「――えぇ、えぇ……。それはもう……、えぇ……。誠に申し訳ございません……っ」
ホテルの外。
スマホを耳に当てた清祓課係長の佐藤 一郎は誰もいない虚空へ向かってペコペコと頭を下げている。
“
内容は当然、弥堂についてである。
「ただしかし、我々もあくまで紹介をされただけというか……、えぇ……。御影さんと郭宮様がですね……、はい……。そのぉー……、えぇ、そちらでも面談していただいたと思いますが……、いえ、そんな、めっそうもございません……、えぇ……」
佐藤はベテランの役人だ。
名家の名前を全面に押し出して責任逃れをする。
自分たちは御影と郭宮に紹介された者を紹介しただけで採用を決めたのはお前らだ。
要約するとそういう主張になる。
その後しばらくペコペコと遜りつつも決して自分たちの過失と責任は認めないまま通話を終えた。
「ふぅ~……っ。どうにか乗り切れたよぉ~」
「オヤジ、ダサイ」
一仕事終えたとばかりに額の脂をテカらせる佐藤を
「いやぁ、どうもホテルの中は大変なことになってるみたいだねぇ」
「狂犬ガ、スパイ見つけてルんダロ? ダメ、なのカ?」
「ダメってわけじゃあないんだけど、その数が尋常でないみたいなんだ」
「フム?」
「スパイとスパイに対応する人員が削られて、“
佐藤が訪ねると
「アイツ危険、ワタシは言っタ。後はオヤジのセイ」
「キッツイなぁ」
「ワタシ、戦う、ダケ」
「まぁ、でもスパイが捕まってるんなら安心だよね」
「サア」
否定ともとれる
「ナカのコト、ワカラナイ。デモ、ソトはチガウ――」
「違う……?」
「空気、変わってル。ナワバリの外カラ、見張ってル。戦いノ気配、スル」
「襲撃が来るってことかい? それは恐いなぁ」
「オヤジ、惚けるナ」
茶化したような態度の佐藤を
「ココでナニが起こル?」
「ふふふ……」
しかし、佐藤の態度は変わらない。
彼の顏にはいつも慇懃で卑屈な笑みが貼り付けられている。
「それは僕にもわからないなぁ」
「オヤジ、ウソつき」
「嘘なんかじゃあないよぉ。でも、何かは起こるだろうねぇ」
どこか愉しげにクスクスと笑う中年男性に、
「なにせ郭宮様や御影さんだけじゃあなくって、あのお嬢さんまで目を掛けているようだから。それも二人も……」
佐藤はホテルの建物を見上げる。
「これから何が起こるのか。或いは何を起こすのか――それを見ていこうじゃないか」
独り言のような佐藤の言葉には
その清祓課を遥か下に見下ろせる位置。
ポートパークホテル美景の隣ビルの屋上にウェアキャットは居る。
何かが起こる気がする――
ウェアキャットもまたそんな予感を覚えていた。
(どうしてだろ……)
唇に当てた指を思案げに噛む。
やり方の過激さはともかくとして――
“
その数は数十人。
普通では考えられない人数だった。
だが、逆に考えれば、それだけを押さえたのならば、敵側が内部から何かを起こすことは最早ほぼ不可能だ。
外からの直接的な襲撃だけを警戒しておけばいい。
拠点化されたホテルはそれに対する防御能力は高い。
それに護衛対象の福市博士に近づいて話を聞くことも望外に出来た。
いいこと尽くめだし、上手く事が運んでいる。
そのはずだ。
なのに――
(――なに……? この不安感……)
時間が経つに連れ、事が進むに連れ、ウェアキャットの胸ではどんどんと不安が大きくなっていく。
なにかとてつもなくよくないことが起きるのではないか――
――そんな気がしてならない。
(ホントにだいじょぶなのかな……、あいつ……)
スキルにより可視化された映像。
ウェアキャットが現在居る屋上とちょうどほぼ同じ高さのホテルの20F――
そのフロアの一室の中の様子が見えている。
見えているはずなのに。
それなのに何をやらかすかわからない――
どころか今も何をしているのかよくわからない。
そんな男が、緊張を浮かべる福市博士に話しかけるところを監視する。
「――まずはお名前をお願いします」
「え? 名前……? あの、
徐に弥堂に名前を訊ねられた福市博士はおずおずと答える。
『さっきも名乗ったのに……』という内心は、気の弱い彼女は口には出せない。
「ありがとうございます。年齢は?」
「え、えっと、26歳です……」
最初に会った時も、そしてつい先程までも、横柄で乱暴な態度や口調だった男が何故か丁寧に話しかけてくるので、博士は困惑していた。
「なるほど。こういうのに――あ、ちょっと待て」
「え?」
途中まで言いかけた弥堂はスーツの懐からスマホを取り出す。
そしてカメラアプリを開いてからレンズを博士へと向けて、録画を開始した。
「失礼。お名前をどうぞ」
「え? もう一回? というか、これ動画撮ってるんですか?」
「お名前を」
「あ、ふ、
撮影に気付いた博士が申し訳程度に手櫛で髪を直す。
弥堂に強めに急かされると慌てて名乗り直した。
「そうですか。ご年齢は?」
「に、26歳です……! あの? これは一体……?」
「なるほど。こういうのに出るのは初めてなのかな?」
「ホントに一体なんなんですか⁉」
こちらの困惑などお構いなしに質問を続ける弥堂に、ついに堪らずに叫んだ。
そんな彼女を弥堂はギロリと睨む。
