『――ユーキ……、なんで……?』
『悪いなベイル』
友人が茫然とした目を俺に向けている。
一国の騎士で強力な“
剣に加護に魔法だって使える。
ダチだから、それでもジルクフリードの方が強いと、俺は言わなければならないが。
しかしベイルもヤツに迫る実力者だったと思う。
だけど、どれだけ剣が上手くても――
どれだけ強い加護や魔法が使えても――
――それを扱うのは人間だ。
人間は必ずミスをする。
どんなに強いヤツでも、どんなに頭のいいヤツでも。
ミスをする。
例えば――
誰が敵で誰が味方かもわからないような混戦になっている戦場で、ボウッと一点を見たままで立ち止まっていたり――とか。
茫然とした表情のベイルの肩に何処かから飛んできた流れ矢が刺さり、その隙を突いた魔族の兵が背後から振った剣が彼の首を飛ばした。
茫然とした顔のままベイルの頭部が宙を舞い、残った身体が横に倒れた。
彼を殺した魔族の兵が顏に喜びを浮かべた瞬間、その頭にも矢が刺さって彼も死んでしまう。
普通の人間とは格の違う“
それが戦場だ。
強い者、賢い者。
彼らが余裕を持って生きていられるのは、その能力の高さを以て状況をコントロールしやすいからだろう。
彼らは常に優位に立っているから。
状況がコントロールかにあれば、何が起こるかを事前に予測しやすい。
だから強者には余裕がある。
ならばその優位を壊せばいい――
――と言うだけなら簡単だ。
そもそも、能力や知力で劣るからヤツらに優位に立たれているのだ。
じゃあどうすればいいかと考えた結果、俺は思いついた。
壊すのは相手の優位性ではなく、状況の方だ――と。
相手から優位性を奪えないのなら、そのことで俺が優位に立てないのなら。
相手がコントロールしている状況を滅茶苦茶にして、誰も優位でなくしてしまえばいい――
そんな乱暴な理屈だ。
誰の手からも離れた状況を――混沌と呼ぶ。
だが、混沌はほんの僅かな時だけだ。
すぐに優位な者が自身のコントロール下に状況を納めてしまう。
だけど、そうなるまでのほんの一瞬――
ごく僅かな混沌の間だけは状況をイーブンに出来る。
自分のモノにならないのなら、誰の手からも失わせてやる。
その瞬間だけはイーブンだと謂えるが、しかし少しだけ俺に有利でもある。
何故なら俺は――俺だけが混沌が起きることをわかっているからだ。
具体的にそれがどんな状況なのかは俺にもわからない。
ただ、混沌が起きることだけは知っている。
どんなに強く賢い者でも、自分が掴んでいたはずの状況がその手から零れ落ちた瞬間だけは余裕を失う。
色々と滅茶苦茶で、まともな理屈にもなっていないようなことを言ったが。
要はわけのわからない状況にして相手が混乱してる時に、どさくさ紛れにぶっ殺すということだ。
理屈になっていないのは許して欲しい。
きちんと筋道の立った理屈にしてしまえば、その瞬間に俺は賢い者に勝てなくなってしまうのだから。
つまり、自分ごと相手も混沌に引き摺り込んで、相手よりも速く思考を切り替える。
その瞬間にだけ先手を取れる。
それが俺の戦い方だ。
そんなのは『自爆闘法』だと、ジルクフリードには笑われ、エルフィーネには渋面を作らせてしまったが、それは全くその通りだ。
多少運がよかったのと“死に戻り”があったから偶々それで生き残っただけで、これは全く最強の戦法でもなければ賢い戦術でもなんでもない。
自分のやったことで自分が死んでしまうこともたくさんあったし、想定外のことが起こりすぎて却って自分が不利になってしまったこともあった。
そして――
デメリットはそれだけではない。
『どうして――』
『騙したな――』
『オマエのせいで――』
『ゆるさない――』
『オマエさえいなければ――』
とにかく他人に酷く恨まれる。
人間側の戦力を削るために、人間もエルフも魔族も全て騙して森でぶつけて殺し合いをさせたり。
