俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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序章37 夕魔暮れに滅ぶいくつかの幻想 ➀

 

「それにしても色々入れられたわねー。よくわかんないのもあるし。なんでこんなにネジがいっぱいあんの? いみわかんなくない?」

 

「あぁ」

 

「あんた頭のネジ外れてるからこれ付けとけってことなのかしら……。わ、普通にただのゴミもあるし。これ学食のパンの袋じゃない?」

 

「キミの言う通りだ」

 

「誰だか知んないけど、こいつ袋開けるのへたっぴすぎっ。あたしこういうのパリってキレイに開けないともにょもにょすんのよね。ヘンな風に開いちゃうとなんか台無しな気分になんない?」

 

「そうだな」

 

「てか、この漢字一文字シリーズはなんなわけ? 習字みたいな。まさかこれホンモノの血じゃないでしょうね…………あ、よかった、印刷だ。それでもフツーにキモイんだけど。うぅ……さわりたくない…………こんなの手伝ったげてるあたしチョーやさしくない? 感謝してよね」

 

「キミは素晴らしいな」

 

「…………」

 

 

 二人並んで作業を進める。

 

 黙々と作業に従事する弥堂の隣で希咲のおしゃべりは止まらない。

 

 

「黙ってやれ」という文句が何度か喉から出掛かったが、ペラペラと喋りながらも作業を進める彼女の手元の動作には一切の淀みがなく、どこからともなく取り出したゴミ袋に手際よくゴミを放り込んでいく――なんなら弥堂よりも作業スピードが速い――ので、仕方なく弥堂は不満を飲み込んでいる。

 

 

 しかし、これまでの人生で誠実さを何処かに落っことしてきてしまった疑いのある男はオートモードになり、彼女から投げかけられる言葉には全て定型文で返していた。

 

 

 弥堂本人的には上手いこと適当にあしらえていると思っているが、ここまで何かと減らず口ばかりきいていた男が急に自分の言うことを全肯定し始めたので、希咲さんはバッチリ訝しんでおり、隣で作業をする男の子の顏をジトっとした目で見遣る。

 

 

「……これさー。随分いっぱいあるけど、今までの分溜め込んでたわけじゃないわよね? これって何日分なの?」

 

「あぁ」

 

「……あんたの靴。けっこうおっきぃのね。これ何センチあんの?」

 

「キミの言う通りだ」

 

「ねーねー、話かわるけどさー。あんた昨日の晩御飯なに食べた? あたしん家はね、妹がね、どうしても食べたいって言うから晩御飯的にはちょっとアレかもだけど、バンズ焼いてあげてみんなでハンバーガーパーティーしたの」

 

「そうだな」

 

「あとあと。さっきあんた待たせてトイレ行った時ね、すぐ戻るって言ったけどー実はばっちりメイクなおしてましたぁー。あはー。ゴメンねー?」

 

「キミは素晴らしいな」

 

「…………ねぇ?」

 

「あぁ」

 

「あんた適当な返事繰り返してんでしょ?」

 

「キミの言う通りだ」

 

「やってんじゃねーかこのやろー」

 

「ひへぇは」

 

 

 自ら編み出した技術である、女性との会話に於いて自動で肯定の意を打つこの業に一定の自信を持っていた弥堂だったが、クラスメイトの女子に簡単に疑われた挙句、『YES・NO』では答えられない質問をいくつか投げられあっさりと看破をされてしまう。

 

 

 せっかくゴミ拾いを手伝ってあげているというのに、あんまりに失礼な対応をしてくる隣にしゃがんだクラスメイトの男子のほっぺたを希咲はむぎゅっと摘まんだ。

 

 

「あんたはあぁぁぁっ! なに考えて生きてたらこんなおバカなことしようって思っちゃうわけっ⁉」

 

「はなへ」

 

「離せじゃないわよ! このこのこのっ!」

 

 

 弥堂のほっぺを摘まむ手をもう一つ追加し、両サイドから激しくグニグニすることで己の罪の重さをわからせようとする。

 

 怒りに任せての行動だが、やがて――

 

 

「……あんた意外にほっぺやわかいのね。いっつも顔面固まってるから硬そうなイメージなのに」

 

「はめほ。はなへ」

 

「はなへ、だって。はなひまへんほー、だっ。ぷぷっ、ヘンな顏っ」

 

「ひいはへんひひほほ」

 

