんだ」

 

「どういうことだ?」

「兄弟が正式にオレの兄弟分になって組に入った時に、祝いとして渡そうと思ってたんだよ」

 

「何度も言ってるが――」

「――安心しろよ。そういう意味じゃあねェ。元々はそのつもりだったが、兄弟に仕事着が必要になったってんなら、下心とは関係なく用立ててやるのが義理ってモンよ。なァ? カシラァ?」

 

「えぇ。男には相応しい仕事着ってモンがあります。弥堂さん。デカいヤマなんでしょう? だったらビッとキメていくべきだ。貴方に恥をかかせてはウチの組の名折れってモンだ」

 

 

 ニヤリと笑う惣十郎に山南も深く頷く。

 

 弥堂はどこか呆れたような気持ちになる。

 

 

「お前らは俺を買い被っている」

 

「ハッ、オレらはそうは思ってねェってことだ。な?」

「はい。貴方は一廉(ひとかど)の極道になれる」

 

「おかしな期待をするのはやめろ」

 

「それより着てみろよ」

 

「わかった」

 

 

 ヤクザたちは極道基準のほのぼのとした雰囲気を醸し出すが、弥堂の横で居心地悪そうに座るメロは胃が痛くなる。

 

 一般社会で一人も友達がいなさそうな自身のご主人が、ヤクザのエラそうな人たちにはやたらと気に入られていることに不安を覚えたのだ。

 

 高校卒業後の進路が想像出来てしまう。

 

 

 畳の汚れでも数えてこの場をやり過ごそうと目線を下げると、すぐ傍からカチャカチャとベルト鳴らす音が聴こえる。

 

 メロはガバっと顔を上げた。

 

 

 こんな人間のクズでも契約をしている自分のご主人だ。

 

 ビッとした仕事着に身を包んだ晴れ姿を使い魔としてしっかりと見てやらなければならないと、弥堂の生着替えをガン見した。

 

 

 すると――

 

 

(う、うわぁ……)

 

 

――弥堂の身体に刻まれた古傷の数々にドン引きする。

 

 

 これが普通の人間だったら、事故の痕だとか虐待を受けた可能性だとかを心配するが、相手はこの男である。

 

 その瑕の数々からどうしても潜ってきたであろう修羅場を想像させられる。

 

 しかし――

 

 

「いつ見ても惚れ惚れするなァ」

 

「えぇ。素晴らしい勲章です」

 

 

――ヤクザさんたちはそうではないようだ。

 

 しきりに感心をしていて、『イヤな世界観ッス……』と、メロはさらにドン引きした。

 

 

「……どれ。手伝いましょう――」

 

 

 弥堂がシャツの入った袋を力尽くで引き千切ると、中に入っていた黒のシャツが飛び出して畳に落ちる。

 

 それを見た山南が腰を上げて着替えを手伝いに動いた。

 

 

 少しして新品の黒いネクタイを若頭にギュッと締めてもらい、着替えが完了する。

 

 すると――

 

 

「――オォ、イイじゃあねェか」

 

「う、うわぁ……」

 

 

――衣装替えの終わった弥堂を見て、惣十郎もメロも先程と同じ感想を漏らした。

 

 

 黒のスーツの上下に、黒のベスト、黒のシャツに黒いネクタイ。

 

 シャツはマットなブラックで、それ以外のスーツは少しだけ光沢があり光の反射の具合によってはグレーにも見える。

 

 その姿から受ける印象といえば――

 

 

「――どうよお嬢ちゃん? カッケエだろ?」

 

「マ、マジモンの殺し屋にしか見えねえッス……」

 

「ア? 似合ってんだろ?」

 

「似合ってはいるッスね……。悪い意味で……」

 

 

――メロにはそうとしか思えず、沈痛な面持ちで俯いた。

 

 

 その間に弥堂は山南から説明を受けている。

 

 

「ベストの内側にホルスターが一体化してます。隠し持つ場合はそっちの方がいいですが、すぐに抜く必要がある場合はベストの上からそこのホルスターを別で巻き付けて使ってください」