殿をすると嘘を吐いてバックれて撤退中の味方を生贄にし、それを深追いさせている間に敵陣を焼いたり。
味方と敵がぶつかっている戦場に魔物の群れを嗾けたり。
人間関係が最悪になるように、偉そうなヤツを陣営関係なく暗殺したり。
様々な卑劣で悪辣なことに手を染めた。
召喚された勇者という肩書がなければ、とっくに始末されていたことだろう。
だからそれをいいことに、俺は勇者である自分を人質に非道を続けていた。
まともに戦えば強いヤツしか勝てない。だからそれはズルイ――
とはいえ、彼を敵とするならばそれも否定せねばならなくなるが。
ともかく――
当然といえば当然だが、そんなことをすれば多くの人間に恨まれ憎まれる。
その結果――
『クズ――』
『外道――』
『裏切者――』
『卑怯者――』
『嘘つき――』
――と、このように、様々な誹りを受けることになった。
だけど、こんな風に口でゴチャゴチャと言われるよりも先にもっと遥かに酷い目に遭わされていたので、これらの言葉について俺が思うことは特にない。
強いて言うなら「あぁ。そんなに怒るのなら、やっぱり有効なんだな」という感想くらいだ。
『――ユウキ……、貴方……っ』
あ?
『なんということを――』
うるせえな。
映っていた映像が切り替わっていた。
森の戦場でも、都でもない。
ど田舎の寂れた村だ。
その村の中では大きな方に部類される建物で。
ドアを開いた動作のまま、信じられないものを見るような目を俺に向けているのは――
――エルフィーネだ。
『こんなことは、ゆるされません……』
知ったことか。
神など存在しない。
他者を許すか、許さないか――
それをするのは常に人間だけだ。
他人の都合など俺には関係ない。
――と、今思ったことと同じようなことを当時の俺が反論している。
すると、エルフィーネは茫然としたまま目線を動かした。
次に彼女のその視線に晒されたのはルナリナだ。
この世の終わりのような顏でルナリナは崩れ落ちた。
これはとある教会の任務の途中の光景だ。
内容は単純で、田舎の村に異教徒が潜入している可能性があるので、それを調査してこいというものだ。
ちょうどこの時、聖女であるシャロは豊年祭の巡業をしており、エルフィーネもその護衛に付いていたので、俺一人で任務に臨むこととなった。
大した仕事じゃないので、それは別に構わなかったのだが。
ただ、ちょっと、面倒くさいなと、当時の俺は思った。
田舎の村とはいえそれなりに住人は居る。
一人一人嗅ぎまわって聴取し裏を取って、この中から犯罪者とそうでない者を分別するのは酷く効率が悪い。
なので、村ごと異端とすることにした。
隣人が犯罪者であることに気付かないことは国家に対する怠慢であり、それは犯罪者を匿う共犯行為である――
俺の敬愛する皇女殿下がそのように仰っていたことがある。
だから村人全員に異端認定を下した。
もしも間違っていた場合は俺ではなくセラスフィリアのせいだ。
俺はまず、怪しくない者から順番に殺していった。
仮に『こいつはシロだ』という者が出てしまった場合、他にもシロがいる可能性が出てしまう。そうなったら調査しなければならないし、それはとっても面倒だ。
どうしたらいいかと考えた。
そして、怪しくない者を先に消してしまえば残った者は自動的に全員犯罪者となる――という独自の捜査方法を俺は編み出した。
俺の仕事は犯罪者を見つけて処理することであって、犯罪者でない者を守ることではない。
だから犯罪者でない者がどうなろうと、俺の任務の成否や仕事の評価に何ら影響がないのだ。
それにちょうどいいからと、ここでやりたいことも出来た。
なので、村全体がクロであってもらわないと困るし、村ごと封鎖させてもらえないとそれもまた困るのだ。
ここの領地はルナリナの実家の治める地だ。
「お前の領地にある村で、村一個がまるまる異端だった。こんなことが広まったら困るだろ?」と、俺は友人であるルナリナを心配してリスクを報せてやった。
