俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章21 GET READY FOR … ④

<【這い寄る悪意(ディスマリス)】――>

 

 

 その言葉の意味とは真逆の、澄んだ女の声の直後―― 

 

 

 キラキラと――

 

 

 不可視の輝きが煌めき、聖剣(エアリスフィール)から霊子の糸が1本伸びる。

 

 これを創り出し操作しているのはエアリスではなく、弥堂だ。

 

 

 激しい偏頭痛を感じながら弥堂は糸を動かす。

 

 エアリスが行うよりも大分緩慢な動作で伸びた糸の先端がゴミ箱に触れる。

 

 

「【切断(ディバイドリッパー)】――」

 

 

 口の中で呟くと、聖剣の管理人格であるエアリスが生前に持っていた“加護(ライセンス)”が発動し、ゴミ箱が真っ二つに切断される。

 

 

 その結果を確認してから霊子の糸を消すと、コメカミの締め付けが緩んだ。

 

 

<ふむ……、こっちの感覚は以前と変わらないわ。ユウくんの方はどう?>

 

「こっちもそうだな。強いて言うなら以前より多少楽になった気もする」

 

<魔力量が増えた影響かもしれないわね。頭痛はどう?>

 

「大した問題じゃない」

 

<そう。よかったわ>

 

 

 お互いに意見を交わし、エアリスは次の指示を伝える。

 

 

<じゃあ、今度は聖剣なしでやってみましょうか>

 

 

 弥堂は頷き、聖剣を“しましまブラジャー”へと戻した。

 

 ブラを一度ベッドの上に置き手を離す。

 

 

 そして自身の右手――爪と指先の間を意識して魔力を集中させた。

 

 

 すると先程と同様に、キラキラと不可視の輝きが生み出され、霊子によって糸が編まれていく。

 

 だがその糸は伸びるにつれてドス黒く変色していった。

 

 

<ふむ……>

 

 

 エアリスはブラジャーから霊子の糸を伸ばし、弥堂の創り出した黒い魔力ワイヤーに触れる。

 

 糸をワイヤーにクルクルと巻き付けて、それからコスコスと上下運動をさせた。

 

 

「……おい。何をしている」

 

<あ、ゴメンなさい。つい愛おしくなってしまって……>

 

「…………」

 

 

 意味のわからないことを言う人外生命体を弥堂は心中で軽蔑した。

 

 

<……これは霊子からは大分離れてしまっているわね。不純物の混在があまりにも多いわ>

 

「やはりそうか」

 

<“加護(ライセンス)”を試してみましょう>

 

「わかった」

 

 

 弥堂は魔力ワイヤーを動かしゴミ箱に触れる。

 

 

「【切断(ディバイドリッパー)】――」

 

 

 だが、今度は加護は発動せず、何の変化も起こらなかった。

 

 

「さすがにそれは虫がいいか」

 

<ワタシを手に持って使っている――って状態じゃないとダメそうね>

 

「まぁ、これは予想通りだな」

 

<頭痛はどうかしら?>

 

「それに関してだけはこっちの方が楽だな。ただ、ワイヤーの形状を維持することに苦労する」

 

 

 いくら魔力パスが繋がっているからといっても、聖剣を持たない状態での加護の発動は出来ないようだった。

 

 それに霊子の維持・操作の難易度も上がるようだ。

 

 

「霊子の操作自体は聖剣の能力ではないよな?」

 

<えぇ。むしろ逆ね。ユウくんにそれが出来るからワタシにも出来るようになったの。この場合、聖剣は魔術師にとっての杖のような、魔術を行使する為の媒体の役割になるかしら>

 

「これは使っていれば技術として習熟するものか?」

 

 

 弥堂の問いにエアリスは少し思案する。

 

 

<うーん……、もちろん多少は熟練するでしょうけれど、それよりも魔力量の問題な気もするわ>

 

「それなら聖剣がある時に成功するのは何故だ?」

 

<今言ったとおり魔術媒体として機能しているからよ。魔力運用の効率を上げて操作や維持のサポートをしているわ>

 

「ということは、霊子云々というよりは、俺自身の魔術の腕前の問題か」

 

<えぇ。だけど、この間の勇者のフルスペックが発揮されていた時のように、魔力量でゴリ押しして成立させる手もあるわ>

 

「どっちも難しそうだな」

 

 

 やはり聖剣なしで霊子への干渉をすることは難しく、その点は以前よりも弱体化した部分だと云える。

 

 弥堂はもうその時点で見限ったが、エアリスはなおも運用法に頭を唸らせる。

 

 

<……いっそのこと霊子状態を維持しようとするよりも、最初から魔力で糸を創るくらいのつもりでやった方がいいかもしれないわね>

 

「不可視の糸で触れて【切断(ディバイドリッパー)】を徹すことが本来の用途だったのに、本末転倒だろ。こんなもの命綱にもなりゃしない。無理して使う意味もないしな」

 

<まぁ、それはそうね。でも強度を上げるのなら、魔力の含有量を強めて顕現するように構成を意識することと、後は名前を呼ぶことね>

 

「名前?」

 

 

 構成の方は弥堂にも理解が出来たが、名前の方に関しては意味がわからず眉を顰める。

 

 

<【這い寄る悪意(ディスマリス)】と呼んでみて>

 

「断る」

 

<…………>

 

 

 エアリスさんは霊子の糸でふにゃっと『ハ』の字を表現した。

 

 弥堂は魔眼を解除してそれを無視する。

 

 

