俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章21 GET READY FOR … ⑦

 

「――水無瀬の体調はどうなんだ?」

 

<もう大丈夫よ。普通の健康な人と変わらないわ>

 

 

 愛苗のその後の経過について尋ねると、エアリスからは実に軽い調子で答えが返ってきた。

 

 

<リハビリとは言っているけれど、実質ただの運動ね。病人じゃないのに病人扱いして寝たきりにさせておくわけにもいかないから>

 

「ただの口実というわけか」

 

<えぇ。運動中に心臓になにか問題があるわけでもないわ。むしろ好調よ>

 

「魔法の方は?」

 

 

 水無瀬と話している時の印象から、それは弥堂にも予想がついていたので肝心な部分に踏み込む。

 

 

<体内での魔力運動は問題ないわ。自己魔素の生成、循環、外気魔素の取り込みと融合……。全て問題なく機能しているわ。強いて問題を挙げるなら、その魔力の生成量と保有量がバケモノ過ぎという点ね>

 

「好調過ぎて逆に、ということか。彼女の魔力で感づかれる可能性は?」

 

<この世界の魔術師どものレベルや魔術の傾向がわからないからなんとも。ただ、“あっちの世界”でならすぐに見つかるわ>

 

「対策が必要か?」

 

<今はネコの認識阻害の魔法をワタシが乗っ取って、この病院に結界のように展開しているわ。小娘の存在はそれである程度隠せているはずよ>

 

「……だが、結界があることはバレる可能性がある。結界がバレた段階で隠蔽の対象を水無瀬に絞って速やかに逃走する?」

 

<その通り! さすユウ!>

 

「うるさい黙れ」

 

 

 聖女さまの露骨な『ヨイショ』を切り捨てて、弥堂は他の懸念点を考える。

 

 

「仮に、今の水無瀬が戦闘状態に陥ったらどうなる?」

 

<それに関してはやっぱりそうなってみないと……>

 

「それもそうだな。実戦が起こる前に試しておきたいところではあるが……」

 

<少なくともユウくんが帰還するまでは控えたいわね。当然今すぐもダメ>

 

「何故だ?」

 

 

 エアリスは声音を真剣なものに戻して説明する。

 

 

<試すって、早い話が魔法少女に為ってみるってことよね?>

 

「そうだな」

 

<そうすると結界が必要じゃない? 今使ってる結界じゃ多分魔法少女は隠し切れないわ>

 

「魔法少女自身の結界は使えなくなったのか?」

 

<いえ、ペンダントとの融合の感触から判断するに、多分使えると思う>

 

「それなら何が問題なんだ?」

 

<この世界の魔術師どもよ>

 

 

 弥堂は不可解そうに眉を寄せる。

 

 

「魔法少女の存在がバレるということか? 今更じゃないか?」

 

<それはそうなんだけど、問題はこの間の港の戦いよ>

 

「あれがなんだ?」

 

<ユウくんは港の件で警察に狙われているのよね? あの時の港にはやっぱり魔法少女や悪魔の結界があった。連中がその結界を感知出来ていたとしたら……>

 

「変身した瞬間に敵性存在と認定されて部隊を差し向けてくる可能性もあるのか」

 

<あくまで彼らがあの結界を感知出来ていたのならの話だけどね>

 

「確かに、やるなら俺の仕事が終わってからだな」

 

 

 弥堂は納得して先の予定に組み込んでおく。

 

 

<ユウくんの不在時に戦闘になった場合はどうする?>

 

「相手が人間の場合、水無瀬の生命を即脅かされるわけでもなければ様子見だ。相手が実力行使に出て来なければ隠蔽を優先しろ」

 

<逆に実力行使できたら、ワタシが殺していいのね?>

 

「あぁ。細かいことはお前の判断に任せる。多少思い違いがあったとしても、水無瀬が生きてさえいればどうでもいい」

 

<わかったわ。出来ればもう少し、あの小娘を戦わせるようなことにはしたくないわね……>

 

 

 弥堂は頷き、あとは無言のまま刻印の調整が終わるのを待った。

 

 窓の方へ眼を向けると、先程ストッキングを投げ捨てた際に窓を閉めていたことに気が付く。

 

 

 今ここに居る自分と、彼女との間の、霊子情報は繋がっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――わぁっ、メロちゃんはやーいっ!」

