俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章28 戦場の獣 ②

 

 ホテルエントランス前ロータリー。

 

 

「――う、うわぁーっ! 自衛隊っ! 自衛隊を呼んでぇーっ!」

 

 

 清祓課の係長であり今回の日本の指揮官でもある佐藤 一郎は、消防車の陰で泣き叫んでいる。

 

 その彼の部下であり護衛でもある、頭に犬耳を乗っけたロリっ娘の黄沙(フワンシャ)が苛立たしげにその醜態を睨んだ。

 

 

「ウルサイ、オヤジ。呼べるナラ、最初カラ」

 

「だだだだって……! こんな市街戦みたいなのは反則だよぉっ!」

 

 

 開戦と同時に指揮官に泣きが入ったその時、彼らの隠れている消防車のボディがギィンっと鳴る。

 

 

「ととと飛んできたっ! 今流れ弾が飛んできたっ!」

 

「ダマレ、オヤジ、アタマが泣くナ。シゴトしロ」

 

「だだだだって……! いつもの僕の仕事ぶり見てるだろぉっ⁉」

 

 

 佐藤は援護射撃中のロリの腰にしがみつく。

 

 

「ジャマ、ハナセ」

 

「僕は人と会う予定がなければ定時までソリティアやってるだけなんだ! こんな荒事には向いてないんだよ!」

 

「クソジジイ、ナンデ今回に限ッテ、出しゃばっタ」

 

「だって次の昇格には一定数の現場指揮を消化しなきゃいけないんだもの!」

 

「クソジジイ。ココでシネ」

 

「死にたくないぃぃぃっ!」

 

 

 命乞いをする中年男性は女児のおなかにグリグリとオデコを擦りつけた。

 

 だが、黄沙(フワンシャ)も慣れているのか、無視しながら器用に射撃を行っている。

 

 

 すると、前方――

 

 

 ホテルの敷地の入口の防衛ラインが爆発した。

 

 

「ア――」

 

 

――っという間に、崩壊した防衛ラインを抜けて何台かの車が侵入してくる。

 

 その車たちはこちらと一定の距離の場所で急停車すると、中から続々と武装した兵隊が降りてきた。

 

 彼らは乗り捨てた車を遮蔽物にして、こちらへ射撃を開始する。

 

 

「ひぃぃーっ⁉」

 

「オヤジ、ウルサイ」

 

 

 指揮官とは対照的に、黄沙(フワンシャ)は涼しい顔で応戦を続ける。

 

 破られた防衛ラインから撤退してくる味方の撤退を援護した。

 

 

 どうにかここまで生還してきた清祓課の隊員たちは、ホテルの建物前のスペースを埋めるように停車中の車の影に入ると、すぐに射撃を再開する。

 

 

「――クソッ! やっぱ実弾相手は分が悪いですね……っ!」

 

 

 黄沙(フワンシャ)たちが隠れる消防車の陰に飛び込んできた隊員が、応戦しながら愚痴を溢した。

 

 

「こっちは暴徒鎮圧用の非殺傷弾だというのに……っ!」

 

「戦場に出てカラ、遅イ。黙ッテ、撃テ」

 

「はいッ! 隊長ッ!」

 

 

 アラサーの男性隊員は女児に冷たくあしらわれつつ、若干ヤケクソ気味に射撃を続ける。

 

 

「あぁぁぁっ⁉ あれはマズイよぉっ!」

 

 

 佐藤の声に反応して向こうを覗くと、大きなコンテナを積んだトラックがこちらへ猛スピードで突っ込んできていた。

 

 

「――ッ! 退避ッ!」

 

「はい!」

 

 

 黄沙(フワンシャ)は素早く部下に指示を出すと佐藤の襟首を引っ掴んでその場を飛び退く。

 

 遅れて数秒後、大型のトラックがそこらの車に勢いよく衝突し、そのまま無理矢理ホテルの方へと押し込んでいく。

 

