ホテルニューポート美景。
弥堂たちを乗せた黒塗りのワンボックスカーはその地下駐車場に入った。
現在は駐車場に車を停めたままで車内で待機させられている。
「出ないのか?」
「うん?」
弥堂は詳細を説明されぬままで待機を命じられていた。
ここに到着してから数分経っても動こうとしないので、焦れた弥堂が不機嫌そうに尋ねると佐藤は惚けた声を出す。
「色々準備があるのさ。もうちょっと待っておくれよ」
「…………」
弥堂は相槌すらせずに眼を細めた。
(ハメられたか……?)
まさか依頼自体がブラフで自分を捕える為にここに追い込んだのではと疑いを持つ。
【身体強化】の刻印を意識すると、助手席に座った
彼女はジロリと目線で牽制してくる。
(カンのいいガキだ)
弥堂は内心で舌を打った。
先日探偵事務所でやり合った大山や、現在セカンドシートの隣に座る佐藤は素人だ。
戦闘に関しては。
弥堂の知るところではないが、
そう、戦場のニオイだ――
もしも最初から向こうが仕掛けてくるつもりだったのなら、弥堂の隣に佐藤を座らせはしないだろう。
脳裏で理屈を並べて、弥堂は今少し様子を見ることにした。
すると――
「――あ、来たみたいだね」
そんな声と共に、佐藤はのドアを開けて外に出る。
いざという時にすぐに逃走に移れるよう弥堂もそれに続いた。
「あ、乗ったままでよかったのに」
弥堂にそう言いながら、佐藤は駐車場内のホテル建物へ繋がる入り口の方を向くと手を振る。
「おぉーい! こっちだよぉー!」
佐藤の呼びかける先からは、華奢な人影が近づいて来ていた。
「現地集合だって言っただろ?」
パチリと不細工なウィンクを弥堂へ向けて、佐藤は自身が元々座っていた座席をズラして最後列のサードシートへと乗り込む。
その様子を見ながら「なんのつもりだ」と、弥堂が眉を寄せたところで――
「――よっ」
――背後から声をかけられた。
振り返るとそこに居たのは、先日探偵事務所で会い、そして本日の任務を共にすることになっていたウェアキャットだ。
弥堂はフイっと顔を逸らした。
挨拶もロクに返さない弥堂の態度に、ウェアキャットは「あっ!」と口を開く。
「挨拶くらいしてくれてもいいじゃん。マッドドッグくん」
「早く乗れ」
「ガチ無視だし。先に乗っていいよ」
「駄目だ。お前が先に乗れ」
「な、なんかまた警戒してる……?」
「別に。さっさとしろ」
「こないだよりピリピリしてるし。キミもしかして緊張してるの?」
「無駄口を叩くな。殺すぞ」
「うぅ、ボクの相棒ってば世間話もママならないよぅ……」
コミュニケーションを成立させることの困難さにウェアキャットはガックシと肩を落とす。
そして、渋々入り口の座席を戻してから車のセカンドシートに乗り込んだ。
ウェアキャットが座席に腰を落とすと、弥堂も続いて乗り込む。
先は佐藤が座っていた場所に尻を下ろし、ドアハンドルへと手を伸ばした。
「あっ――」
すると、ウェアキャットが声を漏らす。
「なんだ?」
「それ。ドアのヤツ。グンって自力で締めなくても、掴むトコをカチってやると勝手に閉まるよ」
「あ?」
意味がわからずに眉間に皺を寄せると、カチリと――そんな手応えが指に伝わる。
ウェアキャットの言ったとおりに、“ウィィーン”っと駆動音を鳴らしながらドアが動き出した。
「ね?」
「…………」
自動で閉まるドアをジッと視ていると、どこか得意げにウェアキャットに同意を求められる。
弥堂は無視して姿勢を整えた。
「またシカトだし」
「まぁまぁ。あともう少しここで待機になるから、世間話でもして仲良くなっておいてよ」
「それの難易度が高いんだよなぁ……」
