<――でも、本当に大丈夫? ほんのちょっとでも考えちゃったらアウトだよ? 海外の人って日本の女の人よりそういうのに厳しそうじゃない?>
一頻り弥堂のノンデリ加減を叱ってから、ウェアキャットはなおも真剣な声音で確認してくる。
それではまるで、こちらが四六時中女と見たら性的な目を向けているようではないかと、弥堂は気分を害した。
<しつこいな。飢えた囚人でもあるまいし、女を前にしていちいちそんなことを考えるか>
<ホントに? 『カワイーなー』とか『キレイだなー』とかもキワドイよ?>
<女なんてどうせ中身はゲロみたいに汚ねえんだから、女を見てそんなことを思う訳がない>
<……はい、アウト>
ジト目を向けられているような感覚が思念から伝わってくる。
弥堂はムッとした。
<揚げ足取りだ>
<揚げ足じゃないんだよなぁ……>
<こちらが失言するまで質問を繰り返すのはフェアじゃない>
<ホントに気をつけてよ? オッパイおっきいから乳輪もおっきいのかなとか、そういうヤバイこと考えないでよ?>
<何を言っている? 普通に考えろ。女性を見ただけでそんなことを考える人間がいるわけがない。居たとしたらそいつは異常者だ>
<うん……っ! “フツー”は、ね! “フツー”はっ、そんな異常な人っ、いるわけないよね……っ!>
<安心しろ>
弥堂は相棒に安心を促す。
しかし伝わってきたその思念からは、他人を安心させるような誠実さがカケラも感じられなかったので、ウェアキャットは一層不安になった。
<お願いだから“
<問題ない。俺のクラスメイトに、何かにつけて『セクハラだ』『痴漢だ』と喚くクソのような当たり屋女が居るんだが。最近そいつと接する機会が多かったおかげで、うるさい女の扱いのコツはわかっている。任せておけ>
<………………あっそ。全然期待出来ないけど、精々頑張って。ボク知らないから>
お前のことなど知ったことかと弥堂は内心で見下し、ここからは自分のしたい話に変えることにする。
<そんなことよりも――>
<ん?>
<お前の能力で俺の状況を把握できると言っていたが、それはどのように伝わっているんだ?>
先程考えようとしていた重要なことを聞き直した。
メロの視界共有――あれと同じなのではないかと疑っている。
あの使い魔の視界共有も“視界”と言いながら、弥堂の見ている映像だけでなく希咲との会話内容もメロやエアリスに伝わっていた。
三下サキュバスの魔法で出来ることなら、加護で出来たとしてもおかしくはない。
それを警戒している。
<んー……>
ウェアキャットは少し言葉を探してから質問に答えた。
<ボクの能力で“MAP作成”みたいなのがあるって言ったじゃん?>
<言っていたな>
<あれって周辺の地形やら建物やらをボクにだけ見えるMAPにするって感じで、その範囲内に居る人の気配も視覚化できる……って、この説明でイメージつく?>
<なんとなくは>
弥堂は、Y'sに作らせた『M(ikkoku) N(etwork) S(ervice)』のアプリで表示されるMAPを思い浮かべながら頷いた。
<んで、当然キミの居場所も把握してるんだけど。さっきテレパシーを繋いだからキミのことは、何て言ったらいいかな……。ボクのパーティメンバーとして特別なマークが付いてる。これでわかる?>
<なんとなく。つまり、“マッピング”と“索敵”と“通信”の能力が全てリンクしているということか?>
<そうそう、そんな感じ>
大体の想像は出来た。
だが、弥堂はそれを信じていない。
3つの能力がリンクして1つに為っているのではなく、1つの能力で3種類のこと全てが出来ている。
“
先日大悪魔であるアスも言っていたが、“
聖剣エアリスフィールのようなモノは例外中の例外だ。
だが、今のウェアキャットの説明は、その『世界』のルールを逸脱した。
“
加護持ち=ギフテッド。
これらはまだ仮説なので、ただちにウェアキャットが嘘を吐いたと断定は出来ないが、今の情報を喋らせたのは一つの成果だ。
<で、俺の状況がどういう風にわかるんだ?>
<あ、うん。さっきも言ったけど、なんとなくふわっと?>
<ふわっとした答えだな>
<なにそれギャグ? そうとしか言えないんだからしょうがないじゃん>
ここの答えは変わらなかった。
<俺の眼に写っているものが、お前にも見えているわけではないのか?>
<え? ……うん。そういうわけじゃないよ>
<へぇ>
嘘を吐いているようには感じなかったが、当然これも信じない。
仮に弥堂が相手の立場だった場合、本当のことを言う理由などないからだ。
だから嘘を吐かれること自体は別に構わない。
一度嘘を吐いた人間のことを二度と信用しないと言うつもりもない。
一度目の手前――
そもそも最初の時点から誰も信じてなどいないからだ。
とはいえ、見えているのか見えていないのかという、事実の確認はしておくべきだろう。
パッと瞼を開けて、スッと立ち上がる。
「ん? どうした?」
仮眠をしていると思ったら徐に直立した弥堂をダニーが訝しむ。
弥堂はそれを無視して両手を丹田へと近付けた。
「なんだ? なにしてる……?」
