テロリストに人質にされていた“
“――テッド……!”
護衛チームのリーダーであるケインが仲間の名を叫んだ。
倒れた隊員の顏にはナイフが突き刺さっており、返事は当然ない。
緊張感の高まっていた室内でついに流血が起きてしまった。
“――オイッ! なんで殺した……⁉”
ケインを押さえていたテロリストの男が仲間を睨みつける。
襲撃側の彼としても、今のこのタイミングでのこの事態は決して望んではいなかったからだ。
“あっ……? あぁ……”
“貴重な人質を無駄に減らしやがって! どういうつもりだ⁉”
“あ、あぅ……、ち、ちがう……っ”
“
“なにが違う……ッ!”
下手な言い訳だと、叱責をした男はもう一度死体へ目を向ける。
仰向けに倒れて顔面にはナイフが突き立っている。
ピクリとも動かない。
死体から生える黒い刃を見て苛立たしげに舌を打った。
“どう見たって死んでんだろうが……ッ!”
“ち、ちがう……ッ”
“アァッ⁉”
“オ、オレじゃない……ッ”
“なんだと……⁉”
この期に及んで何を言うかと、頭に血が昇る。
つい数秒前までナイフ片手に隊員と掴み合っていたのだ。
そんな言い分があるかと、もう一度仲間を怒鳴りつけようとする。
だが――
“――あ?”
――その仲間の手にはナイフがまだ握られたままだった。
死体には確かにナイフが刺さっているというのに。
一体どういうことだと仲間の持つナイフの銀色の刃へ怪訝な目を向けた。
“どういうことだ……?”
“あ、あいつが……ッ!”
動揺をする襲撃者はナイフでベッドの方を指し示す。
全員がそこに居る男を茫然と見た。
そこに居る男とはもちろん――
――
“あ、あいつが殺したんだ……ッ!”
人質を失った男は声高にそう主張した。
その声も周囲の動揺も無視して、弥堂は指を動かす。
立ち上げていたスマホのアプリを操作して通話を発信した。
スーツの懐に手を入れながら弥堂は立ち上がる。
そして、取り出したイヤホンを左耳に填めた。
「――見てるな? 始めるぞ」
『はいはーいなのだ! お姉ちゃん待ちくたびれちゃったのだ!』
虚空へ語りかけるとすぐに合成音声によるエアリスの返事が耳に届く。
意味不明な状況と掴みどころのない行動に、襲撃者たちはさらに動揺をした。
「ナ、ナンダ……ッ⁉ 今ナニをしタッ⁉ 誰と喋ってル……⁉」
「マ、マッドドッグ……! オマエがテッドを殺したのカ……⁉」
ケインとその背後のテロリストが同時に問い詰めてくる。
弥堂はテロリストは無視し、ケインへ向けて肩を竦めた。
「そうだが? 目の前で殺ったのに見ていなかったのか?」
「な、なんだと……ッ⁉」
当たり前のことのように肯定する弥堂にケインは絶句する。
先程、背後から抱き寄せた福市博士に愛撫をしていた際、弥堂は彼女の身体をブラインドにし、男たちから見えないように懐からナイフを抜いた。
そして彼ら同士で揉めて自分から視線を外した隙にそれを投擲したのだ――
――“
それを隠そうともせずに堂々と言う弥堂の振舞いに、ここに居る全員が疑心暗鬼に陥った。
「オ、オマエ……、オレたちの味方だったのカ……?」
ケイン側の襲撃者が半信半疑で訊ねてくる。
彼自身そうは思っていないのだろうが、現在の状況的にそうとしか考えられない。
なにせ“
弥堂は平淡は口調と表情のまま即答する。
「ん? 聞いていないのか?」
「ア、アァ……。なにも……」
「そうか。それよりアレックスは何をしている?」
「え? あ、潜入班とは別でホテル内に潜伏しテル。そろそろ例のヤツを使ウはずダ……」
「へぇ」
“例のヤツ”とやらに当たりをつけながら、弥堂は適当に聞き流した。
「それで? 随分と予定と違うようだが?」
