サイコメトリー――
俺の記憶にあるものでは確か、触れた人や物から相手の情報を読み取る能力だったはずだ。
相手が人なら、記憶や思考を読んだり。
相手が物なら、その物に触れた人間や、所持者の残留思念を読んだり。
そんな能力。
尤も、俺自身は本物のサイコメトリーの能力者と出会ったことがあるわけではない。
あくまで漫画などの創作物から得た情報だ。
(…………)
先程、ミラーと対面した際に握手をした。
もしもあの時にサイコメトリー能力を使われていたら、何かしら情報を抜かれた可能性がある。
それは上手くない。
仮に記憶を読まれるのだとしたら、俺には不都合なことが山ほどあるのだ。
ざっと挙げても、異世界、勇者、魔眼。
それからこっちで犯した数々の犯罪。
その中でも特にマズイのは先日の港での戦いとなる。
そしてそこから繋がっていく、知られたくない情報の極めつけが『
彼女と、魔法少女ステラ・フィオーレ、そして魔王と為った彼女。
それらは絶対に他人に知られるわけにはいかないし、そもそもそれが彼女を守ることを目的にする俺の命題でもある。
記憶の中に記録された、握手をした際のジャスティン・ミラーの様子を視る。
特に動揺した様子や、ちょっとした反応の仕草もない。
港の件に纏わる勇者や魔法少女に魔王。
これらは、相当にセンセーショナルなニュースのはずだ。
あの戦いや異世界の記憶を見ても一切何も反応を見せないのなら、ミラー指揮官の評価をもう2段階ほど上げる必要があるだろう。
現在知る限りの彼女の人物像を思い出す。
優秀ではあるのだろうが、そこまで感情の抑制が得意なタイプには見えない。
ダニーとのやりとりからそのように判断出来る。
あれが二人の間のプロレスでないのならの話だが。
この後の尋問の際には、こちらの情報を隠すだけでなく、向こうがどれだけ読み取れているかも探る必要が出てしまった。
いずれにせよ、この場でこれ以上わかることはなく、わかったところでどうせ尋問は避けられない。
だったら、どっちでも一緒だ。
(残留思念……)
ここで少し思考が逸れる。
人から思考や記憶を読むというのは、なんとなくイメージが出来る。
俺自身が自分の記憶でしょっちゅうやっていることだからだ。
だが、物からそれに触れた人間の思考や記憶を読むとはどういうことなのだろうと考えた。
記憶とはその人――或いは物――の“
だからその人物そのものの“
今こうして俺が自身の“
俺に出来るのは自分自身の記憶を読むことだけだ。
他人の“
だけど、視ることまでは出来ているのなら、俺には出来なくとも他者の“
まだ出遭ったことがないだけで、俺の【
だからそれは別にいい。
だが、物に残った他者の思念とはなんだろうか。
当然、無機物にも根幹が霊子で構成されている以上、“
俺の眼で無機物を視ようとすると生物を視る時よりも負担は増すが、“
仮に、物にも記憶があったとして、そこに他の生物の記憶が残るのはどういった理屈なのだろうか。
似た現象を探してみると――
(――魂の残滓……?)
生物が死んだ後に崩壊した“
長い年月遺り続ければ、やがて魔素や他の残滓と結合し魔物と為るモノ。
(サイコメトリーによる残留思念の読み取りとは、無機物にこびりついた魂の残滓を視ることか……?)
廻夜部長に渡された文献で見たのは、殺人事件の被害者の例などだ。
被害者自身の死体、所持品、それから犯人が使った凶器。
それらから被害者が死の間際に見たものを読み取るなどという例があった。
それは魂の残滓で説明がつくことなのだろうか。
(……わからないな)
俺の知識は所詮は二代目の残したノートと、廻夜部長に渡された文献によるものだ。
俺自身の思考や研究によって得られたものではない。
そして、俺には二代目や部長のような優れた頭脳や能力があるわけではない。
だから、自分で考えたところで新たな知識が増えることなどなく、これ以上は時間の無駄だと――ここで思考を投げ捨てることにした。
『ユウキ……、貴方はまたそうやって……』
悲しげなお師匠さまの幻聴がまた聴こえる。
(いや……)
そろそろこれを幻聴と言い張り続けるのも無理があるかもしれない。
こうして死んだ女たちの声が聴こえたり、姿が視えたりする現象は、クスリによる幻覚や幻聴なのだと――俺はずっとそう思っていた。
魔眼によって記憶の中に記録された過去の映像を正確に視ることの出来る自分には、こういう副作用があってもおかしくはないと。
そう思うようにしていた。
だが、以前から過去の記憶にない言動を彼女らがする事例もあったし、なによりここ最近で彼女らが出てくる回数が増えたような気もする。
以前――異世界に居た時は、オーバードーズをして限界まで魔力を酷使した時に聴こえるくらいのものだった。
最近のように日常生活の中で、俺が自発的に過去の記録を再生した時以外で、彼女らが勝手に現れて記憶にない言動をすることはなかったはずだ。
あの港の戦いから特に顕著になっている。
俺が視ている彼女たちは一体なんなのだろうか――
そろそろ真剣に向き合う時なのかもしれない。
物にこびりついた死者の残留思念――
