俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章21 GET READY FOR … ⑩

 

――ガチャリと、ドアが開かれる。

 

 

 部屋に入ってきたのは愛苗だ。

 

 

 お散歩を終えた彼女は少し前に付き添いのナースさんと別れ、メロとともに自分の病室に帰ってきた。

 

 そんな彼女は、部屋を開けて中の様子を目に映すなり、驚きでお目めをまん丸にして固まった。

 

 

 部屋の中に居た人物と目が合い、そのまま無言で見つめ合う。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 部屋に居たのは弥堂 優輝だ。

 

 

 それは別にいい。

 

 彼がそこに居るはずと思っていた。

 

 

 だが――

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 彼の姿は上半身裸だった。

 

 

 愛苗ちゃんのお目めが彼の手に動く。

 

 

 その手には“しましまブラジャー”だ。

 

 

 部屋に戻ってきたら、上半身裸の男が自分のブラを身体の前にかかげていた。

 

 

 さしものお花畑少女もビックリしてしまったのだ。

 

 

 遅れて愛苗ちゃんはハッとなり、急いで病室のドアを閉める。

 

 それから緩く握ったお手てを口もとに添えて、不安げにキョロキョロと視線を彷徨わせた。

 

 

 だがやがて――

 

 

 彼女は意を決して弥堂を見る。

 

 

「え、えっと……、後ろパチンってして着けてあげよっか?」

 

 

「いらねえよ」

 

 

 何故か気を遣われてしまった弥堂は盛大に顔を顰めながら彼女の申し出を断った。

 

 

 

 

 

 その後――

 

 

 執拗に弥堂にブラの着用を勧めてくる愛苗を適当にあしらい、その誘いから逃れるために弥堂は予定よりも早く愛苗の病室を後にした。

 

 入院病棟の廊下を歩いている。

 

 

 面倒だからとおざなりな挨拶しかしなかったが、場合によっては「ブラを着ける着けない」の会話が彼女と交わす最後の言葉になるかもしれない。

 

 

(悪い冗談だ)

 

『ハッ――サイコーじゃあねェか! 笑えるぜッ』

 

 

 頭の中にガラの悪い女の声が響く。

 

 弥堂はフンっと鼻を鳴らした。

 

 

「さすがに笑えねえよ」

 

 

 口の中で小さく言い返し、弥堂は階段を昇っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なぁ、ネエちゃんええやろ」

 

「ちょっと……! お尻さわんないで……っ!」

 

 

 ギャルナースのリンカさんはベタベタと身体を触ってくる厄介な患者に非難の声をあげる。

 

 

 愛苗とのお散歩が終わった後に次の仕事に向かおうとしたら、通りがかったトイレからタイミングよく出てきたガラの悪い患者に絡まれたのである。

 

 

「ヘッ、生足剥き出しでよう言うわ。いつも穿いとるタイツはどないしたんじゃ? 本当は誘っとんのじゃろ?」

 

「この……っ! いい加減にしろクソヤクザ……っ!」

 

 

 リンカさんにうざ絡みしている男は、現在入院中の皐月組の辰のアニキである。

 

 

「ケェーッ! 冷たいのぅ。ワシャ患者さまやぞ?」

 

「いつもはもう退院させろって言ってるくせに」

 

「それが今は急に腰がイタなったんや。アイタタタ……、ちょお部屋まで送ったってェや」

 

「ったく、都合のいい……」

 

 

 口から出まかせだとわかってはいるが、立場上不調を訴える患者をその辺に捨てていくわけにもいかない。

 

 リンカさんは仕方なく肩を貸してやり、辰っさんを病室へと連れていく。

 

 

「今度アレや、合コン?しようや。若ェ看護婦のネエちゃんぎょうさん集めてくれや」

 

「すご。たった一言の中に最悪な言葉しか詰まってない」

 

「アン? オッケーちゅうことか?」

 

「そんなワケないでしょ。はい、着いたからさっさと入った入った」

 

 

 こういった誘いをかけてくる男性患者には慣れたものとばかりに、リンカさんは辰のアニキを病室に押し込むと、素早く部屋を離れた。

 

 

「ちぇーっ、ツレないのぅ……」

 

 

 クダを巻きながら辰っさんは中に入る。

 

 愛苗の病室とは違い、この部屋のドアは内開きだ。

 

 

 辰っさんの背後でそのドアが閉まっていくと、ドアの陰に隠れていた人影の姿が見える。

 

 その気配に気づかないままタバコを一本咥え、ライターを探してポンポンっと衣服のあちこちを叩く辰っさんに、背後から人影がそっと忍び寄る。

 

