俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章21 GET READY FOR … ⑨

 

 ガラガラッ――とキャリーバッグの車輪が回る音が廊下に響く。

 

 

 それを引くのは男だ。

 

 恰幅のいい体格、安定感抜群の低重心、室内であるにも関わらず装着されている大きなサングラスの効果でとってもミステリアスだ。

 

 

 隣に供を一人連れ、その男は不敵な表情で絨毯マットを踏む。

 

 

「いやぁ~、どうにか予定通りにイベントを終えられそうだね。山田君」

 

 

 そう――

 

 

 休日を過ごす廻夜 朝次(めぐりや あさつぐ)だ。

 

 

 

 廻夜は朗らかな声で隣を歩く後輩を労う。

 

 

「そうですね、先輩」

 

 

 廻夜の言葉ににこやかに返事をしたのは、弥堂の隣のクラスの山田君だ。

 

 

 彼は元々親交のあった廻夜の頼みで、名義貸しという形で“サバイバル部”に所属していることになってはいるが、普段の部活動には参加していない。

 

 だが、休日は目的が合えば、こうして彼と時間を共にすることがたまにあった。

 

 

 ここは、彼ら二人がその目的のために宿泊中のホテルだ。

 

 そして彼らの目的とは、このホテルの近くにある“美景メッセ”というイベント会場でG.W中に開催されるゲームショーへ参加することだった。

 

 

 ただ、ゲームショーとは謂っても、そこで発表される今後リリース予定の新作ゲームなどは彼らのメインの目的ではない。

 

 当日会場で販売されるグッズや同人スペースに並ぶ作品などの入手が、彼らが自分たちに課したマストなミッションだ。

 

 

 昼下がりのこの時間、彼らは借りている部屋から1Fのフロントへ向かって廊下を進んでいる。

 

 だが、廻夜の引くキャリーバッグを持つ手にかかる重量は軽い。

 

 バッグの中身はほぼ空っぽだからだ。

 

 

「今回はちょっと欲しい物が多かったので不安でしたけど、一通り買えてよかったです」

 

「そういえば山田君。珍しく今回は大量に買っていたね」

 

 

 彼らはこれからイベントに向かうわけではなく、早朝から会場に並び既に一仕事を終えた後であった。

 

 山田君はその女生徒と見紛うような可憐な面差しではにかむ。

 

 廻夜の鼻の穴が膨らんだ。

 

 

「実は、旅行に行ってる友達に頼まれたんですよ。特に“青空 かなた先生”のプリメロ本は絶対!って」

 

「あぁ、なるほど。あの戦利品は二人分だったんだね」

 

 

 なるほどと廻夜が頷くと、ふくよかな顎肉がタプンっと揺れる。

 

 続いて偉大なる部長は「ふむ」と感心の声を漏らした。

 

 

「その友人、いい趣味だね。“プリメロ”に“青空 かなた先生”とは……。是非とも一度膝を合わせて語り合いたいものだよ」

 

「う~ん……、ボクは構わないんですけど……」

 

 

 しかし、廻夜の申し出に山田君は若干難色を示した。

 

 色艶のいい桜色の唇が僅かに窄められると、廻夜部長のお鼻もプックリとしてしまう。

 

 

「おや? なにか問題があるのかい? 僕はね常々思っていたんだよ。普段親交のない人物から、“青空 かなた先生”のデビュー作であり、後に連載化が決定された伝説の読み切り作品『触手にわからされたギャル ミサキ』についての忌憚のない感想が聞きたいとね。もしかしたら僕のような愚物には思いも付かない意見をもらって、新たな価値観に触れられるんじゃないかって。そう期待を寄せているのさ。それはわかってもらえるよね? 山田君」

 

「わ、わかります……っ! わかりますからまたそうやって一気に喋らないでくださいよ……っ」

 

「おっと、これは失礼。気をつけようとはしているんだよ? でもさ、なんせ僕って奴はお喋りなものでね」

 

「知ってます。というか、ボクはいいんですけど。その友達がちょっと……、なんていうかナイーブなヤツで……」

 

「へぇ、そうなんだ。それは優しくしてあげないとね」

 