「うるさい。こっちはわざわざお前の緊張を解いてやってるんだ。大人しく質問に答えろ」
「き、緊張……?」
「早くしろ。こういうものに出るのはお前は初めてなのか?」
「え、えっと、出る……? その、初めて、です。こうやって外に出て、こんな風になるのは……」
わけがわからないが、目の前の男が恐かったので彼女は言う通りにすることにした。
「そうですか。今回こうして出てみようと思ったきっかけは?」
「え? きっかけと言われましても……。私の意思では――」
「――おい。待て。それはまずい」
「え?」
アウトワードを口にしようとした演者さんに弥堂は注意を入れる。
「自分の意思で出たと言え。よくわからんが法的にマズイらしい」
「そ、そうなんですか? でも……」
「うるさい黙れ。つべこべ言うな」
「は、はい……っ! 自分の意思で外に出ました! こんなことになって皆様にご迷惑をかけてすいません……っ!」
「うむ」
何が何だかわからないまま、博士は自らの能動的な行動であることを明言し謝罪をした。
弥堂も何が何だかわからないまま満足げに頷く。
理由はわからないが、どうも法の改正があったようで、強要があったと認められる証拠を残すのは非常にマズイらしい。
廻夜部長がその改正について非常に強い怒りを露わにしていた。
だからきっと悪法なのだろう。
弥堂も強い憤りを感じる。
それはそれとして、二ヶ月後にデビューすることになる新人さんへのインタビューを再開する。
「ご家族はこのことを?」
「え? あの、アメリカで働いていることは報せてますが……」
「なるほど。デビューのことは知らない、と」
「で、でびゅー?」
段々と博士の顔にも不審さが表れてきた。
このシチュエーションに何か思い当たるものがあったが、そんなわけはないとその想像を振り払う。
なにせ現在は世界的に秘匿された秘密任務中で、おまけにテロリストの襲撃を経過中だ。
まさかそういう撮影中ではないはずだ。
弥堂はそんな博士の様子を気にせずに、決められたインタビュー項目を消化していく。
「初体験はいつですか?」
「え? あ、あの……、なんのことですか?」
「お前が初めてセックスをしたのはいつだと聞いている」
「セッ――⁉」
そしてついに直接的な単語が飛び出し、これが一体なんのインタビューなのかが言い訳のしようもない程に明らかになってしまった。
「な、なんてことを聞くんですか⁉」
「うるさい。こっちも聞きたくて聞いているわけではない。お前の為に聞いてやってるんだ。さっさと答えろ。他にも質問がまだある」
「そ、そんなこと……」
「早くしろ。いつだ?」
「そ、その……、まだ、です……」
「そうか。経験人数は?」
「え、えっと、その……、ですから……」
「ん? あぁ、ゼロということになるのか。じゃあ、好きな体位は?」
「あ、あの、だから……!」
「あぁ、これも答えられないのか。では、次。セックスは好きですか?」
「わかりません! だって、まだしたことないですから! なんでこんなに何回も言わせるんですか⁉」
執拗に性体験の皆無さの自白を迫ってくる弥堂に、とうとう博士も声を荒らげる。
女に口答えをされた男優兼監督は気分を害した。
「そういうリストになってるんだから仕方ないだろう。というか、この先全部答えられないじゃないか。ちっ、ふざけんなよお前」
「な、なんで私が怒られるんですか?」
「26にもなって恥ずかしくないのか。反省しろ」
「す、すみません……」
謝る筋合いなど一つもないのだが、気の弱い博士は弥堂の強気な態度につい押されてしまう。
「ちょっと待て。お前でも答えられるような質問がないかチェックする」
「い、いえ、それより一体今何が行われてるんですか? というか、撮影しながら、この質問って……⁉」
博士はハッとした。
「や、やめてください……! 私そんなつもりで二人きりになったわけじゃ……っ!」
「なんだと?」
博士は手で胸を隠しながら思わず後退ろうとしてベッドの上に上がってしまう。
タイトなスカートが捲れ上がりストッキングに包まれた太ももが露わになる。
内ももに透ける肌色をジッと視てから、弥堂は不可解そうに眉を顰めた。
「た、たしかに、アナタの言うとおり、この歳で未経験はそろそろアレかなとかって最近焦ってましたけど! でも、初めてがこんな生命を狙われてる状況で撮影しながらデビューだなんて……! いくらなんでもあんまりじゃないですか……! なんで私ばっかりこんな目に……! ヒドすぎます!」
「お前は何を言っているんだ?」
半狂乱になりながら自身の心の裡を赤裸々に叫ぶ博士に弥堂は首を傾げる。
「だ、だって……! これって、そういうアレですよね⁉」
「そういうアレとはなんだ?」
「し、知りません……っ!」
博士はキャッとお顔を手で覆って恥じらってしまった。
先程とは別の意味でどうしたものかと弥堂は頭を悩ませる。
『とりあえずヤっちまえよ。こういう女は一発ヤったら逆らわなくなるぜ』
(やはりそうか)
すると女山賊の幻覚が現れてそう助言をしてくる。
弥堂もそれに同意した。
だが、問題はそんな時間の余裕があるかどうかだ。
(最高効率で行えばいけるか……?)