 

 そして――

 

 

「――ぅぼぁっ⁉」

 

 

 ガボッとズタ袋を辰っさんの頭に被せた。

 

 

 驚きに身を跳ねさせる辰っさんの足を払って転ばせると、その人影の姿が露わになる。

 

 黒ずくめのスーツ、黒髪で、表情に乏しい男の顏――

 

 

 そう――

 

 

――襲撃者は弥堂 優輝だ。

 

 

「…………」

 

「っご……っ⁉ ぅべぇ……っ⁉」

 

 

 弥堂は無言で暴行を加えてとりあえず辰っさんを弱らせる。

 

 それから結束バンドを使い素早く辰っさんを後ろ手に拘束した。

 

 

「な、なんじゃあぁーーッ⁉ ワシのタマ殺りにきたんかぁ……っ⁉」

 

 

 喚き散らす彼を床に転がしたまま無視して、弥堂はベッドを引き摺って持って来る。

 

 

「なんやァッ!? なんの音じゃァ……ッ⁉」

 

「…………」

 

 

 弥堂は辰っさんの片足を持ち上げてベッドのパイプに絡める。

 

 

 そして――

 

 

 仰向けのまま足が斜めに上がっているその膝を、弥堂は足裏で上から踏み抜いた。

 

 

「――ぃぎやああぁぁぁ……ッ⁉」

 

 

 ボギンっと、不快な音が鳴って辰っさんの足の骨が折れる。

 

 弥堂はその膝を踏み躙って、しっかりと折れていることを確認した。

 

 

「オ、オドレどこやッ⁉ 外人どものヒットマンかァ……ッ⁉」

 

「ん……? あ、そうか……」

 

 

 ここで初めて弥堂は声を出す。

 

 ついいつもの癖で自分の痕跡を残さないよう無音でやってしまったが、よく考えたらこれを外人街の仕業だと思われては本末転倒であることに気が付いた。

 

 

「アァッ? そ、その声……ッ⁉ オドレ狂犬かコラァ……ッ⁉」

 

「うるせえな」

 

「なんのつもりじゃワレコラァッ!」

 

「あんたマジでタフだよな……」

 

 

 まだまだ元気いっぱいに喚いて暴れる中年ヤクザに呆れたように言いながら、弥堂は指紋を残さないように装着していた黒手袋を外して上着に仕舞う。

 

 

「あんたにはもう少し病院で大人しくしててもらう」

 

「な、なんじゃとォ……ッ⁉」

 

「俺は忙しいんだ。今外人街と戦争なんかされたら困るんだよ」

 

「し、知ったことかボケェッ! ヤツらが先にルンペンどもにカチコミさせたんじゃァッ!」

 

「んなわけねえだろ。とにかく、あんたはあと一ヶ月くらい休暇だ」

 

「じゃかましゃあッ! こんくらいでこのワシを止められる思うなよダボがァッ!」

 

「…………」

 

 

 弥堂は芋虫のようにモガモガする辰っさんをジッと見て――

 

 

「――あっ⁉ コラッ! ワレッ! イテエだろボケッ!」

 

「…………」

 

 

――さらに無言で追撃のストンピングを喰らわせた。

 

 

 不死身のタツと呼ばれている所以か――辰っさんにはちっとも弱った気配がない。

 

 弥堂は少々不安になったので、追加で痛めつけておくことにしたのだ。

 

 

「……お、おどれ……ッ、覚えとけよ……ッ。タダじゃあすまさんぞ……ッ!」

 

「そうか。来月になっても覚えてたらまた聞かせてくれ」

 

 

 ピクピクとしながら怨嗟を吐くアニキを適当にあしらい、弥堂はベッドの足に魔力ワイヤーを括りつける。

 

 

「ん?」

 

 

 その際に、ベッドの上に置かれていた物に気が付く。

 

 

「これは……」

 

 

 それはまだパッケージングされた未開封の女性用パンティストッキングだった。

 

 弥堂は日常的にパンティストッキングを着用することはないが、このパッケージには見覚えがあった。

 

 

「おい辰っさん。伯爵が見舞いに来てたみたいだぞ」

 

「アァッ⁉ 狂犬オドレあのジジイの差し金でワシを殺りにきたんかァ⁉」

 

「そうは言ってねえだろ。まぁ、いい。じゃあな」

 

「待たんかいィッ! 殺すぞこのクソガキャッ! 勝負せいッ!」

 

「だったら俺が生き残るよう神にでも祈っててくれよ」

 

