ホテル13F――
《――うおぉぉぉっ⁉ な、なんだぁ……っ⁉》
9Fから13Fに潜伏場所を移していたアレックスとビアンキは、突然の爆発音に驚く。
まだ見つかっていないスパイの仲間に11Fでトラブルを起こさせ、近くの巡回の兵を引き付させてその隙に9Fから階段で上階へと上がる。
続けて次は16Fでトラブルを起こさせ15Fに居る人間を減らす。
その隙に本部を急襲して捕まった仲間を救出し、彼らと一緒に20Fの博士を奪い、そして屋上からヘリで脱出する。
エマを通じてそう指示を出し、そういったプランで動いていた。
《アレックス! 爆破すんなら先に言えよ……ッ!》
ビアンキが抗議を入れてくる。
《いや……》
アレックスが持っていたリモコンはこのホテルの建物内に仕掛けられていた爆弾の起爆スイッチだ。
これを起爆すれば、恐らくそのタイミングでダリオが外の本隊を突撃させてくる。
本隊がホテル1Fに侵攻出来れば、下の階の戦力は上には来れなくなるはず。
そのタイミングに合わせて15F本部を襲うつもりだった。
しかし――
《――オレじゃ、ねェ……ッ!》
《なんだと?》
アレックスはギリっと歯を鳴らす。
《オレは起爆してない。勝手に爆発しやがった》
《アァ? なんだそりゃ……》
ポカーンと口を開けるビアンキにアレックスは「オレが聞きてェよ」と苦笑いをする。
だが――
《――わからねェが、ここで行くしかねェ……ッ!》
こんな状況になったらもう様子を見て大人しくなどしていられない。
きっと外の本隊も動いてしまっているはずだ。
だったらもう生命を賭けるしかない。
《ビアンキ――》
《待て――》
ビアンキは部屋のドアの前で目を閉じ、耳を澄ませる。
《……足音1》
《カウントしろ》
アレックスは拳銃を抜いてドアノブを握った。
《……3……2……1……行けッ》
ビアンキのカウントに合わせて勢いよく内開きのドアを開いて廊下へ飛び出した。
“――ハロー、ゴースト!”
“なっ――⁉”
拳銃を持ったアレックスが急に背後に飛び出してきて、部屋を通り過ぎたばかりの隊員は慌てて振り返る。
持っていた小銃の銃口を急いで向けようとするが、アレックスは早撃ちを挑まずに隊員の方へ駆けだした。
驚く隊員の脇を駆け抜けようとする。
“この……ッ!”
隊員が銃口を追尾させ引き金を引こうとした時――
《――オオオォォォ……ッ!》
開けっ放しの部屋から長身の影が猛スピードで飛び出した。
“もう一人――”
《遅ェんだよ、死んどけ――ッ!》
“
力任せに――
だが急速で振られた拳が隊員の顔面に直撃し、勢いのまま壁に叩きつけられる。
ゴチャッという音ともに、隊員の頭蓋骨は潰れた。
そこそこ高級なホテルの壁に品性のないアートが描かれる。
《ひゅぅーッ、相変わらずのバカ力だぜ》
《バカは余計なんだよ》
慣れたものとばかりに二人は成果を喜ぶこともなく、昇り階段への進路を向いた。
《さぁーって、こっからはオマエの戦闘力が頼りだ。頼むぜ? ビアンキちゃん》
《うっせェよ。シェキルのヤツが心配だから急ぐぜ。着いて来いよオッサン》
《ハッ――上等……ッ!》
死体から素早く奪い取った小銃をビアンキが投げると、受け取ったアレックスは先行して走り出す。
それを追いかけるビアンキは階段に近付いた時にクンクンと鼻を鳴らし、一気に加速した。
《ここまでストレス溜めまくったんだ! 返させろやアメ公――ッ!》
“なっ――⁉”
アレックスを追い抜いたビアンキは、巡回兵が角から姿を見せた瞬間に飛び掛かり、あっという間に撲殺する。
《ハッハァーッ! ノレるじゃねェか!》
馬鹿笑いをあげながらアレックスは角の奥に銃弾をバラまいた。
このすぐ後に停電が起こると、ホテル内外のあらゆる場所で戦闘が始まった。
ガインッと――
硬質な音を鳴らしてエレベーターのドアが拉げる。
(これでどれだけ効果があるか)
手加減した零衝で弥堂はエレベーターの扉が中にヘコむように破壊をしておいた。