弥堂の考えがそっちへ傾き始めた時――
<――こらっ! この、この……っ、バカッ!>
只今のインタビューの様子をモニターしていたマネージャーさんからテレパシーでNGが届く。
<なんだよ>
<なんだよじゃなーーいっ! もう、バカッ! マジでバカッ! なんでそんなにバカ⁉>
<知るかよ。お前が言い出したんだろ>
<うるさぁーーーいっ!>
キンキンと頭の中に喧しい声が響き、弥堂は顔を顰めた。
<今度はなんの文句だ>
<女の人になんちゅーことを聞いてんの⁉>
<そうは言われてもな。女性の緊張をほぐす為に必要なインタビューだと教わったんだ>
<ウソつけ! そんなわけあるか!>
<嘘ではない。俺の上司がそう言った。彼は常に間違わない>
<こ、このヘンタイ男子どもが……ッ!>
弥堂は何一つ憚るものはないと断言する。
ウェアキャットは頭痛を堪えた。
しかし、かくいう弥堂も、サバイバル部員としての活動デビューの初日に、廻夜部長によるインタビューを受けていた。
その際にこれまでの性体験を根掘り葉掘りネットリと聴取されたのだ。
その時に聞かれたことをそのまま博士に質問をしていた。
<こんなセクハラをされてリラックスする女子がいるか!>
<セクハラではないインタビューだ>
<だから! インタビューだとしても! これって完全にそういうアレじん!>
<またそれか。そういうアレとはなんだ?>
<し、しらないっ!>
弥堂が率直に訊ねるとウェアキャットくんはキャッと恥じらって退散していった。
よくわからなかったが、うるさいのが居なくなって幸いと弥堂は博士に意識を戻す。
博士は警戒心たっぷりに懐疑的な目を向けていた。
「ちゃんと座れ。いい歳をした女がそんなはしたない恰好をするな」
「え? あ、あの、いいんですか……?」
「なにがだ? よく知らない他人と会話をする時にベッドに寝転ぶんじゃない。非常識だぞ」
「す、すみません……」
どこか納得がいかないように首を傾げながら博士はスカートを直して座り直した。
下手に逆らうとプレイがスタートしてしまうのではと危惧したからだ。
「さて。インタビューは終わりだ。もう緊張はなくなったな?」
「え……? 緊張……?」
「お前は俺に何か言いたいことがある。だが、言いづらいのかなんなのかは知らないが、言い出せずに緊張をしていただろ」
「え、えっと、それをどうにかしようとしてくれていたってことですか?」
「さっきからずっとそう言ってるだろ。で、どうだ?」
「…………」
博士は目を閉じて自身の胸に手を当ててみた。
すぐにハッと目を開ける。
「ホ、ホントだ……! そういう緊張はしてません!」
「そうだろう」
弥堂は当然だと鷹揚に頷く。
やはり廻夜部長の言うことに間違いはなかったと改めて彼へのリスペクトの念を深めた。
「べ、別の緊張というか貞操の危機は感じましたけど、もうそういう緊張はないです」
「もう話が出来るということでいいか?」
「はいっ! あんな酷いセクハラ質問をされたらなんかもう何を聞かれても恐くないっていうか……。私も少しくらい失礼なこと言っても全然許されるだろうっていうか……!」
「うむ……うん?」
何か思っていたものと少し違うような気もしたが、結果的に一緒なら構わないかと、弥堂は「ヨシ」とすることにした。
「それではお前の話を聞いてやるが、その前に――」
「え?」
弥堂は魔眼に魔力を送る。
「――そもそも前提を間違えていたら意味がないから、一つ確認をする。いいか?」
「は、はい。セクハラでなければ何でも聞いてください」
「そうか。では――」
俄かに博士に向ける視線を鋭くする。
「――お前は本物の福市 穏佳ではない。影武者だな?」
<え――>
脳内に届いたウェアキャットの驚く声を無視して、弥堂は目の前の女性を冷たい蒼に映した。