「し、仕方ないダロ……ッ! オマエが手当たり次第にスパイ認定したセイで最初の予定はもうメチャクチャだ……ッ!」
「あ? 違う。修正プランが出ていただろ? それも聞いていないのか?」
「な、なんだって……⁉ 何も聞かされてないぞ……ッ!」
襲撃者同士顔を見合わせる。
もう一人の男も顔を横に振った。
弥堂は苛立ったように舌を打つ。
「マジかよ。勘弁してくれ……」
「その修正プランとはナンダ?」
「仕方ない。見せてやる。時間がないから一発で覚えろよ」
「ワ、ワルイ……」
弥堂は面倒そうにしながら、手に持っていたスマホを奥側の襲撃者へと下手で放ってやった。
放物線を描きながら落ちてくるそれを見上げて、襲撃者は肩から提げている小銃から手を離し、弥堂の投げたスマホを受け止めようとする。
もう一人の襲撃者とケインの目線も思わずスマホに吸い込まれる。
スマホへの依存から脱却できない現代人たちに侮蔑の念を抱きながら、弥堂は博士を突き飛ばして前へ出た。
「――きゃっ⁉」
悲鳴とともに博士がベッドの上でに転がった時にはもう、弥堂は手前側の襲撃者に肉薄し、彼の腹部に下から拳を当てている。
【
“零衝”――
今日初めてそれを全力で打ち込む。
触れた拳から直接徹された“威”が弾け、体内で小爆発を起こし一撃で絶命へと追い込んだ。
襲撃者の眼球が破裂し、耳から血が噴き出す。
それだけに留まらず、胸腔がバラバラに砕け、下から打ち上げられた胃は横隔膜を突き破り、食道と繋がったままで口から飛び出してベチャっと天井に張り付く。
ベッドにへたり込む博士の目に、その残酷な光景が映った。
そんな彼女の頭上から、撒き散った血と肉が降り注ぐ。
「え……?」
真っ白なベッドシーツがビチャビチャと赤く汚れていく様子を、博士は茫然としたまま見ていた。
「ひ――」
身と衣服を濡らす不気味な感触と悍ましい様相に悲鳴を漏らすことすら出来ない。
あまりに突然で、あまりに凄惨で――
福市博士は瞠目したまま固まってしまった。
彼女の身体が傘となり、シーツを血から守っている場所。
まだ穢れを知らないままの白が、博士のお尻の下から拡がってきた黄ばみに汚されていった。
凄惨な死体がドチャァっと床に倒れる。
弥堂はその場にしゃがみこみながら、もう一人の襲撃者をジロリと視た。
“――あ、あぅぁ……ッ”
素手で触れただけで人間を破裂させる――
目の前で起きたその出来事への理解が及ばず、自分たちが攻撃を受けているという判断にすぐに繋がらない。
襲撃者は手の中のスマホか、肩から提げる小銃か――
――今自分が手に取るべきはどちらなのか――
――それを選択するための情報処理が追い付かない。
その隙に弥堂はテッドの死体から黒鉄のナイフを抜き取り、生き残った襲撃者へと動く。
ぬるりと――相手の視線を潜るようにして、接近しながら下から凶刃が伸び上がる。
黒いナイフが襲撃者の喉に突き刺さった時に、ようやく彼は弥堂のスマホから手を離して銃を構えようとしたところだった。
“――あっ……⁉ ガァ……ッ⁉”
「判断が遅い」
ポロっと手から落ちるスマホをキャッチしながら、弥堂はナイフを横に払う。
半ばまで肉が裂けた首から血が撒き散る。
倒れゆく死体が撃った何発かの銃弾が壁と天井に当たった。
“クッ――”
自由となったケインは反射的にバックステップを踏んで距離をとる。
だが、距離をとってどうするのか――
――その後の行動に迷う。
「マッドドッグ……、オマエは――ッ!」
――敵なのか、味方なのか。
まず彼は味方として清祓課から送り込まれてきた。
そしてテロリストたちを次々とスパイとして検挙した。
だが味方であるテッドを殺した。
だけどテロリストたちも殺した。
