弥堂とミラーの話が一区切りすると、佐藤が口を開く。
「それではミラーさん。私は外の指揮に戻りますので、彼をよろしくお願いします」
「……えぇ。ご苦労さま」
変わらず遜った態度で佐藤は笑みを浮かべる。
だが、ミラーの方は若干胡乱な瞳だ。
卑屈で殊勝な振舞いをしていたが、もしかしてわざと英語の出来ない者を寄こして嫌がらせをしているのではと、佐藤に疑いを持ったのだ。
ミラーのそんな内心に気付きながら、佐藤は笑みを貼り付けたままで弥堂にも声をかける。
「じゃあ、頑張ってね。マッドドッグ君」
「任せておけ」
弥堂は力強く請け負う。
顧客が日本人からアメリカ人になるので、謙遜するよりも自信をアピールした方がウケが良いのではと考えたのだ。
佐藤はそれに含み笑いをしながら部下を連れて立ち去っていった。
「さて、マッドドッグ。次はアナタの配属だけど……」
「…………」
ミラーは言いながら背後を振り返りかけて、そのまま少し考える仕草を見せた。
弥堂は眉が跳ねそうになるのを自制して表情を固定する。
ここまでに見てきた彼女の人物像的に、弥堂の処遇も全て準備済みのはずだ。
そういう性格に見える。
それをこの場で考えるということは、何かしらの変更をするということだろう。
(ふぅん?)
その理由まではわからないが、そこに何かしらの意図があることは間違いがない。
今はそれだけを覚えておけばいい。
「……うん、いいわ。ダニー!」
やがて、ミラーは最初に向こうとしていたのとは別の方へ声をかけた。
その呼び声の先に居た武装した黒人の男が反応する。
一瞬表情を歪めて、面倒そうな顔でこちらへ歩き出した。
見るからに屈強そうな黒人男性。
ドレッドの髪を後ろで縛っている。
ダラダラとチンピラのような仕草にも見えるが、その所作には芯がある。
彼は戦闘者だ――そのように弥堂は判断した。
間もなく彼は弥堂たちの前に到着する。
自分を呼んだミラーとは目を合わせようとしていない。
だが、構わずにミラーは口を開いた。
「ダニー。彼はマッドドッグよ。アナタのチームで面倒を見て」
前置きなしに紹介と指示を済ませる。
ダニーと呼ばれた男は、恐らく上官であるはずのミラーに返事もせずに、「ひゅぅ~っ」と茶化すような口笛を吹いた。
軍隊のような規律や厳しい上下関係がないように見える。
「マッドドッグたぁ大きく出たな、ニイちゃん」
「……? どういう意味だ?」
ミラーへの態度とは違い、ダニーは気さくな感じで弥堂に話しかけてきた。
「アン? あぁ、そうか。オレらのスラングだもんな。日本にはそういう意味はねェか」
「よくわからんな」
本当に彼の言っている意味がわからなかったが、しかしその真意に興味も湧かなかったので弥堂はそれ以上は訊ねない。
すると、ミラーが棘のある声を発する。
「ダニー。無駄口はやめて」
隠そうともせずに表情に不愉快さを表している。
それを受けて、ダニーの方も露骨に舌打ちをした。
「そう呼んでいいのは
ここでようやくミラーに言葉を返す。
だが、それはとても上司に向けるようなものではなかった。
特にこういった部隊では、このような態度は御法度なはずだ。
弥堂は黙って二人のやりとりを観察する。
「随分と小賢しい言葉を覚えたわね」
「アンタらが持ち込んだんだ」
「呼び名くらいでいちいち盾突いてこないで。仕事が進まないわ」
「アンタが言うのかよ? えぇ? ジャスティーヌちゃんよ」
背の高いダニーが見下しながら馬鹿にするようにその名を口にすると、ミラーの表情がハッキリと怒りに歪んだ。
侮辱に対する怒りをこめた目でダニーを睨む。
「わざわざ男の名前で呼ばせてるくせによ。他人の呼び名には配慮しねェってのか? アァン?」
「…………」
ミラーからは言葉が無い。
だが、真剣な怒りがそこにはあった。
わざわざご丁寧に日本語で言い合いをしてくれているが、二人の間のいざこざは弥堂にはまるでわからない。
なので、立場がより高い者の味方をすることにした。
「おい、よせ」
「アァ?」
弥堂はダニーの方を制止する。
もちろん、自身の立場を向上させるためである。
「別に男の名前を名乗ったっていいだろ」
「なんだァ、ジャップ。テメエ白人の味方すんのかよ」
「違う。俺は俺自身の魂に従うだけだ」
「なんだとぉ……?」
ダニーは意味がわからないといった顔をする。
弥堂も自分が何を言っているのかわからなかったので、適当にベラベラと舌を回した。
「彼女のは自分で名乗る名前だ。それには意味がある。彼女自身が『こうあろう』とする魂のカタチだ。お前の方は他人からの呼ばれ方で、馴れ馴れしいことが問題なんだろ? だったらそれは別の問題だ」
「ア? ん? そうなのか?」
「あぁ、そうなんだ。だから引き合いに出して彼女の魂の意味を侮辱するべきじゃない」
「ん? お、おぉ……、なんだって? 難しいこと言うなよな……」
