「――同じサイコメトリーと呼ぶのは何故だ?」
弥堂はもう一つ重要なことをミラーに確認する。
「どういう意味かしら?」
「さっき聞いたアンタとは別のサイコメトリー能力者。確かに能力の種類は似ていると思うが、全く別の能力のようにも思える。その二つをどうして同じ“サイコメトリー”と呼ぶんだ?」
「あぁ、そういう意味ね……」
ミラーは片手を弥堂の手から離してマグカップを持ち、コーヒーで唇を湿らせる。
マグカップに付着したルージュの痕を弥堂がジッと視たところで、ミラーは話し出した。
「ワタシの出来ることを羅列していって、過去の事例と照らし合わせた結果、サイコメトリーの一種と認定された。ただそれだけの理由よ」
「へぇ」
それは意外な答えではなかった。
異世界に存在した“
「ワタシの先輩は対象が強い印象を持った『静止画』が見える。ワタシはさっき言ったとおり対象の『感情の色』と『それの向かう方向』が見える」
「前者は記憶。アンタのはリアルタイムな心理を見る。別物だ」
「そうでもないわ。先輩の場合も、ワタシと一緒で質問を投げかけ、その瞬間対象が浮かべた絵を見ることが出来るわ。逆に、ワタシも死者から強烈な思念を読み取れることもある」
「なるほど。そう説明されると同類に思えるな。俺のはどう見えた?」
流れで質問を繋げて見ると、ミラーは少し難しい顏をする。
答えが解らないというよりは、答えるかどうかを少し逡巡しているように弥堂には視えた。
「……アナタのは凄く読みづらかったわ」
「へぇ」
しかし、彼女は答えることにしたようだった。
「人の感情は水面のようなの。そこに外からの刺激を受けると石を投げ込まれたように波紋が立って色づく」
「なるほど。さっき俺のは蝋燭の火だと言っていなかったか?」
「えぇ……。多くの人は水面に見えるくらい一面で広いの。でもアナタは色のある部分がそう表現できるくらいの大きさしかなかった」
「あぁ、言葉どおり水や火ってわけじゃないのか」
「そうね。あくまでワタシが受けた感想よ。アナタはまず無が在る」
「矛盾していないか?」
山を見たら山だと思い、海を見たら海だと思う。
花を見ても花だとしか思わない。
そんな弥堂は、抽象的なものから自身の裡にイメージを創ることが苦手だ。
なので、ミラーの説明がよくわからずに眉を顰める。
「そうとしか表現出来ないのよ。闇のように全体が暗くて、そこに僅かな蒼が火のように浮かんでいる。日本で謂う人魂のように」
「へぇ」
「でも、その火は揺れない。昔の保護者の話をした時だけ火勢を強めたわ。それ以外ではほとんど動かない」
「だが、俺が嘘を吐いた時は見破ったじゃないか」
「そうね。ほんの僅かな反応。火が反応しなくても、その火が何かを焼こうとしたり、照らそうとしたりといった動きを見せた瞬間があったから、そこから判断したわ」
「へぇ。自分じゃわからないな」
彼女が言っていた『何度も繰り返して精度』を上げるというのは、対象ごとに『どういう時にどういう反応を見せるか』のデータを増やしてそれの分析の精度を上げていく行為なのだろう。
適当な返事をしながら弥堂はそう当たりをつけた。
「……どうした?」
すると、ミラーはまた考え込むような表情を見せる。
「……いいえ。なんでもないわ」
しかし今度は話さないことに決めたようだ。
「…………」
そう答えた顔は隠し事をするというよりは、どこかこちらを気遣うような色があった。
そんな彼女の顔を視ながら、弥堂も決める。
彼女の中の火を揺さぶってやることを――
「――加護の名は聴こえなかったのか?」
「え――?」
――その為に、火種を燃え上がらせる燃料をぶちまけた。
「サイコメトリー――その“加護”に目醒めた時、自分自身そのものであるそのチカラの名前が聴こえなかったのかと、そう聞いている」
「待って……! どういう意味なの……?」
「異能、ギフト、加護……。呼び方は何でもいいんだが、それらのチカラは特別なモノだ。誰もが使えない。誰もが持ち得ない特別な、そいつだけのチカラ」
突然一つ前の話題に戻した弥堂にミラーは驚く。
それがまるで聞いたことがなく意味のわからない話だったからだ。
さらに――
「俺の手に触れろ」
「え?」
