周囲の雰囲気を余所に弥堂とミラーの会話は続いている。
「ワタシの家の祖先はね、イギリスからアメリカ大陸に入植してきたの。だから元々はイギリスの魔術師の家系だとも謂える」
「その伝手で留学を?」
「えぇ。そっちでも名家だったらしくてね。両親やお爺様が無理を言ってなんとか入学を認めてもらったわ」
「無理? 魔術師の血脈でも誰でも入れるわけではないのか」
「そうね。才能だったり国籍だったりで色々と壁はある。ワタシの家も代々そこに通うようにしてきたわけじゃないし。でも、血の衰えを止める為に出来ることは何でもしないと――そう考えるところまで来てしまった」
「魔術師の家としての力や権威を取り戻すためにか」
「そう。だけど国内にそれを学べる権威のある機関や施設はないから……」
「だから留学、か――」
それは自然な流れではあるし、弥堂にもイメージが出来るものだった。
弥堂が渡った異世界にも魔術院なる魔術の学術組織があり、各国に学院を開いていたからだ。
その学院は当然教会の監視下に置かれるし、設置する国からの助成を受けて運営されるので、それぞれの場所で色が異なる。
もちろん、弥堂が所属していたグレッドガルド皇国にもその学院はあり、国内の貴族の子女たちや才能ある者たちがそこで魔術を学んだ。
大魔導士であるルナリナもそこの出身だ。
今聞いた話と少し違うのは、グレッドガルドでは国外からの留学に関して、扉を広くオープンにしていた点だ。
セラスフィリアは国内の魔術院に金とそれ以外の支援を惜しみなく注ぎ、むしろ他国の者達が是非とも通いたいと思えるくらいに発展させていた。
そんなことをすればスパイの入り口になるだけだが、セラスフィリアは逆に留学してきた者達をスパイに変えていた。
コンプレックスを抱えた者の弱みに付け込んで洗脳したり、弱みのない者は陥れて弱みを作って脅迫する。
そんなことが行われていた。
他国の貴族相手には主に後者だ。
日常生活の中で『キミたちは選ばれた特別なモノだ』という思想を植え付け、そして選ばれたモノにだけ許される特別な“遊び”に誘い込む。
教会が敵視する『違法な薬物』や『奴隷遊び』など。
そういった性行不良に興じさせ堕落させ、そしてそれを弱みとして握るのだ。
当然セラスフィリアが直接行うわけではない。
どこの学校にもいるような、クラスメイトを悪い道に誘う浅はかな生徒。
常にそういう工作員を学院内に潜り込ませている。
そんな学院を卒業する頃には、世間知らずな魔術師の坊ちゃん嬢ちゃん達はすっかりと世間の厳しさというものを知り、そして立派なスパイとなって国へと帰っていくのだ。
帰国後もしも命令に背いたり無視をしたりすれば、教会にタレコミをされて一族ごと異端審問を受けることになる。
当然タレコミを受ける窓口の者は買収済みだ。
(クズ女め……っ!)
なんて卑怯で恐ろしい女なのだと弥堂は心中で憤る。
「あら? なにか、怒ってる……?」
「いや、そんなことはない」
グレッドガルド皇国の環境に照らし合わせてみると、このミラーはイギリスのスパイだということになる。
「怒ってるんじゃなくて、疑ってる……? 今の話になにかあった?」
「いや。何でもない」
女なんてみんな嘘つきなんだから生まれた瞬間からスパイみたいなものであり、だから気にしても意味がない。
そんな風に考えるようにして、弥堂は話題を変えた。
「気になったんだが」
「なにかしら?」
「イギリスの教会はプロじゃないということか?」
「……ん? なんですって?」
弥堂の言っていることの意味がわからず、ミラーは眉を寄せる。
「さっきアメリカの教会はプロだから魔術の学校がダメだとか言ってただろ。ということはイギリスはそうじゃないから学校があるということになる。プロがダメで、アマチュアならいけるということの意味が俺にはわからんのだが」
「もしかしてプロってプロフェッショナルのことを言ってる?」
「アンタがそう言っただろ」
「いや、プロテスタントよ。二文字しか合ってないじゃない。アナタどんな理解でさっきの話を聞いていたの?」
「……ジョークだ」
話を聞いていなかったことがバレるので弥堂は知ったかぶりをした。
サイコメトリーにより、それを見破ったミラーさんはジト目になる。
「キリスト教には宗派がたくさんあって、その中でも『カトリック』『プロテスタント』『正教会』の3つが三大宗派とされる。これくらいは世界の常識でしょ?」
「そうなのか」
「日本の学校でだって習うはずよ」
「いや。日本はキリスト教の国じゃないから関係ない。我々のボスはブッダだ」
「……仏教はインドが発祥よ?」
「もちろんだ。世界の常識だ。だがキリストは習ってない」
「そんなわけないでしょう。世界史に深く関わるんだから」