後ろの席から宥めてくる佐藤にウェアキャットは複雑そうに唇を波立たせる。
そして弥堂に何かを話しかけようとするが、しかし口をもにょもにょとさせて結局やめた。
彼の興味をひけるような話題が見つからなかったのだろう。
顔の下半分――口元だけで器用に感情が表現されるのを横目にし、弥堂の方も特に何も言わずに前方へ視線を向けた。
すると何秒かして、隣からモゾモゾと動く気配が伝わってくる。
弥堂は目線を戻した。
ウェアキャットがなにやら座り心地が悪そうにお尻を動かしている。
「落ち着きがないな」
「え?」
平淡な口調で弥堂が声をかけるとウェアキャットが顏を向けた。
「緊張しているのはお前の方なんじゃないのか?」
「あー……、や、そういうわけじゃないんだけど……」
そう意趣返しをすると、ウェアキャットはまたも口籠る。
「なんていうか、ほら? あったかいなぁって……」
「……?」
弥堂もまたも意味がわからずに眉を寄せた。
思わず隣へ顔を向けると、その視線の先ではウェアキャットがシートにのせるお尻をまだモゾモゾさせている。
「あったかい」と言いつつのその仕草を見ると、とてもポジティブな意味で言った言葉には思えない。
どういうことだと問いを重ねようとしたところで、身動ぎを続けながらウェアキャットが気まずげに背後を意識した。
あぁ、そういうことかと弥堂は察する。
車のシートに残った他人の体温が不快なのだろう。
今の仕草から察するに、中年のオジさんのそれを感じるのを“彼”は殊更不快に思っているようだ。
しかし本人がすぐ近くにいるために、露骨に態度に表すこともできない。
そんなところだろう。
だが、ウェアキャットが座っている座席に元々座っていたのは弥堂だ。
弥堂がドア側の座席に座ることに拘ったことから、そう勘違いしたのかもしれない。
そこまで察して、それから『男のくせにそんなことを気にするのは変だぞ』と揶揄ってやろうと思いついたところで、弥堂も自身の尻から伝わってくる温もりを意識する。
この温もりこそが真のオジさんの残したモノだ。
弥堂は不快さが表情や仕草に出ないようグッと堪えて固めた。
それとほぼ同じタイミングで、隣のウェアキャットが足を組む。
そうすることで座席に接する尻の面積を減らしたのかもしれない。
彼の着ている裾の開いたダメージジーンズからブーツが露わになった。
先日と同様、今日も動きやすそうな服装をしている。
そういえば――
「――お前は私服なんだな」
「え?」
気になったので話を振ると、ウェアキャットはキョトンとする。
先日同様にキャップを深く被っていて目元は見えないが、ポカンと開いた口からそんな表情を連想した。
「俺はわざわざスーツを用意する羽目になった」
「あぁ、そういうことか……、はいはい……」
端的に補足すると、まるで弥堂から話題を提供されたこと自体を意外に感じたことを取り繕ったような態度で答える。
「ほら? ボクはバックアップだからさ。アメリカのSPの人たちには混ざらないし」
「バックアップね……」
「なにそのどうでもよさそうなリアクション」
「別に。なにが出来るんだかと思っただけだ」
「だからテレパシーとか? こないだ言ったじゃんか」
「そんなもの必要なのか?と、この間から思っている」
「はぁ? なにそれ……!」
「まぁまぁまぁまぁ」
弥堂の挑発的な物言いに、ウェアキャットが聞き捨てならないと身体ごと彼の方を向く。
すると、すぐに後列の座席から佐藤が止めに入った。
「“
「それはそうかもな」
「そうそう。だからボクが外側からサポートするってわけ。わかる?」
雇い主の威を借りてウェアキャットがマウントをとってくる。
弥堂は適当に肩を竦めて流した。