「手を重ねて見ろ。俺の中の火を」
「…………」
鋭い眼差し。
それに刺されたミラーは半ば茫然としたまま、彼の言葉に従ってしまう。
マグカップから離した彼女の手が再び自分の手に重ねられる。
それを確認してから弥堂は先を続ける。
「ギフトというのは特別な許可だ。他の者はダメで、そいつにだけ許されたこと。『世界』がそいつにだけ能えた“
「許可証……」
「その中でもさらに特別な者がいる。まるで神の御業をこの世に顕すような大いなるチカラ。神の意を代行することを許された特別な執行者。“
「…………」
「その“
それはルビア=レッドルーツがそうだった。
彼女は自身の居場所を焼く炎を見ながら、自身の裡の焔を認知した瞬間に、【
名前だけじゃなく、その力の使い方も一瞬で理解出来たという。
弥堂が“
だが、彼らは皆そうなのだそうだ。
直近でのわかりやすい例は愛苗だ。
彼女は戦いの最中で新しい魔法を使う際、元々知っていたように、当然のようにその魔法の名前を口にする。
直接確認したわけではないが、彼女の性格を考えると事前に戦いの手段を考えて用意していたとは思えない。
願えば叶う加護。
自由に生みだされる例のない魔法によってその願いはカタチを得て、この『世界』に表現される。
そして絶大な影響を『世界』に齎す。
それが彼女には許されている。
弥堂の知る限り最強の“
そしてそれらの様に名前も聴けなければ、使い方も教えてもらえない。
そんなゴミのような加護もある。
というか、それらが殆どだ。
弥堂の【
通常の【
実際に大して役にも立っていない。
そして、それはミラーの【サイコメトリー】もきっと一緒だ。
「……そんなこと聞いたことないわ」
「嘘だと思うか?」
「……いいえ。アナタは嘘を言っていない」
弥堂の口にした言葉の真実を肯定しつつ――
(――なんなの……ッ⁉)
ミラーは心中で動揺をしていた。
彼の言葉に嘘はない。
嘘を吐いた時と同じ反応が観測できない。
だから問題はないはずだ。
(なのに……ッ!)
彼女の心は穏やかではない。
かつて経験したことのない揺れが自身の裡に在る。
今行っていることはいつも行っていることだ。
自分が相手に触れ、質問をする。その結果を観測する。
いつも通りの異能を使った作業だ。
だが、今はそうは思えなかった。
形上は同じなのに。
自分が質問をし、相手が答え、その感情を見る。
そこまでは同じだ。
一つだけ違うところがある。
自分が質問をし、相手が答え、その感情を見て――
――そしてその結果を言わされる。
その言葉を言うところを、彼の冷たい瞳がジッと見つめている。
この追加された1工程が彼女の心を搔き乱していた。
(これじゃあまるでワタシが尋問をされているみたいじゃない……ッ!)
たったのそれだけのことが、彼女にそう錯覚させていた。
(ふん)
そんなミラーの様子を視て、弥堂は心中で鼻を鳴らす。
これが彼女の【サイコメトリー】の弱点だ。
弥堂は今回は嘘を言っていない。
真実を口にしている。
だが、弥堂の言う真実を知る者はこの世界には恐らく他に一人も居ない。
例えその言葉が本当に真実だったとしても、同じ真実を共有する者が他に誰も居なければ、それは真実には為り得ない。
世界中の全ての――いや、一定数の人間が『それは間違いだ』と言えば、真に間違っているのが彼らだったとしても、弥堂の言葉は嘘に為ってしまう。
嘘にされてしまうのだ。
嘘というのはただそれだけのことに過ぎず、そして真実の価値もまたただその程度のものだ。
そして、それは逆にも利用できる。
今、弥堂が口にした誰も知らない真実が、ミラーに嘘だと判定されないのは、弥堂が嘘だと思っていないからである。
つまり、何かを喋って、それが嘘だと自分で思わなければ、口にする言葉は何でも真実に出来る。
これがミラーの【サイコメトリー】を抜けた弥堂のやり口だ。
ミラーの能力は『嘘の判定』ではない。
あくまで『感情の観測』である。
極論、どんな大ボラを吹こうとも、言った本人が嘘だと思っていなければ彼女には嘘だと見抜けないのである。
他にも例はある。
それは、頭のイカレた妄想を垂れ流す精神異常者だ。
どんなにありえない狂った妄言を言っていても、彼らは心からそれを真実だと思って発言している。
