美景台総合病院。
入院患者用の病室でパンっと手を打つ音が鳴った。
「――わぁ。ユウくんカッコいいっ」
全肯定“よいこ”である
そしてすぐさまコテンと首を傾げる。
「お着替えしてきたの?」
「殺し屋フォームッスよ」
適当なことを言うネコ妖精の首根っこを掴まえて部屋の奥へ投げ入れてから、弥堂は病室のドアを閉めた。
「あ、そういえば今日はお見舞い2回してくれるの?」
そして、『なんでなんで?』モードの愛苗ちゃんの傍に丸椅子を置き、そこに座る。
「今日は月曜日だからな」
「あ、月木だからか」
「そうだ。月木だからだ」
「そっかぁ。うれしいな」
今日は午前中に一度彼女の見舞いにこの病室を訪れた。
昼食後に彼女は問診があったので、その時間に弥堂はメロと共に皐月組へ向かった。
そしてそこでの用が済み、現在は皐月組でもらったスーツを着たままでまたここへと戻ってきた。
そのため、彼女は『2回目のお見舞い』と言ったのだ。
予定では愛苗はこの後リハビリという名の運動があるはずだ。
その時間を使って弥堂にはやることがある。
「ユウくんもしかして就職するの?」
「しない」
「あのねあのね? とってもカッコいいからきっと面接受かると思うの」
「明日のバイトで着るから調達してきただけだ。面接はしない」
「そうなの?」
「あぁ、流石に高校は卒業するつもりだ。それに高校中退してすぐにスーツを着れるような仕事には就けねえよ」
実際には弥堂は中学すら卒業していない。
義務教育もまともに受けずに異世界を放浪していたような男が即戦力で採用されるのは、肉体労働(暴力)か営業(詐欺)くらいだ。
前提として犯罪は犯罪でしかなく、決して仕事ではないので、やはり彼に一般企業への就職は不可能だった。
「でもカッコいいよ?」
「……仮にカッコよかったとして。それで採用が決まるような仕事なんてロクでもないだろ」
「そうかなあ?」
「ホストでもマシな方じゃないのか」
「つーか――」
二人の会話に、魔法少女のマスコット妖精であり、悪の勇者の使い魔でもあるメロが参加してくる。
「――むしろ、せめてホストっぽくなんなかったんスか? 殺し屋みが強すぎるんッスよ。そうはなんねェだろっていう……」
「あ、でもでもっ、ボディガードさんみたいでカッコいいよ?」
「いんやマナ。コイツはそのボディガードさんたちから敵視される側ッスよ」
「でも、ユウくんは風紀委員さんだし、“いい方”だよ?」
「フッ、これを見てもそんなことが言えるッスかね?」
一生懸命弥堂くんを擁護する幼気な愛苗ちゃんに、悪魔は非常な現実を突きつけようとする。
「オイ、少年。さっきもらったグラサンちょっとかけてみてくれよッス」
「あ? 部屋の中で着ける理由なんかないだろ。そんなヤツが居たとしたらただの……、馬鹿だ」
言いながらふと脳裡に自身が所属する部活動の長の姿が浮かんだが、弥堂は最後まで言い切った。
「いいから。ちょっと見してくれよ。マナも見たいだろ?」
「え? うん。見たい見たい」
「ほら。マナもこう言ってることだし。ちょっとだけ。先っぽだけでいいッスから……」
「先っぽ? 耳にかける棒を目に突っ込めと言うのか?」
「そういうヘリクツはいいッスから。マナの期待を裏切るのかーッス!」
「チッ」
卑劣な悪魔が少女を人質にとったので、勇者である弥堂は仕方なく要求に応じる。
胸ポケットから取り出したサングラスをかけて、二人の方を向いた。
「アハッ――アハハハハハ……ッ! う、うわぁーコエーーーッ! 殺されるぅーッス!」
「わぁ、すごいっ」
すると、メロは即座に腹を抱えて爆笑し床を転がり始め、愛苗の方は何故かパンっと手を合わせて褒めた。何がすごいのかは誰にもわからない。
「…………」
弥堂は無言で立ち上がると、床を転がるメロを拾って窓際へ歩き――
ガラガラっと窓を開けて、ポイっとお外にネコさんを投げ捨てた。
ここは3階だ。
そうして一仕事終えた殺し屋は、無言のまま戻ってきて椅子に座り直す。
「…………」
愛苗ちゃんは開いたままの窓をジッと見て、
「あのね? 朝に着てたお洋服もカッコいいよ? 昨日とおんなじだったけど」
どうやら気にしないことにしたようだ。
弥堂はサングラスを外してポケットに仕舞い直し、今の愛苗の発言について考える。
これでも彼女も女子だ。
遠回しに二日連続で同じ服を着てきたことを非難しているのだろうか?