「まぁ……、そういうのともちょっと違うんですけど……」

 

「ふぅん? あ、ちなみに山田君。キミは『触手にわからされたギャル ミサキ』についてどう思うかな?」

 

「え? そうですね。ボクはやっぱりあの伝説の“二本挿しヘリコプター”が秀逸だったと思います。あれのバズりのおかげですよ。半分以上は炎上でしたけど」

 

「やっぱりキミもそう思うかい? 流石だよ。時計回りと反時計回りの反発から生み出される浮力によって空へ舞い地上30mの高度から放たれる絶頂スプラッシュは圧巻だったね。僕は目を疑ったよ」

 

「はい。やはりよくも悪くも話題性があることが昨今は……、あれ?」

 

 

 訳知り顔でオタトークをしていると、その途中で山田君は廊下の奥の方へ視線を奪われる。

 

 

「ん? どうしたんだい? 山田君」

 

「いえ……、おかしいな? なんかあっちに人影が見えたような……」

 

「へぇ、どんな人だったんだい?」

 

「なんか……、頭に紙袋を被ってたような……」

 

「ハハハ、やだなぁ山田君。そんな怪しい人がこんなホテルに居るわけないじゃない。それに人の姿自体も見えないし」

 

「そう……、ですね……。おかしいな」

 

 

 コスコスと目を擦る山田君に廻夜は気のせいだと笑い飛ばす。

 

 

 すると彼らはエレベーターの前に辿り着く。

 

 廻夜は“下りる”ボタンを押した。

 

 

「さて、戦利品は部屋に仕舞ってきたことだし。ちょっと遅いけどお昼を食べて、その後はもう一回会場に行って今度はゆっくりゲームでも見て回ろうか」

 

「はい。実はボクちょっと気になってるゲームがあって……」

 

 

 雑談をしていると間もなくエレベーターが彼らの居る12Fに到着する。

 

 扉が開くと中には誰も乗っていない。

 

 彼らはエレベーターに乗り込み“1F”のボタンを押す。

 

 扉が閉まると二人はスンっと大人しく無言になった。

 

 

 すぐに1Fに到着し、彼らはフロアに出た。

 

 顔を見合わせて苦笑いをする。

 

 

「エレベーターって他に誰も居なくてもなんか無言になっちゃうよね?」

 

「なんでなんですかね」

 

 

 お互いに気恥ずかしそうにしながら歩く。

 

 

 すると――

 

 

「――あれ?」

 

 

 山田君がまた何かに気付く。

 

 

「今度はどうしたんだい? 山田君」

 

「せ、先輩……、あれ……っ!」

 

「えっ?」

 

 

 山田君が指差す方へ廻夜は目を向ける。

 

 

 そして――

 

 

「――なっ……⁉ なんだあれ……⁉」

 

 

 サングラスの下の目をギョッとさせた。

 

 

 そこには紙袋を被って頭部を隠す人物が居た。

 

 

「せ、せんぱい……、あっちにも……っ!」

 

「へ……?」

 

 

 しかも、それは一人や二人ではない。

 

 マスクのように紙袋を被っている人間がロビーには複数居た。

 

 目元には小さく切られた穴が空いている。

 

 

「なななな……、なんだぁ? あれは……」

 

 

 その異様な姿に廻夜も動揺する。

 

 

「せ、せんぱい……、あの人たちが着ている服って、あれってウチの制服じゃないですか……?」

 

「あ、ホ、ホントだ……、というか、ウチだけじゃないね……。あっちのは美景女子のセーラー服も居るよ」

 

 

 不審な集団に共通していることは頭に紙袋を被っていること。

 

 そして女子高生の制服を着ていることだった。

 

 おそらく先程山田君が12Fで見た人影も気のせいではなかったのだろう。

 

 

「せ、せんぱい……、ボクこわいです……っ」

 

「や、やまだくん……っ!」

 

 

 怯えた山田君は廻夜に身を寄せて彼の胸元の服をキュッと掴む。

 

 か弱くも可憐な後輩男子に縋られて、廻夜部長は鼻を膨らませた。

 

 

「い、一体なんの集団なんでしょう……、って、あ――」

 

