俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章23 G.H.O.S.T ④

 

 ポートパークホテル美景9F。

 

 

 廊下を武装した兵士がゆっくりと歩いている。

 

 この9Fと10Fには1チーム3名の戦闘員が配置されている。

 

 9Fに1人、10Fに1人、残り1人は連絡役だ。

 

 

 既に一度全室の中を調査した後で、今は見廻りをしている。

 

 その兵が907号室の前を通り過ぎた。

 

 

《……行ったか?》

 

《……あぁ》

 

 

 その907号室の中で、声を潜めたイタリア語で言葉が交わされる。

 

 銃を構えたアレックスが、ドアに寄って耳を潜めるビアンキに訊ねた格好だ。

 

 

《ニオイと気配は覚えた。また来たらすぐに気付ける》

 

《サイクルも大体把握出来たな。そんなに頻繁には来ねえみてえだ》

 

 

 ビアンキが立ち上がり、アレックスと共に部屋の中へ移動する。

 

 ドアのカギは開けたままだ。

 

 

《クソ……ッ! 厄介なことになったな……!》

 

 

 ビアンキは苛立ち任せにベッドの足を蹴りつけようとして自制する。

 

 対照的にアレックスは面白がるように笑った。

 

 

《気ィつけろよ。オレたちが捕まったら終わりだぜ?》

 

《……わかってるよ》

 

 

 ビアンキは吐き捨てるような顏で怒声を飲み込み、アレックスに訊ねる。

 

 

《……何人残ってんだ?》

《ニックたちに車持ってかせたから、他に3、4人ってとこだろうな》

 

《チッ、そんな人数じゃさすがにやりあえねェな》

《まぁ、元々あっちのホテルが主戦場になる予定だったからな。さすがにこれくらいの人数しかダリオも貸してくれなかったよ》

 

 

 悔しがるビアンキに軽い調子でアレックスは肩を竦めた。

 

 福市博士を狙う襲撃者である彼らには、博士の滞在先は“ホテルニューポート美景”であるとリークされていた。

 

 ネタ元は“G.H.O.S.T(ゴースト)”の中に居るスパイからである。

 

 

 そんな中、『本当の滞在先は“ポートパークホテル美景”である』という情報が別口でタレコミされた。

 

 彼らの作戦参謀であるダリオは当初の予定通り“ホテルニューポート美景”を戦場(アタリ)として選択した。

 

 だが、彼らのリーダーであるアレックスは自らの勘に従い、少人数を都合してもらってこちらの“ポートパークホテル美景”へと清掃業者として潜入していた。

 

 

 その矢先にホテルで火事が起こり、あれよあれよと言う間にこのホテルは“G.H.O.S.T(ゴースト)”に占拠されてしまった形だ。

 

 

《それなのに、なんだって人数減らすようなことをさせたんだよ?》

 

《アァン?》

 

 

 半ば八つ当たり気味に発せられたビアンキの言葉に、アレックスは煽るように眉を上げる。

 

 

《ったく、しょうがねェなビアンキちゃんはよ》

 

《オレはビアンコだ》

 

《いいか? ゼゴール・ビアンコネッリ。あの火事はブラフだ》

 

 

 ふと鋭さを増したアレックスの眼光に、ビアンキは無意識に反抗心を抑え込まれた。

 

 

《……それは、もう、オレにもわかってるよ》

《火事を装って、一度ホテルから全ての人間を追い出すことが目的だ》

 

《駐車場に車が残ってたら怪しまれるのか。ホテルの中に居るかもって》

《そういうこと。現状をダリオたちに報せるヤツも必要だ》

 

《博士を隠して滞在するんじゃなくって、火事にかこつけて滞在先を拠点化したってことか》

《そういうこと。今頃オモテでは日本の警察も防衛線を敷いてるだろうな。中々やるぜ。“G.H.O.S.T(ゴースト)”と清祓課の指揮官は》

 

 

 普段はヘラヘラとした態度でいるが、やはり自分たちのリーダーの思考も鋭い。

 

 それを認めてビアンキは反論をしなかった。

 

 

《“ニューポート”のリークは罠だったってことかよ……》

《スパイがまだ居ることを逆に利用したんだろうな》

 

《アレックス。結局アンタの勘が当たったな。何故わかった?》

《カンに理由なんてねェよ。強いて言うならネタ元が古い伝手でな。信用できるヤツだからさ》

 

 

 アレックスはニヤリと得意げに笑う。

 

 ビアンキは一度深く息を吐き出し思考を切り替えることにした。

 

 重要なのは現状に不満を言うことではなく、現状の上でこれからどう切り抜けるかだ。

 

 

 あらゆる戦場で勝つことよりも、どんな戦場からでも生還すること。

 

 彼らのような傭兵にとって最も重要な考え方だ。

 

 

《どうする? アレックス》

 

《アン? そりゃオメエ、ダリオがどうにかすんだろ?》

 

《はぁ?》

 

 

 ビアンキに訊ねられるとアレックスはまるで他人事のように肩を竦めた。

 