ただ、余人にはそれが理解出来ないだけで。
弥堂の【
そうすれば『嘘を見抜く』尋問を回避することなど実に容易い。
弥堂 優輝は感情の発生が乏しく起伏も少なく平坦な人間だ。
それはこれまでの様々な経験の果てにそう為った技術でもあり、性質でもある。
【
自分を目的を果たす為の装置とする。
それはそういうことだ。
しかし、経験だけでそう為ったわけではない。
この【
通常は自分ではなく他人を拷問して洗脳して操り人形に変えるための使われ方をする。
弥堂はそれを自分自身に日常的に繰り返す内に、魔術を解除した後にも少しずつ後遺症のように影響を残し、徐々にこう為っていって、そして今もそう為り続けている。
人間としてまともに生き続けることなど考慮していないから出来ることだ。
自己や自我の保全など考えていない。
そんな技術を以てすれば、凡庸な精神系の加護や魔術を躱すことはもちろん、希咲 七海やセラスフィリアを愛することすら可能となるのだ――
「――あら?」
「どうした?」
「怒ってる……? 今、急にアナタの火が激しく燃えた気がしたのだけど……」
「……気がしただけなら気のせいだ」
――とはいえ、出来ることと出来ないことはある。
今回はたまたま運よく抜けることが出来たが決して過信はすべきではないと、弥堂は己を戒めた。
都合が悪いので話を戻す。
「とにかく。“加護”というのはそういうものだ」
「初めて聞いたわね。ギフト――加護のことじゃなく、他の概念的なものも全て。能えるとか、許されるとか。神の祝福っていうことなの?」
「そう表現する宗教は多いかもな」
「違うってこと?」
「合っているし、間違っているとも謂える」
答えているようで答えていないような答え。
難解そうに眉間に皺を寄せるミラーに、弥堂はこの世界にはないであろう知識をなおも能える。
「人が人に与えるものではないからだ」
「だから神が――」
「――神など何処にも居ない。人知を超えたモノを人が勝手にそう定義をしただけだ」
「なんですって……?」
「だから、合っているし、間違っている」
「…………」
ミラーは黙り込んで考え始める。
いくつかの敵意のようなものを弥堂は感じた。
『神など何処にも居ない』
これが原因だろう。
しかし、どうでもいいと無視をする。
「……やっぱり聞いたことないわね」
「そうだろうな」
ミラーには『神の否定』への脊髄反射的な敵対心は無いようだ。
弥堂は『こいつはそうだろうな』と予想していた。
だって彼女は神が自分を愛してくれていないことを知っているから。
それでも神に狂愛を捧げるのはエルフィーネのような狂信者だけだ。
だからといって、このミラーも弥堂の言うことに即座に理解を示せるわけでもない。
だが――
「――嘘かどうか。キミにはわかるだろ?」
「…………そうね」
嘘を見抜く“
彼女自身はそう思っている能力。
なまじそんなモノを持っているせいで――
なまじ自分に自信があるせいで――
――それらが『嘘ではない』と判断したのなら、信じざるを得ない。
自分の能力で、基準で、そう判断してしまったのなら、そうだと思わざるを得ない。
思わなければならない。
優秀な人間ほどそんな勘違いをする。
「ちなみに――」
そこへもう一押しをする。
「――今、俺が喋った知識は、他のどの宗教組織や魔術組織も持ち得ぬ知識だ」
「え――」
もう一度燃料を注ぎ込む。
そのガソリンが流れ着く先にあるのは、火だ――
野心の火――
「…………」
ジャスティン・ミラーは、かつての名家だった魔術師の家に生まれ、だが才能なく、家も落ちぶれ、逆転を狙って通った魔術学院では虐げられ、魔術の力は得られなかった。
そんなコンプレックスを持った人間だ。
だが、彼女には【サイコメトリー】の“
そして今そのチャンスが目の前にある。
ミラーは視線を俯かせた。
「――さっき、言いかけてやめたことだけど……」
そのままの状態でポツリと喋る。
『オイ、クソガキ。ヤベエぞ』
「なんだ?」
何か幻聴が聴こえたが、弥堂は無視してミラーへ問いかえす。
「アナタの心理が読みづらいと言ったじゃない?」
「あぁ、言ったな。これは珍しいのか?」