 コンテナの扉が開き、中に乗っていた大勢のテロリストたちがライフルを構えながらホテルの正面口に突撃を開始した。

 

 

「隊長ッ!」

 

「アッチもうダメ。中に任セロ。コッチは外マデ、押し返ス」

 

「う、うわぁあぁぁっ! 黄沙(フワンシャ)ちゃん……、黄沙(フワンシャ)ちゃぁーんっ!」

 

「オヤジ、ウルサイ」

 

「係長もう帰ってくださいよ!」

 

 

 黄沙(フワンシャ)と部下はお荷物上司を抱えたまま、せめて後続の敵戦力の合流を防ぐために、敷地入口の防衛機能を取り戻しに行く。

 

 

 ついにホテルの内部に、敵の本隊の侵入が始まってしまった。

 

 1Fのロビーに入った敵を、吹き抜けの2Fから“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員たちが狙い撃つ。

 

 何名かを射殺すると、ホテルの玄関をぶち破って車が建物の中に入ってきた。

 

 その車体を塹壕代わりに、テロリストと“G.H.O.S.T(ゴースト)”の激しい撃ちあいに発展する。

 

 

 既に死傷者は双方に出てしまっている。

 

 勝敗が決まるまではもう、殺し合いは終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテル17F――

 

 

 

 暗い廊下を弥堂は進んでいる。

 

 その3歩後ろをベソをかいた福市博士がライフル銃を胸に抱いて着いて来ている。

 

 

 足を進めながら、弥堂はふと眼を細めた。

 

 

 前方の空間にどこか違和感を覚える。

 

 

 ドクンっと――

 

 

 心臓を打って魔眼へ流す魔力を増やした。

 

 

 すると、何もないように見える空間の魔素の流れに異常が視える。

 

 さらに魔力を使うと、2つの“魂の設計図(アニマグラム)”と、1つの見覚えのある魔術式が視えた。

 

 

 反射的に記憶の中に記録された映像が再生される。

 

 

 それは5月3日――

 

 御影探偵事務所の応接室――

 

 御影 都紀子(みかげ ときこ)が手に持ったお札と――

 

 魔術式と魔素の動き――

 

 

『――ユウキ! 魔術師です!』

 

「わかってる」

 

 

 弥堂は徐に拳銃を抜くと、その何もない空間の魔術式と“魂の設計図(アニマグラム)”を目掛けて数発の銃弾をバラ撒いた。

 

 

「――あぐぅっ……⁉」

 

 

 すると、銃弾が着弾した途端にその何もない空間から2つの人影が現れた。

 

 

 一人は膝に銃弾が当たったのだろう。

 

 苦しげに呻いて膝を押さえながら床に倒れる。

 

 

 その男の手には呪符のような物があった。

 

 

 恐らく陰陽術によって姿を隠蔽していたのだろう。

 

 そのように見切りをつけて、素早く退避して距離を空けたもう一人の方を視る。

 

 

 そちらの男には見覚えがあった。

 

 1Fで見たインド系の屈強な体格の男。

 

 ハサンという名だと聞いた。

 

 

 だが重要なのは名前ではない。

 

 

――アイツらは異能(そっち)系だよ――

 

 

 ダニーの言葉を思い出す。

 

 

(こいつも魔術師か、加護持ち……)

 

 

 バックステップを踏んだハサンは、短い鉄の棒のような物を身体の前に構えて弥堂を睨む。

 

 

 それは独鈷杵(とっこしょ)と呼ばれる物だ。

 

 弥堂にその知識はないが、古代インドの密教において使われる法具だ。

 

 

“オーム デーヴィー チャンドラガンターヤイ ナマハ――”

 

 

 ハサンが何か呪文のようなものを唱えるが、弥堂は構わずに銃口を向けて引き金を引いた。

 

 暗い廊下でマズルフラッシュが2回瞬く。

 

 

 しかし――

 

 

「――なにっ」

 

 

 ハサンの目の前に不可視の壁でもあるように、弥堂の撃った銃弾は弾かれてしまった。

 