しかし彼女のことだ。特に他意はなく思ったことをそのまま口にした可能性も高い。
そんなことを考えながら彼女の顔をジッと見ていると――
「――そういえば、さっきのお洋服はお家に置いてきたの?」
すぐに次の話題に移る。
「あぁ。あの服なら…………、あっ――」
「……?」
どうやら他意はないようだと判断して愛苗の質問に答えようとした弥堂だったが、喋りながら自身のミスに気が付く。
「しまったな……」
「どうしたの?」
そういえば元々着ていた服――華蓮さんに貰ったばかりの服を一式まるまる――を、着替えたまま忘れてヤクザの家に脱ぎ捨ててきてしまったことに気が付いた。
服を着替えると元着ていた服はロストしてしまうシステムが彼の人生には適用されがちだ。
(バレたらマズイな……)
華蓮さんへの言い訳を考えながら愛苗には「なんでもない」と返す。
そして何でもない雑談は終わりにして、“ふよふよ”と飛行するメロが窓から入ってきたのを横目にしながら、弥堂は必要な話をすることにした。
「――というわけで、明日から何日間かバイトに行く。早くても2日はかかる」
そう告げると愛苗ちゃんはふにゃっと眉を下げる。
「そっかぁ。忙しくなっちゃうんだね……」
「悪いが仕事が終わるまでは見舞いには来れない」
「……うん。しょうがないよね」
そう言って笑顔を造る彼女のほっぺを、弥堂はむぎゅっと摘まむ。
「ふが」
「ほんの少しの間だ」
「ふがふが」
「土産を買ってきてやるから我慢しろ」
そこでほっぺを解放してやると、愛苗は「うん、わかったぁ」と聞き分けた。
手でほっぺを“すりすり”する彼女の顔を弥堂はジッと見て――
「――もしも……」
「え……?」
ポツリと呟くような声音に反応した愛苗の目に映った彼の表情は、酷く真剣なものだった。
「……もしも、俺が戻らなかった時のことを決めよう」
「もどらない……?」
弥堂はコクリと頷いて静かな声音で話す。
「まず、2日経って、それでも仕事が終わらない時は必ず連絡する。多分そこのバカネコに伝わる形で。それが無理だった場合はヤクザのオッサンが伝言に来る。それ以外の者からの話は一切信用するな」
「え、あの……」
「とりあえず最後まで聞け。連絡がなかった場合は何かあったと思え。そして身の周りに警戒しろ。そこから3日様子を見ろ。その3日の間に何か少しでも異常を感じたらすぐにここを脱出しろ。金はもう払ってあるから気にしなくていい」
「脱出って、あの、ユウくん……?」
戸惑いを浮かべる彼女を手で制して弥堂は話を続けた。
「その3日が過ぎたら、女がお前に話しかけてくる。お前の知らない女で、姿の見えない女だ。驚くかもしれないが、そこからはそいつの指示に従え」
「見えない、女のひと……?」
「そうだ。既定の時間が経つ前に、もしもキミの気付かない異常があって、危機を伝える必要があれば。その時は前倒しでその女が話しかけてくるかもしれない」
「その人の声をきくの?」
「あぁ。だが決して信用はするな。最終的に決断をするのも選択をするのも自分の意思でやれ。それと3日経ってもそんな女が現れなかったら、その時も逃げることを考えろ。いいな?」
「う、うん……」
弥堂の言葉の圧に押されるように愛苗は頷き、それから控えめに彼の顔を窺う。
「ユウくん、どっか行っちゃうの……?」
「行かない」
不安そうなその問いに弥堂は即答する。
「だが、どんなトラブルが起こるかわからないし、その場合は期間が長引く可能性がある。報酬が高い分、そういうことも折り込まなければならない仕事だ」
「そっか……」
「あくまで非常時の話だ。基本的には予定通りに戻るつもりだ」
愛苗はその説明にもう一度頷き、
「ホントに? やだよ……?」
今度は少し探るように見つめてくる。
それはまたひとりぼっちになってしまうことへの不安だけではない。
彼女にはこの半月ほど、弥堂とともに戦った経験がある。
弥堂の戦いぶりをある程度知っているだけに、彼がまた自分の生命を投げ出すような無茶をするのではという心配もあるのだ。
(そういえば……)
彼女を見つめ返しながら、弥堂はふと考える。
(こいつの記憶、どこまで残っているんだ……?)