「ナイフも通せるのか。これは便利だな」

 

「あとこっちのグローブも……」

「手袋はいらない。殴る時に感覚が鈍る」

 

「それでしたら指紋を気にする時にでも使ってください。上着の内ポケットにでも入れておきましょう、サングラスも一緒に」

「あぁ、そうか。それは頭になかった。感謝する」

 

 

 一般的な服飾店では絶対に行われないだろう内容だ。

 

 

「サイズはどうです? 前にウチで服を貸した時のサイズを参考に仕立てたんですが、肩とか足とか動かして具合を確かめてみて下さい」

 

「あぁ」

 

 

 弥堂は半身に身を捻って腕を引き絞ってみる。まるで人を殴る前の準備動作のように。

 

 左右交互に行ってから、今度は片足を高く持ち上げてみる。まるで人間の頭部を狙うように。

 

 

「問題ない」

 

「いっぺん使ってみて不具合があったら言ってください。仕立て屋に微調整させます」

 

「そこまでは大丈夫だよ」

 

「いや、それはいけねえ。スーツは自分の為だけにビチっとオーダーメイドするもんです。特に最初の一着は念入りに。じゃねえと男として格が下がっちまう」

「そうだぜ兄弟」

 

「お前らの文化に俺を当て嵌めようとするな。とりあえずこれには礼を言う」

 

 

 辟易とした顔をしながら弥堂は元の座布団に座り直した。

 

 隣のメロがジッと見てくる。

 

 

「なんだ?」

 

「え? いや、『礼を言う』つって、この人お礼言わねーなーって」

 

「礼を言うと言っただろ」

 

「……そッスか……」

 

 

 メロが再び沈痛そうな顔で俯いたので弥堂は改めて惣十郎に向きなおる。

 

 

「それより、続きの話を」

 

「あぁ」

 

 

 惣十郎が頷くと、お茶出しの子分さんが順にお茶を入れ直していく。

 

 惣十郎は目を伏せて黙ったままで何も喋らない。

 

 

 最後に、「ん?」と怪訝そうにするメロの前に新しいお茶を置いて、それからお茶出しの子分さんは部屋の外へと出て行った。

 

 パタリと障子が閉まる。

 

 そのタイミングで惣十郎が再び弥堂へ目線を向けた。

 

 

「そんなに秘匿性の高い話なのか?」

 

「アァ、そういうこった」

 

 

 ニヤリと笑い、首を傾げたままのメロを置き去りに話が再開される。

 

 

「まず、“退魔師(エクソシスト)”だったな」

「あぁ」

 

「この“退魔師(エクソシスト)”ってのは割と近年に出来た呼び名だ」

「そうなのか?」

 

「そうだ。元々は……、教会だからヨーロッパの文化圏だな。悪魔祓いとかゴーストバスターとかと同じ意味でのエクソシストってのはあったんだけどよ。それとはちょっと別の意味だ。いや、意味は同じなんだが概念?が違うっていうのか……?」

「どういうことだ?」

 

「さっき言った、教会の悪魔祓い、魔術師、陰陽師、道士、それから仙人も入るんかね? そういったモンを纏めた総称として“退魔師(エクソシスト)”って呼ぶのが、現代のワールドスタンダードだそうだぜ?」

「へぇ。意味あるのかそれ?」

 

「あるヤツにはあるんだろォな。半分は政治の世界だ」

「そうか」

 

 

 頷きながら、その“退魔師(エクソシスト)”という言葉が悪魔の口から出てきたことの意味を弥堂は考える。

 

 

「そんで、次はハグレだ」

「……あぁ」

 

「コイツには二種類いる」

「二種類?」

 

「そうだ。まず、今説明した“退魔師(エクソシスト)”から足を洗ったか、なんかやらかしてその業界を追われたヤツら。つまり、そっち系の出身で今はそうでなくなったヤツだな。これが一種類」

「もう一つは?」

 

