「――ぅんしょっ、ぅんしょっ、ぅんしょ……っ」
美景台総合病院の病室にて――
愛苗ちゃんはベッドシーツを伸ばして、自身の寝床をいっしょうけんめい整えていた。
病院の消灯時間は22時。
それまではまだ時間があるが、よいこの彼女はそろそろおねむの時間だ。
枕元にそっとしましまのブラジャーを置くと、青い宝石がキラリと光る。
このブラジャーはこの病院に運ばれてきた時に彼女が着用していた市販品だ。
目が醒めたら何故か魔法少女の変身ペンダントである“Blue Wish”と似たような青い宝石が付いてブラがパワーアップしていた。
「不思議だねー」
大らかな彼女にかかれば、そんな不思議現象もその一言で済まされてしまう。
掛け布団をパフパフとした時、カラカラと病室の引き戸が開けられた。
「ふぅ~、いい仕事したッス……」
「あ、メロちゃん」
先程トイレに行くと言って出て行ったメロが戻ってきたようだ。
愛苗は家族でありパートナーでもあるネコ妖精をにこやかに迎える。
「おかえりー……って、あれ……?」
しかし、出て行った時と違うメロの姿にコテンと首を傾げた。
ネコさんは何かを口に咥えて帰ってきたようだ。
「メロちゃん? お口に何を……って、ネズミさん⁉」
メロが持ち帰った物を視認して、愛苗ちゃんはビックリ仰天した。
「フフフのフッス……」
ドヤ顔をするメロは口にネズミの尻尾を咥えており、顎の下ではその尻尾と繋がったネズミの本体がジタジタと暴れていた。
「メロちゃん。その子どうしたの?」
「ジブンが廊下を歩いてたら堂々と目の前を横切っていきやがったんッス。あ、コイツ、おネコ様をナメてるなって思ったから捕まえてやったんッスよ」
「かわいそう……」
愛苗ちゃんは眉をふにゃっと下げた。
「いやいや、なに言ってんッスか」
「え?」
「ここは病院ッスよ? こんな不潔なゴミクズが居ちゃダメッスよ」
「あ、そっかー」
同じく入院患者の病室に居てはいけない動物であるネコさんが真顔で言い切ると、愛苗ちゃんは「そっかー」と納得する。
「というわけで、これからコイツを介錯ゴメンするッス」
「かいしゃく……」
「首を引っこ抜くってことッスね」
「えぇ⁉」
愛らしくも残酷な生物であるネコさんの非情な選択に、愛苗ちゃんはまたもビックリした。
そしてまた眉をふにゃっとする。
「かわいそうだよぉ。逃がしてあげよー?」
「む。マナがそう言うんなら吝かではないッス」
メロは背中の上にポヨンっとオモチャのような羽を出すと、ふよふよと窓の方へ飛んでいく。
愛苗はてててっと駆け足で先回りをし、窓を開けてあげた。
「お、こりゃお気遣いどうもッス」
「えへへー。どういたしましてー」
二人はニコっと笑い合う。
「ほんじゃ、ジブンちょっち行ってくるッス。すぐに戻るッスね」
「うん。いってらっしゃーい」
挨拶を交わして、メロはネズミを咥えたまま夜空に飛びたった。
ぴゅいーっとコミカルな音を鳴らしてネコさんボディが宙を泳ぐ。
「――むっ! そういえば……」
メロは何かを思いつく。
「病院にネズミが居るって、イチャモンつけて金を要求できるんじゃ……」
ご主人様に毒された使い魔は犯罪行為を企てた。
「まったくもぅっ。何からナニまでジブンが面倒見てあげないとぉ。ロクに食い扶持も稼いでこれないんだからぁっ!」
世話焼き彼女ヅラをしつつも満更ではない様子だ。
「こうして役に立つアピールをしてけば、あのヒト畜生もジブンとマナの待遇を良くしてくれるはずッス」
「うんうん」と頷くとネズミさんがブンブンっと上下に振られる。
「それには脅迫ネタだけでは弱いッスね……。ジブンが実戦タイプのネコさんでもあることをアピール出来ないと、あの野蛮人のクズは認めないはずッス……」
