「――ワタシの家はね、魔術師の家系だったの……」
ミラーが自身のことを語り出す。
弥堂はその内容に少し意外だと感じた。
ここ最近でこの世界の“そっち側”の情報が断片的に集まってきた。
異世界では常識だった魔術や魔法や加護。
こちらの世界でもそれらは存在していて、しかしそれらは表社会の裏でひっそりと受け継がれてきていた。
各国家が所持・管理するチカラとして。
アメリカはその分野に於いて後進らしく、だから在野の加護持ちや魔術師などをスカウトしている。
その情報から思い違いをしていたことに弥堂は気が付く。
まず、体系として確立した超常の技法を扱う魔術師などの存在と。
そういった出身ではなく、ある日突然加護に目覚めた――実際には生まれつき加護を持っていた存在たち。
この二者を完全に別物として考えてしまっていたことだ。
一般人として生活していたところ突然加護が目覚めて、そして“そっちの世界”にスカウトされる。
これは確かに多くの事例があるだろう。
だが、元から“そっちの世界”だった者が加護を持って生まれることだって当然あるはずだ。
というか、異世界では魔術が一般的だったのでそれが普通だった。
なのに、何故かこっちの世界では魔術師と加護持ちを隔絶した存在だと思い込んでいた。
魔術師の家から加護を持って生まれる人間だって当然存在するはずである。
このジャスティン・ミラーのように。
「……“だった”とは?」
「落ちぶれちゃったのよ。代を重ねるごとに魔術師としてのチカラが弱くなっていって。今では一般人と変わらないわ」
ミラーは気にした風もなく笑いながら答えた。
その顔を弥堂はジッと視る。
恐らく嘘はない。
彼女から目立った魔力は感じない。
「アメリカにはその魔術学校とやらは無いのか?」
「そうね。私塾程度の規模ならあると思うわ。だけど大きな規模と権威を持ったものは残っていない」
「へぇ。お前らって滅茶苦茶金持ってんだろ? なんで潰れちまったんだ?」
「一言で説明するのは難しいわね。私たちの国の良い所も悪い所も、どっちもクローズドなオカルト分野と相性が悪かった――ってところかしら」
「よくわからないな」
少し言葉を濁したミラーの説明に弥堂はピンとこない。
中学中退の底辺ニホンザルはアメリカのことを碌に知らないからだ。
なんか金と核持っててエラそうで戦争が強い――というのが、弥堂の持つアメリカについての全知識だ。
「魔術は宗教と密接よ」
「キリスト教ってことか?」
「ワタシたちだとそうね。日本だと仏教や神道よ。宗教ごとに魔術の流派が変わる様なイメージかしら」
「へぇ。アメリカって宗教は流行ってないのか?」
「流行りっていうと変だけど、そんなことはないわ。広く浸透しているわよ」
「なのに魔術だけ廃れちまうのか?」
この話には少し興味もあった。
この世界には魔法や魔術が実は存在していた。
だが、それを扱う者――つまり魔術師などが極端に少ない。
だから魔力運動が行われることが少なく、それによって大気に満ちる魔素が活性化されない。
なので、それらが活発だった異世界に比べてこの世界はどこか不健康な状態にある。
そんな魔素が少なくて不健康な世界で生まれた存在の持って生まれる魔力は自然と少なくなる。
前回の魔法少女事件を通して、異世界人である弥堂とエアリスがこっちの世界について立てた仮説がこの“悪循環”だ。
そのあたりの話が聞けるかもしれないと、ミラーの言葉に耳を傾ける。
「アメリカではね、統一された定義の元に魔術を学問として、永く体系として継承しながら広く行き渡らせることが出来なかったのよ。それには主に3つの要因があります」
「…………」
「キリスト教の宗派。大統領制。それから連邦制。他にもあるけど、大雑把に説明するならこの3つね」