「そのまんま逆だ。元々そっちの出身でないのに、そっちの力に目覚めちまった一般人。要はそれ系の力を持ちながら、その業界から外れてるヤツ。それを“外法師(ハグレ)”と呼ぶらしい」

「なるほど……」

 

 

 異世界帰りの元勇者がどれに該当するかと考えると、やはり“外法師(ハグレ)”ということになるのかもしれない。

 

 もっとも、そのプロフィールをそのまんま説明するわけにもいかないので、仮に自己紹介するなら半グレ魔術師というのが無難なように思えた。

 

 

「で、兄弟。オメエは“外法師(ハグレ)”なのか?」

 

「……何故俺が“そっち側”だと思った?」

 

 

 質問には答えず、弥堂は逆に惣十郎に問う。

 

 

「“やっぱり”とも言ったな? 以前からそう疑っていたのか?」

 

「あー……、疑ってたってわけじゃあねェ。そこは勘違いすんな」

 

 

 特に気分を害する様子もなく、惣十郎は先に弥堂の問いに答えた。

 

 

「そう思った理由は二つだ。一つは単純に強すぎること。オレの知る限り“喧嘩最強”の枠の中での最高値は辰っさんだ。オメエはあのオッサンと比べても飛び抜けてる」

 

「なるほど」

 

 

 ちょっと気軽にあのオッサンを殴りすぎたかと、弥堂は心中で少しだけ反省する。

 

 

「もう一つは御影サンだ。オメエのバイト先じゃなく、理事長の方な?」

 

「理事長が……?」

 

「あぁ、そうだ」

 

 

 惣十郎は、弥堂の隣でお茶をフーフーするメロをチラリと見てから先を続ける。

 

 

「一番最初に御影サン絡みの案件をオメエに紹介した時だ」

 

「あぁ」

 

 

 理事長との初対面となった時の事件で、共に外人街の脅迫犯と殺し合いをした時のことだ。

 

 

「やたらとしつこくオメエの身元を訊かれたんだよ」

 

「派遣されるヤツの身元確認ってことか」

 

「いや、そうじゃねェ。そういうのはフツーは仕事の前に確認するモンだ。それの逆で仕事が終わった後になってから滅茶苦茶詰められたんだよ。あれは只モノじゃねェってよ」

 

「あぁ……」

 

 

 どうやら外人と一緒くたに理事長を殺そうとしたツケが回ってきたようだ。

 

 あの時にきっちり仕留めておくべきだったと、弥堂は強く反省する。

 

 

「もう知ってるとは思うが郭宮家に御影家。コイツらは“そっち”の名家だ。特に御影サンってのはあっちの業界でもかなりの実力者として有名だ。現役の個人としてって意味な? 家の格は郭宮が上で、御影は古くからそこに使える家来だ。んで、その御影サンがあそこまで気にするってことは……って寸法よ」

 

「なるほど。それならお前がそう考えるのも自然だな」

 

「だから、疑ってたわけじゃあねェんだが、その内折りを見てオメエに尋ねようとは思っていた。ただ、オメエが“ハグレ”の場合、そこに踏み込むのはナイーブな話題にもなる。そんな事情の中、今日はそのきっかけがあったってわけだ」

 

「…………」

 

「オメエが“そっち”だと思った理由は二つだと言った。だが、それは今日で三つになった――」

 

 

 惣十郎はメロに視線を向ける。

 

 

「――兄弟。その子は?」

 

「…………」

 

「人間がその……なんだ? 魔術?だか魔法?でネコに化けてたのか? それとも妖が人間に化けてんのか?」

 

「…………」

 

 

 弥堂は沈黙し、そして首を晒してみることにした。

 

 

「どっちも違う」

 

「なに?」

 

「こいつは悪魔だ――」

 

 

 この世界の、それも裏を知る人間が実在する悪魔に対してどう反応するのか。

 

 それによってこの世界において、悪魔や悪魔遣いがどういう扱いになっているのかを直接知る。

 

 結果次第では、この場でこの悪魔はもう処分してしまえばいいという思いつきだ。

 

 

 眼に魔力を通して、ヤクザたちの反応を待つ。

 

 

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