ケインは右手のやり場に迷う。
拳銃か、通信機か――
(テッドもスパイだった……? いや――)
ケインは拳銃を抜いた。
しかし――
“――グゥ……ッ⁉”
――その瞬間に拳銃を握る手の甲を黒いナイフが貫いた。
「――判断ミスだ」
弥堂はケインが取り落とした拳銃を空中で拾う。
「マ、マッドド――ッ!」
そしてこちらを睨むケインの喉に銃口を押し付けて躊躇わずに引き金を引いた。
パンッ――と乾いた音から僅かに遅れて重量物が床に落ちる音が鳴る。
その音に博士は身を縮こまらせた。
仰向けに倒れたケインは即死には至らなかったのだろう、震える手で通信機のボタンを押す。
続けて声を発しようとするが、喉に空いた穴からゴポッと血が溢れると激しく咳き込み、言葉には出来なかった。
弥堂はそんな血塗れのケインの顔を冷酷な眼で見下ろす。
すると、発信者が何も喋らないことで焦れたのか、受信側の声が通信機から聴こえてきた。
『“――こちら本部。アルファ1、どうぞ”』
“……あ……ぁぁ……”
ケインの喉が小さく擦れた声を鳴らす。
だが、「ひゅぅー、ひゅぅー」と空気が漏れるばかりで、最早何も喋ることが出来ない。
「生き残ることを諦めたら、仲間に情報を遺せたのにな」
『“アルファ1? どうしました?”』
弥堂は茫洋とした目を向けるケインと眼を合わせ、そして彼の顔面に銃弾を2発撃ち込んだ。
一発は顏の横に外れ、もう一発はケインの額に穴を空ける。
絶命したケインの手が通信機のボタンから離れ、ポロっと床に落ちた。
そちらへは興味を示さず、弥堂は手の中の拳銃をジッと視た。
「便利だな。これ」
どうやら初めてのピストルを気に入ったようだった。
『“こちら本部! アルファ1、応答を! 今の銃声はなんだ⁉”』
「今なんて言ったんだ?」
その質問はウェアキャットへ向けたつもりだったが、返事はない。
仕方なく弥堂はベッドの上の福市博士へ顔を向けた。
返り血に汚れた彼女は放心している。
天井へ向けてパンっと一発発砲すると、ビクっと肩を跳ねさせた後に彼女は緩慢な動作でこちらを見た。
「これどうやって喋るんだ?」
「え……?」
弥堂は床の上の通信機を拾って博士に近付く。
「そこの、ボタンを押して……」
まだ正気を取り戻していない様子の博士はボタンを指差して素直に教えてくれた。
弥堂はそのボタンを押しこんで通信機に口を寄せる。
「マッドドッグだ。日本語がわかる奴はいるか?」
『“――ッ⁉ ちょっと待て”』
通信機から聴こえてくる声が別人のものに変わった。
『マッドドッグ。こちら本部ダ。何があった?』
「敵の襲撃だ。博士の部屋を襲われた。2人殺された」
『なんだトッ⁉ 博士ハ……⁉』
向こう側の空気が変わる。
弥堂は何一つ変わらぬ調子で報告を続けた。
「博士は無事だ。そちらへ連れていく。他の潜入中の敵が暴れ出す予定があるようなことを言っていた。警戒しろ」
『了解。応援は必要か? 敵は始末出来たのか? 味方の生き残りは?』
次の質問には答えず、弥堂は通信機を床に捨てる。
落ちた通信機がまだ何かを喚き続けているが、以降は無視をした。
「さて、次は――」
<――な、なんで……>
シームレスに次の行動に移ろうとしたところで、ウェアキャットからのテレパシーが届く。
『ようやくかよ』という侮蔑を心中で隠し、弥堂は鼻を鳴らした。
<……なんで、殺した……の……?>
<なんで?>
続いた質問には意味がわからないと首を傾げる。
<敵を殺しただけだが?>
<そ、それは……、でも……っ。ゴ、“
大きく動揺をしているのだろう。
ウェアキャットの言葉は途切れ途切れでたどたどしい。
<それがどうした?>