彼女が目を醒ましてから、それとなくカマをかけるようにして探ることは何回かした。
だが、詳細に確認をするようなことはしていない。
それをしたことが切っ掛けとなって、全てを思い出されでもしたら面倒だからだ。
だから彼女の記憶に関しては生活の中で確かめていけばいいと様子を見ていた。
そして、今ここですることでも当然ない。
弥堂は頭を振って彼女の問いに答える。
「大丈夫だ」
今すべきことは嘘を吐いて彼女の不安を払拭することだ。
今回の仕事は実際にどの程度の危険な状況になるかはわからない。
もしかしたら1回の戦闘すら起こらずに終わる可能性だってある。
しかし、生命を賭けることを前提にした仕事である以上、本当に大丈夫かどうか――
生き残れるかどうかは結局のところ運次第だ。
その確率を1%でも上げられるかは前日である今日の行動に掛かってもいる。
「ほんとのほんとに?」
「本当の本当だ」
「おやくそく?」
「いいだろう」
掌を上に向ける愛苗の両手に、弥堂は自身の手を預けてやる。
すると彼女は小指と小指を絡めてくる。
数回目だがお決まりの儀式のようになってしまった。
「ゆーびきーりげーんまん……」と歌いながら、繋いだ手を嬉しそうに上下に振る彼女に嘆息する。
こんな児戯に付き合ってやるだけで騙されてくれるのなら楽なものかと、弥堂はポジティブに捉えることにした。
「必ず戻る」
「うん」
今度はいつものように笑ってくれた。
だが――
今回の仕事へ行く目的は、弥堂が生きて戻ってくることではない。
別のもっと大きな目的があり、今回の仕事はその一部でしかない。
そして弥堂の生命はその目的の為に消費するものに過ぎないのだ。
弥堂の目的はたった一つ。
あの戦いの最中から、ずっとそう決まっている。
決めて、決めたままで、何も変わっていない。
記憶に――
“
弥堂 優輝という存在は、もうそういうカタチになっている。
だが――
それなのに――
『――見ろ! もう一度あのガキを見ろッ!』
あの時のルビア・レッドルーツの言葉が甦る。
あの時と同じように、その言葉に従って、彼女の――
水無瀬 愛苗の顔を視る。
「……?」
彼女は不思議そうに首を傾げた。
「俺はお前を守る。そう決めた」
あの時と同じようにそう言葉にする。
だけど――
あの時のように心臓が動くことはなく、力が湧き上がることはない。
胸に刻まれた聖痕――“
それなのに彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
「うんっ。私も退院したらユウくんをお助けしてあげるね?」
「そうか。期待しておくよ」
弥堂は肩を竦めながら視線を外し、そしてもう一度彼女を視る。
そこに新しい刺激はない。
トントン――と、病室の扉がノックされる。
「あ、リンカさんかな」
「リハビリの時間か……」
これで彼女とのお喋りは終わりのようだ。
弥堂はチラリと目線を枕元へ動かす。
そして手を伸ばして、今日も其処に鎮座する“しましまブラジャー”をグッと握った。
愛苗ちゃんはその手をジッと見る。
「…………」
「…………」
数秒ほどそのまま無言になると、もう一度ノックがされた。
「あ、いけない。出なきゃ……っ!」
愛苗はハッとするとベッドから降りて、ドアの方へと急ぐ。
その足音を背後に、弥堂はブラを握る手に力をこめる。
弥堂 優輝という男は、今ここで使える武器、発揮される戦力以外は当てにしない。
(いつだってそうだ――)
これまでもずっとそうしてきた。
それはこれからも変わらない。
だから、今ここで出来ることをこれからするのみで――
そこに新しい刺激は無い――