ポートパークホテル美景、20F――
あれから弥堂は数時間をかけてホテル中を練り歩き、多くの者にスパイ認定をして暴行を加えた後に即席の牢獄へと送った。
ホテルの従業員や業者なども一纏めにして別室で拘束している。
その結果、ホテルの運営機能はほぼ停まっており、“
そんな一仕事を終えて、弥堂は福市博士の滞在する部屋へと入る。
その際に、外の見張りが入室を渋ったので、スパイ認定をして暴行を加えた後に牢獄に送るよう命じて来た。
部屋に入ると一斉に視線を向けられる。
警戒、恐怖、そして敵意。
博士の護衛として配備されている“
弥堂は魔力を使ってわざと見てわかるくらいに眼を光らせる。
その蒼の不気味さに彼らは弥堂から目を逸らした。
部屋の中央近くのベッドが眼に入る。
広い部屋の中心に置かれたそれに、福市博士が所在なさげにチョコンと座っている。
弥堂は続けて窓の方へ眼を向けた。
足元から天井までの大きな窓。
外はもうすっかり暗くなっている。
まぁまぁのペースで進められたなと評価した。
博士の座るベッドは元々この窓際近くに置かれていた。
窓ガラスの防弾性は高いらしいが、念のため場所を窓から離したようだ。
この広い部屋の中心で、周囲を屈強な外国人男性に囲まれて眠るというのは中々にシュールだと鼻で嘲笑う。
だが、風紀委員である弥堂は女性の人権をリスペクトする立場だ。
憐れな福市博士をそんな環境に置いておくのは可哀想なことで何とかしてあげなければと――適当にそんなことを考えた。
とはいえ、現在は仕事中なので、それを優先して必要なことをする。
「――面談だ。お前らはミラーの所へ行け」
部屋の中に居た隊員たちにそう命じる。
彼らはまた敵意を向けてきた。
現在このホテル内で起こっていることは、もはや全隊員の知るところだ。
つまり、“面談”の意味するもの――
これからもう何度目かの、『スパイかどうか』の確認の尋問を受けることがわかってしまう。
何故自分がこうも疑われるのかと、彼らは不満を大きくしていた。
(それが正しい反応だ)
そんな彼らの反応に、当然弥堂は動じない。
「なんだ? なにか不服なのか?」
横柄な態度で彼らを咎める。
「お前らに関して、スパイである可能性は高くないと、俺はそうミラーに報告している。だが、尋問に不服があるということは、尋問を受けると都合が悪いという風に受け取れる。だから念入りにやれと報告し直すこともできるが、どうする?」
スパイのレッテルを貼られたくなければ命令に従え――
――そんな脅迫を受けて、隊員たちは渋々部屋から出て行った。
彼らの退室を見張り、弥堂が博士に意識を向けようとしたところで、出て行った者たちと入れ替わりで誰かが部屋に入ってくる。
「――オイッ! マッドドッグ……ッ!」
現れたのは弥堂の世話役のようなものを命じられていたダニーだった。
彼の顏にもハッキリと怒りが浮かんでいた。
「どうした、ダニー」
弥堂が涼しい顏でそう訊ねると、ダニーの怒りはさらに加熱する。
「どうした、だと……⁉ オマエどういうつもりだ……⁉」
「なんのことだ?」
「惚けんな! 一体何をやってやがる⁉」
「何と言われてもな。仕事だが?」
「仲間を売ることが仕事だと⁉」
「仲間? スパイは仲間じゃない。敵だ」
「テメエ……ッ! このクソジャップが……ッ!」
「ハッキリ言えよ、ダニー。お前のとこのチンピラが拘束されたことが不満なんだろ?」
弥堂が核心に触れると、ダニーは唾を飛ばして怒鳴り始めた。
「ジェイミーは……! アイツはスパイなんかじゃねェ……ッ!」
「何故そう思う? ヤツは元々犯罪者だぞ」
「そうだとしても、アイツはそんなに賢くねェ……! あのバカにはチンケな犯罪しか出来ねェよッ! スパイなんて大それたことは……ッ!」
