俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章21 GET READY FOR … ②

 

「――愛苗ちゃーん? リハビリ行けるかなー?」

 

「リンカさんっ」

 

 

 病室を訪れたのはギャルナースさんだった。

 

 愛苗の燥ぎ方を見るに、どうも彼女に懐いているようだ。

 

 

 背後から聴こえてくる彼女たちの話し声を弥堂が他人事のように聴きながしていると――

 

 

「――愛苗ちゃんのリハビリが終わったら、メロちゃんも一緒にお散歩しようね?」

 

「むぁ~」

 

「なんだと?」

 

 

――他人事では済ませられないような聞き捨てならない会話が聴こえてきた。

 

 弥堂は思わず彼女らの方へ身を向ける。

 

 

「わ、返事した。メロちゃんってホント賢いよね」

 

「えへへー。メロちゃんはお利口さんなの」

「むぁ~んっ」

 

「おい――」

 

 

 ギャルに褒められてご満悦のバカネコへ、弥堂は鋭い眼を向けた。

 

 

「お前なに普通にバレてんだよ」

 

「ギ、ギクッ⁉」

 

「え? 今『ギクッ』て言った?」

 

「にゃ、にゃぁ~ん……」

 

「チッ……」

 

 

 ギャルナースさんがギョッとしたので、弥堂は仕方なくメロへの追及を止める。

 

 代わりに“猫被り”をする彼女を睨むと、メロはダラダラと汗を流した。

 

 

「ま、いいか。ということで、お兄さん? これからリハビリ行ってそれから外を少し散歩してくるから。一緒に来る?」

 

「いや、俺は片付けることがある」

 

「そう。それじゃあ行こっか愛苗ちゃん。メロちゃんもお外で待っててね?」

 

「はぁーいっ」

「んなぁ~っ」

 

 

 ギャルナースさんに二人は元気いっぱいに返事をする。

 

 

「じゃあユウくん、行ってきまーす」

 

「あぁ」

 

 

 ドアを開けて愛苗は廊下へ出ていく。

 

 メロも逃げるように飛び出して行った。

 

 

 弥堂は再びベッドの上の“しましまブラジャー”へ向き直ろうとするが――

 

 

「――ねぇ?」

 

「あ?」

 

 

 呼びかけられてドアの方へ向き直る。

 

 そこにはまだギャルナースさんが残っていた。

 

 何か探るような、そんな慎重な目を弥堂へ向けている。

 

 

(なにか勘づかれたか?)

 

 

 その視線を受け止めながら弥堂は窓の方を意識する。

 

 

 ナイフは使えない。

 

 ここで撲殺して3階の窓から死体を運び出せるだろうかと考える。

 

 時間帯的に目撃者を出さずに済ませるのは難しいように思えた。

 

 

 他の処理方法へ思いを巡らせると、ギャルナースさんが口を開く。

 

 

「こないださ……」

 

「こないだ?」

 

「……ストッキングが破れてたんだけど」

 

「なに?」

 

 

 彼女の言っていることがわからず、弥堂は眉を寄せた。

 

 何か遠回しな脅迫なのだろうか。

 

 

「だから……! こないだ! ワタシがここで気絶しちゃった時のこと……!」

 

「なんの話だ?」

 

「いや、だから……。こないだ愛苗ちゃんを呼びに来て、キミも居て。それでベッドの下から急にメロちゃんが飛び出してきて。それでワタシがビックリして転んだら頭打って、少しだけ気を失っちゃったじゃん?」

 

「……あぁ」

 

 

 ようやく弥堂にも見当がついた。

 

 前回メロがやらかした時のことだ。

 

 あの時はメロがネコさん魔法とやらで事後処理をしたらしいが――

 

 

(――なるほどな。そういうことになっているのか)

 

 

 催眠だか洗脳だかで都合のいいように記憶を弄った風なことをメロが言っていたのを思い出した。

 

 どうもその影響でメロの存在を既に知っていたことになったようだ。

 

 

「あの時、その……。ワタシが穿いてたストッキングが破れてたんだけど……、何か知らない?」

 

「なんのことだ? 転んだ拍子に破れたとかじゃないのか?」

 

 

 ここまでは理解出来たが、しかし、やはりストッキングがどうのというのは弥堂にはまるで彼女の言いたいことがわからない。

 

 

「膝に穴が空いたとか、どっか伝線しちゃったとかなら、転んだせいってなるんだけどさ……」

 

「悪いが、キミが何を言いたいのかさっぱりわからない。はっきりと具体的に言ってくれないか?」

 

「…………っ」

 

 