 今しがた見直したばかりだというのに、ビアンキは呆れ果てて胡乱な目をした。

 

 

《なんでそっからはダリオのアニキ任せなんだよ……。ノープランでこのホテルに残ってるだけじゃ、むしろオレらヤバくね?》

 

《おぉ、ヤベエな。見つかったら拷問されて絞られた後にぶっ殺されるぜ? 気をつけろよ》

 

 

 発言内容とは裏腹に軽薄な調子を変えないアレックスにビアンキは溜め息を吐いた。

 

 コイツに頼りきりじゃ死ぬなと、頭を回す。

 

 必死に考える彼の姿をアレックスが満足げに見ていることに、ビアンキは気付かない。

 

 

《……まぁ、まだスパイは何人も這入りこんでるし、アイツらと協力すればやりようはあるか……。まだ負けてねェよ》

 

《そうだな。フェリペやシェキルたちが“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員として紛れてる。他に別口でカルトのヤツらも潜入してる。ここからだぜ? 諦めんなよビアンキ》

 

《ウルセエ。誰が諦めるかよ。死んだら負けだろ?》

 

《そういうこった》

 

 

 やがて絞り出したビアンキの答えに合格をくれてやりつつ、アレックスは軽い調子で笑った。

 

 

《最初のホテルに残された“外の戦力”。“G.H.O.S.T(ゴースト)”に紛れた“内の戦力”。そしてホテル内に潜んだオレたち“別動隊”。上手くタイミングを合わせられれば、こっちの方が有利に立てるぜ》

 

《……なら、どうにかフェリペやダリオのアニキたちと連絡とらねェとな》

 

《ま、そのうち向こうからアクションがあるだろ。それまでリラックスしてようぜ?》

 

《ア?》

 

 

 ビアンキが深刻に考え込みそうになると、アレックスは殊更気楽に言ってベッドに寝転んだ。

 

 そして煙草を吸い始める。

 

 

《アンタな……》

 

 

 その姿を見てビアンキは言葉を失う。

 

 

 呆れる気持ちはもちろんある。

 

 

《タバコはやめろよ》

《アン? バレやしねェって》

 

《そうじゃねェ。キライなんだ。そのニオイ》

《カァーッ、最近は戦場でもマナーがうるさくって敵わねェや》

 

 

 だが、この普段と変わらぬリーダーの余裕の姿に頼もしさも感じていた。

 

 

 

 ホテルの偽装工作が上手く運び、博士を狙う勢力の大部分は一旦遠ざけることが出来た。

 

 しかし内部にはまだ敵が潜んでおり、博士の安全は完璧に確保されてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 ホテル20Fフロア。

 

 

 エレベーターを降りた弥堂とダニーは廊下を歩いている。

 

 

「このフロアが俺たちの担当なのか?」

 

「まぁ、担当と言えば担当かな? このフロアにシズカ博士が滞在することになる」

 

 

 ダニーのその答えに弥堂は眉を顰めた。

 

 

「ドブ攫いが護衛対象の近くに置かれるのか?」

 

「ん? あぁ、そうなんだが、そういうことじゃない」

 

「どういう意味だ?」

 

 

 ここまで割とハッキリと物事を口にしていたダニーが言葉を濁らせたので、弥堂はますます怪訝な顔になる。

 

 

「いいか? シズカ博士の護衛には基本2チームが付く。ローテーションでな。その両方がなんらかの理由で離れることがあった場合には、オレたちが博士の護衛に付くこともあるかもしれない」

 

「その口ぶりじゃ、まず無いということだな?」

 

「あぁ。オレたちは基本何もしない。何も無ければ」

 

「あぁ、なるほど。襲撃者がここまで来た時には真っ先に死ねということか」

 

「そうそう。そんなことでもない限りオレたちに仕事はねェ」

 

 

 得心がいって頷くが、それでも不可解なこともある。

 

 

「信用されているのかいないのか、よくわからんな。全く信用されていなければ、使い捨てだとしてもこんなに博士の近くには置かないだろう」

 

「スパイかどうかという点では信用されてる。だが真面目に働くかどうかという点では信用されていない。あとは、そうだな。戦闘能力はそれなりに信用されてるってとこか」

 

「へぇ」

 

「さっきの話じゃないが、“G.H.O.S.T(ゴースト)”には元軍人も混ざってる。逆の言い方をすれば全員が軍人じゃない。当然訓練を受けてはいるが、全員が全員、実戦経験があるわけじゃあねェんだよ」

 

「そうか。本音ではお前らなんぞに頼りたくないが、追い込まれることになったら渋々使うということか」

 

「ヘッ、随分な言い様だな。オマエもその出来るだけ使いたくない戦力ってことだぜ?」

 

「傷つくぜ。心が痛いな」

 

 

 弥堂が適当な物言いをすると、ダニーは機嫌よく笑った。

 

 

「アメリカの中で活動する分には警察やら軍やらの援護を受けられるが、外で活動する時はほぼ自分らで完結させなきゃならねェ。この辺は今後の課題だろうな」

 

