弥堂が元々使えていた技術や魔術の現在の使用具合を確かめている。
<【
「気配の隠蔽はそれなりには出来る。だが劣化しているな。結界の方はダメだ。今回の仕事ではそもそも仕込んでいる時間がないからどうでもいいが」
<単純に聖剣を手離したことで、霊子への干渉が難しくなっていると考えればよさそうね>
「そうだな」
魔王化した愛苗を救うために、魔法少女の変身アイテムと聖剣を融合させ、彼女の心臓と聖剣の間に魔力パスを繋いだ。
それによって元の聖剣の所有者である弥堂にも、何かしらの影響が出ている可能性が考えられる為にこの検査を始めた。
<いっそのこと小娘のダダ余りの魔力を、ユウくんに供給できるようになっていればよかったのにね>
「助かっただけでも十分に奇跡だろ。それは高望みだ」
<確かにそうね。同じことをもう1回やって成功させろと言われても自信がないわ>
「俺の方にもあの時の力はもうないしな」
<ユウくん……、“
「あれ以来何も反応がないな」
弥堂は自身の胸の黒ずんだ刺青のような痕に触れる。
港での決戦以降、この聖痕に光が奔ることはなかった。
「思いつく限りあの時と同じようにやってみたつもりだが、これはもう無いものと考えるべきだな」
<あの力さえあれば人類を抹殺してゲームクリアなのにね>
「そんなもんだろ。だが、お前とは話せるようになったままなんだな」
<一度資格を満たして完全に契約が繋がったから、なのかしらね……。聖痕自体は小康状態だけど、ユウくんの魂は上の位階に昇ったことを経験しているわけだし……、その記憶は“
「水無瀬と繋がっているおかげというのは?」
<……なくはないわね>
「結論としてはわからないということになるか」
<二代目でもないと正しい結論を出すことは無理ね……>
「だったら、それを望む資格はないな。ヤツを殺したのは俺だ」
<……そうね>
神妙な声を出すエアリスに肩を竦め、弥堂は思い付いた話に変える。
少し前にした話で思い出したことがあったのだ。
「そういえばさっき、“葉”と“枝”の話をしただろ?」
<えぇ>
「一部の高位悪魔は総ての“
<加護の手応えはあったわ。あの時確かに殺しはした。だけど、完全に滅ぼしたかはわからないわね……>
「そうか。なら、そのうちまた殺り合うことも可能性として考えておくべきか……」
<そうかもしれないわ。けど……、そもそもあの魔王何しに出てきたのかしらね……?>
それも結論の出しようのない話だと打ち切って、二人は話題を戻す。
<霊子関係は一旦ここまで。先に“刻印魔術”について話させてちょうだい>
「わかった」
エアリスは霊子の糸を伸ばして再び弥堂の身体に触れる。
すると、弥堂の身体の刻印がいくつか光を佩びた。
<刻印の方は問題ないわ。動作確認もそうだけど、メンテナンスして最適化もしておいたわ>
「お前そんなことも出来るのか?」
<えぇ。ルナリナがやっていたのを見て覚えたわ>
「あぁ……、直接会話が出来なかっただけで、そういえばずっと見ていたのか」
<そうよ。あのムッツリスケベがユウくんにいやらしいことをしないか見張っていたわ……!>
「……ご苦労」
弥堂はメンドクサイので適当にスルーした。
<使い心地はなにか変わったかしら?>
「いや、問題はなさそうだ。というか魔力が増えた分、“刻印魔術”の方は以前よりもよくなったかもな。わかりやすいのは身体強化だ。効果が上がっている」
<それはポジティブね。魔術師としてはレベルアップしたと考えるべきよ>
「それも所詮誤差だがな」
自嘲気味に肯定を吐き捨てて、気になったことを質問する。
「刻印のメンテナンスが出来るということは、不要な刻印を切ることも出来るのか?」
<えぇ、可能よ。刻印自体を消すことも出来るし、スイッチをOFFにしておくことも出来るわ。ただ、今あるものを改良することはある程度可能だけれど、全く新しい刻印を打つことはワタシには出来ない>
「なるほど……」
弥堂は先日感じた不具合をエアリスに伝える。
「“気付け”の刻印があっただろ? あれが不要だ」
<なにかあったの?>
「あれ発動しても回復するわけじゃねえから邪魔なんだよ。意識が戻らないと気絶してる間に何度も起動して魔力が涸れるまで吸いつくされるんだ」
<あぁ……、まぁ仕方ないわね。元々が低劣な“
「今消せるか?」
<そうね……。完全に除去するとなるとちょっと時間がかかるから、とりあえずOFFにしておくわね>
「頼む」
何本かの糸が追加で伸びてきて弥堂の身体に触れた。