「何故お前は俺の使うものにおかしな名前を付けようとする」

 

<だって! カッコいいユウくんにはカッコいい必殺技が必要なの! 漆黒の闇の底より出でし暗黒の闘技が……っ!>

 

「意味がわからん。それに、必殺技などないと俺の師が言っていた」

 

<メンヘラの言うことなんてその場その場で変わるじゃない! 初代聖女さまであるこのワタシの言葉の方が、あの三下シスターよりも影響力が上よ!>

 

「うるさい黙れ。ポッと出のストーカー女の分際で俺の元カノにマウントをとろうとするな。あと、俺にとって聖女といえばシャロだ。弁えろ、ゲテモノ触手女め」

 

<そ、そんな……⁉>

 

 

 その場その場で言うことの変わるメンヘラ男に口汚く罵倒され、初代聖女さまは震える。

 

 仄暗く確かな悦びがそこには在った。

 

 

<お、おねがい……、1回……、1回だけでいいから……っ>

 

「断る」

 

<だいじょうぶ。お試しだから。ちょっとだけ……、さきっちょだけお願いします……っ!>

 

「……バカネコも同じようなことを言っていたが、それはどういう意味なんだ?」

 

<休憩するだけで何もしないから大丈夫ってことなの……! 信じてちょうだい!>

 

 

 初代聖女さまの魂はインターネットの穢れに触れて俗物になってしまったようだ。

 

 

 エアリスさんは霊子の糸を真っ黒な触手に変貌させると、ガッと力強く弥堂の肩を抱き、もう一本の触手で円を描くように弥堂のケツを撫でる。

 

 

「触るな」

 

 

 それがあまりにも鬱陶しく、また魔力で出来ているはずの触手が何故か若干生臭くて不快だったので、弥堂は仕方なく一回だけお試しで言うことを聞いてやることにした。

 

 

 再び魔眼を発動させ、手に魔力を集中する。

 

 

「……【這い寄る悪意(ディスマリス)】――」

 

 

 すると、先程よりも楽に魔力ワイヤーが生成された。

 

 強度も上がっていると実感できる手応えがあった。

 

 

「……どういうことだ?」

 

<ちょっと動かしてみてちょうだい>

 

「…………」

 

 

 エアリスの指示に従いワイヤーを操作してみる。

 

 彼女の操る触手ほどではないが、明らかにさっきよりは操作性が上がっている感触があった。

 

 

「これはどういう絡繰りなんだ?」

 

 

 弥堂がワイヤーをウネウネとさせながら尋ねると、エアリスは触手の先端を上機嫌にピコピコとさせて答える。

 

 

<魔術の詠唱とトリガーワードの仕組みよ。無詠唱が持て囃されがちだけど、それは詠唱を破棄しても詠唱時に近い効果を発揮できるならの話>

 

「……呪文を唱えたり、魔術の名を発音することで、よりイメージが強化され、術式の構成に説得力が生まれる……だったか?」

 

<そう。魔術の基本よね。ユウくんが今使っているのは『霊子で構成された不可視の糸を自在に操る』という魔法現象を再現する魔術よ>

 

「見る影もないほど劣化しているが?」

 

<それこそ魔法と魔術の力関係に忠実ね>

 

「ふむ……」

 

 

 ルナリナに習った魔術の基本は確かにそうだったし、同じ内容が二代目のノートにも記述されていた。

 

 さらに二代目のノートの方には一般には出回らない知識として――

 

 

「――名前を付けることで初出の知識や技術は『世界』に登録されて、以降再現する難易度が下がり、成功する確率が高くなる……。これはどういう意味だ?」

 

<うーん……、言っていることはなんとなくわかるけれど……って感じで、ワタシにもよくわからないわね……。魔術の教本ってたまに実践を外れて哲学思想的なものが混ざるのよね。そうなると途端に抽象的になるし……、当然実戦的でもなくなるわ>

 

「…………」

 

 

 ルナリナの垂れる蘊蓄を思い出すとそれには弥堂も同意だったが、しかしあることに気が付く。

 

 

「なぁ……」

 

<なぁに? ユウくん>

 

 

 掌を見下ろすとグネっとワイヤーがうねる。

 

 

「……これ、お前がおかしな名前を付けたせいで、いちいちこの名前を口にしないと最大効果を発揮しなくなってんじゃねえのか……?」

 

<…………逆説的に考えると、その可能性も否めないわね>

 

 

 エアリスさんはスッと、触手の先端を他所へ逸らした。

 

 

「【這い寄る悪意(ディスマリス)】――」

 

 

 弥堂は言霊にグッと魔力をこめて、指先から伸びる魔力ワイヤーをブンっと振り、バチコーンっと触手を引っ叩いた。

 

 

「あひぃぃぃんっ⁉」

 

「クソが……」

 

 

 悦びの鳴き声を上げる触手女(メスブタ)を無視して毒づく。

 

 

 これは霊子の糸を創る技術だ。

 

 それは聖剣を手にしていればそれなりに使える。

 

 だが聖剣なしでは使い物にならない。

 

 だから使う必要がない。

 

 

 弥堂はそのように自分を納得させる。

 

 

 だが、その内心を表すように、魔力ワイヤーがふにゃっと『ハ』の字を描いていた。

 

 

 それでも立ち止まっている時間はない。

 

 作戦が開始される明日までの時間は待ってはくれないのだから。

 

 

 弥堂は手を振ってワイヤーを消すのと同時に頭も切り替えた。

 

 次の確認事項へと移る。

 

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