 ハサンが唱えたのはドゥルガー女神に危険からの守護を願う真言(マントラ)だ。

 

 その女神の名の意味は『難攻不落』と『不可侵』――

 

 

「ちぃ……っ」

 

 

 舌を打って、弥堂は【身体強化(ドライヴド・リィンフォース)】の刻印に魔力を注ぎ込む。

 

 一気に突っ込む為に加速力を高めた一歩で床を踏んだ時――

 

 

 ハサンが片手で独鈷杵を構えながら、もう一方の手で何かを取り出した。

 

 手にあるのは瓶だ。

 

 

 鼻に覚えのあるニオイが届いた瞬間、弥堂は突撃を中止する。

 

 あれは火炎瓶だ。

 

 

「――っ!」

 

 

 反射的に背後の博士の位置を意識する。

 

 その隙にハサンは瓶を投げた。

 

 

 だが――

 

 

「――え……?」

 

 

――と、驚きの声を上げたのは倒れていた男。

 

 

 その瓶が向かったのは弥堂でも、福市博士でもない。

 

 

 足に銃弾を受けて倒れていた隊員のすぐ間近の壁に瓶は叩きつけられた。

 

 破砕音と共に、中の液体が倒れている男に振りかかる。

 

 

「ハサン……ッ⁉」

 

 

 驚愕の表情を浮かべる男へ向けて、ハサンは既に着火済みのジッポライターを投げつけた。

 

 

「――ギャアァァァァッ⁉」

 

 

 男は一瞬で火に包まれる。

 

 何故か仲間を着火したハサンは、再び独鈷杵を弥堂へ向けて両手で構えた。

 

 

“オーム ヴァイシュヴァーナラーヤ……”

 

 

 先程とは別の真言を唱え始める。

 

 弥堂は銃口を動かす。

 

 

 その銃口はハサンではなく、直感に従って火達磨になって転げまわる男の方へと向けた。

 

 連続で引き金を引くと、男の悲鳴が消える。

 

 

 滅茶苦茶に連射し過ぎたせいでジャムった拳銃を投げ捨て、弥堂は今度こそハサンへと突っ込んだ。

 

 

“――ッ⁉”

 

 

 ハサンの表情に一瞬、苦々しいものが浮かんだ。

 

 当たりを引いたようだ。

 

 

(運がいいぜ――)

 

 

 魔術による身体強化を得た速度で接近する弥堂に対して、ハサンは中断しかけた真言を続けた。

 

 

“……ディーマヒ タンノー アグニヒ プラチョーダヤートゥ――ッ!”

 

 

 あと2歩ほどの距離まで詰めた時に、先にハサンの詠唱が完了する。

 

 

 それは火の神アグニへ、人の裡に存在し食物を消化する為の火を外へ呼び熾すよう願う言葉。

 

 ハサンの前に現れた火炎が弥堂を襲う。

 

 

 だが、弥堂は減速することなくその火へ突っ込んだ。

 

 

“――なっ⁉”

 

 

 自分から突っ込んだ分、火に包まれたのはほんの一瞬のこと――

 

 

 潜り抜けた先にあったハサンの驚愕の顔へ右の抜き手を伸ばす。

 

 

“クソ……ッ!”

 

 

 ハサンは反射的に構えていた独鈷杵で防ごうとする。

 

 視線と意識が抜き手に集中した瞬間、弥堂は左手で抜いていたナイフの刃で素早くハサンの手首を擦った。

 

 

“ぐぁぁっ⁉”

 

 

 痛みと鮮血に驚いたハサンは思わず独鈷杵を取り落としてしまう。

 

 その時にはもう、弥堂の右の掌はハサンの腹部に触れていた。

 

 

「一撃で殺せない魔術師は三流だ――」

 

 

 至近距離で視線が交錯したのほんの一瞬――

 

 

 ハサンは何も言い返すことを許されないまま“零衝”を打ち込まれ、次の瞬間には口から血反吐を噴出して絶命する。

 