 弥堂が率直に尋ねると、ギャルナースさんは何かを堪えるように逡巡し、それから意を決してキッと睨みつけてきた。

 

 だが、その頬は紅い。

 

 

「その……、ここ……っ!」

 

「あ?」

 

 

 彼女は自身の股間周辺を指差す。

 

 

「この辺が破れてたの……! 普通そんな破れ方するわけないじゃん……」

 

「……? だからなんだ?」

 

「なんだって……。なにか知らない……?」

 

「自分が何を言っているかわかっているのか? キミのスカートの中のことを俺が知るわけが……、ないだろう」

 

 

 弥堂は言っている途中で思い出したが、しかし言い切った。

 

 

 そういえば、メロがうるさいからと、ギャルナースさんのスカート捲って股間周辺のストッキングを破いたのは自分だったと思い出したのだ。

 

 

「……今なんかヘンな間がなかった?」

 

「ない。俺は何も知らない」

 

 

 思い出したからと言って事実を伝えるわけにもいかないので、弥堂はパンストへの関与を強く否定する。

 

 だが、彼女は疑いの目だ。

 

 

「でも、不自然よ……! こんなの、人の手で破こうとして破かないと、絶対そうならないじゃん……!」

 

「俺もそう思うが、しかし俺に言われたところでな」

 

「本当に何も知らないの?」

 

「チッ、しつけえな」

 

 

 こんなに自分に正直に嘘を吐いているのにちっとも信じてくれないので、弥堂はイラっとした。

 

 

「それで、なんだ? 俺がやったと疑っているのか?」

 

「疑うっていうか……」

 

「それで? 最終的には責任だ、賠償だと言うのか? いくら欲しいんだ?」

 

「そ、そんなこと言ってない……!」

 

「うるせえな。どうせ金が欲しいんだろ」

 

 

 弥堂は勝手にそう決めつけて、ギャルナースさんにズカズカと近寄ると、彼女の太ももに無造作に手を伸ばす。

 

 

「ちょ、ちょっと、まさかこんなとこで乱暴を――キャアァァッ⁉」

 

 

 そして慌てる彼女を無視して、あの日と同じ白ストッキングをビリっと破いた。

 

 

「おらよ」

 

 

 さらに破れたストッキングの穴に数枚の万札を捻じ込む。

 

 

「なななな……、なんてことすんの……⁉」

 

 

 ギャルナースさんは非難の声をあげながら、小麦色の肌と白いストッキングの間の金を引き抜いた。

 

 

「あぁ……、これももうダメになっちゃったじゃん……っ!」

 

 

 怒りを露わにしながらギャルナースさんは、弥堂に見えないようにお尻の方からスカートの中に手を挿し入れて破かれた白ストをひと思いにズリ下ろす。

 

 

「もう用は済んだだろ。さっさと部屋から出ていけ」

 

「サイテーッ! 言われなくてキミなんかと同じ部屋に居たくないわよ!」

 

 

 本当に最低なことを言う男に彼女は怒鳴り、脱いだストッキングをゴミ箱に叩きこんだ。

 

 

「いいっ? 飯田センセイが特別に許可したって言うから黙認してるけど、ホントは病院にペットとかご法度だからね!」

 

「そうか」

 

「お金持ちの子なのか知らないけど、あんまり勝手なことしないでよ!」

 

「善処しよう」

 

 

 適当な返事をする弥堂を睨みつけて、彼女は外へ出て行った。

 

 

 と、思いきや――

 

 

 一度閉まった病室のドアが少しだけ開く。

 

 その隙間からギャルナースさんが顔を覗かせジト目で見てくる。

 

 

「……ワタシ、フツーに彼氏とかいるから」

 

 

 それだけを言い残して今度こそ彼女は出て行った。

 

 

「どういう意味だ?」

 

<売女の言うことなんて気にしなくていいのよ、ユウくん>

 

 

 すると、部屋から誰もいなくなったのでエアリスが話しかけてきた。

 

 

「そうだな。どうでもいいな」

 

<ていうかあの女、金はしっかり持っていったわね>

 

「所詮ギャルなど金でどうにでもなる」

 

<そうね。そんなことより、早速始めましょうか>

 

「あぁ。だが、その前に――」

 

 

 エアリスに答えながら弥堂はゴミ箱に近づく。

 

 そしてその中に手を突っ込んで、先程ギャルナースさんが捨てて行った使用済みストッキングを取り出した。

 

 

<……ユウくん?>

 

「盗聴器かなにかが仕掛けられている可能性がある。少し待て」

 

<さすがです! 勇者さまっ!>

 

 

 エアリスの称賛を聞き流しながら、弥堂は目線の高さに上げた白ストをよく視る。

 