<ど、どうしたって……。ケインさん……、あの人たちもスパイ、だったの……っ?>
<さぁ? 知らないな>
<は――?>
ここまでずっと、スパイだと言い切って非道を行ってきた男の返答が変わる。
ウェアキャットは思考が完全停止しそうになった。
<じゃ、じゃあ……、えっ? な、なんで……、味方を……っ>
『殺したの?』と、その先は恐ろしくて口には出せなかった。
<味方? 意味がわからないな>
そんな言葉は初めて聞いたといったような態度。
弥堂の言葉に、振舞いに、何もかもがわからなくなる。
ウェアキャットはどんどんと早まっていく自分の心臓の音に頭の中を支配されてしまったようになり、次は何を言えばいいのかすらわからなくなってしまった。
意味不明な弥堂の行動と、それによる凄惨な出来事――
今しがた目にした全てに理解が追い付かない。
そうしてウェアキャットが固まってしまうと、どうでもいいとばかりに弥堂は行動を再開する。
「――おい、準備は出来ているか?」
『もちのろんなのだ』
エアリスからの即答。
異世界で弥堂に約7年ほど付き添った彼女だけが、彼の行動を理解し受け入れられる。
弥堂はケインの近くに落ちている襲撃者の死体を引き摺って窓際へと近寄った。
死体を適当に放って手を空ける。
そして、床から天井までの自身の身長よりも高い窓ガラスに掌を押し当てた。
“零衝”――
弥堂が爪先を捻った次の瞬間には窓ガラスは粉々に砕け散る。
気圧により内より外へ強烈な風が吹いたように吸い出される。
「――きゃああぁぁぁっ⁉」
博士の悲鳴を聴きながら、弥堂はグッと床を踏んでそれに耐える。
それから近くの死体を片手で拾い、窓の外へと投げ捨てた。
一瞬の滞空の内に、もう光の消えた目と視線が合う。
弥堂はその顏へ向かって3回引き金を引いた。
全弾外れたような気がしたが見なかったことにして、弥堂は手の中の銃も窓の外へと投げ捨てる。
そしていつの間にか装着していた指紋対策用の手袋を外して、スーツの懐へと仕舞った。
『美景市内のあちこちの交番に、ここのホテルで銃声がして死体が落ちてきたって通報しまくってるのだ』
「続けろ」
元々彼女と相談していた通りのプランで進めるよう指示を出す。
すると少しだけ立ち直ったのか、ウェアキャットから先程よりも鋭い念が届いた。
<な、なにやってんの……っ⁉ つか、さっきから誰と喋ってんの⁉>
<全肯定風お姉ちゃんだ>
弥堂は適当な返事をしながら、襲撃者の死体を漁って拳銃を盗む。
<キミの目的はなんなの……⁉>
<目的だと? お前と一緒だろ>
<は……?>
何を当たり前のことをと眉を顰めながら、適当に拳銃をカチャカチャ弄っていたら偶然にもセーフティが解除された。
調子を確かめようと、これまた適当にその辺に一発パンっと発砲してみる。
「――ひぃぃっ⁉」
壁を貫通せずに跳ねた弾丸がベッドに穴を空け、近くに座っていた博士が悲鳴をあげた。
弥堂は「うむ」と満足げに頷き、スーツの内側の空いていたホルスターに拳銃を収納する。
それからテレパシーを送る。
<俺とお前は同じ依頼を受けたのに、何を言っている?>
<お、おなじ……? 同じって、博士を守るってことでしょ……⁉ それなのに何で味方を――>
<――それは違う>
相手の念を遮り、弥堂は強く否定した。
<依頼の達成条件を忘れたのか?>
<じょ、条件……?>
ウェアキャットはそれを思い出そうとするが、しかし理解が出来ない。
<大成功があっただろ。ボーナス付きで報酬が支払われる条件。それは、『博士を誰にも渡さないこと』だ>
それはウェアキャットも憶えている。
今思い出したことも、自分が口にした『博士を守る』ということと全く同じ意味だ。
そのはずだ。