そうしたら、親切な俺に感激した彼女は快く実家の人員を貸してくれた。
つい先日ここの領土は敵軍とやり合ったばかりで大変だというのに、そこまでしてくれるなんてと、俺も感激をした。
なので、もう一つ親切をしてやろうと思った俺は、その戦いで捕虜にした敵兵を処理してやるからこっちに回せとボランティアを申し出た。
そうして、俺の優しさに感動して泣き腫らした顏でルナリナは私兵と捕虜を連れて村までやってきた。
そんな彼女に、俺は彼女の悲願を叶えるための手伝いをしてやると言ってやる。
つまり、この経緯の果てに何が行われたのかというと――
――ルナリナの家の家宝である二代目勇者のノートに記されていた、“死に戻り”の術式の開発実験だ。
卑劣な異端者も敵兵も死罪が確定しているので、俺の都合の為にその生命を効率よく消費してやることにしたのだ。
だが、実験は難航し、そうしている内に豊年祭も終わる。
俺はともかく、ルナリナまでいつまで経っても戻ってこないことを不審に思ったセラスフィリアがエルフィーネを派遣した。
そして村一個を使って人体実験をしていることが敬虔なシスターさんにバレてしまったのだ。
何の実験をしているのかまではこの時彼女には言っていない。
だが、そこいら中に飛び散って染みついた血痕、あちこちに転がる人間の部品――
どう見ても禁忌以外にはありえなかったので、気が動転していたエルフィーネも具体的には尋ねてこなかった。
『ユウキ……、神はこんなことを御赦しにはなりません……』
彼女はそればかりを繰り返す。
そんな彼女に――
もしもお前らの言う通りに神が存在し、その神がお前らの言う通りに全能なのだとしたら――
俺がここに居てこうしているのは神の意思だ。
この世界の戦いを終わらせる為に神が俺を遣わした。
ならば、俺のすることは全て戦いを終わらせる為に必要なことであり、同時にその総ては神の意思だということになる。
仮に俺のすることが間違いだというのなら、それは神を否定することと同じだ。
何故なら、神が無能だったということになるからだ。
お前は神を否定するのか?
お前の神は無能なのか?
お前も異端なのか?
好きな方を自分で選べ。
――俺はそんな屁理屈を捏ねた。
だが、純真なシスターさんにはこんな適当な言葉でも覿面だったようで、自らを洗脳する教義を歪められ、彼女は酷く混乱していた。
ちょっと言い過ぎたかと思ったので――
もしもお前が異端ならこの場で俺が裁いて次の実験動物にはお前を使ってやる。
――信心深い彼女が神に背いて生きるなどという恥を晒さずに済むよう、親切な俺は耳元でそう囁いてやった。
彼女は揺れる瞳で、責めるような、咎めるような、そして悔いるような――
――そんな目で俺を見ている。
無駄だ。
時間はもう返らない。
そんな目で見るのなら――
お前がこの時に俺を殺しておけばよかったんだ。
そうすれば、お前も、あのガキどもも――
きっとあともう少しだけ長く生きられたんだ。
お前が俺を殺していれば。
お前が俺を生かさなければ。
俺がいなければ。
だから、そんな目で見るな。
時間はどんなに願っても過去には帰せず。
どんなに背を向けても明日は勝手にくる。
だから、明日はまた、今日になってしまう。
省みても過去には帰れない。
過去の時間を経て完成した魂も、元には戻せない。
だから、俺はもうこのままで変わることはなく。
俺のすることもこれまでと何も変わらない。
同じ言葉を、感情を、またぶつけられたとしても――
それは過去の焼き増しに過ぎず。
そこに新たな刺激はない。
だからこそ、魂は揺らがず震えず――
俺は何も変わらず――
繰り返すことが出来る。
だけど――
今ここで俺に悔恨の目を向け、神に懺悔をする彼女は――
記憶の中に記録されたあの時の彼女なのか――
それとも――
夢は終わる――