 窓から入ってくる太陽光に40デニールのフィルターがかかる。

 

 

 特に問題はないように思えたが、そもそも盗聴器の類に関する知識が弥堂にはまるで無いので、調べようもないことに気が付いた。

 

 弥堂は無言で窓まで歩いて行き、破れたストッキングを外へ放り捨てる。

 

 

「よし、始めるぞ――」

 

 

 ベッドの方へ向き直りながら、後手で窓を閉めた。

 

 

 宙に舞ったストッキングが風に攫われて何処かへ流されていく。

 

 

 

 

 

 

 

「――よっと……!」

 

 

 希咲 七海(きさき ななみ)は片膝のバネだけで跳び上がると、目的の物を宙で掴み取り、軽やかに着地をする。

 

 その手にあるのは枕カバーだ。

 

 

 ここは希咲家の庭だ。

 

 洗濯物を干すくらいにしか使えない狭い庭。

 

 

 今しがた洗濯物を取り込んだ際にうっかり手を滑らせたら、不意に吹いた風に枕カバーが攫われかけたので、それを反射的に掴まえたところだ。

 

 

「ふ、ナイスキャッチ。さすなな……」

 

「姉ちゃん、洗濯機止まったよ」

 

「……ありがと。大地、他には洗濯するものない?」

 

 

 人知れずドヤっていたことを誤魔化すように、七海ちゃんはスンっとお澄まし顔で洗濯機の報告に来てくれた弟に尋ねる。

 

 中学生の大地くんはどこか生温い目で義理の姉に首を横に振った。

 

 

「オレ……、僕のは大丈夫」

 

「そ。他の子たちのは?」

 

「“あゆみ”のは多分さっきので全部で、“さーなさん”の布団の中に隠れてたのも回収した。強いて言うなら、これから“かける”が汚して帰ってくる分くらい?」

 

「おけ。横手さんにあんまり迷惑かけられないから今日で一気にやっとかないとね」

 

「――あらー、そんなの気にしなくていいのに」

 

 

 今日中に済ませなければならない残りの家事に思いを巡らせていると、そこへ妙齢の女性の声が入ってくる。

 

 

「横手さん」

 

 

 声のした方へ顔を向けると、そこに居たのは第23代目の紅月家のお手伝いさんである横手さんだ。

 

 

 紅月家のお手伝いさんは、みらいさんの執拗な嫌がらせが原因で離職率が高い。

 

 しかし、この横手さんというオバさんは相当におっとりとした人で、歴代のお手伝いさんの中では長く続いている。

 

 

「すみません。急にまたお願いすることになっちゃって……」

 

 

 希咲は申し訳なさそうな顔で横手さんに謝る。

 

 横手さんは含むところのない笑顔で答えた。

 

 

「いいのよー。ここの子はみんないい子だし。私ここのお手伝いに来るの好きなの」

 

「あはは。いつもホントに助かってます」

 

 

 この家の家事は、バイトをしながら希咲がほぼ一人で担っている。

 

 しかし彼女も高校生にしては中々に多忙だ。

 

 

 どうしても家事や弟妹たちの面倒を見ることが出来ない時に、こうして望莱のツテで紅月家のお手伝いさんを派遣してもらうことがある。

 

 

「七海ちゃんだって女子高生なんだから。あんまり大人に気を遣わないの」

 

「はい。ウチの子たちちゃんと言うこと聞いてますか? “かける”とか引っ叩いてもだいじょぶですから」

 

「だーいじょうぶよぉ。望莱お嬢さまに比べたらどんな子もすごく聞き分けがいいわ」

 

「あ、あはは……」

 

 

 それは確かにそうだろうなと苦笑いした。

 

 恐縮する義姉を見兼ねて、大地が助け船を出す。

 

 

「姉ちゃん。ここの布団とかは僕が取り込んでおくから、洗濯機の方……」

 

「あ、うん。おねがい」

 

「私もここ手伝うわね」

 

「はい。じゃあ、もしかしたら……」

 

「大丈夫。ちゃんと聞いてるわ」

 

「よろしくお願いします」

 

「アルバイト大変ね。無理しないようにね?」

 

 

 そう言われ、希咲はまた苦笑いを浮かべた。

 

 

「……うん。でも……、ここでがんばらなきゃ……っ」

 

 

 横手さんに答えているようで、それは自分に向けた言葉だ。

 

 

(愛苗――)

 

 

 裡へ強く決意を秘める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美景新港。

 

 

 まだ開発途中の区画に、ポツンと大きな建物が倉庫として並んでいる。

 

 それらの倉庫の内の一つ、その中に怪しい外国人籍の者たちが数十人集まっていた。

 