「そうね。アナタの心は変化が見極めにくい。それだけじゃなく、感情と思考――それらがうまくつながっていないの」
「どういうことだ?」
そりゃそういう風にしているからなと思いながら訊ねる。
「感情が起因となって、それを解消する方向へ思考が向くって説明したわね?」
「そうだな」
「アナタはそれらが全部切り離されてしまっていることがあるの」
「それが?」
「こういう人は他にも例があるのよ」
彼女はどこか続きを言い淀む。
さっき浮かべた気遣いの原因だろう。
しかし、今度はそれを解消する為に言葉にする方向へ思考を向けたようだ。
「戦場から帰ってきて、PTSDを発症してしまい、日常生活に戻れなくなった兵士。そういう人に同じような症状が見られるな」
「医者に懸かったことはないが、俺の経歴を鑑みると当てはまるかもな」
「あとは、他にも居るわ」
「それは?」
「サイコキラー――」
「…………」
ミラーが言葉とともに視線を向けてくる。
だが、その瞳に疑心や敵意は存在しなかった。
浮かんでいるのは憐憫かなにかだ。
「さっきカウンセリングの真似事をしていたのはそのせいか?」
「……えぇ、そうね。そうとも言えるわ」
「なぁ、ミラー。アンタもしかして本当に俺に同情していたのか?」
「……悪いかしら?」
彼女はどこか恥ずかしがるような、拗ねるような幼い表情を見せた。
弥堂はあれを駆け引きの一環としてしか考えていなかったが、彼女にとってはそれだけではなかったようだ。
それを少し意外に思った。
「そんなに似合わない? ワタシは別に冷血なマシーンじゃないのよ?」
そしてそれは触れる手から彼女にも伝わってしまった。
そうするようにしたからだ。
「気を悪くしないでくれ。バカにしたつもりはない。ただ、少し驚いただけだ」
「フフ、そうみたいね。ちゃんと感情と思考が動いて繋がっているわ。人間はこうあるべきよ」
「しかし、なんでまた?」
ミラーは少し苦笑いを浮かべた。
『オイ、油断するなよ? 女がこうやっていきなり関係ない話に変える時は裏があるからな? いきなりガンギマってくんぞ? つか、オマエそうやって何回も刺されただろ? バカかよ』
(うるせえな)
「アナタが日常に帰ろうとしていたからよ。出来るならそれがいいと思って。セカンドキャリアでカウンセラーも考えていたから。ワタシのチカラってそういう風にも役に立つでしょ」
「なるほどな」
「だから、その助けが出来たらと、さっきは思っていたわ」
「へぇ……、で? 今は?」
『聞くなバカ! いつになったら懲りるんだよテメエは!』
弥堂が真っ直ぐに眼を向けると、ミラーはもう一度視線を下げる。
そうやって考え込みながらやがて、俯かせていた目線を弥堂へと合わせ直した。
「マッドドッグ……、いえ、ユウキ・ビトー――」
「なんだ?」
彼女は力強く自信に満ちた瞳をしていた。
「――アナタ、ワタシと一緒にステイツに来ない?」
(ほらな――)
『ほらなッ!』
――その瞳の中で、野心の火が激しく燃え上がっていた。
セラスフィリアは生まれと才能に溺れる人間たちには、敢えて増長させ不祥事を起こさせその弱みを握り脅迫して手駒に変える。
だが、生まれや才能に自信のない人間には別のアプローチをしていた。
まず、ターゲットとしたその人物が周囲に迫害されるように仕向ける。
そうしてコンプレックスを日々膨張させながら、セラスフィリア自身や代わりの者がターゲットに近寄り親身になり依存させるのだ。
自分だけは解っている。
自分だけは認めている。
自分だけは傍に居る。
自分だけは必要としている。
そんな類の甘い言葉の麻薬でターゲットの承認欲求をコントロールし中毒者にさせ、いつしかその人物の生きる目的や存在意義を『セラスフィリアの役に立つこと』に書き変える。
そうやって洗脳し、自身の狂信者を造り上げていっていた。
(さすがはセラスフィリア様だ)
今回そうするだけの時間はなかったし、弥堂程度には相手をそこまで依存させることは出来ない。
だが、多少の真似事は出来る。
「それはスカウトという意味か?」
「そうよ」
「参ったな……」
馬鹿な女めという侮蔑は【
「あら? アナタもそう望んでいたのだと思ったけれど?」