 

 

 中庭の芝生のある場所まで来ると、元気いっぱいに走り出したネコさんの姿に愛苗ちゃんも燥いだ。

 

 あれからリハビリを終えて、現在の彼女らはお散歩中である。

 

 

「あ、あわわ……、の、のらねこが入ってきちゃったのかなぁー? 近付いちゃダメだよぉー?」

 

 

 メロは飼い主さんに自らのアジリティをアピールすべくシャトルランを行う。

 

 そのパフォーマンスに他の入院患者のお子さんたちが興味を示してしまったので、付き添いのギャルナースさんは慌てて誤魔化した。

 

 

「今日はいいお天気だね、リンカさん」

 

「そうね」

 

 

 そして、ニコニコの愛苗ちゃんに苦笑いを浮かべる。

 

 その間にメロがギャラリーを意識して高速反復横跳びを繰り出すと、子供たちから歓声があがった。

 

 

 とてもほのぼのとした日常光景だ。

 

 本当は立場上色々とやめさせなければいけないこともあるのだが、ギャルナースさんはつい許してしまう。

 

 

「私もかけっこしたいなぁ……」

 

「…………」

 

 

 メロの方を見ながら指を咥えて心情を吐露するこの担当患者さんは特に甘やかしてしまいそうになる。

 

 

「体調はかなりよくなってきてるけど、一応まだやめておいた方がいいかなぁ」

 

 

 だが、仕事上そういう指示が出ているので、その最低限のラインには従わねばならない。

 

 

「はぁい」

 

 

 世間の目を欺くために自分が病人として幽閉されていることに気が付いていない愛苗はシュンとざんねんそうにした。

 

 しかしポジティブモンスターである彼女はすぐに表情を明るくした。

 

 

「平和ですねー」

 

「そうね」

 

 

 目の前の光景に幸せそうに笑う少女に釣られて、ギャルナースさんもクスリと微笑んだ。

 

 この頃には、メロはもう運動に飽きて芝生に寝転び、ゴロンゴロンと背中を擦りつけていた。

 

 

「ちょっと前に街であんなことがあったばかりなのにね……」

 

「なにかあったんですか?」

 

 

 しみじみとしたナースさんの呟きに愛苗はコテンと首を傾げる。

 

 

「ほら、一週間くらい前に大騒ぎになってたじゃない? この病院にも結構ケガ人が運ばれてきて……。ゾンビが出たとか言ってる人もいるし、意味わかんないわよね」

 

「はぅあっ⁉」

 

 

 思いっきり当事者だったので愛苗ちゃんのお胸がドキリと跳ねる。

 

 

「どうしたの? あ、そういえば愛苗ちゃんが運ばれてきたのも……。もしかしてあの日のこと何か知ってる?」

 

「なっ、なななななないです……っ!」

 

「そ、そう……?」

 

 

 答えられない質問をされた愛苗ちゃんは、ぎゅっとおめめを瞑ってお顔の前で両手を交差させてバッテンした。

 

 “ないもんのポーズ”だ――

 

 

 その過剰なリアクションに戸惑いつつも、あまり刺激的なことを聞くべきではないとナースさんは引き下がる。

 

 代わりに、現状に必要な注意をすることにした。

 

 

「そうだ。でも、平和といえばね」

 

「あ、はい」

 

「最近夜になると……、愛苗ちゃん?」

 

「…………」

 

 

 そう切り出したリンカさんだったが、肝心の会話相手がどこか別の方へ視線を向けてしまったので、彼女の顔を窺う。

 

 愛苗が見ているのはメロだ。

 

 

 さっきまで毛繕いをしていたメロはガバっと立ち上がり、どこか遠くの方をジッと見ている。

 

 その様子が愛苗は気になったのだ。

 

 

「メロちゃ――」

 

「――こ、このニオイはッス……ッ!」

 

「――あっ⁉」

 

 

 声をかけようとしたが、その前にネコさんはダッと走り出してしまう。

 

 向かったのは中庭の外れの方だ。

 

 

「メロちゃん! 遠くまで行っちゃダメだよー!」

 

「い、いましゃべった……?」

 

 

 二人は慌ててメロの後を追った。

 

 

 

 

 

 

「――ニャニャニャーッス!」

 

 