 

 弥堂は倒れたハサンを視下ろし、念のため足を踏み落として首の骨を圧し折った。

 

 続いて、ハサンに火達磨にされた男の方へ近寄る。

 

 火はもう消えていた。

 

 

 魔術師は油断ならない。

 

 死を偽装することもある。

 

 “魂の設計図(アニマグラム)”を視れば生きているか死んでいるかは大体的中させることは出来るが、用心深い弥堂は念の為にこちらの男の首も踏み折っておいた。

 

 

「……ん?」

 

 

 すると、あることに気が付く。

 

 ブーツの爪先で持ち上げて、男の顔をこちらへ向けさせた。

 

 黒髪の男。

 

 

「日本人も“G.H.O.S.T(ゴースト)”に居るのか」

 

 

 ただそれだけの感想。

 

 陰陽術を使ったのだからそれも当然かとすぐに興味を失くす。

 

 適当に死体の頭を蹴り飛ばすと、ドン引きした顔の博士が近づいてきた。

 

 

「あ、あの……、大丈夫ですか……?」

 

「……?」

 

 

 不可解そうに弥堂は首を傾げる。

 

 

「い、いえ、火を浴びていたので……」

 

「あぁ……」

 

 

 そこまで言われてようやく意味を理解する。

 

 意図は理解出来ないが。

 

 

「もっと熱い火を知ってるんだ。あの程度ぬるいぜ」

 

「は、はぁ……」

 

 

 適当に答えると博士はもっとドン引きしてしまった。

 

 

『カァーっ! わかってんじゃねェかクソガキ! アタシのこと大好きかよテメエ!』

 

 

 だが異世界最強クラスの放火女は喜んでいた。

 

 

(うるさい黙れ)

 

 

 それにも適当に返し、少し考える。

 

 

 ついにこの世界の魔術師と接敵した。

 

 先ほどの火の魔術は、発動の瞬間の魔術式の拙さと相手の魔力量を視て、大したことがないと判断したので強引に突っ込んだ。

 

 あぁは言ったものの、ルビアのイカれた“加護(ライセンス)”と比較するのは少々酷というもの。

 

 

 だが、とはいえ――

 

 

(――弱すぎないか……?)

 

 

 あれがあっちの世界の平均的な魔術師の火の魔術だったら、一度殺されることになっていただろう。

 

 たまたま弱い相手だったのか、この世界の魔術はこうまで未発達なのか。

 

 サンプルが少ないので如何せん判断が出来ない。

 

 

(それに――)

 

 

 気になることもある。

 

 

 何故仲間をわざわざ火炙りにしたのか。

 

 火炎瓶の狙いを外してしまったということは無い。

 

 明らかにあちらを狙って投擲していた。

 

 

 何となく危険を感じて火達磨の男の方から始末したが、あれを放置したままだと何か違う結果が起こったのだろうか。

 

 

(火……)

 

 

 火達磨の味方と、火の魔術。

 

 火が共通点だ。

 

 

 3秒だけ考えて結論を諦めた。

 

 

「……考えても仕方ないか」

 

「え?」

 

「なんでもない。行くぞ」

 

「は、はい」

 

 

 弥堂は即座に切り替えをして、博士の顔をジロリと視る。

 

 

「おい、勝手に取るなと言っただろ」

 

「あ、はい……」

 

 

 博士はふにゃっと眉を下げて、自身の手の中のパンツを悲しげに見つめる。

 

 それから不審げな目で弥堂を見上げた。

 

 

「あ、あの……」

 

「なんだ」

 

「そういう性癖なんですか……?」

 

「…………」

 

 

 弥堂が無言でポッケから拳銃を取り出すと、博士は慌ててパンツを「はむ」っと口に入れた。

 

 

「…………」

 

 

 弥堂は抜いた銃をスーツの懐のホルスターに仕舞う。

 

 

 そして、次の階への階段を目指して先程よりも慎重に歩き出した。

 

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