「…………」
「まず、魔術などの技法や、ギフトなどの異能は教会の既得権益だと考えて。アメリカのキリスト教はプロテスタントが多いから、それぞれの教会に独立した自治権がある。それぞれが聖書を自由に解釈できるの。つまり魔術などの扱いや継承もそれぞれで決める自由が権利としてある。だから扱い方などの技術、概念や定義が統一されないの。これはわかるかしら?」
「あぁ」
「そこにさらに連邦制――つまり州ごとの独自性も重なるわ。隣の州に一歩でも入ったら合法が違法に変わったりするように、法律から異なってしまう。なら魔術は? と考えれば答えは言うまでもない。そうよね?」
「キミの言う通りだ」
「それから、大統領制。大統領が変わると要職を新たに任命し直したりする。簡単に言うと大統領が変われば他の偉い人も変わるってことね。アメリカの歴代大統領はほとんどがプロテスタントよ。だけど、何人かカトリックの人がホワイトハウスの椅子に座ったこともある。そうすると、国内のプロテスタントではなくカトリックが優遇されるようになる。それは当たり前よね?」
「そうだな」
「回数としては多くないけれど、その度に各プロテスタントの教会の支援と実権が弱められて滅茶苦茶になってしまう。任期の間耐えてもその後元に戻すのにも体力が必要になる。と、まぁ。そういった要因から現在に繋がっているわ。もっと詳しく教えてあげることも出来るけど、ここまでにしておいてあげる。ふふ、『聞かなきゃよかった』って感情が見えてるわよ? 一応今言ったので一般常識程度の知識には足りるから覚えておきなさい」
「キミは素晴らしいな」
弥堂はオートモードで対応した。
別に今真面目に聞かなくても、聞こえてさえいれば記憶の中に勝手に記録されるからだ。必要になった時にそれを再生すればいい。
決してよくわからない勉強的な単語が出てきて生理的に拒否反応がでてしまったからだったり、言っている意味がわからなかったりしたわけではない。
心の中でそう唱えながら弥堂は知性を戻した。
「なるほど。よくわかったよ。それは当然のことだな」
「ふふ、そうね」
ミラーは見透かしたように微笑む。
「あとは、そうね……。これはアメリカだけじゃないのだけど、現代的で世俗的な事情だと。オカルトが経済に直結しないからというのもあるわ」
「金にならないってことか?」
「そうよ。まず、誰にでも出来ない。そして、誰にでも売ることが出来ない。大昔で市場が頭打ちしているのよ」
「それはよくないな」
「そうね。独占市場ではあるけれど合法的な受注先はごく限定的。さらに強力な各宗教組織がそれを受注して振り分ける既得権益を握っている。おまけに、特別な才能が必要なのに秘匿されているから世間的な称賛は得られない。こんな業界廃れて当然ね。自由と経済の国であるアメリカでは特にね」
「それは当然だな」
「あら? 納得していないようね?」
言葉とは逆の感情を弥堂から読んだのだろう。
ミラーは面白がるような目を向ける。
「いや、別に」
「大丈夫よ。間違っていても怒らないから言ってごらんなさい。思っていることを口に出して、その都度正否を確認していくのは重要よ。間違っていたら修正すればいいだけなんだもの」
「そうか。じゃあ……」
それは『次が必ずあると勘違いしている馬鹿の考えだ』と頭の中で思わないようにしながら、弥堂は先程思ったことを口に出す。
「金にならないという話が納得出来なかったんだ」
「そう。どうして?」
「だって、カルトって儲かるだろ?」
「…………」
出来の悪い生徒の回答にミラーさんは一瞬フリーズした。
「え、えぇっと……?」