「う~ん」と首を捻らせると、ネズミさんがダラーンっと吊るされる。
メロはおヒゲをうにょらせながら思案した。
先程まで視界共有で、ご主人様がニンゲンさんたちに殴る蹴るの暴行を加えまくっていたシーンを見ていた。あの残虐な男が気に入るであろう新ネタを見出そうとする。
やがてシッポがピンっと立つ。
「――キタぜェ……ヌルリとなァ……! 新たなネコさん魔法が閃きそうっス……!」
彼女は浮かんだイメージに深く意識を潜らせる。
「今回は攻撃魔法ッス……! きっとあのカスも夢中になるはず……! はああぁぁぁぁぁッス……!」
そのイメージに従い、メロは飛行しながらネコさんボディをギュルンギュルン回転させた。
ネズミさんのお目めがバッテンになった。
「うおぉぉぉッ! いくッス! ネコさーん……、って、ギャアアァァァ⁉」
しかし、新魔法の発動には失敗し、彼女は大きくバランスを崩す。
プチっという音がした。
「――ァァァァっとととと……! あっぶねッス……」
メロはどうにかバランスを取り戻し、安定した飛行へと回帰する。
「ふぅ……、九死に一生を得たッス……。魔法は失敗したッスが、この死の寸前まで追い込まれた経験がジブンをまた一つ強くしたはずッス」
「うんうん」と頷く。
しかし、先程まであった重量が今回は感じられなかった。
「ん……?」
目線を口元へと下げると、そこにあるのはシッポだけでネズミさんの本体は消えていた。
どうやら今のメロの行動で、尻尾から千切れてどこかへ吹っ飛ばされてしまったようだ。
「ありゃりゃッス……」
キョロキョロと眼下を見渡してみるが、小さなネズミなど当然見当たらない。
それに、この高さから落ちたら助かることもないだろう。
「……一匹のネズミが数百匹に増えるのに大した時間はかからないッス。ニンゲンさんのナワバリを守るためには仕方のない犠牲だったんッス……」
フッと、ニヒルな笑みを浮かべながらメロは夜空を見上げる。
そして、本当に何も気にしてなどいないのだろう、すぐに病院へと踵を返した。
「まったく! これじゃまた歯を磨き直しッス。これだから下賤なネズ公は……」
速やかな被害者ムーブをとりつつ、メロは愛苗の待つ病室へと急いだ。
一方で、窓辺でメロを待つ愛苗の目に、こちらへぴゅいーっと飛んでくるネコさんの姿が映った。
「あ、帰ってきた」
それだけのことで彼女は嬉しそうにする。
一緒に居られる家族が居ることは彼女にとってとても幸せなことなのだ。
「ユウくんは今なにしてるかなぁ……。もう寝てるのかなぁ……」
ここには居ないもう一人の家族の姿を浮かべながら、彼女はクンクンっと鼻を動かす。
すると、以前よりもわかりやすくなった彼の存在の煌めきを感じとった。
「……あ、まだがんばってるみたい。スゴイなぁ、エライなぁ……」
今日はいつもよりも彼の魔力が動いているように思えた。
きっとアルバイトがんばってるからだなと、愛苗ちゃんは感動する。
「はやく元気になって、私もお役に立たなきゃ……っ」
握力MAX15キロのフルパワーを以て胸の前で拳を握り、キラキラの夜空に「うんうん」と頷いた。
その頃、ユウくんは――
「――だってこんなのおかしいじゃないですか!」
「あぁ」
「なんですか! カルトとかテロリストって! 意味がわからなくないですか⁉」
「キミの言う通りだ」
「私はただ真面目に勉強をして、研究だって一生懸命やってただけなのに……!」
「そうだな」
「誰かの役に立てば……、救われる生命があればと……っ!」
「キミは素晴らしいな」
「それなのにこんなのってないですよ! おかしいと思いませんか⁉」
「……あぁ」
白目になってオートで相槌を打つだけのマシーンになっていた。
女のつまらない話に自動で相槌を打つ――自分の身体にそれを強制的に行わせる為だけに打ち込んだ刻印が熱を放つ。