「あはっ。なに言ってんのか全然わかんなーい」

 

 

 何気に感触が気に入ったのか、やたらと楽し気に両手で摘まんだ弥堂のほっぺたを、左右交互にうにうにと動かす。

 

 

「あははっ。みてみてっ。すんごい伸びるんだけど! あんたのほっぺ面白ーい。ほらっ、みょーーんって!」

 

「…………」

 

 

 大はしゃぎで弥堂のほっぺたで遊んでいた希咲さんだったが、その持ち主の目がしらーっと呆れたように自分を見ていることにハッと気が付いて、パっと手を離す。

 

 

「……ごめん。ちょっとチョーシのった……」

 

「気にするな。もうどうにでもしろという心境に至った」

 

「だからゴメンってば。怒んないでよ」

 

「……怒ってはないが、これをやめろっつってんだ」

 

 

 フォローのつもりなのか、希咲が綺麗に指先を揃えた左右のおててで、散々弄んだ弥堂の頬肉をむにむにと揉み解してくると、弥堂のコメカミに青筋が浮かぶ。

 

 

「気安く触るな」

 

「あん」

 

 

 やがて鬱陶しくなった弥堂が面倒そうに頭を振って希咲の手を剥がす。

 

 振りほどかれた希咲は可愛らしい呻きを漏らすと、名残惜しそうに空手となった指をふにふに動かした。

 

 そのまま獲ってきた獲物で遊んでいた猫がそれを取り上げられた時の様に、どこか物欲しそうな狙うような目で弥堂をジーっと見ていたが、ややあってハッとすると――

 

 

「んんっ。そっ、そういえばラブレターのことすっかり忘れてたわね。これちゃんと別けとかないとね――」

 

 

 誤魔化すように咳ばらいを入れて無理矢理に話題を転換させながら地面に落ちている封筒に手を伸ばす。

 

 

 しかし――

 

 

「おい、迂闊に触れるなと言ったぞ。そっちは本当に危険だ」

 

 

 目的の物に指先が届く前に、手首を隣の弥堂に摑まれる。

 

 

「ん? 危険? ってなにが?」

 

 

 コテンと首を傾げたまま目線を弥堂の顏に戻しつつ、腕をぶんぶんして掴まれた手首を離そうとする。

 

 

 あれだけ人の顔に不躾に触れておいてのこの態度に、弥堂は理不尽さを感じ僅かに眉を歪めたが、気にしないことにして彼女からの質問に応える。

 

 

「見ていろ」

 

 

 端的に告げて、希咲の手首から話した手で手紙を拾う。

 

 

 そのまま封筒の端を掴んで、中身を下に寄せるように軽く振る。すると軽い金属が擦れるような音が鳴った。

 

 希咲の視線も訝しむものに変わる。

 

 

 弥堂は次に封筒の平面部分の上部、持ち手に近い所を無理矢理摘まんで引き千切る。

 

 そして今度はその破った箇所を下に向けて封筒を振り、中身を床に落とす。

 

 

 ジャラジャラと小銭よりは軽い音を立ててそれらは床に散らばった。

 

 

「――え? これっ…………カッターナイフ……?」

 

 

 それらを視認した希咲が驚きに目を見開く。

 

 

「そうだな。ご丁寧に折り目一つずつで折ってから封筒に詰めたのだろう。ご苦労なことだ」

 

 

 茫然とする希咲の横で、どうとでもないという風に弥堂は平然としている。

 

 

「あ、あんたそんな他人事みたいに……。ねぇっ、これ先生に言った方がいいんじゃない?」

 

「いや。まずは相手を特定してからだ。利用価値がある奴ならこれをネタに強請れるからな」

 

「……毎日おんなじガッコに通ってるのに、なんなの……? この世界観の違いは……」

 

 

 顎に手で触れ少し思案気に述べられた弥堂の考えを聞いて希咲は若干気が遠くなる。

 

 

 普段自分が親友の愛苗ちゃんと「もうちょっとしたら今年着る水着いっしょに買いにいこうねー」とか「最近公園に移動販売で来てるクレープめっちゃおいしいねー」とかほのぼのと会話をしている同じ教室に、日常的に刃物を送り付けられたり身分差別をするための裁判所を学校内に作ろうなどと画策する男が存在しているなんて。

 