なのに、ズレている感覚がある。
同じ言語で、同じ言葉を言っているはずなのに、全く意味が通じていないような――
そんな気味の悪さが肌に張り付いて剥がれない。
気のせいだと言い聞かせて、考えていることとは逆のことを言う。
<……そうでしょ? それなのに、なんで――>
<――テロリストには渡さない。アメリカにも渡さない>
<え……?>
だが、そんな偽りの共感になど、相手は付き合ってくれない。
<このホテルに居る人間は皆殺しだ――>
弥堂はついに決定的なことを言葉にした。
依頼を受けた瞬間からずっとそう考え、そうするつもりだった。
だが、その考えはウェアキャットにはまるで理解が出来ない。
<な、なにを言って……>
<“
<そ、そんなバカなこと……>
<バカなこと? これは最初からそういう話で、そしてこれこそがボーナスの条件だ>
当たり前のことのように弥堂は言う。
それが正しいのか間違っているのか、ウェアキャットには判断がつかなくなってしまった。
『――ンなワケねェだろ、バカが』
それをジト目のルビアが否定する。
『あーあ、やっぱり殺りやがったよ……。アタシャ絶対ェこうなるって思ってたね。ほれ見たことか!』
『途中で“ごーすと”に取り入ろうとしていましたから、今回はもしかしたら穏便に済むかもしれないと期待したんですけど……』
『あわよくばってスケベ心だろ? このバカはいっつも行き当たりばったりの思いつきで行動してんだよ』
『そのくせ最初に決めたことも無理矢理押し通そうとするから、毎回滅茶苦茶なことになっちゃうんですよね……』
<え……? なに……? 誰……っ?>
『おっと、やべ――』
ルビアの愚痴にエルフィーネが疲れたように同意する。
すると、それが聴こえていたのかウェアキャットが訝しんだ。
幻覚女たちは慌てて退散していった。
それらを全て無視して弥堂は博士の近くに戻ってくる。
今は他のことを気にしている場合ではないと、ウェアキャットは頭を振った。
<ねぇ……ッ! あんた何バカなこと言ってんの……⁉>
<しつこいぞ>
<“
<別に。仮に奪われそうになったらこの女を殺せばいいだけだ。それでも最低条件は達成され金になる。俺に損はない。実に簡単な仕事だ>
<そ、そんなこと……、許されるわけないでしょ……⁉>
<そうか? だったら勝てばいいだけだ>
<出来るわけない……!>
<そうかもな。最終的には運次第だ。だが、やれるだけの準備はしてきた。「エアリス――」
弥堂は念話の途中から肉声に切り替える。
『はーい、なのだ! 準備終わってるのだ。窓の外を見て欲しいのだ』
弥堂は指示に従い窓の方を視る。
ガラスが割れた向こうの宙に黒い影が浮かんでいた。
学園から盗んだままだったドローンだ――
『――マッドドッグ! もっと詳しく報告を! 現在地はどこだ⁉ 味方はどうなっている⁉』
足元の無線機から矢次早に質問が飛んでくる。
「理解が出来ないな」
日本語の音声だったが何を言っているのかわからないと嘯き、弥堂は首をゴキリと鳴らした。
<な、なにそれ……? もしかしてそれ……っ>
『いつでもどうぞ、なのだ』
「わかった――」
<――こ、今度は何する気なの……⁉>
弥堂はドローンを鋭い眼で睨む。
そのドローンの遥か後方――
そこは隣のビルの屋上、ウェアキャットの居る場所だ。
スキルで見る映像と実際の視界が重なり、ウェアキャットはドローンごしに弥堂の魔眼と目が合ったように錯覚した。
視線を固定し、弥堂は口を開く。
<――課題を出されていたんだ……>
<え……?>
ポツリと呟くように伝えられた思念。
ウェアキャットは不審に思う。
<部活の課題でな。簡単なものだから、このG.W中に各自で片付けておくようにと命じられていたんだ>
