俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章21 GET READY FOR … ⑪

 

 夜――

 

 

 自宅にて、弥堂は荷物の整理をしていた。

 

 

(明日か……)

 

 

 大きな仕事になる。

 

 今はその準備を行っている。

 

 

 今までと出来ることと、出来ないことが多少変わってしまった。

 

 強くなった弱くなったの話ではなく、現在の自分の状態にアジャスト出来ていないことが懸念点だった。

 

 

「言っても仕方ないことだがな……」

 

 

 だからといって、止めるなどという選択肢はない。

 

 生き残れるかは所詮運次第。

 

 全て詮無きことだった。

 

 

 スーツのベストの内側のホルダーに缶ケースを仕舞い、ベルトで締める。

 

 所持している“WIZ”は3本。

 

 どのレベルの戦闘が起こるのかはわからないが、配分には多少気を遣うべきだろう。

 

 生還するまでは補充は望めない。

 

 

 さすがに先日の悪魔の大軍勢との戦争――あれと同等のものが起こるとは考えづらい。

 

 だが、これまでの自分の人生に起こったことを思えば、まったく楽観視は出来なかった。

 

 

 続いて傾いたテーブルの上の物に眼を遣る。

 

 

 見慣れた黒鉄のナイフ。

 

 昼に使った分を補充した結束バンド。

 

 他にも多少の細かい物。

 

 

 携行する武器や道具はこの程度しかない。

 

 

「いや……」

 

 

 そういえばと横に目線を動かす。

 

 そこにあるのはワイヤレスイヤホンだ。

 

 

 今回はこれで通信を行うとエアリスが言っていたが、帰ってきたら何故かポストに新品のイヤホンが投函されていた。

 

 

「そうか。これを使うということは……」

 

 

 目線を少し戻す。

 

 

「これも持っていかなければならないのか」

 

 

 ぼやきながら手に取ったのはスマホだ。

 

 

 日本に戻ってもう1年を過ぎたが、いまだに携帯電話を持ち歩くという習慣には慣れない。

 

 

「邪魔なんだよなこれ……」

 

 

 愚痴を溢しながら、スーツやベストの内側に上手い具合に仕舞える場所はないかと探す。

 

 いずれにせよ、弥堂の装備品はもうこれ以上は無い。

 

 

 武器や道具もそうだが――

 

 

「――これはもう、役には立たないか……」

 

 

 港の決戦の時に着ていた黒革のバトルスーツを掴んで目線の高さまで上げてみる。

 

 特別な防具というわけではなく、ただ異世界で着ていることが多かったというだけの物だ。

 

 

 悪魔との戦いにはまるで耐えられず、上半身部分はほぼ千切れて無くなっている。

 

 多少の防刃性能はあるのでスーツの下に着られればと思ったのだが、これでは意味が無いだろう。

 

 

 バトルスーツを適当に床に投げ捨てて、テーブルの上のスーツの表面を指で撫でる。

 

 

 若頭の山南の話では、このスーツとベストには防弾性能と多少の防刃性能もあるそうだ。

 

 だが、ベストの方は多少の刺突に耐える性能があるらしいが、上着の方は斬撃は防げても刺突には弱いので注意するように言われた。

 

 要はあまり当てにはならないということだ。

 

 

 それでもジャージや学園の制服で戦うよりはマシかと切り替える。

 

 

 もう一度、床に捨てたバトルスーツを見る。

 

 

「これ普通に捨てても大丈夫なのか……?」

 

 

 異世界で作られたこの衣服が、こっちの世界の物と素材的にどう違いがあるのかを弥堂は把握していない。

 

 これが異世界製だということまで足が付くことはないだろうが、こっちの世界に存在しない素材や成分が検出されて怪しまれることになっては面白くない。

 

 バラバラに裁断して燃やすべきかと思案していると、ふと思い出すことがあった。

 

 

「――そういえば……」

 

 

 昨夜か今朝か――

 

 

 それはわからないが、夢でルナリナに言われたことを思い出す。

 

 

 正確には過去の記憶の再生に過ぎない彼女は、現在の弥堂に何も言ってはいない。

 

 だが、夢で見た出来事をきっかけに、異世界から持ち込んでしまった物品を処分しようと考えたことを思い出したのだ。

 

 

 今回の仕事の結果がどうなるにせよ、この部屋は近い内に引き払うことになる。

 

 その前に処分できる物は処分しておくべきだろう。

 

 

 思い立って、弥堂は腰を上げてクローゼットへ向かう。

 

 

 弥堂はこの日本から異世界へ飛ばされた時もそうだったが、帰ってくる時も帰ろうと思って帰ってきたわけではない。

 

 だから、行きも帰りも着の身着のままだ。

 