ウェアキャットもそれを気にすることもなく、次の話題を振ってくる。
「あ、そういえばさ。キミ遅刻しなかった?」
「あ?」
眉間を不可解そうに歪める弥堂にウェアキャットは軽い調子で続けた。
「や。キミってそういうのすっごいルーズそうじゃん? ちゃんと約束の時間に事務所に来れたのかなって」
「俺が不可解そうにしたのは質問の意味がわからなかったからじゃない。何故そんなことをお前に聞かれるのかがわからないと言っている」
「別に? ちょっと気になっただけだよ。今回ボクはキミのパートナーなんだからそんくらいよくない? 仕事に来たら相棒が来てませんでしたーとか、シャレになんないじゃん?」
「今ここに居る。それが全てだろ」
「頑なに『遅刻したかどうか』には答えないね? どうせ遅れたんでしょ」
「そんなに知りたければ後ろのオッサンにでも聞いてみろ」
「こら! 失礼なこと言わないの!」
弥堂が面倒そうに顎を振って佐藤の方を示すと、彼の口の利き方に注意を与えてからウェアキャットは後ろの席へ顔を向ける。
「ん? 彼はちゃんと来てたよ?」
「え? ホントに?」
すると、佐藤はウェアキャットにとっては意外な答えを口にした。
「本当だよ。30分前には来たかな? オジさん感心しちゃったよ」
「は?」
その追加情報を聞くと、ウェアキャットは隣の弥堂の方へ顔を向けてジトっと彼を睨んだ。
「なんだよ」
「別に」
「時間通りに来いという話をしたかったんだろ? なのに何が不服なんだ?」
「べつにー」
「余裕をもって仕事に従事をするのは当たり前のことだろ」
「べっつっにっ!」
彼の態度に弥堂はまた不可解そうにする。
だがそれに対する明瞭な回答はなく、ウェアキャットは何故か語尾を強調してプイッと顔を背けてしまった。
これもまた理解に苦しむ態度だが、弥堂は特に感心が湧かなかったのでそのまま口を閉ざそうとする。
だが――
「――てゆーか、他人の服装なんて気にするんだね」
「なに?」
会話を打ち切ったはずの当人から追撃のクレームのような言葉をぶつけられた。
「べつにー。そういうの興味なさそうなのになーって思っただけ」
「興味はない。これから戦場に入るのに随分とラフだなと思っただけだ」
「戦場って……、ボクらの仕事は人を守ることでしょ?」
「そうだといいな」
「なにそれ」
弥堂は適当に答えて今度こそ会話を打ち切ろうとする。
しかし、間接視野に隣に座るウェアキャットの横顔が映った。
そうするとふと別のことが気になる。
なので、弥堂はそれを訊ねることにした。
「お前のその帽子――」
「えっ――?」
彼の帽子のツバにジロリと眼を向けると、ウェアキャットもこちらへ顔を戻す。
「ツバに隠れて顔が見えない」
「そういう風に深く被ってるからね」
「だとしても不自然なくらいに見えない。お前が動いても、どんな角度からでも、鼻から上が正確に認識出来ない。どういうカラクリだ?」
「あ、気付いちゃった?」
少し踏み込んだ質問だが、ウェアキャットはイタズラがバレた子供のような――そんな軽い反応をした。
「これね、スキルなんだ。隠蔽スキル――」
「スキル……?」
一般的な“技術”や“技能”――それの習熟とは違ったニュアンスに弥堂の耳には聞こえた。
「仕事柄さ、顏が割れるとよくないでしょ? 今回は護衛だけど、ボクこれでも探偵さんだし」
「それはそうだろうが、俺が聞いているのは隠している理由ではなく、どうやっているのかということだ」
「こういうチカラってこと」
「それがお前の“ギフト”だという意味か?」
「ん? んー……、まぁ、そうかな? 出来ることの一つだよ」
「…………」
どこか曖昧さを残したウェアキャットの答え方に――