 

 不安そうに呟きながら山田君はある物が目に入った。

 

 それは廻夜の首に提げられているカメラだ。

 

 

「もしかして、あれってなんかのコスプレなんでしょうか?」

 

「え? コスプレ……? あ、そっか――」

 

 

 廻夜も山田君の言わんとすることに気が付く。

 

 

 これから廻夜たちが戻ろうとしているゲームショーの会場ではコスプレも行われていた。

 

 そして、会場からほど近いこのホテルには、イベント参加の客が多く宿泊している。

 

 その中には一般参加のレイヤーさんたちも少なくないだろう。

 

 

「な、なぁーんだ……! なにかの宗教団体かと思ってビックリしちゃったよぉ。もう、やだなぁ、山田君ったら……」

 

「えー? もぉーっ! ボクだけのせいにしないで下さいよぉ……っ!」

 

 

 オタクたちはイチャイチャと責任転嫁をしあう。

 

 そして気を取り直して、部屋の鍵を預けるべくフロントへ並んだ。

 

 

「でもさ、山田君」

「はい?」

 

「コスプレだとしてもあれって何のキャラなのかな?」

「うーん……、ちょっと記憶にないですね……」

 

「恥ずかしながらこの僕もさ? 今期放映されているアニメも全作品チェックさせていただいているけれども。それでもあんなキャラは寡聞にして知らないよ? この僕が知らないって相当ニッチな作品のキャラクターだと思うんだ」

「結構インパクトあるから一回見れば忘れなさそうなんですけどね……」

 

 

 廻夜が「うんうん」と唸り始めると、山田君はもう一度怪しいコスプレイヤーさんたちを見て何かヒントを探す。

 

 

「あ、先輩。あの紙袋? おでこの所に何か文字が書いてありますよ」

 

「ん? どれどれ……?」

 

 

 山田君の指摘に廻夜も目線をレイヤーさんに向ける。

 

 

「えぇっと……? あれって……」

 

γ(ガンマ)……? ですかね……?」

 

μ(ミュー)にも見えるねぇ……」

 

「あ、先輩、でも。その後ろに『's』って付いてますよ? ってことは、あれってμ'――」

 

「――あぶない山田君っ!」

 

「――うわぁ……っ⁉」

 

 

 何かを言いかけてしまった山田君に廻夜が突然タックルをしかけた。

 

 華奢な後輩ボディをその豊満な肉体で包みながら共に床をゴロゴロと転がる。

 

 

「――ぁいたっ⁉」

 

「お客様っ⁉」

 

 

 勢いよく転がった二人はやがて受付カウンターに激突して止まる。

 

 

「な、なにするんですかぁ……?」

 

「しっ! 静かにっ!」

 

 

 ぶつけた頭を押さえながら講義をする山田君の口を塞いで、廻夜は彼に覆い被さる。

 

 その幅広な横幅を使って山田君を隠し、素早く周囲へ視線を振った。

 

 

「いけない……、それ以上はいけないよ? 山田君……!」

 

「な、なんのことですか……⁉」

 

「それ以上口にするのは危険だ。どこにヤツらの監視の目があるかわからない」

 

「ヤ、ヤツら……? 先輩なにを言って……」

 

「いいから! 身を低くして。このまま静かにやり過ごすんだ……」

 

「は、はぁ……」

 

 

 何を言われているのかわからなかったが、素直な山田君は先輩の言うことを聞いて大人しくした。

 

 

「お、お客様……⁉ どうされましたか⁉」

 

「…………」

 

 

 しかし、ホテルの受付前で床に伏せて息を潜めていたりすれば恰好の注目の的だ。

 

 このままこうしていても衆目を集めることは免れないだろうと判断する。

 

 

「さぁ立って。山田君。いつまでもこうしていたら人の迷惑になる」

 

「えぇ……」

 

 

 廻夜はスッと立ち上がって終わったこととし、山田君に手を差しのべる。

 

 どこか納得のいかない顔をしながら山田君はその手を取った。

 

 

「あ、あの、お客様……?」

 

「失礼しました。ちょっと出かけてくるので鍵をお願いします」

 