「居もしない神を信じるような馬鹿を騙して金を巻き上げるのが宗教って商売だろ? しかも国のお墨付きだってんなら、全国民に詐欺商品を毎月売りつければいいじゃないか。金を払えない者や抵抗する者は刑務所にぶち込んで財産を巻き上げればさらに儲かる。借用書にサインすることを条件に釈放すれば、その後の人生での稼ぎを搾取することだって可能だ」
「ま、待ちなさい……。もしかして怪しい新興宗教のことだけじゃなくって、この世のありとあらゆる宗教のことをそう言っているの?」
「あぁ。独占で既得権益はたくさん儲かる。だって金を独占できるからな。信仰に税金もかければいい」
「な、なんてことなの……っ」
日本の頭の悪い男子高校生の暴言に、部屋の中に居た全ての大人たちが絶句する。
何人かは神の名を呼びながら十字を切る仕草も見せた。秘書官のエマさんは十字架を持って懺悔をしている。
弥堂は視点を動かさないようにしながらそれらの様子を視た。
どうやらここに居る全員――素知らぬ風に立っていただけの者までもが日本語をわかるようだ。
ただその事実だけを記憶に留める。
「マッドドッグ……、アナタ――」
「――悪かったよ。冗談が過ぎた」
「え……?」
真剣な怒りを見せるミラーが喋り出す前に、弥堂は軽く肩を竦めて詫びを入れた。
ミラーはその謝罪の真偽を読んで困惑する。
「全部の宗教をカルト扱いは言い過ぎた。デカくて有名で信者の多い宗教は正しいよ。強いからな」
「な、なにを……」
「だが、小さくて誰も知らないカスのような宗教は別だ。なんか怪しいからな。俺はカルトが嫌いなんだ。心底軽蔑している」
「アナタ何を言っているの……?」
続けた弥堂の言葉に、部屋の中は絶句だけに留まらず空気までもが冷える。
サイコメトリー能力を持たない弥堂でもそんな風に感じた。
「カルトのヤツに出会ったら口汚く罵ってやらないと気が済まないんだ。俺は必ずそうするようにしている。『お前の人生がゴミなのはお前の信じている神がゴミだからなんじゃないのか?』って」
「マッドドッグもうやめなさ――」
ミラーは弥堂の暴言を制止しようとする。
だが、気付いた。
口汚い罵詈雑言を吐きながら、そこに何の感情もないことを。
弥堂はミラーへ視点を固定しながら、他の者たちを視ている。
そうしながらなおも続けた。
「さらにこれも言うようにしている。『そんな神本当は居ないんじゃないのか?』『どうせ神を名乗る悪魔を信仰しているんだろ。この異端者め』と。カルト宗教なんて麻薬と一緒だ。その信者は人類社会のガン細胞だ。ブン殴って踏みつけてやりながらそう罵ってやるのさ」
「…………」
ミラーよりも後ろの部屋の隅に立つ男。
その男の表情筋と眉が僅かに動いた。
アジア系の人種だ。
弥堂はその男の“
「悪かったな。もういいぞ。思ってることを言ったら気が済んだ」
「アナタ……」
ミラーは窺うように弥堂の顔を見ながら、触れている手を意識した。
「さて、俺は間違っているか? それなら修正するが」
「…………」
「ジャスティン……、あの……」
ミラーが少し考え込むと、秘書官のエマが声をかけてくる。
今のやりとりを記録に残すか伺いを立てているのだ。
「……構わないわ。記録して。エマ」
「……了解。指揮官」
ミラーはそう指示を出した。
弥堂はまるで悪びれずに肩を竦める。
「なんだ? 後で裁判にでもかけられるのか?」
「フフ、それは成果次第ね」
「なるほど。それはフェアだな」
「えぇ。そうよ」
ミラーは弥堂を咎めることはせず――だが、許すこともせずに余裕のある笑みを返した。
「それじゃ、話を戻すわね」
「あぁ。アメリカに魔術の学校がないからイギリスに行ったってことだったな」
二人は何事もなかったかのように話を再開する。
周囲の者達はそれに戸惑う。
だが、それを口に出す権限は任務中の彼らにはない。