 

《――これからそれぞれ持ち場に散る。全員準備はいいな?》

 

 

 背の高い白人の男――ダリオが目を配ると全員が頷いた。

 

 

 ダリオは作業着を着た者たちの方へ目線を遣る。

 

 

《アレックスとビアンキのチームは清掃業者とゴミの回収業者に化けて別で潜入。くれぐれもトラブルを起こすなよ》

 

《おォよ》

《任せてくれ、ダリオのアニキ》

 

 

 続いて、ダリオはスーツ姿の者たちの方を見た。

 

 

《オマエらは現地合流の人員として潜入だ。頼むぞフェリペ》

 

《OK》

 

 

 南米出身の黒人の男が真剣な顔で頷く。

 

 そのフェリペの後ろで一人、少し身を固くしている少年が居た。

 

 

 ビアンキはイタズラげな笑みを浮かべてその少年に揶揄いの言葉をかけた。

 

 

《よォ、ビビってんのかよ。シェキル》

 

 

 少年は慌てて表情を取り繕う。

 

 

《ビ、ビビッてなんかねェよ、ビアンコのアニキ》

 

《そうか? ガチガチだぜ?》

 

《オ、オレだってチェリーじゃない! それに、最近は安定してきたんだ。役に立つ》

 

《落ち着けよ。血の味に持ってかれるなよ? 戻れなくなるからな》

 

《うん。大丈夫だよ。ありがとう》

 

 

 彼らのやり取りを横目で見遣り、ダリオはアレックスに伝える。

 

 

《オレはここでバックアップする》

 

《おぉ。いつも通り頼りにしてるぜ》

 

《現場からの脱出にはヘリを出す。変更があれば報せる》

 

《わかった》

 

《内部の情報リークと攪乱は頼むぞ、フェリペ》

 

 

 フェリペは陽気な仕草で肩を竦めてみせた。

 

 

《任された。最終的にはここから船で?》

 

《あぁ。沖に潜水艦が来ることになってる》

 

《そこまではボートで?》

 

《そうだな。だが、いざとなったら強引にここまで来るさ》

 

《わかった》

 

《もしも個別に身を晦ませることになったら外人街に逃げ込め! いいな?》

 

 

 最後の言葉はリーダー格以外の者たちに向けたものだ。

 

 

《よし! では散れ!》

 

 

 ダリオの号令に兵隊たちはそれぞれの準備につき、バラバラに車に乗って倉庫から出ていく。

 

 その様子をある程度まで見てからダリオはアレックスに再び顔を向けた。

 

 

《アレックス。本当にあのタレコミを信じるのか?》

 

《あぁ。あれはガチだ》

 

 

 アレックスはニヤリと笑って肯定する。

 

 しかしダリオは不審げに眉を寄せた。

 

 

《だが、リークでは“ニューポート”のホテルだと聞いたぞ》

 

《そっちにも予定通り行かせとけばいいさ。その為の別動隊だろ?》

 

《それはそうだが……》

 

《仮に外れてもオレたちは業者として入れる。問題ないさ》

 

《今回のヤマにはオレたちの今後の運命がかかってる。それくらいデカイ仕事だ》

 

 

 疑いの目を向けるダリオにアレックスはやはり自信満々に頷く。

 

 

《オレの勘が言ってるのさ。こっちがアタリだってな。それにダミーにしては仕掛けが大袈裟だ。せっかくその仕掛けを乗っ取れるってんなら使わねェ手はねえだろ?》

 

《……いいだろう。今まで何度もオマエの勘に助けられたしな》

 

《まぁ、ハズしたらオマエが助けてくれよな?》

 

《カンベンしろよ……》

 

 

 渋々とダリオは受け入れ、疲れたような溜息を漏らす。

 

 その仕草にアレックスは「ダハハ」と豪快に笑った。

 

 

《――オーイ、アレックス! 準備出来たぜ!》

 

《お――》

 

 

 すると、清掃業者の名前の入ったワンボックスカーの運転席からビアンキが声を張り上げてくる。

 

 周囲を見れば、その車がもう最後の一台だ。

 

 

《じゃあ行ってくるぜ、相棒?》

 

《フン、しくじるなよ。相棒》

 

 

 馴れたやりとりを交わし、アレックスはキャップを被って助手席に乗り込んだ。

 

 ワンボックスはすぐに発進し、倉庫から出て行った。

 

 

 ダリオはそれを見送り――

 

 

《しくじってくれるなよ》

 

 

――どこか温度の低い声で小さく呟いた。

 

 

 それからここに残った人員にまた指示を飛ばしていく。

 

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