 ネコさんダッシュをキメたメロはバッと身を躍らせると芝生の上をヘッドスライディングする。

 

 そして速やかに“狩りの姿勢”をとった。

 

 

 身を伏せて縮め、お尻をヨジヨジとさせる。

 

 その鋭い視線が向くのはベンチ脇の茂みだ。

 

 

「あそこッス……! あそこからなんかエロいニオイがするッス……ッ!」

 

 

 見れば茂みにはなにか人間の衣服のような物が引っ掛かっている。

 

 

「ま、まさか……、あの向こうで青姦を……ッ⁉」

 

 

 愚かなるニンゲンたちの留まることを知らぬ性欲にネコさんは驚愕する。

 

 戦慄に目を見開き、しかしすぐにダラっと目尻を下げた。

 

 すぐに辛抱堪らなくなりメロは駆け出す。

 

 向かう先はもちろん件の茂みだ。

 

 

「ネ、ネコさんだから……! ジブンネコさんだからしょうがないんッス……!」

 

 

 よくわからない言い訳のようなものを口走りながら、メロは茂みにダイブをした。

 

 

「ギャアーーーッ⁉ な、なんッスかこれは……⁉」

 

 

 すると先程見つけた衣服がネコさんボディに絡まる。

 

 ネットのような素材で出来たそれに頭から突っ込み、メロの顔面が銀行強盗のように歪んだ。

 

 

「し、しまったッス! これは保健所の罠ッスか……ッ⁉」

 

 

 にっくき公務員どもへの怒りを叫びながらメロはモガモガと藻掻くが、自身の身を捕える白い衣服は剥がれず、暴れれば暴れるほどに爪が食い込んでしまう。

 

 

「こ、ここまでか……ッ! すまねえマナ……、少年……ッ!」

 

 

 自身のパートナーとご主人への別れを口にしながらメロが諦めようとしたその時――

 

 

「――ホホホ。こんな所で見るとは珍しい」

 

「――え……?」

 

 

 いつの間に近くに居たのか、知らない人間が白い衣服ごとメロを持ち上げた。

 

 メロはその男と目が合う。

 

 

 初老の男だ。

 

 立派な口髭が生えており、シルクハットのような帽子を被っている。

 

 その身を包むのは黒いスーツ。

 

 メロのご主人とは違って一目でわかるほどに紳士然としている。

 

 

「お困りのようだね。お嬢さん」

 

 

 老紳士は柔らかい口調でそう言うと、白手袋で包んだ指先で優しく服に食い込んだメロの爪を外してやった。

 

 

「さ、もう大丈夫だよ」

 

「な、なぁ~ん(こ、こりゃどうもッス)……」

 

「なに、礼には及ばんさ。紳士として当然のことをしたまでだよ。レディ?」

 

「な、なぁ(は、はぁ)……」

 

 

 メロは戸惑いつつも老紳士にお礼の鳴き声を上げた。

 

 

 改めて彼の姿を見ると、雰囲気的にはあのアスのような服装だった。

 

 タキシードのようなスーツ、手にはステッキを持っている。

 

 もう片方の手にはメロの身体に絡まっていた衣服があった。

 

 

 それはどうも女性用の白いストッキングのようだ。

 

 風でどこかから洗濯物が飛ばされてきたのかもしれない。

 

 

 知らない人への接し方を迷って、メロがウロウロと同じ場所を回っていると、紳士の目が手の中のストッキングへと向いた。

 

 

「ふむ……」

 

 

 老紳士はステッキを脇に抱えると、興味深げな様子で綺麗に整えられた口髭を指でシュッとする。

 

 そして徐にスンっと、手の中のストッキングを嗅ぐった。

 

 

「――え」

 

「……なるほど。ふむ……、なるほど……」

 

 

 メロが呆気にとられる中、紳士はストッキングから顔を離すと目を閉じたまま顎を上げる。

 

 人工の草原にそよぐ風を感じながら、自然とストッキングとの調和を確かめた。

 

 

「これはそう……、熟れはじめの果実……。青春を駆け抜け、これから完成されていこうとする雌肉(めにく)だ……」

 

 

 老紳士は手の中のストッキングを伸ばすともう一度鼻を近づける。

 

 まずは股間から太ももの位置までをなぞり、それから足先へ鼻を動かした。

 

 