 

 日本へ強制送還される直前の弥堂は戦っていた。

 

 大量処刑というお祭りの最中の皇都のあちこちに火を放って、どさくさ紛れに国主をぶっ殺そうと暴れていた時だった。

 

 

 運よく、セラスフィリアの目の前まで辿り着けはしたがそこで罠にかかり、日本へ飛ばされてしまった。

 

 なので、持ち帰れたのはその戦闘時に所持していた物だけだ。

 

 元々財産と呼べるような物は一切持っていなかったのでそれは別に構わない。

 

 

 だが、最後は世界中の人間に生命を狙われながら放浪していたので、戦闘時とはいえ携帯していたボディバッグの中に戦闘用の品以外も多少入っていた。

 

 処分に困ったそれらの品は適当に纏めて段ボールの中に放り込んでいたのだ。

 

 

「何があったか」

 

 

 クローゼットから引き摺り出した段ボールを開けて中を覗く。

 

 

 パッと目に付いたのは本当に効いているのか定かではない薬草の葉。

 

 使い終わった薬の空き瓶。

 

 小さな革袋。

 

 後はゴミに等しい物たちだ。

 

 

 革袋の中には種が入っている。

 

 これは“魔力草”の種だ。

 

 魔力が通常の植物よりも多分に含まれているという草の種だが、それが本当かどうかは弥堂にはわからない。

 

 だが、おそらく“こっち”には存在しない植物だ。

 

 

 この草は弥堂が使用していた麻薬“馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”の主成分となるものだ。

 

 製法のレシピは一応弥堂の記憶にも記録されているので、どうにか作れないかとベランダで育ててみたりもしたのだが、上手く成長させることは出来なかった。

 

 

 おそらく“あっち”と“こっち”では大気に含まれる魔素の量が違うせいなのではないかと予想したが、答えがわかったところで弥堂には解決することは不可能だと判断し諦めていた。

 

 なので、中途半端に育った葉をたまに魔術の触媒に使う程度だった。

 

 

「ん……?」

 

 

 革袋を段ボールに放って戻すと、それが一つの瓶にぶつかる。

 

 他の“馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”の空き瓶よりも大きな瓶だ。

 

 

「あぁ、これか……」

 

 

 持ち上げると中の錠剤が動いてカランっと瓶を打ち鳴らす。

 

 この薬はルナリナの部屋から強奪した物で、開発中だった害虫駆除の薬だ。

 

 この世界には存在しない害虫を殺す物なので何の役にも立たない。

 

 

 これはとっとと捨てるかと床に置こうとして――

 

 

「――いや、待てよ」

 

 

 ふと思い留まる。

 

 

 悪魔や魔物なんてモノがこっちの世界にも存在していたことだし、もしかしたらこの薬で殺せるヤツが存在することもある――そんなこともあるかもしれない。

 

 弥堂は一旦思い直して瓶を段ボールの中に戻した。

 

 

 代わりに空き瓶を整理することにする。

 

 

 これらには元々“馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”が入っていた。

 

 中身が補充されることはないので、これらはもう用済みだろう。

 

 

 一つ一つ拾い上げていると、その内の一本がチャポっと音を鳴らす。

 

 

「ん……?」

 

 

 手に持っていた空き瓶をカラカラと段ボールの中に転がして、その一本だけを目線の高さまで上げる。

 

 すると、半分ほど中身が入っていた。

 

 

「これは……」

 

 

 すぐに該当する記憶を探し出すと、どうも半分だけ飲んでそのままとっておいた物のようだった。

 

 

「ヤクって賞味期限とかあるのか……?」

 

 

 瓶の中身の液体をジッと視て考えるが、当然答えは出ない。

 

 

「まぁ、いいか」

 

 

 弥堂はその薬を手元に残し、念のための予備として仕事に持っていくことにした。

 

 

 そうして片手が塞がったままもう一度段ボールへ眼を遣って――

 

 

「――帰ってきてからでいいか」

 

 

 仕事で死ぬようなことになればその後のことはもうどうでもいい。

 

 つまりこれを片付けることに意味が生まれるのは生き残った後だけだ。

 

 そんな風に考え、段ボールに蓋をして再びクローゼットに押し込む。

 

 

 典型的な片付けられない人の行動だった。

 

 

「足がつかないように処分する方法を先に考えなければな……」

 

 

 そんな言い訳を残して弥堂はテーブルの方へ戻る。

 

 スーツのベストに飲みかけの麻薬を仕込んだ。

 

 

 これで身辺整理は終わりだ。

 

 

 

 ふと、胸に手を遣る。

 

 

 以前よりも軽くなった其処に指で触れられるモノはもう何も無い。

 