 

 弥堂は窓を開けて4階の病室から飛び降りる。

 

 

 1秒ほど後、魔力ワイヤーに引っ張られたベッドが窓際へ引き摺られる。

 

 そのベッドに折れた足が絡まっている辰っさんも巻き込まれた。

 

 

「ぎゃあぁぁぁぁ……ッ⁉」

 

 

 辰っさんは壁にゴンっと頭を打って悶絶する。

 

 

「――ちょっと辰さん⁉ 何騒いで……って――辰っさん⁉」

 

 

 すると、辰のアニキのやたらとデカイ声を聴きつけてか、先程別れたばかりのリンカさんが部屋に入ってくる。

 

 リンカさんは部屋と辰っさんの惨状にびっくり仰天した。

 

 

「ちょ、ちょっと……っ! 病院で特殊な遊びしないでよっ!」

 

「こないなけったいな遊びがあるかいッ!」

 

「ていうか、え? これ足折れてない⁉ なにしてんの⁉」

 

「じゃかましいわクソアマ! ええからワシの拘束解かんかい! あのガキャぶっ殺したらァ……!」

 

 

 どうやら特殊な変態遊びではなく本気で大怪我をしているようだと気が付き、リンカさんはベッドに絡まる辰っさんを救助に向かう。

 

 その頃にはもう黒い魔力ワイヤーは霧散していた。

 

 

「い、今ほどいてあげるから暴れないで……!」

 

「くそったりゃあ! チャカじゃあ! ワシのチャカとドス持ってこいやァ……ッ!」

 

「きゃぁーーっ⁉ どこに顏つっこんでんだこのスケベオヤジ……ッ!」

 

「ぎゃああぁぁぁ……ッ⁉」

 

 

 リンカさんは要救助者を助けようとしたが、視界を塞がれたまま藻掻く辰っさんがスカートの中に顔を突っこんできた。

 

 驚いた彼女は反射的に重傷者をゲシゲシと蹴りまくる。

 

 被せられたズタ袋の中で、不死身のタツと呼ばれた男はデロンっと白目を剥いた。

 

 

「あ……っ⁉ た、たいへん……っ⁉ ふ、婦長ーっ! 婦長ーっ! 患者さんの容態が急変しましたぁーっ!」

 

 

 焦ったリンカさんは助けを呼ぶために部屋を出て廊下をパタパタと駆けて行く。

 

 こうしてまた騒ぎになってしまい、入院患者を襲撃するという凶行に及んだ犯人のことは有耶無耶になってしまった。

 

 

 

 

「――あれ……?」

 

 

 花瓶のお水を入れ換えて、それから部屋の空気も入れ換えようかと病室の窓を開けた瞬間、愛苗はコテンと首を傾げる。

 

 

「ん? どうかしたんッスか? マナ」

 

「えっと、なんか叫び声が聴こえたような……? ギャーって」

 

「また変態でも出たんッスかね? さっきギャルナースさんも気をつけろって言ってたし」

 

「そうだね。こわいねー?」

 

 

 メロとやり取りをしていると外からの風が舞い込んできて、愛苗の鼻がクンクンと動く。

 

 

「あれ? ユウくん?」

 

「少年?」

 

 

 感じたニオイに従って窓の外、目線を少し下げると、病院の建物から離れて行く弥堂の後ろ姿が見えた。

 

 

「あ、やっぱりユウくんのニオイだった」

 

「よくわかるッスね。アイツ魔力多くないからジブンでも見つけにくいのに」

 

「えへへー。ユウくんのは覚えちゃった」

 

「な、なんかえっちッス……」

 

 

 ネコさんがなにやらハフハフとし始めて会話が終わってしまったので、愛苗は弥堂の姿を見る。

 

 にっこりと微笑んだ。

 

 

 だが――

 

 

「――あれ……?」

 

 

 すぐにもう一度首を傾げてしまう。

 

 

「ん? 今度はなんッスか? 少年が変態行為に勤しんでいるんッスか?」

 

「ううん、そうじゃなくって……」

 

「……?」

 

 

 メロの質問にも上の空に、愛苗はジッと弥堂の背中を見つめる。

 

 

「あの背中……、見たことある……?」

 

「え? 少年ッスよね? そりゃ見たことあるっしょ」

 

「ううん、そうなんだけど……」

 

 

 ここじゃない何処か。

 

 現在ではない何時か。

 

 

「前にも……、ううん、最近。見たことあるような……」

 

 

 自分を守って前に立ち、一人で向かっていく勇敢な背中――

 