あの後、この陰気な売れ残り処女の話を聞いてやろうとしたら、彼女は堰を切ったように喋り出した。
そしてあっという間に感極まって号泣し始めてしまった。
まともに聞いていなかったからよくわからないが、どうも自身の境遇に不満があるらしい。
まるでこの世の悲劇のようにそれを涙ながらに訴えかけてくるが、日常に不満を抱えているのは誰だって一緒だ。
いい歳をしてそんなこともわからずに、殊更に自分が特別に不遇なのだと強調するアラサー一年生の女を弥堂は軽蔑する。
だからお前は処女なんだと心中で嘲った。
鬱陶しいのは彼女だけではない。
<うっ、うぅ……、博士かわいそう……っ。ちょっと! もっとちゃんと聞いてあげなよ! 優しいフォローを言ってあげて!>
<なんでお前も涙声なんだよ。馬鹿じゃねえのか>
何やら共感と同情をしてしまったらしいウェアキャットが、こうしてちょくちょく話しかけて弥堂を正気に戻してくる。
弥堂はイライラしてきた。
「要はなんだ? もっと金が欲しいということでいいのか?」
「わ、私そんなこと一言も言ってません……っ! お、お金なんか……、うっ、うわぁぁぁぁぁん……っ!」
彼女の意思を汲んでやろうとしたが、何故か博士はギャン泣きに移行してしまった。
すかさずウェアキャットから叱責が飛んでくる。
<こらっ! なんでこんな時までふざけるの⁉>
<別にふざけてなどないんだがな>
<真面目にやってそれなの⁉ 話わかってる⁉>
<あ? こいつはアレだろ。報酬とリスクが見合ってないから不満なんだろ?>
<なに聞いてたの⁉ 泣いてる女の子にお金の話するとかサイテーだよ!>
<女が泣きだしたら金を渡さないと黙らないだろうが>
<そんなわけないでしょ! もう一回ちゃんと聞いてあげて!>
<めんどくせえな、クソが>
弥堂は悪態を吐いて博士を見る。
こっちの女の相手をしている方がまだマシだと思ったからだ。
「あー、なんだ? お前はカスどもに生命を狙われるのが気に喰わないということだな? 理不尽だと」
「は、はい……、ヒドイと思いますぅ……」
「そうか。だが『世界』とはそんなもんだ。運がなかったな」
「う、うわぁーーんっ!」
<こらぁーっ!>
話は終わりだと頷いてみせると博士はまた子供のように泣いた。
弥堂はまた相棒兼監視役に怒られてしまう。
<なんでそんな突き放したことを言うの⁉>
<事実だ>
<そんなのいらない! もっと女の子に寄り添ったことを言ってあげて!>
<そんな会話に何の意味があんだよ……>
辟易とするが、ここから立ち去るわけにもいかないので仕方なくやり直す。
「おい、お前」
「うえぇぇぇ……、え?」
「理不尽だと思うのなら反抗しろ。それが出来ないなら食い物にされるだけだ。お前のようなガッツのない女は殺されて当然だ」
「ひぐっ⁉ だ、だって、私そんなこと……」
「泣いていたら何か変わるのか? 逆だぞ。泣くということはお前が嫌がってる――つまり、有効だと判断してもっと泣くようなことをしてくるぞ。俺が敵だったらそうする。自分からこれをされたら困りますという情報を敵に与えるな、バカめ」
「そ、そんなこと言われてもおぉぉぉぉ……っ!」
だが、今回も駄目なようだった。
<おい、ダメだぞ>
<え? なにそのボクにやらされた感。バカなの?>
<もうやるだけやった。ダメだった。それでいいな?>
<いいわけないじゃん。もしかして今の励ましてるつもりだったわけ? 頭やばくない?>
弥堂は自分に寄り添った意見をくれない相手と話をしたくなかったので、再度博士にチャレンジする。
こっちの女とも話したくなんてなかったのだが、これも仕方ないことで――
運がなかったのだと割り切ることにした。