 

 異世界に行ってからこの間まで、ずっと胸に掲げていた反逆の逆さ十字はもう無い。

 

 

 失ったモノは聖剣だけではない。

 

 いくつかの技術。

 

 使い慣れた技術の使い勝手。

 

 いくつかを失くし、いくつかは変わってしまった。

 

 

 それらの代わりに得たはずのチカラ。

 

 港での戦いの時のような莫大な魔力はカケラも残っていない。

 

 再び湧くようなこともない。

 

 

 だが、何も問題はない。

 

 

 元々、弥堂 優輝という人間には、他者を圧倒出来るような特別なチカラなど無かった。

 

 それがあった時などない。

 

 強いていうなら、あの港での戦いのほんの1時間にも満たない瞬間だけだ。

 

 あれはあの時限定のボーナスタイムだったのだ。

 

 

 それでも――

 

 

「――運がよかった」

 

 

 

 普通はそんな一時のボーナスすらも起こらずに、実力通りにただ当然のごとく死ぬものだ。

 

 あれは自分にとって非常に都合がよく、やはり運がよかった。

 

 二度目を望むようなモノではない。

 

 

 

 それに――

 

 

(違う)

 

 

――そもそもそうではないのだ。

 

 

 

 今回失ったいくつかのものを代償に、あの一時の最強を手に入れたわけではない。

 

 

 それらが代償だったのかどうかはわからないが、弥堂が手に入れたものは『目的』だ。

 

 

 水無瀬 愛苗を守るということ。

 

 

 弥堂の生にようやく自分自身で見つけ出した目的が出来たのだ。

 

 

 それは最強の勇者などというモノよりも価値がある。

 

 

 目的なく最強の力を奮い悪戯に勝ち続けて無意味に生き永らえるよりも――

 

 

 力無く弱者のまま目的の為に戦って途中でさっぱりくたばる方が遥かにマシだ。

 

 

 彼女たちのように――

 

 

 

 弥堂はテーブルの上の缶ケースの蓋を開ける。

 

 中に手を突っ込んで引き上げると、ジャラリと2本の鎖が揺れた。

 

 

 錆びた鉄屑を交差させた粗末な十字架と、焦げて拉げた銀の十字架。

 

 ルビアとエルフィーネの遺品だ。

 

 

 胸に吊るす逆さの十字架はもう無い。

 

 代わりにこのどちらかを吊るすか。

 

 

(必要ない)

 

 

 死なせた後にまで彼女らに庇護を請うのは虫がよすぎる。

 

 ケースの中に十字架を戻した。

 

 

 

 さらに言うのなら――

 

 

 弥堂 優輝が強者だった時など、これまでの生きた時間の中で1秒たりともない。

 

 

 常に能力無く才能無く実力無く知略すら無い。

 

 

 弱いのはいつものことだ。

 

 

 反逆の逆さ十字はもうこの胸には無い。

 

 

 だが、魂の隅々までが反逆心で出来ている。

 

 

 戦闘者弥堂 優輝の戦いとは――抗うことだ。

 

 

 合法・不法でもなければ、善・悪でもない。

 

 

 ただ、クソッタレだと思う全てのモノに抗うのだ。

 

 

 それだけはこれまでと何一つ変わっていない。

 

 

 だから、弥堂 優輝の戦いは何一つ変わらない。

 

 

 抗うこと――きっとそれが弥堂の魂の底で燻ぶる焔の意味なのだ。

 

 

 

 こっちの世界での人間との本格的な戦いはこれが初めてだ。

 

 しかし、以前と変わるモノなど何もない。

 

 

 生きている以上は殺せる。

 

 相手が人間でも悪魔でも。

 

 最強でなくとも殺せる。

 

 生きている以上、誰でも、何人でも。

 

 

 だからこれまで通りにやるだけだ。

 

 

 明かりを消してベッド脇の床に座って膝を抱える。

 

 

 明日の仕事は転機となる。

 

 金もデカイが勝って得られるモノはそれだけではない。

 

 

 万全の戦力ではないが、準備は十分に出来た。

 

 あとは当日の立ち回り――瞬発力と運次第だ。

 

 

 戦意の向き先は変われども、心の置き処はいつでも同じだ。

 

 必ず目的を達成する。

 

 

(その為の手段は問わない――)

 

 

 何のチカラも無く、勇者としても、ニンゲンとしても失格の烙印を押された。

 

 

 だがそれでも、異世界にて“狂犬”と怖れられた男が――

 

 ついにこの世界でも初めて――

 

 異世界で完成されたその人間性の在り様を示し、本気で牙を剥く。

 

 

 今は眼を閉じて、ただ朝が来るのを待った。

 

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