「思わせぶりなことをしたつもりはなかったんだが、誤解をさせてしまったのならすまない。俺は日本のエージェントだ」
「へぇ? じゃあ『営業』ってどういう意味だったのかしら?」
「あー……、しまったな。失言をした」
「嘘を吐いたってこと?」
「違うよ」
弥堂は降参といった風に手と肩からわかりやすく力を抜いてみせた。
「言っただろ? アンタの前じゃ『嘘を吐く必要がなくなる』って。だからつい、本音が漏れてしまったというか……」
「ふぅん? 可愛らしいことを言ってくれるじゃない? それも保護者に仕込まれたのかしら?」
「カンベンしてくれよ」
『マジでカンベンしてくれよ』
さっきからその保護者の幻聴が聴こえているような気がしたが、弥堂は気のせいだということにした。
「アナタは魔術師もエクソシストも知らない知識を持っている。そういう意味でいいのね?」
「そう受けとってもらって構わないよ」
「それはアナタの保護者から教わったもの?」
「そうだ。それも彼女に仕込まれた」
『アタシャぁ魔術なんか知らねェぞ』
(うるさい黙れ)
「彼女は特殊な魔術師だったっていうこと?」
今しがた質問の直前で本人が否定したことを訊ねられたが、弥堂は精悍な顔つきで力強く首肯する。
「あぁ。彼女は――ルビアは“
「そうだったのね……」
「そんな彼女は独自の魔術体系を一代で作り上げた。ルビアックマジックと言ってな。自身の魂から炎とすることで、魔術術式を通さず意思で焔を生み出すという魔法現象を起こす。それを伝承されたから俺の心理にも炎のイメージが見えたのだろう」
『オマエってマジで真顔でとんでもねェ嘘つくよな。たまに感心するわ』
弥堂が【
(今回は手を貸さねえって言ってただろ)
『いや、そうなんだけどよォ。またアタシの名前をクソみてェなことに使うし。あと、オマエやめといた方がいいぞ』
(余計なお世話だ。こんな女簡単に騙せる。もう少しだろ)
『バッカ、オマエ少しは学べって。オマエのイカサマって調子いい時ほど、いつも後でおかしなことになっただろ? 今回もヤベエって』
脳裏で親子喧嘩をしていると、長考を終えたミラーが再び口を開いた。
「……その魔術を受け継いだのは他には?」
「生憎俺だけだ。彼女は若くして他界してしまったから。他に弟子もいなかったしな」
「そう……」
「彼女はこの知識が他の大多数の魔術師や教会にとっては異端だと言っていた。だから俺は大きな宗教団体への接触に慎重だった。そういった古い団体の影響が少ない、そんな俺にとって都合がいい所属先や後ろ盾が何処かにないかと――俺は探していた」
「…………」
弥堂の言葉を吟味するように手を触れたままでミラーは慎重に考える。
そして――
『あーあ』
――ミラーの舌が唇をチロリと舐めた。
「フフ、いいわ。マッドドッグ。そんな都合のいい就職先をワタシはアナタに紹介してあげられる」
彼女はより強い関心を弥堂に向けてきた。
『ほら! 興味を持たれた! また解剖コースだよ! オマエこの上「魂が視える」とか頭おかしいことほざいたら目ん玉抉られて標本にされっぞ!』
(問題ない。死ねば治る)
『それ目ん玉取り放題ってことじゃねェか』
(うるせェな。引っ込んでろよお師匠様)
『オマエのお師匠様はエルだろうが! って、あ、ほら! アイツショック受けて泣き出したぞ。もうメンドくせェなァ……』
(くたばれメンヘラと言っておけ)
『もうくたばってんだわ――』
そこでルビアは消えていった。
そういう感覚がした。
とっくに死んだ寄生先よりこれからの寄生先の方が重要だと、弥堂はミラーへ意識を戻す。
「しかし、俺から仄めかしておいてなんだが――」
「なにかしら?」
「気が早くないか? 俺は実質まだ何もしていないぞ?」
弥堂は少し身を退かせるようなことを口にする。
当然、本心ではない。
ミラーはニッと笑った。
「それなら問題ないわ」
「こんなピロートークで出来るような話だけで合格出来るのか?」
「あら? ワタシと枕を並べたいって言っているの?」
「許してくれ。そんなつもりじゃなかった。育ちが悪いからついこんな口をきいてしまうんだ」
「フフ、気を付けなさい。あっちじゃ今の発言だけで起訴されるわよ?」
「マジかよ。考え直すべきか?」
「ジョークよ」