ダニーだけでなく他の隊員たちからも不審な視線を向けられながら、弥堂は無言でカチャカチャとベルトを鳴らす。
<え? ちょ、ちょっと……?>
全ての声を聞き流して、弥堂は下着ごとズボンをズルっと下ろした。
「「「「――――ッ⁉」」」」
<――――ッ⁉>
唐突で意味不明な暴挙に声なき声が揃った。
屈強な戦闘員たちがズザザザっと引いたのが気配でわかる。
だが、そんなことはどうでもよく、弥堂は下へと意識と視線を向けた。
あらゆる戒めから解放された己の陰部を、ただジッと見る。
すると――
<――ぎゃあぁぁぁーーッ⁉>
絶叫が頭の中に響く。
幸い思念なので鼓膜を損傷させることはなかった。
ただ不愉快なだけだ。
(チッ、やっぱり見えてんじゃねえか)
思念には乗せずに毒づく。
だが、それならそれでもういい。
例えそうであったとしても、やることは変わらないからだ。
事実を事実として確認出来たので、思考を切り替えて弥堂は顔を上げる。
そうしたら――
「――フリーズ……、動くなよ? ブラザー」
「…………」
何故か緊張感を浮かべた顔でダニーが拳銃を構えていた。
他の隊員たちを見ると、彼らもまた警戒するようにして、だが僅かに戦慄したような表情を浮かべている。
誰かがゴクリと喉を鳴らした音を聴きながら、弥堂はダニーが向ける銃口をジッと視た。
銃器との戦闘経験はないが、だからといってこの程度のことで恐れるような弥堂ではない。
軍人の構える銃の前であっても、その心も玉袋も萎むことはない。
正々堂々と胸を張り、股から生えたピストルも何一つ憚らなかった。
これこそが大和魂だというのだろうか。
そのあまりの勇猛さの前に、隊員たちはさらに動揺する。
誰かが「ジーザス……」と神の名を呼んだ。
弥堂は真っ直ぐにダニーを視る。
「ダニー、どういうつもりだ?」
その問いにダニーは僅かに踵を下げた。
「どういう、どういうつもりだと……? それはオレが訊きたいぜ。どういうつもりだマッドドッグ?」
「なんのことだ?」
逆に問い返され、弥堂は眉を寄せる。
ダニーは慎重に犯人の主張を訊ねた。
「……何故、脱いだ?」
「なに?」
「何故、唐突に下半身を露出したのかと、訊いている」
「…………」
そういえばズボンを脱いでいたなと、もう一度露出したままの自分の局部を見てみる。
<見るなバカーーッ!>
確かにダニーたちからしてみれば、弥堂のことは突然露出行為を働いた不審者に見えてしまうだろう。
これから仕事をする上でそのような誤解を受けたままではよくない。
なので、弥堂は弁明を試みることにした。
「すまない。寝ぼけていたようだ。便所に居ると勘違いをして脱いでしまった」
「…………」
ダニーは目を細めて犯人の言葉の正当性を考える。
まだ銃は下ろしていない。
「……わかった。ブロウ。オマエの主張を受け入れる」
「そうか。感謝する」
「受け入れる。受け入れるが……だが、その上でだ。言っておくことがある」
「なんだ?」
弥堂は恥部をオープンに、相手の主張も受け入れるために訊く。
「確かにここにはクズしかいない。性犯罪を犯した者も」
「お前もだろ」
「茶化さないでくれ。オレはマジだ」
「そうか。で?」
「色んなヤツがいる。だが、ここにはホモやゲイはいない。残念ながらな」
「別に残念ではないが?」
だが、彼が何を言いたいのかはさっぱりわからず弥堂は不可解そうな顔になる。
同じ言語で会話が出来るとはいえ、やはり元の文化や人種の違いが作る壁を越えて意思を通じ合わせるのは中々に難しい。
異世界帰りの男は改めてそんなことを思った。
「そうか。なら、いい」
「わかってくれて嬉しいよ」
「あぁ、オレも誤解が解消できてハッピーだ」
よくわからないがどうやら許されたようだ。
しかし、ダニーはまだ弥堂に銃口を向けたままだ。
「オーケー。いいか? ブロウ。オーケーだ。落ち着いてくれ。落ち着いてソレを仕舞うんだ。ゆっくりとだ。急な動きを見せるなよ?」
「わかった。今から俺は着衣をする。ちゃんと見ておけ」
<え? なんなの? この会話……>
頭の中の幻聴を聴きながら、弥堂は衆人環視の中でゆっくりとパンツとズボンを穿いた。
「…………」
ベルトの金具が鳴らす音が止んでから数秒後、ダニーはようやく拳銃を下ろした。
だがその視線は弥堂に固定したままで、銃を持つ手の指も引き金に近い位置に置かれたままだ。
「騒がせて悪かったな。俺はもう一度仮眠し直す。なにかあったら声をかけてくれ」
「……ションベンはもういいのか?」
「あぁ。銃なんて向けられたからビビッて引っ込んじまった。笑えるだろ?」
「あ、あぁ……」
誰一人クスリとも笑わない中、弥堂は床に座り直して先程と同じ姿勢で瞼を閉じた。
その姿勢は他者からは、己の股間を凝視しているようにも見えて、部屋の空気はしばらく緊張したままだった。
<バ、バカ……、ホント、バカ……ッ!>
<うるさい黙れ。死ね>
弥堂は嘘吐きを端的に罵倒してそれ以降は黙る。
こうして、何処に居ても空気を滅茶苦茶にする男は仕事仲間とのコミュニケーションを終了し、会話のなくなった部屋の中で時間が経過することを待った。