非常電源でエレベーターを復旧された場合に、これで使えなくなれば儲けものといった程度の処置だ。
“――なんの音だッ⁉”
“オイ、あっちだ”
すると廊下の向こうから英語での会話と二人分の足音が聴こえてくる。
“
弥堂がそちらへ眼をやると、あちらもこちらに気付いたようだ。
暗い廊下は完全な闇にはなっておらず、非常灯が点々と光を残している。
科学ってクソだなと考えながら、弥堂は博士を連れて隊員の方へ歩き出した。
「おい! こっちだ! 助けてくれ!」
弥堂は先に声をかける。
「マッドドッグか?」
返事が日本語で返ってきた。
(運がいいぜ)
心中でそう考えながら、隊員たちに手を振る。
「ソチラはシズカ博士カ……?」
弥堂たちの目の前で立ち止まった隊員は、弥堂の隣に目を遣る。
博士には白衣を被せており、パッと見で様子がわかりづらい。
血塗れの彼女を隠すための即席の処理だ。
「そうだ。襲撃されて彼女だけどうにか逃がしてきた」
「よくやった。味方ハ?」
「ケインとテッドが殺られた。博士を庇って、テロリストと相討ちに……」
「ソウカ……」
隊員は沈痛そうに事態を飲み込んだ。
「本部は? 15Fは無事に機能しているのか?」
「さっきまでは。オレたちは15Fから来た。ダガ無線が死んだ。今はワカラナイ」
「そうか。さっきの爆発は?」
隊員は弥堂の質問に首を横に振った。
「わかった。博士を頼めるか?」
「え――?」
声を漏らした博士の腕を握る力を強めて黙らせる。
「敵が他にもいるようなことを言っていた。お前らが15Fから来て遭遇しなかったのならその間は安全ということだろう。なら、こことここの上が怪しい」
「……ナルホド。少なくとも存在を確認スル必要はあるカ……」
「その通りだ。俺はそれを探す」
「イイダロウ。オレも一緒に行ク」
隊員は弥堂に同行を申し出ると、もう一人の隊員に英語で何かを説明する。
弥堂は博士を引き渡した。
“じゃあ頼んだぞ”
“了解。気をつけろ”
隊員たちは背を向け合う。
“あ……っ”
流されるままの博士は頭から被った白衣の下から、自分を保護した隊員を覗こうとする。
さっき起こったことを伝えなければ――
あの男は英語がわからないはず。
今なら――
そう考えた時、隣の隊員が前のめりに床に倒れた。
その首には黒いナイフが刺さっている。
ナイフに付着した血が非常灯の光を反射させたことで、この暗闇の中でもそれがわかった。
「ひ――」
“――ゴアァァァッ⁉”
博士の悲鳴は背後から響いた男の悲鳴に掻き消された。
慌てて振り返ると、先程部屋で見たのと同じような光景があった。
博士を引き渡して、隊員同士が背を向け合った時――
隊員と隊員の間で弥堂は一瞬だけ誰の視界からも消えた。
その隙に博士の護衛の首にナイフを突き刺して殺害し、次の一瞬で同行を申し出た隊員に接近する。
そして“零衝”を打ち込んで一撃の元に死体に変えた。
殺した隊員が倒れると、手応えを確かめるように弥堂は自身の拳を見下ろす。
ふと、異世界で、ルビアの生首を抱いて隠れていた小屋でのことを思い出す。
あの小屋の中で宿屋の小娘の首を斬り落とした時の記憶が浮かんだ。
つい先日は、悪魔や魔物なんかと戦っていたせいで酷く苦労した。
だが、やはり人間相手にエルフィーネから教わった“零衝”は効果覿面だ。
そのせいか、異世界でのあの時にも抱いた感想が再び浮かんだのだ。
自分より弱い者を殺すのは簡単でいい――と。
すぐに思考を振り払う。
「行くぞ」
「い、いやぁぁっ、もういやぁぁ……っ!」
再び弥堂に腕を引かれると、博士は半狂乱で泣き喚いた。
どうして自分がこんな目に――
ほんの少し前には、この男にそんな愚痴を溢していた。
なのに今は、あの時よりももっと強くそう思う。
何故こんな目に――
どうしてこんなことに――
今の状況が一番わけがわからない。
この男の行動も、目的も、何もかもがわからない。
弥堂はそんな彼女の口に再びおパンツを突っ込んで、階段へと向かう。
目的地は15Fだ――