間もなくして体内で何かしらの作業が行われている感覚が生まれる。
それはルナリナに“刻印魔術”を調整されている時と同じ感覚だったので、弥堂は黙って身を任せた。
<……そのまま聞いてちょうだい>
「あぁ」
<次は一番肝心な話をさせて>
「構わない」
<“死に戻り”についてよ――>
確かにそれは弥堂 優輝という戦闘者にとって最も重要な能力だった。
<もう試したかしら?>
「あぁ。港の件から今日までに何度か自殺してみた」
<……自殺を>
「あぁ」
<……あの、ユウくん?>
「なんだ?」
エアリスさんはどこか言いづらそうにしながら進言をする。
<その、お姉ちゃんね……? 自殺って言い方はどうかと思うの>
「何故だ? 自殺は自殺だろ」
<そうなんだけどね? なんていうか自殺って言われるとお姉ちゃんちょっとメンタルにクるっていうか……>
「……? 死んでも戻るんだから別にいいだろ。それに言い方を変えたところで、どうせやることは変わらん」
<そうなんですけど……っ! あのね? お姉ちゃんずっとユウくんのこと見てきたじゃない?>
「知らんが」
何やら切実な様子で訴えてくるが、弥堂は面倒そうに眉間を歪めた。
<だって! ユウくん何度も何度も殺されて……、そのうち慣れてきたら、ちょっと眉毛抜くかーくらいの作業感で自殺するようになって……! お姉ちゃん何度かガチで病んだのよ……⁉>
「知ったことか」
<一度なんて、ちょっと深爪しちゃったから死んで戻すかーって自殺したじゃない? お姉ちゃんもうビックリしちゃって……>
「うるせえな。ほっとけよ。深爪すると殴る時感覚狂うんだ」
ビカビカと宝石を点滅させてサメザメと泣く女を弥堂は冷たく突き放した。
「それより、“死に戻り”は機能している。それで、なんだ?」
<あ、うん。仕組みについて説明をさせて――>
続きを促すと思ったよりも早くエアリスは立ち直る。
ただ言いたかっただけで、彼女にしても弥堂の死には慣れたものなのだろう。
<【
「生き返ってるわけじゃなく、もう一回死にに戻ってるだけだからな」
弥堂がまた自嘲を口にするとエアリスは一度苦笑いをし、それから真剣な声音に戻る。
<これは魔術よ。魔法ではなく魔術。しっかりとした仕組みの上に成り立って再現される
「起こっている結果だけは魔法を超えた禁忌なんだがな」
<そうね。そしてこの奇跡は、主に3種類の“刻印魔術”によって術式が動いているわ>
開発したのは二代目勇者であり魔王でもある一人の大天才。
それを異世界の大魔導士ルナリナが弥堂の身体に刻み、実現をした。
<1番は、術式の本体――“
「――記憶の更新、か?」
<その通りよ。2番が保存した“
「戻ったら3年前の自分でしたじゃ話になんねえからな」
<そうね。これら3つ全てがユウくんの絶命を条件に自動起動する“
「最も低劣とされた魔術で、どんな魔術師にも出来なかったことが実現されてるってのは皮肉だな」
<フフっ、そうね。いい気味だわ>
どうやら呪いのブラジャーさんは魔術師という職業にも何かしらの憎しみを抱いているようだ。
ともかく、ここまでは弥堂も既に知っていた知識だ。
改めて聞くことでもない。
「要は聖剣が手元に無い時にどの部分に影響が出るか――という話か?」
<えぇ。結論から言うと3番よ。記憶のアップデートが前より遅くなるわ>
「1番と2番は?」
<そっちにも多少変化があるわ。順番に説明するわね>
エアリスは“死に戻り”の内部について説明をする。
<まずユウくんが死ぬと1番の術式が起動して、元々保存されていた“
「生き返り――禁忌の肝だな」
<えぇ。それによって保存していた“
「保存したものは使い捨てなのか?」
<そうみたいね。そして復活してそのまま生きていれば、新たに記憶が増えるわよね? それを保存済みの“
「その3番が遅れると?」
<えぇ。厳密に言えば1番と2番も前より遅くなるんだけど、深刻な影響が出るのが3番ね>
「理由は?」
戦闘プランそのものの変更をする必要が出てきそうな内容の話に、弥堂も真剣に聞きとろうとする。
<端的にワタシの不在。ワタシを使っている時なら以前と同じか、魔力が増えたから前より速く済ませる自信もあるわ>
「ということは、“死に戻り”にお前が何か関与していたのか?」
<えぇ。この術式の記憶に関わる部分。とにかくこの部分の作業が重いの。ワタシはそれを最大効率化させるサポートをしていたわ>
「あまりイメージが出来ないな」