そんなモノがもしも存在するならば。
人にこびりついた他者の残留思念――
それがあったとしてもおかしくない。
実際に似たような現象はある。
悪魔憑きだ。
悪霊が人間に憑りついて身体を乗っ取る。
そういう事例は見たことがある。
二代目のノートには、本来は他の魂の残滓や周囲の魔素と結合して魔物化するはずが、生きている者がその結合に巻き込まれる現象だと、そう説明があった。
だとすると、俺が視ている彼女らは悪霊だということになる。
便器にこびりついた糞にも等しい、現世にこびりついた魂の残滓。
これから俺をも取り込んで魔物と為るのかもしれない。
『ア?』
『は?』
そうすると、俺は彼女たちをお祓いしなければならないのだろうか。
敬虔なシスターであったエルフィの教えに従うのなら、俺は彼女たちの存在を決して赦してはいけないことになる。
『このガキ、マジでよォ……』
『ユウキ、貴方言うに事欠いて……』
ほら、こうして早速怨念を向けてくる。
邪悪なる者どもめ。
だが、待てよ。
仮に俺と彼女らが結合して魔物化するとしたら、中美景橋で遭遇したアイヴィ=ミザリィのようなヒトガタの魔物となるのだろうか。
その可能性が高い。
だが、それは別にいい。
『いいのかよ』
『ユウキ、貴方はまたおかしな思考に囚われています』
しかし、その際性別はどうなるのだろうか。
1対2だ。
女になる可能性が高いのではないか。
『何言ってんだコイツ……』
『ユウキ……』
廻夜部長から読むように命じられた文献の中には、男の主人公が女に変わるジャンルの作品があった。
専門用語でTS(transsexual)モノというらしい。
廻夜部長はこの手の作品に一定の需要と評価を認めていたが、しかし俺にはどうにも受け入れ難かった。
クソガキがルビアのクソ女にいいように抱かれていた時のことを思い出してムカつくからだ。
特にあのバカが酔っぱらって、クソガキに女の服を着せて弄んだ時のことは決して許さない。
クソ、メンヘラの悪霊め、死してなお俺を辱める気か。
やはり滅ぼさなければならない。
『辱めてるのはオマエなんだわ』
『ですがルビア。日本の基準に照らし合わせるとあれは性加害である可能性が高いです』
『アン? 気持ちよかったんだからレイプじゃねェよ。勃起したってことは同意したってことだろ? それにちゃんと抜いてやったのに何で文句言われるんだよ』
『……今日ユウキが痴漢で捕まりかけたのは貴女のせいです』
『違うね。オマエが言いなりになってばっかだったから、アイツが女をナメて調子に乗ったんだ』
『責任転嫁をしないで下さい。殺しますよ?』
うるさいぞ、亡霊女ども。
しまったな、聖剣を持って来るべきだったか。
『オイ、聞いたか? コイツ、場合によってはアタシらも始末する気だぜ?』
『この子はそういう子ですから……』
しかし、いや、待てよ。
彼女らの壮絶な死に様を考えれば、怨念となって現世に遺ることも無理はないかもしれない。
それにその死の元凶たる俺を恨んで、憑り殺そうとするのも自然なことだ。
『いや、だからよォ。そんなこと望んでねェって言ってんだろ……』
『あぁ……、神よ……』
これは少々考えを改めるべきなのかもしれない。
『幻聴かどうかってことはどうでもいいんだよ。それ以前にオマエは人の話を聞けよ』
『最初はあんなに素直な子だったのに……』
俺は彼女らに殺されること――いや、彼女らと一体となることにむしろ喜びを感じるべきなのではないだろうか。
『コイツキメエッ!』
『ユウキ、もうやめなさい。そのような冒涜的なことは神がお赦しになりません』
そうだな。考えても仕方ないか。もうやめだ。
『は?』
『え?』
魔物化するかどうかなど、結局そうなってみなければわからない。
そうなった時に考えればいいか。
それに、魔物に為ったらどうせ俺の理性や自意識など残らないだろう。
それはつまり俺などという存在はもうどこにも居ないということなのだから、そうなった時のことを俺が考えても意味がない。
死後などというものは存在しないのだ。
『コ、コイツ……ッ。また結論ぶん投げやがった。しかもまた最初と矛盾してるし』
『どうしてこういう時ばかりは話を聞き入れるんでしょうね……、解釈を捻じ曲げて……』
それに、死者の残した思念よりも考える優先度の高いものがある。
それは、生きている者の思念だ。
というわけで、じゃあな悪霊ども。
仕事の後で生きてたらまた相手をしてやる。
『オマエが死ね。クソ野郎』
『まぁ、ユウキが生き残ってくれれば私はそれで……』
『だからそうやって甘やかすなって言ってんだよ。オマエがちゃんと文句を言わねェから――』
『アナタたちがそうやってパワハラやセクハラをしたからこの子は――』
弥堂が思考に潜らせた意識を浮上させると、二人の声が遠ざかっていく。
これでは彼女らが自分の前に現れたのではなく、自分が彼女たちに会いに行ったようではないかと、弥堂は心中で苦笑いを浮かべた。
しかし、感傷はすぐに切り替え、先程とは別の方向へ意識を――思念を向ける。
そうして、相手へと呼びかけた――