「だが。話を戻すが、俺はまだ戦ってもいないぞ?」
「言ったでしょ? 問題ないって」
訴訟大国ではきっと生きてはいけない男にミラーは説明をする。
「アナタの身元――半分は保証されているって言っていたでしょ?」
「……郭宮か?」
「えぇ。あの郭宮が保証するっていうのは中々ないわ。なのに、直属でもない。それに――」
「……?」
「――アナタと話していてわかったけれど、郭宮だけでなく御影もアナタのことを認めているみたいね?」
「なんだと? それはどういう――」
どういう意味だ――と訊ねようとして、弥堂はハッとなる。
「……ミラー」
「なぁに?」
「アンタが言った郭宮って、“どっちの”郭宮だ?」
「フフ、もちろん正当後継者の郭宮サマ――じゃなくって、そのお姉さまよ」
「ちっ――」
思わず舌打ちが出る。
そして感情の制御もミスった。
ミラーが嬉しげな笑みを浮かべた。
「ウフフ。ワタシが最初に口にした郭宮はお姉さまの方を示唆していたのだけれど。どうやらアナタは違う方を想像してしまったようね?」
「…………」
ミラーの指摘どおり、弥堂が浮かべた郭宮は正当後継者であり、そして学園の生徒会長であるあの彼女だ。
「まさか正当後継者様の方にも繋がりがあるなんて。しかも。ということはよ? その側近たるあの御影もアナタを知っていることになる。その彼女たちに認められている“外法の魔術師”――そんな人材が無能であるはずがない」
「…………」
どうやら一方的にハメているというのはムシが良すぎたようだ。
しっかりと相手にもやりこめられていた。
弥堂は自身のミスを認めた。
どうやら最初の時点であちらは自分のことを過大評価していてくれていたようだった。
いつも侮られることが常だったので、ついそこを見誤ってしまった。
それには「しめた」という思いもあり、そして「マズイ」という思いもあった。
今後の為に“
「つまり、最初からある程度俺に目をつけていたということか。スパイとは別の意味で」
「フフフ、そうかもしれないわね。そしてそれは今……。何が言いたいかわかるわよね?」
「……そうかもな」
ミラーはこう言ってはいるが、この尋問が終わった後で本家郭宮の方に確認をとるだろう。
それは学園の運営者たちと紅月たちに、弥堂が今ここでこうしているということを把握されるということだ。
ここをしくじれば、そんな学園へ現状のまま帰らざるを得なくなる。
いよいよを以て、追い詰められた。
(まぁ、今更か)
しかし、特にそれで弥堂がプレッシャーに感じることはない。
弥堂の半生で追い詰められていなかった時の方が少ないくらいだからだ。
今回の仕事の成否は、名実ともにあらゆることを左右する。
どの方面から見ても、これは大きな試練だ。
崖っぷちへと追い詰められて、端から踵が宙へと浮いている。
そんな状態だ。
だが――
逆に、そんな切迫こそが弥堂を自由にする。
解放する。
追い詰められたのなら――
もう後がないのなら――
それなら最早答えを保留して様子を視るなどという無駄なことをしなくて済む。
後がないのなら――
迂回路すら閉ざされたのなら――
いつも通り危険に心臓を晒して、ただ前に進むだけでいい。
左右の足を交互に動かしていれば、それで何処かへは辿り着く。
だから――
「――いいだろう」
「あら? ここで即決してくれるのかしら?」
興味深げな目を向けてくるミラーの顔を、弥堂は常のとおりの平淡で乾いた瞳で映す。
「そうだな。だが、それじゃあ少し据わりが悪い」
「……というと?」
「偉い女の威を借りてばかりじゃ恰好悪いだろう? だから自分でもちゃんとアピールをしておこうと思ってな」
「今回の仕事で見せてくれるということかしら?」
「そんなに勿体ぶるつもりはないよ」
口ぶりとは裏腹に持って回った弥堂の言い回しにミラーは片眉を上げた。
「ユウキ・ビトー。ワタシはアナタが必要とする報酬と環境、立場を用意してあげられるわ」
「勿体ぶっているわけじゃないと言っただろ。ジャスティン、俺はアンタの役に立てる男だ」
直接的なことは言わないまま、二人は視線を正面からぶつけ合う。
次に口を開いたのは弥堂だ。
「だから――」
弥堂はある提案をミラーへ持ちかけた――