 

「なにか、大切なことだったような……」

 

 

 だけど、それが思い出せない。

 

 

「忘れちゃダメなことのような……」

 

「…………」

 

 

 メロは何も言えず、もどかしそうに彼女の足元で口をもごもごとさせる。

 

 彼女から返事がないことにも気付かず、愛苗は窓の外を向いたままだ。

 

 

 不思議な気持ちが胸の中にある。

 

 

「なんだったっけ……? ゆうしゃさま……? あの時の絵本……?」

 

 

 それは決して嫌な気持ちではなく、愛苗はその思い出せない想いをこめて、彼の背中が小さくなって見えなくなるまで窓の中から見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はい……、はい……、えぇ。仕込みは間に合いました。先に送っておいたスケジュール通りに動かせます……」

 

 

 紅月家が管理する無人島。

 

 日が暮れ始めた時間帯。

 

 

 島の中心あたりにある屋敷の裏手で望莱は電話をしている。

 

 

「……はい、それはもちろん。当日の現場には一切の関与をしません。それは佐藤さんの方で指揮をとってください。そちらの指揮下に入るよう、ウチのスタッフたちをお貸しします。えぇ、人員の確保は出来ました……」

 

 

 相手は公安の“清祓課”――そこに所属する中間管理職の佐藤 一郎だ。

 

 

「その代わり――はい……。そうです。約束の件はお願いします。可能な限りの安全の確保と、わたしが戻るまでの直接交渉はなし。この二点です……」

 

 

 

 決してオモテには出せない交渉事をしている。

 

 

「……えぇ。では、よろしくお願い致します。成功をお祈りしてます……」

 

 

 それを済ませて望莱は通話を切った。

 

 

 ホーム画面に戻ったスマホをジッと見つめる。

 

 

「さて、打てる手は打ちました。これで……」

 

 

 少し思案げに呟くと、ガサリと近くの茂みが音を鳴らす。

 

 

「む。こんな時間に怪しい人影」

 

「あれ? みらい……?」

 

 

 森の中から裏庭に入ってきたのは兄の聖人(まさと)だった。

 

 

「まぁ、兄さんったら不審者さん丸出しです」

 

「えぇ……」

 

「こんな時間に木の陰からそっと婦女子に忍び寄るなんて……、それになにより――」

 

 

 みらいは聖人の手に目線を動かす。

 

 

「抜き身のダンビラをぶら下げて。はしたないです」

 

 

 聖人の手には先日の戦いでも使用された白金に輝く西洋剣が握られていた。

 

 夕闇の中で美しい刀身が煌めく。

 

 

「あ、いや、これは……」

 

「まさか兄さんが実の妹であるわたしに殺意を抱いていたなんて……。大変悲しいことです。ですが、このわたしとて紅月の女。事ここに至って退く道はございません。この身体を好きにしていいのでどうか生命だけは……」

 

「いやいや……! とんでもない誤解してるって!」

 

「そうですか?」

 

「そうだよ! 僕が殺意をってのも誤解だし、まずみらいは紅月の女についても誤解してるって!」

 

「ふふふ、冗談ですよ」

 

 

 慌てて刃物を背後に隠しながら弁明する聖人に、望莱は清楚に微笑んで揶揄っていただけだと伝える。

 

 

「それで? わりとマジでどうしたんです? 聖剣なんて物騒なものを持ったまま歩いて」

 

「あ、うん……」

 

 

 聖人は疲れたように溜め息を吐いてから、望莱の問いに答える。

 

 

「実は、妖が出てさ……」

 

「妖、ですか……?」

 

「うん。こないだの半魚人みたいなヤツが攻めてきたじゃない? それを森の中で見かけて」

 

「あら。残党がいたんでしょうか」

 

 

 さして興味なさそうにコメントをする望莱に聖人は首を横に振る。

 

 

「どうも、そうじゃないみたい」

 

「はぁ」

 

「えっと……、こないだの龍脈の暴走のせいで空気に含まれる魔なる気? なんかそういうのが増えちゃったみたいでさ。いつもより妖が生まれやすくなってるんだって」

 

「それは蛮くんが?」

 

「うん。陰陽府の人たちも同じこと言ってた」

 

「なるほど……」

 

 

 望莱は一つ頷いて少し考える仕草を見せた。

 

 

「でも兄さん。だからといって聖剣をボロンしたまんまはダメですよ? 一応それ陰陽府の人たちにバレるわけにはいかないんですから。少なくとも今はまだ」

 

「あ、うん。わかってる。今ここのすぐ近くで使ったからさ」

 