「四の五の言わせずに一度地獄に叩きこんだらいい。生き残ったヤツは勝手に経験を積む」

 

「それが出来れば苦労しねェよ。特に能力者はロクに補充がきかねェしな。まぁ、それで過保護にし過ぎてるから、今回みたいな事件で使えるのか疑問だがな」

 

「……能力者たちは実戦経験がないのか?」

 

 

 表情を固定し視線を前方に向けたまま弥堂は訊ねる。

 

 

「まぁ、専門が違うしな」

 

「専門?」

 

「あぁ、ヤツらの専門は“ゴースト”だ」

 

「あぁ、対人の経験が足りないという意味か」

<あ、そっか。妖と戦うのが仕事だもんね>

 

「そういうこった」

 

「…………」

 

 

 それ以上は深堀りすることをやめ、少し頭の中で考える。

 

 

 弥堂が異世界で見知った魔術師や加護持ちなどの異能力者はむしろ対人戦闘がメインだった。

 

 当然魔物や悪魔などと戦うこともあるが、なにせあの世界は年がら年中人間同士で戦争をやっている世界だ。

 

 自然と人を殺すスキルに特化するようになる。

 

 

 だが、こっちの世界ではそうではないようだ。

 

 

 二つの世界にどんな違いがあるかと考える。

 

 

(だが、考えてみればそうか……)

 

 

 その答えにはすぐに辿り着く。

 

 

 その違いとは――

 

 

 異能力者と無能力者――

 

 

 どちらが実権を握っているかだ。

 

 あとは異能が異能として秘匿されていることもその理由に含まれるだろう。

 

 

 あちらの異世界では、魔術や加護というのは一般的に知れ渡ったものだった。

 

 加護はともかく、簡単なものなら魔術は一般人でも生活の中で使うことがある。

 

 そして強力な魔術師や“神意執行者(ディードパニッシャー)”を大量に抱え込んでいるのがそれぞれの国の実権を握る王侯貴族であり、そして教会だ。

 

 

 そんな世界では強力な魔術を使える、加護を持っている――と喧伝するのは、立身出世の為のステータスとなる。

 

 

 一方で、こちらの世界ではどうだろう。

 

 

 異能は存在自体が徹底的に秘匿されている。

 

 そして、国の実権を握るのは大多数の無能力者たちだ。

 

 

 そんな世界で己の異能を振るって力を誇示しては、社会敵と見做されることになる。

 

 

 皐月《こうづき》組で聞いた話だと、反社勢力同士で抱えた異能者をぶつけ合うこと自体はあるようだ。

 

 だが、大っぴらに出来ない以上、その回数は向こうの世界に比べれば多くない。

 

 実戦の少なさはそのまま互いの世界の魔術戦闘の積み重ねの乖離にも表れるだろう。

 

 

 それにこちらの世界では魔術の代わりに発展した科学によって生み出された技術がある。

 

 無能力者にも使える銃火器だ。

 

 

 並の魔術師が放つ炎の球よりも、数名の兵士が構えるアサルトライフルの方が脅威だ。

 

 この社会で魔術など使ってオモテで暴れればあっという間に“処理”されてしまうことだろう。

 

 

 ルナリナやセラスフィリアのクラスの魔術師や、ルビアやジルクフリードのような“神意執行者(ディードパニッシャー)”なら話は別だ。

 

 しかし、銃弾が当たれば殺せるのなら、平均的な魔術師よりは銃で武装した兵隊の方が強い。

 

 弥堂はそのように評価していた。

 

 

 それならば、絶対数の少ない異能力者よりも、ほぼ無限に量産できる銃武装した一般兵士を動員できる無能力者の方が有利なことにも納得できる。

 

 どちらの数が多いかはフィールドの一つの条件に過ぎず、結局のところは金を独占できる権力を持ち、社会の仕組みを自由に弄れる者が一番強いという点では同じかと思い至った。

 

 

 ふと、自らの師であるエルフィーネならどうかと考える。

 

 

(考えるまでもないか……)

 

 

 彼女は魔術師でもなければ加護持ちでもないが、銃弾が彼女に当たるシーンが全く想像がつかなかった。

 

 

 たとえ当たったとしても彼女なら――

 

 

――当たった瞬間に銃弾の威を殺して無効化するのです――

 

 

――などと、ちょっと意味がわからないことを言うに違いない。

 

 

 なんなら、廻夜部長に渡された漫画などにあったように、撃ち込まれた銃弾を全て素手で掴み取ったとしても全く驚かない。

 

 理解には苦しむが。

 

 

『ユウキ。そうやって受け入れることを拒絶するからわからないのです。出来るまで修練すれば出来ると何度言えば――』

 

(うるさい黙れ)

 

 

 エルフィーネは実質自殺したようなものだが、そうでもなければあの師が戦闘で負けて死ぬなどというのは弥堂には想像出来なかった。

 

 

「なんだ? ビビったのか? マッドドッグ」

 

 

 少し長考していると、ダニーにそんな風に揶揄われる。

 

 意味のない想像だと、思考を切り替えることにした。

 

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