(嘘ではないが100%の真実でもない――)
――弥堂はそのように受け取った。
ウェアキャットは顎を上げて少し得意げな顔をする。
正確には、弥堂には彼の顏は見えない。
だが、その仕草だけで、何故かそんな表情をしているとイメージが出来てしまった。
「もう少し仲良くなったら、素顔を見せてあげるよ」
「そうか。なら不要だ」
「あっそ」
どこか、遠間から槍の先で刺し合うように言葉を交わす。
しかし――
「――あっはっは。仲良くできそうでよかったよ」
――背後の席の佐藤からはそんな笑い声が出る。
彼にはそう見えたようだ。
弥堂もウェアキャットも特にムキになって否定することもなく、揃って曖昧に肩を竦めた。
その仕草に佐藤はますます笑みを深める。
「キミたちはコンビだからね。仲がいいことに越したことはないよ」
「感情や気分で仕事をするのは三流だ」
「それはそうだね。でも、必須ではないけど、あったらいけないものでもない。そうだろ?」
「ない方がいいな」
「へぇ、キミはそう考えるんだね。それにしても――」
「え?」
弥堂は会話の途中で続きを拒絶するような態度をとる。
それには構わずに、佐藤は意外そうな声を出した。
ウェアキャットが代わりに反応し、目を丸くする。
「――いや、仲良くできそうでよかったと言ったけどさ?」
「はぁ……」
「正確には、既に仲がいいって――そんな風に思っちゃったよ、オジさん」
「へ?」
佐藤はニンマリと意地の悪そうな顔をして、今度はウェアキャットに言葉を向けた。
「キミたちって初対面って聞いてたけど……」
「あ、はい」
「なんか慣れてるよね?」
「なれてる?」
「そう。慣れているし、少し馴れている」
「えっと、それってどういう……」
「仲がいいってより、言葉のキャッチボールがさ。お互いに『どう投げてどう受ければいいのか』その方法を知ってるみたいに――まるで経験があるみたいに。そんな慣れがあるよね?」
「え゙っ――⁉」
佐藤の指摘にウェアキャットは言葉を詰まらせたように呻く。
だが――
「――どうでもいいだろ、そんなこと」
――意外にも弥堂が助け舟でも出すように口を挟んだ。
「コミュニケーションに不具合があるよりはマシだろ」
「それは確かにキミの言う通りだね。弥堂君」
佐藤も特に他意があっての発言だったわけではないようで、弥堂の言葉に同意するとそれ以上は言及をしない。
そうして会話が切れた隙に、ウェアキャットは話を転換させた。
「あ、そうだ。スキルといえばさ――」
「……なんだ?」
弥堂は少し慎重な眼を彼へ向ける。
すると、ウェアキャットは害意がないことを示すように両の掌を見せてきた。
「や、別にキミのスキルを教えろとかじゃないから。そんな警戒しないでよ」
「……まるで、それを聞かれると俺が警戒することを知っているような口ぶりだな?」
「え? なんで疑ってくるの……? てゆーか、コンビを組む以上ホントはボクもキミのスキルを知っておいた方がいいんだけど……」
「その必要はない。それで? 何を言うつもりだった?」
とりあえずというノリで疑ってみたら自身に都合の悪い流れになりそうだったので、弥堂は彼の元の発言内容を促す。
「……まぁ、いいけど。別に質問したかったわけじゃなくって」
「なんだ」
「ほら、テレパシー」
「あ?」
ウェアキャットは腕を下げてから伸ばし、弥堂の方へ向けていた掌をそのまま差し出してきた。
手を繋ぐことを示唆するように。
「今のうちにテレパシー繋いでテストしておこうよ――」
その提案に、弥堂の眼がスッと細められる。
(きたか――)
本日まず最初に突破しなければならない関門が、ここで目の前に現れた。