「そうか。お前の考えは間違いだ」
「どうしてそう言える⁉」
目を血走らせるダニーに、弥堂はまた魔眼を魔力光で煌めかせた。
「俺が特別だからだ――」
「な、なんだと……ッ⁉」
「俺とミラーには“
「そ、そんなモノ、オレらにはわかんねェよ……!」
「その通りだ。わからないのだから黙って従え」
「アァッ⁉」
高圧的で侮蔑的な弥堂の物言いにダニーは歯を剥く。
「俺たちは特別で優秀だ。そんな俺たちは常に正しい。劣ったお前たちには出来ない特別なことが出来るからだ。劣ったお前は優秀で特別な俺に従え。無条件に、だ」
「こ、このヤロウ……ッ! ふざけ――」
面と向かった直接の差別にカッとなったダニーは拳銃を抜こうとする。
その時――
「――やめろダニー!」
「ケインか⁉ 離せッ!」
廊下から現れた護衛部隊のリーダーであるケインが、背後からダニーを押さえた。
「よせダニー! イクラなんでモそれはマズイ……!」
「だ、だが……、コイツが……ッ!」
「いいカラとりあえず銃カラ手を離セ……ッ!」
「ク、クソ……ッ」
ケインに窘められてダニーは悔しげに手を下ろした。
その様子を弥堂は醒めた眼で視ている。
「……ケイン、何故ここに?」
「オマエを呼びに来タ。面談の時間を過ぎてイルぞ」
「もうやっただろ! オマエもオレを疑うのかケイン⁉」
「そうは言ってイナイ。ダガ、行かないと心証が悪くなル。自分で疑われる材料を作るコトになる。ソレハわかるダロウ?」
「……わかってるよ!」
「とりあえずジャスティンのトコロへ急ゲ。オレも一緒に行って
「…………」
ケインに背を押され、ダニーは弥堂を一度睨みつけてから部屋の出口を向く。
目線を床に向けたままで口を開いた。
「……スパイとして捕まった連中。白人がほとんどいない……」
「ダニー……?」
憎しみのような感情を堪えるように吐き出すダニーにケインは慎重に問う。
「拘束されたのは黒人やアジア人種ばかりだ……! あからさまだ……ッ!」
「ダニー、それは――」
「――黙れッ! マッドドッグ! これはわざとやってんのか⁉」
ダニーはここで弥堂へ視線を向ける。
弥堂は下らないとばかりに肩を竦めた。
「そんなわけがないだろう。俺は『スパイ』を捕えただけだ。それに俺もアジア人だぞ」
「だが……ッ!」
「ダニー。頭の悪いお前にもう一度教えてやる」
「なんだと⁉」
弥堂は見下すような眼を黒人のダニーに向けた。
「『スパイかスパイじゃないか』『異能があるかないか』、人類の区別はそれだけだ。その他の差異など取るに足らない」
「テッ、テメエこのヤロウ……ッ!」
「やめろダニー! 早く行ケッ!」
「ウルセエ! オレに触んな白人ヤロウ!」
ダニーは止めに入るケインにまで唾を飛ばして、そして床を踏みつけるようにして立ち去って行った。
ケインもその後に続こうとするが、ふと足を止め弥堂へ何か言いたげな視線を向ける。
「マッドドッグ……」
「…………」
弥堂は静かな眼で視返す。
「オレは……」
「なんだ?」
「……イヤ、なんでもナイ」
ケインは逡巡し、しかし結局何も言わずにダニーの後を追う。
「あぁ、そうだ――」
「……?」
そのケインを弥堂は思い出したといった仕草で呼び止める。
怪訝な顔をする彼に平淡な口調で告げる。
「護衛の尋問が終わるまで、ここは俺一人になる。さっさと終わらせて人員を寄こせとミラーに伝えろ」
「……ッ!」
その言葉にケインはグッと歯を噛んで言葉が出てこないように堪え、そして弥堂を睨みつけてから無言で立ち去っていった。
部屋のドアが閉まる様子を弥堂はつまらなそうに見守る。
「さて――」
弥堂は博士の方へ顔を向ける。
「――ようやく二人きりになれたな」
「え――」