 あまりに異なった世界観が同教室内でクロスしていたという事実に直面し、混乱した七海ちゃんは恐れ慄きぷるぷるした。

 

 

「ねぇ――――だいじょぶ……?」

 

「? なにが?」

 

 

 ふにゃっと眉を下げて心配そうな表情で希咲は問いかける。だが、弥堂には何を問われているのかすらも伝わらない。

 

 

「だからっ……ショックうけてない?」

 

「ショック? なんのことだ?」

 

「ほんとに……? むりしてない……?」

 

「何言ってんだお前?」

 

「さっきはあんた相手ならいいかもって言っちゃったけど――前言撤回。やっぱりこんなの絶対ダメよ」

 

「こんなの? これのことか?」

 

 

 希咲の言うことに皆目見当がつかないので、情報を求めて床に散らばったカッターナイフの破片に目を向けようとする。

 

 

「だめっ――こっちむいてっ」

 

 

 首を回そうとしたところを、先程のように両頬を掴まれてクリンっと顔を彼女の方へ戻される。

 

 

「ちゃんとあたしの目、みて」

 

 

 真正面から真っ直ぐ深奥まで射貫くように直向きな目を向けられる。

 

 

 弥堂が彼女のその絢爛な瞳を直視して、言われたとおりに目を逸らさなかったのは、特に逆らう理由がなかったからだ。

 

 

 どれくらいかの間、彼女はジッと弥堂の眼を見つめ、それからジトっと半眼になった。そしてぺいっと投げ捨てるかのごとく弥堂の顏を元の向きになるように放る。

 

 

「びっくりした。ホントに全然効いてないのね。あんたメンタルどうなってんの? ちょっとは気にしなさいよ」

 

「……そう言われてもな。取り立てて騒ぐほどのことでもないだろう」

 

「いや、あんたね。刃物よ?」

 

「こんなものに引っ掛かるのは素人だけだ。この程度で負傷するようなマヌケがいるのならば、それはそいつが悪い」

 

「うぅ…………価値観が…………価値観が違いすぎるよぅ……」

 

 

 危機管理の定義についてまるで共有することが出来そうにないクラスメイトに眩暈を感じて、希咲はトホホと泣きが入る。

 

 

「なんにせよ、とっととこれも片付けるぞ」

 

「あっ、待って――!」

 

 

 散らばった刃物の破片に手を伸ばす弥堂を希咲が慌てて止める。

 

 

「なんだ? ガキじゃないんだ。俺は手先を誤って怪我したりせんぞ?」

 

「じゃなくてっ! あんた絶対これ分別しないで紙と一緒に捨てるでしょ? わかってんだから。あたしがやるからあんたはさわんないで!」

 

「……ガキ扱いするな」

 

 

 負け惜しみのような反論をする弥堂には取り合わず希咲は床の危険物を器用に紙の上に乗せて集めていく。

 

 そして、またどこからともなく小さめのビニール袋を取り出してそれに刃物を入れると、さらにどこからともなく紙袋を取り出しその中にビニール袋を仕舞う。

 

 

 弥堂が訝しむ眼を向ける中、顎先に人差し指をあてながら宙空に視線を彷徨わせ、「んーーー?」と思考を巡らせてから、どこからともなく付箋メモを取り出しそのメモに『きけんぶつっ! ちゅういっ!』と見る者に危機感を感じさせないまるっこい文字で書きこんで、ていっと紙袋に貼り付けた。

 

 

「お前なんでそんなに袋持ち歩いてんだ? 近所のおばちゃんか?」

 

「うっさいわね。ジッサイ今役に立ってんだからむしろホメなさいよ」

 

 

 自らの一連の手際に「うんうん」と満足感を露わにしていた希咲に対して、弥堂が白けた目で茶々を入れると一転して彼女は憤慨した。

 

 

「ともかく! こんなとこかしらね」

 

「いや待て。まだ中に残ってるかもしれん」

 

 

 ゴミをまとめた袋を足元に周囲を見回す希咲に弥堂は声をかけ、自身のシューズロッカーの前に立つ。

 

そして振り向きもせずに中から取り出したゴミを適当に背後へポイポイ放り始めた。

 

 

「よっ、ほっ――」

 

 

 希咲はそれに慌てることも咎めることもせずに、その行動は予測済みとばかりに両手で口を拡げて持ったゴミ袋を器用に次々と落下地点へ移動させ取りこぼしなく回収していく。

 