勉強の話をされて小卒の社会不適合者は不機嫌になった。
「そんなことはない。俺が学校の世界史で習ったのは、『日本人は悪党で戦争の犯人だから未来永劫世界中に謝罪しなければならない』ということだ」
「ま、また極端な……」
触れづらい話題を出されて、弥堂の不勉強を追及するミラーの語気が弱まる。
弥堂はしめたとばかりに攻勢に出た。
「あとは、『その悪党を止めるためにアメリカ様が核を撃って下さったから感謝をしろ』とも教わったな。たくさんの先祖ごと日本を焼いてくれてどうもありがとう。それについてどう思う?」
「言い方に悪意がありすぎるわね」
「お前らが俺たちの教科書にそう書かせたんだろ」
「……諸説あるわね」
ミラーがスッと視線を逸らすと、弥堂は追撃のために記憶を探る。
何か他にも相手の嫌がる過去の事実はなかったかと。
「あと、アレだ。お前らなんかヤバイ菌のついた毛布をインディアンにプレゼントだとか言って渡して皆殺しにしたんだろ? 申し訳ないと思わないのか?」
「そ、それはワタシたちじゃなくてイギリスのやったことよ」
「つまりお前の先祖だろ? さっきイギリスから乗り込んできたって言ってたよな?」
「な、なんてことなの……ッ。この話の流れだとそういうことになっちゃうの……⁉ なんなのアナタ……ッ」
日本の高校生の言いがかりスキルの高さにアメリカ人のミラーさんは戦慄した。
女を一人黙らせたので、弥堂は次の女に目を付ける。
「おい」
「な、なにかしら……?」
ジロリとした眼を向けられて、黒人女性のエマさんは愛想笑いを引き攣らせた。
「お前らの祖先ってこいつらにアフリカから攫われて、インディアンから奪ったアメリカに突っ込まれたんだろ? どう思ってんだ?」
「ど、どうって?」
「お前の上司の祖先のせいでお前のルーツが歪められたかもしれないぞと言っているんだ」
「ちょ、ちょっとやめなさい。エマ、答えなくていいわ」
あまりに常識を外れた弥堂の物言いにミラーは慌てて止めに入る。
だが、エマはそれを静かに制して首を横に振った。
「大丈夫よジャスティン」
そして冷静な目で弥堂と目を合わせる。
「祖先のことやこれまでの差別などの報復に、私がスパイとして潜り込んでいる。貴方はこう言いたいのかしら? マッドドッグ」
「さぁ? 俺は何も知らない。過去の歴史の事実も、お前の真実も。だが、お前はお前のことをよくわかっているんじゃないか?」
「マッドドッグ! アナタ、エマを疑ってそんなことを言っているの⁉ エマは問題ないわ! だから彼女を貶めるようなことを言うのはやめなさい!」
「ジャスティン。いいから黙っていて」
エマは再びミラーを落ち着かせてから弥堂へ答えた。
「世界には色々なことがあって、私たちにもそれぞれ異なる色々な事情がある。だけど、複雑に異なる色々な私たちは今ここで同じ場所に集まっている。それは何故?」
「…………」
「仕事のためよ。一つの共通した目的のために集まり、同じ成功を目指している。私はプロよ。私にはそれが出来る。そして私はそれを行う。違う人と協力が出来る。だからここに居る。貴方は違うの? マッドドッグ」
「オーケーだエマ。アンタはプロフェッショナルだ。悪かったな」
「いいのよ。でも過激な発言は慎んであげて。ジャスティンが驚いてしまうわ。彼女、これでもお嬢さまだから」
「あぁ。悪かった」
「ちょっとエマ……!」
エマは冷静で優秀な秘書官のようで、弥堂を丁寧に窘めた上にジョークも交えて場を和ませた。
なのでミラーも強く非難することが出来ずに、視線で弥堂に抗議をする。
「どういうつもりなの?」
「終わった過去の話を蒸し返すのはやめよう。俺たちはプロだ。さぁ、続きを教えてくれ」
「…………」
まるで悪びれた様子のない弥堂に溜息を吐き、ミラーはプロ意識を総動員して切り替えをした。
「えぇっと、宗派の話だったわね」
「あぁ」
「簡単に説明するわ。キリスト教は元々『西方教会』と『東方教会』の2つに別れていた。この『東方教会』が後に『正教会』になるんだけど、今回こっちのことは考えなくていいわ。『西方教会』が『カトリック』でこれが分裂して『プロテスタント』と2つに別れたと覚えて」
「キミの言うとおりだ」
「……? どの宗派も最も重要視するのは『神』よ。その次に何に重きを置いているかが違いになっている。『カトリック』は『神』の次に『教会』に重きを置いている。『プロテスタント』は『聖書』ね」
「……逆じゃないのか? さっき『プロテスタント』は教会ごとに独立してると」