「まぁ……」

 

 

 目を凝らせば聖人の持つ聖剣には僅かに体液が付着していた。

 

 

「ということは、兄さんがやっつけてくれなかったら、わたしは半魚さんにヌメヌメにされていたんですね……。さすがです兄さん! だいすき!」

 

「あ、いや、一匹だけだったし。みらいなら大丈夫でしょ?」

 

「いいえ。わたしはか弱きヒーラー。雑魚半魚人の一匹ともガチンコ出来ません。兄さんが来てくれなかったら今頃はママにされていたことでしょう」

 

「い、いやなこと言わないでよ……」

 

 

 普通に顔を顰めるお兄ちゃんにみらいさんは積極的にウザ絡みしていく。

 

 

「兄さん。もしもわたしの身に不運な出来事があった時は、例え半魚人であっても甥っ子や姪っ子として可愛がってくれますか……?」

 

「やめてよ! 考えたくもないよ!」

 

「わたしの生理が激重の時は代わりに卵のお世話をお願いします。多分すっごいヌメヌメしてますけど」

 

「本当にやだなぁ……」

 

 

 うっかり想像してしまったのか、聖人は顔色を悪くして聖剣を虚空に仕舞った。

 

 

「あら? パトロールはおしまいですか?」

 

「え? うん。今は真刀錵と陰陽府の人たちが。僕はちょうど休憩で戻ってきたんだ」

 

「まぁ、そうだったんですね」

 

「それでさ、みらい。ちょっとペトロビッチくんを――」

 

「――ダメです」

 

 

 妖をモノともしない狂暴なクマさんを貸して欲しいと頼むつもりだったが、クイ気味に断られてしまう。

 

 

「えっと、こっちも人手不足で――」

 

「――ダメです。ペトロビッチくんにはわたしのPCの為に発電をしてもらう役割があります」

 

「いや、でも、パソコンと妖とじゃ……」

 

「いいえ。わたしにはわたしのインターネットライフの方が大事です」

 

「……うん。そうだよね……」

 

 

 この妹のワガママには慣れたものなので、聖人は肩をガックシと落としながら諦めた。

 

 

「そういえば兄さん」

 

「え? なに?」

 

 

 そんな兄に悪びれもせずに望莱は自分の聞きたい質問をする。

 

 

「今この島はそんな状態ですけど。美景の方には帰りたいですか?」

 

「え? うん。そりゃもちろん」

 

「そうですか。例えばの話ですが。帰れる手段があると言ったら? ここを放棄してでも帰りますか?」

 

「え――?」

 

 

 望莱のその言葉に聖人は目を見開いて驚く。

 

 

「帰れる手段があるの⁉」

 

「いいえ。例えば――と言いました」

 

「あ、なんだ……。そうだよね……」

 

「それで?」

 

「え?」

 

「例えばの話ではありますが、帰れると言ったら今すぐ美景に帰りたいですか?」

 

「…………」

 

 

 望莱の問いに、聖人は少し考える。

 

 その表情は真剣なものだ。

 

 

「……帰らないよ」

 

「え?」

 

「ていうか帰れないよ。ここがこんな状態で妖まで出てきているのに。他の人に押し付けて僕だけ帰れないよ」

 

「……あの妖程度なら真刀錵ちゃんとペトロビッチくんで十分。島のメンテは蛮くんと陰陽府のスタッフさんで足りる。それでも?」

 

「いや、だって。そういう問題じゃないよ。僕にだって出来ることがあるのに、足りてるからって押し付けて、自分のやりたいことやるなんて、そんなのダメじゃない」

 

「なるほど……」

 

 

 望莱は聖人の表情を確かめながら、彼の返答について思考した。

 

 

 そして――

 

 

「――よくわかりました」

 

「え?」

 

 

 クルっと身体の向きを変える。

 

 そしてすぐに歩き出した。

 

 

「みらい? どこに行くの?」

 

「お部屋に帰ります。帰りたいので」

 

 

 望莱は次の行動のために切り替えをした。

 

 

「えっと? なにかすることがあるの?」

 

「もちろんです」

 

 

 短く答えてから足を止めて、顏だけを兄の方へ振り向かせる。

 

 

「そちらは足りているようですから、わたしはわたしのやりたいことをやります――」

 

「へ?」

 

「――わたし。ダメでいけない子なので」

 

 

 先程の聖人の発言を揶揄するようなことを言って、兄を呆けさせる。

 

 

 そして、望莱はパチリとウィンクを残して、この場を立ち去って行った。

 

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