 

「――これで終わりだな」

 

 

 ややあって弥堂が振り向く。

 

 

「あんたね。あたしが察して受け止めてなかったらまた拾いなおしになっちゃうじゃん。なんでこんなことすんの?」

 

「期待通りの働きだ。ご苦労だな」

 

「こっ、こいつ……」

 

 

 万事恙無く状況に対応した希咲だったが、当然の権利とばかりに文句はしっかりと付ける。しかし当の本人は一切悪びれることなく超絶上から目線の労いのような何かをかけてきた。

 

 ワナワナと拳を震わせる希咲を他所に弥堂は室内シューズを足から抜きロッカーの中へ仕舞う。そしてその扉を締めようとしたところで何かに思い当たり思案する。

 

 

「――ふむ…………おい」

 

「?」

 

 

 身体半分を振り向かせ希咲へと掌を上にして手を伸ばす。

 

 希咲はおめめをぱちぱちと瞬かせ、差し出されたその手を見つめてからコテンと首を傾げた。

 

 

 ややあって何かを察した彼女はゴソゴソとカーディガンのポッケを探ると、弥堂の掌の上にポンと自身の手を乗せて何かを手渡す。

 

 希咲の手が離れ、その後自分の掌の上に残されたものを視認して弥堂は白目になる。

 

 

 手に握らされたのは可愛らしく包装をされたキャンディだった。

 

 

「なんでだよ」

 

「え? やっぱアメ食べたくなったんじゃないの?」

 

「いらねーよ。馬鹿にしてんのか」

 

「えー、おいしいのに」

 

 

 不服そうに弥堂の手からキャンディを回収しポッケにしまいなおす彼女に溜め息を漏らす。

 

 

「そうじゃない。メモ紙だ。よこせ」

 

「そんなのわかるわけないし、なんでそんなにエラソーなのよ。別にメモくらいあげるけど、ちゃんとちょーだいって言いなさいよねっ」

 

「うるさい。ガキ扱いするな。さっさとよこせ」

 

「その子供でも出来るようなことすら出来てないくせに何いってんのよ。もうっ……」

 

 

 不遜な態度の男に対する当然の文句をブツブツと漏らしながら、希咲は自身のバッグをゴソゴソ探り要求された物を取り出して弥堂に渡してやる。

 

 弥堂はその渡されたものを見て、口の端をヒクと引き攣らせる。

 

 

「……なんだこれは?」

 

「ん? ネコさんメモよ。かわいーでしょ?」

 

「さっきゴミ袋に貼り付けたやつをよこせ」

 

「あっちはあれで最後だったの」

 

「……そうか」

 

 

 弥堂は何故か絶望的な気持ちになり、己の手の中のファンシーなグッズを見つめた。

 

 

「なによ? イヤなら使わなきゃいいでしょっ。それ愛苗がくれたやつなんだからホントはあんたなんかにあげたくないんだから」

 

「……いや、これでいい。悪かった」

 

 

 取り上げられては目的を遂げられないと、弥堂はこれを使用する覚悟を決める。

 

 そして胸元の何ヶ所かをポンポンと叩き、目当ての物が見つけられず眉を顰める。そして先ほど同様に希咲へ手を伸ばす。

 

 

「おい」

 

「……だから、ちゃんとペンかしてって言えっつーの」

 

「ペンを貸せ。早くしろ」

 

「エラソーにすんなボケっ! 大体なんでライターだの爆竹だの持ち歩いてるのにペンの一本も持ってないのよ。あんた学校になにしに来てるわけ?」

 

「教室に行けばある」

 

「カバンに入れときなさいよ。ちょっとメモしたい時とか困るでしょ?」

 

「そんなものスマホで事足りる。手荷物を増やすとちょっと逃走したい時に不便だろうが」

 

「ちょっとした逃走を視野に入れて日常生活おくるんじゃないわよ……ジッサイ今持ってなくて困ってんじゃん」

 

「うるさい黙れ。さっさとしろ」

 

 

 正論に対しゴリ押しで開き直ってくる男に呆れながら「はいはい」とあしらい、希咲は再度自分のバッグを漁る。口煩く注意をしながらも「ボールペンでい?」と、ちゃんと貸してあげる彼女は実際とても優しい子なのだが、社会生活を送る能力が絶望的に足りていない男がそれに感謝することはない。