「『教会』の意味が違うの。『カトリック』における『教会』とは“組織”そのものであり、つまりそこのトップであるローマ教皇ともほぼ同義になる。『プロテスタント』にとっての教会はただの建物に過ぎない。それは教会建物の見た目の豪華さの違いによく表れているわね。独立した自治が認められるのは、『聖書』を手に取った人それぞれがその中身を独自解釈することを許されているという点に由縁しているの」
「なるほど」
カトリックにとっての『教会』とは教皇が支配する組織全体という概念。
それはどこか弥堂が渡った異世界に存在していた教会と近いように感じた。
「それが魔術にどう影響するかというと、カトリックは聖書を教会が解釈しそれを教義とする。信徒はそれに従う。一方でプロテスタントはそれぞれで解釈して独自に研究をする」
「待ってくれ。聖書が魔術の原典のような扱いなのか?」
「それに近いわね。だからどっちの宗派の魔術師かによって、魔術との向き合い方が異なるわ。カトリックは聖書に記された現象の再現を目指し、プロテスタントはそれを基にし参考にした上で先への進化を目指す。ちなみに、正教会は原理主義よ。これとカトリックとの違いはわかる?」
「……そうか。カトリックは原理主義のようではあるが、教会の教義によってそれをいくらでも都合よく捻じ曲げられる」
「その通り。そういう理解は早いわね」
「どうも」
弥堂は誉め言葉を適当に聞き流す。
今の説明に何か思うことがあった。
事実を疑っているわけではない。
ただ、なにか不快感を覚えていた。
「あともう一点重要なことを教えてあげる」
「なんだ?」
「今のでカトリックとプロテスタントでの魔術師の在り方が違うことはわかったわよね?」
「あぁ、なんとなくは」
「考え方や捉え方だけじゃなく彼らは明確に違う存在なのよ」
「どういう意味だ?」
眉を顰める弥堂にミラーは教鞭でもとるように機嫌よく話す。
「カトリックでは魔術師のことを魔術師とは呼ばないし、彼らも名乗らないの。魔術師というのは一般的にはプロテスタントの者だと考えてちょうだい」
「何故だ?」
「魔術師は自認なの。自分は魔術師であり魔術を扱う者。魔術は技法であり、それは信仰とは切り分けている。プロテスタントの魔術師はこう考えるのよ」
「カトリックは?」
「カトリックでは、魔術は神の奇跡の再現であり、その力は神に能えられたものと考える。神の許しを得て魔術を使っている。信仰と直結しているの」
「戦闘員も研究者も教会組織に所属しているということか」
「そう。そんな彼らは普段は神父やシスターとして生活し、ウラではエクソシストと名乗っているわ」
急激に詰め込まれた情報が、最近得た知識と結びつく。
「だが、彼らだけじゃなくプロテスタントの魔術師や、俺のようなモグリやアンタのような“
「フフ、そうね。そこから何がわかる?」
「この業界ではカトリックの教会組織の影響力が一番強い」
「正解よ」
(そしてコイツらはそれを“ゴーストバスター”に変えたがっている)
なんとなくウラの世界の関係性が弥堂にも見えてきた。
「そんなカトリックの代表的な国はイタリアやフランス。そしてワタシが留学したイギリスはプロテスタントよ」
「だが、プロテスタントでは魔術は学問として発展しないと言ったのは?」
弥堂は先程気になった点を訊ねる。
「イギリスは少し特殊なの。あそこはプロテスタントなんだけど、それを主導しているのが王室なのよ」
「……国まるごとが教会組織になっているのか」
「少し語弊があるけど、今はその理解でいいわ。だから王立の魔術学院があって国がそれを経営しているの」
「それなら廃れようがないか」
「やっぱり組織として一纏めに舵を切れるのは強いわね。プロテスタントの魔術としてはイギリスは最精鋭と云ってもいいわ」
「へぇ」
「最近じゃ中国と裏で握って“
「そうか」
弥堂は過去の経験に当て嵌めて参照してこの世界の解釈を試みる。
カトリックの魔術師は異世界の一般的な魔術師だ。
教会が監修した魔術院が広める魔術を使う。
何が禁忌かは教会が決める。
原理主義というのはルナリナだ。
二代目勇者の魔導書の解読と、彼の魔法の再現を命題としていた。
過去の御業の再現という点ではカトリックの魔術師に近いようにも思えたが、恐らく二代目の魔法のほとんどは教会の禁忌となる。
彼女の探求心にはそこを踏みとどまるブレーキがなかった。
そしてセラスフィリアはプロテスタントに近い。
彼女自身も優れた魔術師ではあったが、魔術を使うことにも究めることにも拘らなかった。
あくまで皇女である自分がまず居て、そんな自分が国も教会も魔術も、使えるものは何でも都合よく使う――あれはそういう非道な女だ。
そう受け止めると、なんとなくこっちの世界の魔術師たちのイメージがついた。
意識せず、敵愾心が湧く。
広義では魔術師だとも謂える弥堂のその意が向くのは過去の怨念か、それとも未来の敵か――