人気のなくなった密室でベッドに座らされた女性に弥堂は鋭い眼を向ける。
福市博士は身を硬くした。
<――ちょっと! 言い方っ!>
<あ?>
<言い方と状況と人間性がマズすぎるって!>
<打つ手ねえじゃねえか>
ウェアキャットからの警告を下らないと無視して、弥堂は博士と向かい合わせになる位置に椅子を動かす。
「俺になにか話したいことがあったんだろ」
「あ――」
彼女の前に座りながらそう言うと誤解が解けたようで、博士の緊張や警戒が若干和らいだ。
<まさかこの為にあんなことしてたの……?>
ウェアキャットからそう問われる。
何時間か前に初めてこの部屋を訪れた際、福市博士は弥堂に何かを話そうとしたが、周囲を気にして結局何も言わなかった。
弥堂がここまでに行ってきたスパイ検挙は、博士と二人きりの状況を作るためにやっていたのか――というのがウェアキャットの言葉の意味だ。
<そんなわけがないだろう>
弥堂はハッキリと否定する。
<偶然こういう状況にもなった――それだけだ>
<本当に?>
<当たり前だろ。俺の目的は博士の身柄を守ることだ。彼女の話を聞くことじゃない。なのに、その為にわざと彼女の周囲を手薄にするメリットなどない>
<それは、まぁ……>
<偶然にも“
<運って……、いくらなんでも……>
ツラツラと並べる弥堂の言葉にウェアキャットの歯切れは悪い。
<なんだ? まだなにか文句があるのか?>
<文句じゃないけど……>
<言っとくが、俺があれだけのスパイを見つけずに、外の戦力と同時に蜂起されていたら大惨事だぞ。負けていた可能性が高い。むしろ感謝してもらいたいものだがな>
<いや、キミを疑ってるとかじゃないんだけど、でも、やり方がさ……>
ウェアキャットは弥堂の過激なやり口にまだ納得がいっていないようだった。
それというのも――
<――クレームがすっごいらしいんだよ。佐藤さんのところに>
弥堂の件で“
そうすると今度は清祓課からウェアキャットに、弥堂が何をしているのかという問い合わせが行くという流れが出来上がっていた。
<ボクもキミのことでめっちゃ問い詰められたんだからね?>
<別に見たままを言えばいいだろ。俺は何も困らない>
<ボクは困るよ! どう言語化していいものか>
<それが仕事だろ。やれ>
<なんて身も蓋もない……>
<お前もそうだし、佐藤もそれが仕事だ。俺も自分の仕事をする。ただそれだけのことに何の文句がある? 理解に苦しむな>
弥堂の言葉になおも反論をしようとしたが、前回よろしく無言のまま目の前で佇む弥堂に博士が困惑している姿が見えた。
仕方ないのでウェアキャットは不満を飲み込む。
<もうボクのことはいいから博士の話を聞いてあげなよ>
<言われなくてもそうする>
<キミが“
<死んでなければそれでいい>
<よくない! ちゃんと優しく緊張を解すとこからだよ? いきなりオラついたらダメだかんね?>
(うるせえな……)
弥堂は辟易として眉間に皺を寄せる。
そして、ウェアキャットの言う通り、先程会った時よりも緊張した様子の福市博士へ眼を向けた。
とはいえ、ミラーとの尋問でもそう発言したとおり、弥堂としてもどう話を聞き出すか少々困る。
自分に悪意を向けてこない人間との付き合いは苦手なのだ。
相手の緊張を解いてやれと言われても、弥堂にはそういった引き出しがない。
逆なら得意なのだが。
(さて、どうしたものか……)
心中でそう嘆息したその時――
『――様式美というものがあるんだよ、弥堂くん』
(――部長?)
弥堂の記憶の中に記録された廻夜部長のいつかの発言が語りかけてきた。
弥堂は急いで該当の記憶を再生させる。
こういった状況で緊張した女性から話を聞くための方法。
それは既に廻夜部長に聞かされていた。