<まぁ、内部的な話だしね。術式が自動でそれをやってくれるけど、あまり速度は出せない。並行してワタシが記憶部分の更新を手動でもやっていた。そして、ワタシが居ない時はそれが出来なくなった>
「だから遅くなると」
術式を理解しようとすると弥堂にはまったく意味不明だが、外側の構造だけで考えれば単純な話でもあった。
<ただ注意して欲しいのは、まず1回死ぬ。そして1番で死に戻る。2番で“
「ということは、今言った例で死に戻ると――」
<――そう。記憶に齟齬が起きるわ>
「あぁ……、なるほどな。下手をしたら、自分が誰と戦っているのか、誰に殺されたのかすらわからなくなったりする可能性があるのか」
<状況によってはとても危険よ>
「つまり、極力3番の作業が完了するまでは“死に戻り”を使うなということか?」
<えぇ。そう理解してもらえると助かるわ。当然、ワタシがその場に居れば、同じものを見て記憶しているから、ワタシが記憶の欠落を防いであげられるけれど……>
「…………」
この点は恐らく、以前と変わったことの中で最も重要な事柄であると弥堂は認識する。
「具体的にどのくらいの時間で記憶のバックアップは終わるんだ?」
<2番に関しては通常時で10分と考えて。クスリで魔力をブーストしている時なら5分で終わるかもしれないけれど>
「それは前からそうだったが、そんなに差が出るものなのか?」
<使える魔力によって術式のパワーが変わる。電力とPCのマシンパワーと似たようなものね>
「勇者の力が発揮されていた時は?」
<この間のフルスペック時なら一瞬よ。死に戻った時にはもうバックアップは終わってるし、記憶のアップデートもやろうと思えば毎秒ペースで出来たわ。だから、あの状態のユウくんを殺しきることは、実質誰にも不可能よ>
「へぇ」
興味なさそうに相槌をして、現在重要なことを聞く。
「要は、一回死んだら10分は死ねないということだな?」
<そう。そして3番が終るのは30分と考えて>
「使い物にならねえな」
<そうね。仮に死に戻って25分後にもう一回死んだら、肉体の復元自体は出来るけど、その25分間の記憶は失くなる>
「……ヤクが入ってる時は?」
<……それでも20分は見てほしいわ>
「今までみたいにポンポンと連続で死んでると、わけわかんねえことになりそうだな」
はっきりと判断を下す。
この点は最も明確に以前より弱体化した部分であると。
「3番の記憶のアップデートが終わったらその後の更新はどうなるんだ?」
<基本的に10分間隔で次のアップデートをするようにはしているけど、その時のユウくんの魔力状態によっては止まることもあるわ>
「あぁ、こいつのせいで魔力が枯渇しないようにか」
<えぇ。だから、一応1時間ごとには更新されることを目標に設計しています>
「タイミングが悪ければ、そこでも記憶がおかしくなるか……」
<そもそも
“死に戻り”はおそらく弥堂にとっての一番のストロングポイントだった。
異世界に召喚されてもロクな力が与えられなかった彼にとって、明確に他者にはない特別な能力であったと謂える。
それが弱体化したことは、身体強化の魔術が多少強くなった程度ではとても釣り合わない。
「解決方法は?」
<圧倒的な魔力量か、
「じゃあ、どうにもならないな。考えても意味がない」
<……ねぇ、ユウく――>
「――駄目だ」
何かを進言しようとするエアリスの言葉を最後まで言わせないように遮る。
「昨日も言ったが、お前は持っていかない」
<だけど……>
「ここを襲撃される可能性が最も高くなるのは、俺がこの仕事に出掛けている間だ。あのネコは戦力として使い物にならない。これも昨日言ったな?」
<でもユウくん。ワタシは――>
「――“
<…………>
「もしも敵が来たら迷わず殺せ。その時はバレてもかまわん。最優先は水無瀬の生命だ。他はいくらでも替わりが効く」
<わかったわ……>
エアリスは渋々ではあるが、弥堂の言葉に従う。
「相手が一目で人外とわかるような敵ならともかく、あいつは人間を的にして魔法を撃てない。お前が殺れ」
<わかってるわ。非常時にはワタシが小娘に指示も出す。でもユウくん、アナタは……>
「俺は何も変わらない。相手が誰であっても何であってもそいつが生きているのなら、俺は殺せる。元々俺には何も無い。殺しに能力も武器も必要ない。ただ俺が生きてさえいれば誰でも殺せる。俺はずっと、そうだ」
<……わかってるわ>
弥堂は今回の仕事に“
完全に自分の身一つで戦場へ赴くつもりだ。
以前よりも弱体化した身で――
既に昨日聞かされていた話だが、エアリスはそのことに強い不安を覚えていた。