 

 

「はい」

 

「…………なんだこれは」

 

 

 そして手渡された物を見て、焼き直しのように弥堂は不服そうな顔をする。

 

 

「ボールペンでしょ。デコってんの。かわいーでしょ?」

 

「…………そうだな、かわいいな……」

 

 

 弥堂には理解のし難いピンクや黒の装飾がゴテゴテと持ち手に貼り付けられており、ノック部分にはやはりネコさんがいた。弥堂は軽い眩暈を感じる。

 

「またお前か」と八つ当たり気味にそのネコを睨みつけてやると、何故か「ふしゃー」と威嚇をされたような錯覚を覚えた。

 

 

 先ほどのように返せとゴネられては面倒なので、弥堂はさりげない動作で小さく胸元で十字を切り作業に移る。

 

 

「……ひとから貸してもらっておいてなんなの? その悲壮なカクゴを決めたみたいな態度っ。シツレーね」

 

 

 ばっちり見咎められていてジト目で文句を言われるが弥堂は無視をした。

 

 

 さっと必要なことをワンセンテンスで書き殴り、付箋になっているメモ束から剥がそうと一枚摘まんだところで、ちょんちょんっと希咲に指で肘を突かれる。

 

 

「んっ」

 

「なんだ? アメなど持ってないぞ」

 

 

 作業を止め、希咲へ目線を向けると先ほど自分がそうしたように、今度は彼女から掌を向けられた。

 

 

「じゃなくって。あんた絶対そういうのキレイに剥がせないタイプでしょ? あたしがやったげるからかしてっ」

 

「余計なお世話だ。ガキ扱いするなと何度言わせるんだ」

 

「いーからっ! 汚く切られたらあとでそれ使うのあたしなんだからね」

 

 

 そう言って強調するように顔に触れるほど近くに「んっ」と手を突き出してくる彼女にうんざりとした弥堂は、要求された物を投げ渡す。

 

 嫌がらせにメモとペンを左右に別けて放ってやるが、何の苦もなく器用にキャッチされ、ビーっと舌を出された。

 

 

「こーゆーことするから子供扱いされるんでしょうが……」とぶちぶち文句を口ずさみながらメモを剥がそうとする希咲だったが、そのメモに書かれた内容が目につき口が止まる。

 

 

 別に何を書いたのかチェックをするためにこうしたわけじゃないし、プライベートに配慮して読むつもりもなかったし、見えてしまったとしてもスルーをするつもりだった。

 

 

 そこに書かれていたのは『反せい文、代ひつ、やれ。』といった知性や人情といったものが著しく欠けた一文だった。

 

 

 希咲は苦脳に歪む眉間を指でぐにぐにと揉み解し、やがてペリっと剥がしたそれを「……はい」と弥堂に返す。

 

 どうにかギリギリのところでスルーすることに成功したようだ。

 

 

「うむ」と鷹揚にそれを受け取った弥堂は続いて懐から取り出したビニール袋にそのメモを貼り付けた。その袋に入っているのは先程法廷院から剥ぎ取った靴下だ。

 

 

 不満そうにお口をもにょもにょさせていた希咲はそれを見てギョッとし、頭の上に「⁉」を浮かべる。

 

 

 そんな彼女を他所に弥堂は手に持ったそれらを自身のシューズロッカーに収め今度こそ扉を閉めた。

 

 

「…………ツッコまないかんね……」

 

「ん? あぁ。大丈夫だ」

 

 

 彼女が何を言っているのか理解していなかったが、弥堂はとりあえずで適当に大丈夫であることを伝える。

 

 希咲は胸に手をあて、「こいつに一個一個ツッコんでもキリがない」と自分によく言い聞かせた。

 

 

 

「ではもう用は片付いたな。帰るぞ」

 

「――あっ! まって――!」

 

 

 外履きに履き替え出口へ向かおうと踵を返す弥堂の上着を希咲がギュッと掴んだ。

 

 

「またか。今度はいったい――」

「――こっちむいちゃダメっ!」

 

 

 辟易としながら振り返ろうとする弥堂の背中を、彼の上着を掴んだままの両手で抑える。

 

 

「……今度はなんだ?」

 

「あのね……おねがいがあるの……」

 

 

 そう持ち掛けてきた彼女に特に驚くこともなく、弥堂はただ短く嘆息した。

 

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