「……大人の階段を昇り始めたその足に凝縮されたのは労働の喜びと社会への不信。そして戻らぬ青春への未練……。そんな甘酸っぱくも芳醇な薫りが汗とともに染みついておる……」

 

「…………」

 

「フッ……、グッドスメェル」

 

(ヘ、ヘンタイだぁーーーッ⁉)

 

 

 道端に落ちていたストッキングの匂いを嗅いで何やら蘊蓄を語り出した変態に、メロはビックリ仰天した。

 

 

「だが……、いや――」

 

 

 お口をモゴモゴさせてテイスティングしていた老紳士はふと眉を寄せると、もう一度ストッキングを嗅ぐった。

 

 今度は内ももの破れた部位だ。

 

 

「……ふむ。一見は若く健康的な女性の肢体。それを想像できる。だが……、その奥には……、これは血のニオイ……。確かな血のニオイが感じられる。それの意味するところは……。フフフ……、友よ。こんなところで会えるとは……」

 

(ヘ、ヘンタイだぁーーッ⁉ だいぶドギツイ感じのヘンタイッス……ッ!)

 

 

 追加の品評にはさしものサキュバスもドン引きした。

 

 そんなメロの前で老紳士はなに憚ることなく、親しみさえこめた手つきでストッキングをサラっと撫でる。

 

 

「ほう、40デニールか……」

 

「――伯爵ぅーーっ!」

 

「む?」

 

 

 すると、あちらの方からドスドスという足音でも聴こえそうな様相で、太った作業着姿の男が走ってきた。

 

 こちらは40代後半くらいのメガネをかけたオジさんだ。

 

 

「遅いぞ里見君」

 

「す、すみません……。というか、いきなり居なくならないで下さいよ! 御身になにかあったら私が責任をとらされてしまいます」

 

「ホホホ、それはすまなかったね里見君」

 

 

 様子を見るに作業着のオジさんは伯爵と呼ばれた老紳士を探していたようだ。

 

 慌てて走ってきたらしく、作業着のポッケから取り出したハンカチで脂ぎったおでこの汗を拭っている。

 

 メロの目には、そのハンカチはストッキングのような素材で出来ているように見えた。

 

 

「ところで伯爵、突然どうされたのですか?」

 

「ふむ、これを見たまえ里見君」

 

「む……、これは……」

 

 

 伯爵が手にしていたストッキングを差し出すと、里見君はスッと眼鏡を外してそれをスンっと嗅ぐった。

 

 

「なんと……、グッドスメェル」

 

「わかるかね? 里見工場長」

 

「もちろんですとも。女性の暮らしの中に垣間見える生命の薫り……、それは労働の汗……」

 

「さすがだね里見君。グッドスメェル」

 

 

 男たちは揃ってストッキングに顔を寄せ、やたらと綺麗な英語のイントネーションで褒め称える。

 

 そういえば作業着のオジさんはどう見ても日本人だが、老紳士の方は白人だ。

 

 やたらと流暢な日本語と変態行為で気付くのが遅れた。

 

 

「――メロちゃぁーん……っ!」

 

 

 すると、この場にメロを追いかけてきた愛苗たちも到着してしまう。

 

 メロはギョッとした。

 

 

「にゃにゃッ! にゃにゃにゃにゃッス! にゃっにゃんにゃんにゃにゃにゃにゃにゃッス……ッ!(マナッ! 来ちゃダメッス! エッグイ変態がいるッス……ッ!)」

 

「え? チュッチュはさっき食べたからもうダメだよ……?」

 

 

 急いで危機を伝えたかったが、ギャルナースさんや変態たちも居るので日本語を喋ることが出来ず、意思伝達に失敗してしまう。

 

 

「愛苗ちゃん、身体苦しかったりしない?」

 

「あ、うん。だいじょうぶです」

 

 

 心配してくれたナースへ向けて両腕を上げて元気モリモリのポーズをとる愛苗ちゃんに、老紳士の目がジロリと向いた。

 

 

「おや……、キミは……」

 

 

 伯爵と呼ばれた老紳士――

 

 その時彼の鼻がクンと一つ動き、愛苗を見つめる目がスッと細まる。

 

 

 弥堂が半裸で愛苗ちゃんのおブラで遊んでいる隙に、お散歩中の彼女に変態の影が近づいていた。

 

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