<ぶ、部活……? こんな時になにを……っ>
ふざけるのもいい加減にしろと、そう一喝することは出来なかった。
ウェアキャットの胸で急激に不安感が膨らんでいく。
それはさっきからずっと感じていた不安だ。
その正体が今から明らかになる――そんな予感がした。
<『普通の高校生である僕がもしも宿泊先のホテルを爆破されたら』――あるだろ? 泊ってるホテルを襲撃されて建物ごと爆破されるような事件に巻き込まれる。その手の映画やアニメが……。今のこの状況を予め警告してくれていた>
<今そんなこと関係ないでしょ……っ!>
弥堂は心中で、自身が所属する部活動の長である
だがそんな意味不明な弥堂の言葉はウェアキャットにはまるで伝わらない。
<遍く状況下に於いて生き残る方法を模索する――それが我々の活動のテーマだ。今回は、普通の高校生である俺が滞在先のホテルを爆破されたら――そんな状況下でどう行動するのが最適か>
<やめて……っ、もういい……っ!>
<答えは簡単だ――>
弥堂は真っ直ぐ向けたままだった視線はそのまま――
だが、視点を遥か先のウェアキャットではなく、手前のドローンに当てる。
そして念話ではなく、実際に口を動かして発声する。
ドローンのカメラレンズが弥堂の唇の動きを写した。
それはいつかの学園の時計塔の屋上での時と同じ動き――
『や・れ』――と。
2文字の発音がドローンのカメラの向こう側と、ウェアキャットに伝わった。
ドローンの小さな赤いランプがチカチカと2回点滅する。
ドローンはすぐにその場を離れて飛び去った。
その僅か1秒後――
ドオォォォォンッと――
ウェアキャットの居る隣のビルまでをも震わせる轟音が夜空に響く。
<な、なに……⁉>
思わずそう口にしつつも、外からホテルを見ているウェアキャットには何が起こったのかがハッキリと視認出来た。
爆発だ。
防衛するべきポートパークホテル美景の建物内のどこかで爆発が起きたのだ。
続けて何回か同様の爆発が起こる。
ホテルの壁かガラスか、一部が砕け飛びそこから火の手が上がった。
<――答えは、『爆破される前にこっちから爆破してしまえばいい』だ>
<く、くるってる……>
<爆発が起きることがわかっていれば驚くこともない。それに、自分たちで爆破するつもりだった敵側は今頃大慌てだろう。大混乱している内に全員地獄に落としてやる。俺以外の全員が困っていて、俺だけが困ってない。この瞬間、俺だけがフリーだ>
足元で尚も喚いている通信機を弥堂は踵で踏み潰す。
そこで、そういえばこの通信の相手とウェアキャットからの質問で、答えていないことがあったなと思い出した。
今更だが、それを声に出して言ってやる。
「味方などいない――」
スパイなど真面目に探し出す必要はない。
全員殺してしまえばそれで済む。
友軍も敵軍も一ヶ所に集めて纏めて爆破する。
それが最も効率的だ。
目的の為には手段を選ばない。
敵も味方も、自分さえも生き残る必要が無い。
これが、異世界で勇者に為り損ない、しかしそれでも勝ちを掴んで目的を果たした男の――
弥堂 優輝という人間の本性だ。
魔法少女事件の時は、近くに居たのは愛苗だけだった。
しかし、今回初めて――
その本性が――
本領発揮が――
多くの国、勢力、人間の居る場所で、剥き出しにされる。
外敵を阻む為のはずだった堅牢な要塞は、獲物を逃がさぬ為の檻へと変貌する。
その中へ送り込まれていた木馬の胎を割って這い出てきたのは――
――見るも悍ましき混沌という名の蟲だ。
異世界にて幾万の死体を作り出した最悪の
ついにこちらの世界でも行動を再開する。
殺害再開――
戦場の状況は混沌へと移行した。