意味がわからないせいで、ダニーは怒りを露わにすることも出来ずに混乱する。
ミラーの方は目を丸くしてキョトンとした顔をしていた。
「あら? 日本人の男ってそういう理解がないって聞いていたわ。意外ね。ワタシを庇ってくれるの?」
「そういうわけじゃない」
弥堂にもダニーにも理解は無かったが、ミラーは今の弥堂の言ったことを理解しているようだった。
なので、ここでの「そういうわけじゃない」には嘘はない。
このままだと発言が破綻することになってマズイと思ったので、弥堂は自分の話をすることにした。
「昔、俺を拾って育ててくれた女も、男の名前を名乗っていた。それを思い出しただけだ。だから正義とかマナーとかじゃない。ただの個人的な感傷だ」
なにやら暗い過去を仄めかすと、女性のミラーさんは神妙そうな顔をした。
「……その女性は?」
弥堂は「しめた」と内心で唇を舐める。
目線を逸らし少しだけ顔を俯けて、陰のある感じを演出した。
「死んだよ。俺を庇って。だから俺は彼女の魂の意味を守らなければならない。生涯を賭けて」
「……そう。戦場で?」
「あぁ。だから俺は戦場の経験が多少ある。邪魔にはならない」
そしてここぞとばかりにステマも行う。
そんなことは知らずにミラーさんは同情したように少し眉を下げた。
「アナタの魔術は彼女に?」
「そうだ。近接戦が得意なハグレの魔術師。多分邪道なんだと思う」
「それでも、アナタが今生きていることに少しでも幸福を感じるなら。アナタはそのスキルに誇りを持つべきよ。彼女の名に懸けて」
「キミの言う通りだな。失言だった。ありがとう、ジャスティン。ルビアに敬意を払ってくれて」
「いいのよ」
ミラーは目元を緩めて優しげに微笑む。
弥堂もとりあえず目元を緩めた気分で「フッ」とか言っておいた。
適当に肩を持ってやったらどうやら少し気に入ってもらえたようだった。
「悪かったわね、ダニエル・スミス」
「……ダニーでいい。オレも大人げなかった。すまない」
ミラーが真剣な顔で謝罪をすると、どこかばつが悪そうにダニーも謝った。
アホどもがアホなことでケンカをしている時は、適当に家族の死を匂わせてやると気まずくなってケンカをやめる。
そのことを弥堂はよく知っていた。
異世界だろうとこっちだろうとアホは大して変わんねえなと、二人の握手を醒めた眼で見下した。
「じゃあ、ワタシは仕事に戻るから。彼のことを頼むわね、ダニー」
「了解、
ミラーは弥堂にウィンクを送ると、ダニーの敬礼に見送られて颯爽と元のテーブルへ戻っていった。
そこで待機していた者達にいくつか指示を送るとまたノートPCに向かう。
弥堂は彼女から目線を切って、指示をもらう為にダニーの方を視る。
すると、身体の大きな黒人男性は何やら気まずそうにモジモジとしていた。
弥堂は鼻で嘆息し、彼をリラックスさせてやるために軽い調子で話しかけてやった。
「女のくせに鼻っ柱が強いな。白人の女ってあんなもんなのか?」
「は?」
すると、ダニーは口を開けて絶句してしまった。
ポカーンっとする彼の顏を弥堂はジッと視る。
<キミさ……。ホント……、ホントマジで……>
頭の中で何か呆れたような声が聴こえる。
だが、どうせいつもの幻聴だろうと無視をした。
何秒かして、ダニーは恐る恐る声を出す。
「……オ、オマエ、さっきのは演技か?」
「うん? いや、昔の保護者のことも戦場のことも事実だ。嘘は吐いていない。ただ、上客そうだから気に入られようとはしたがな」
「マジかよコイツ……」
<マジないよね……>
ミラーと話す時よりも口調を崩して喋る弥堂に、ダニーは戦慄したような目を向ける。
弥堂は悪戯を誇るように肩を竦めた。
「女なんてみんなバカだからな。適当に同情させて負い目を感じさせてやったら簡単に騙せる」
「クカカ……。オマエこの野郎。クソ野郎じゃねェか。あのブロンディ、ジャップなんぞにやりこめられてやんの。笑えるぜ」
彼のことも一緒に騙したようなものだが、ダニーは品のない言葉を吐きながら愉快そうに笑いだした。
思った通りの反応だと弥堂も満足する。
どちらかというと、彼のような人物の方が弥堂には馴染みがあり付き合いやすい。
ともあれ、“
外国人とは殺し合い以外のコミュニケーションをとった経験があまりなかったが、これならどうにかなりそうだと手応えを感じる。
生きているのなら殺せるし、言葉が通じるのなら騙せる。
異世界と何も違いはない。
『テメエこのクソガキ。オマエが一番アタシの名を侮辱してんだよ』
外国人とは仲良くなれたが、異世界人のルビアさんのことはどうやら怒らせてしまったようだ。
しかし、所詮死人に口はない。
『アッタマきたぜ。アタシャぁ今回は助けてやんねェかんな。くたばっちまえクズが』
こうして弥堂は、この世界では初めての本格的な戦場に身を投じていくことになった。