「は、はぁ……」

 

 

 そして不審な目を向けるスタッフさんにルームキーを渡すと、足早にこの場を立ち去った。

 

 

「もう、恥ずかしいなあ……」

 

「ふふ、ゴメンよ山田君。でもね、本当に危ないところだったんだ」

 

「ボクにはなんのことだかさっぱりですよ」

 

「いいかい? あれはギリシャ文字でもなければ単位でもない。もっとシンプルに考えたまえ。いいね?」

 

「はぁ……」

 

 

 山田君は「シンプル?」と首を傾げながら、ホテルの出口へと向かう廻夜に続く。

 

 

「……あっ。シンプルってそういうこと? でも……、それでも意味わかんないなぁ……。先輩、結局あれってなんのキャラなんです?」

 

「いや、それは僕にもわからないよ。これっぽっちもね。本当に一切皆目見当もつかないんだ。神に誓ってね」

 

「ず、ずいぶんと念押ししますね……」

 

 

 二人は回転自動ドアを抜けて外に出る。

 

 入り口前のロータリーを沿う歩道を歩いた。

 

 

「そういえば先輩。ちゃっかりカメラなんて持ってきて。本当に見たいのはゲームなんですかぁ?」

「えー? 山田君だってカメラ提げてるじゃないかぁ」

 

「これはしょうがないんですよぉ。さっき言った友達に撮影を頼まれてて」

「へぇ? プリメロのレイヤーさんかい?」

 

「いえ。ボクとヤツが推してるV-Tuberさんのコスをするって、“edge”で投稿してるレイヤーさんがいて」

「ふぅん? 有名なVさんなのかい?」

 

「それが個人勢なんですよ。それもすごく有名なわけじゃないから、そのコスをしてくれるって宣言するレイヤーさんが現れる機会って貴重で」

「あぁ、確かにね。さらにこんな近場だ。所詮しがない高校生に過ぎない僕らに遠出は難しいからね。そんなまたとないチャンスを逃すわけにはいかないよね」

 

「えぇ。正直これを逃したらアイツ号泣しちゃうと思うんです」

「あはは、気持ちはよくわかるよ……」

 

「そのバッグ、中にカメラ機材が入ってるんですか? 三脚とか」

 

 

 山田君は廻夜が引き摺るキャリーバッグに目を遣って尋ねた。

 

 

「いや? これは中身空っぽだよ」

「そうなんですか? 撮影の為に機材持ち込むって言ってませんでしたっけ」

 

「うん。それは確かに持って来たよ」

「え?」

 

「持って来て、そして置いてきたのさ」

 

 

 ニヤリと口の端を持ち上げる廻夜に、山田君は曖昧に返事をした。

 

 彼がよくわからないことを言うのはいつものことだからだ。

 

 

 そうして雑談をしながら緩やかな坂道を下り、二人はホテル敷地の出口を目指す。

 

 

「あ、そうだ、忘れてた。先輩」

「ん? なんだい?」

 

「あの……、弥堂君のことなんですけど……」

「あ、うん……」

 

「彼、たまにボクに『わかってる』みたいな風にコクリと頷いてくるんですけど、あれってなんなんですか?」

「あぁ……、うん……」

 

「ボクの方はさっぱりわけがわからないんですけど……」

「そうだねぇ……」

 

「もしかして彼、ボクのこと何か変な風に勘違いしてませんか? 先輩の方から一度言って下さいよ。直接言うのはこわくて……」

「うん……、うぅーん……」

 

 

 高校生らしく部活トークをしながら二人がホテルの正門に差し掛かった時、1台のワンボックスカーが通りから敷地に入ってくる。

 

 擦れ違うように交錯し、歩道を歩く二人の姿を隠した車のサイドのボディには“清掃業者”の会社名が書かれていた。

 

 

 ワンボックスは彼らが下ってきた坂を昇ってホテルに入って行く。

 

 

 車が通り過ぎた時には、二人の姿も正門には既になく――

 

 

 門柱に貼られているホテル名の記された表札とも謂える看板が露わになっていた。

 

 

 そこにはこう書かれている――

 

 

 

 ポートパークホテル美景――と。

 

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