俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章28 戦場の獣 ⑦

 

 15F本部の様子を見に来たら、フロアに人の気配はなく。

 

 本部の扉を破って中から現れたのは、テロリスト側の人間だった。

 

 

 弥堂はスッと眼を細める。

 

 

 見覚えのある“魂の設計図(アニマグラム)”。

 

 希咲とのデートの途中、新美景駅北口近くのカフェで視た外人集団の中にいた一人だ。

 

 

 その若い男――ビアンキは銃を持っている様子はなく、無手だ。

 

 

 蒼銀の魔眼と、獰猛な凶眼が、視線を合わせる。

 

 

“テメエら……、オレの仲間をどこにやった……⁉”

 

“え――”

 

 

 ビアンキの言葉に反応して、ミラーは部屋の中へ視線を遣る。

 

 外から見える範囲には誰も居なかった。

 

 “G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員も、スパイとして捕えていた捕虜も。

 

 

“答えろよ! ゴースト……ッ!”

 

 

 彼の喋る英語は弥堂にはわからないが、その憤怒はわかる。

 

 

「あいあむとむ」

 

“アァッ⁉”

 

「でぃすいずぺん」

 

“意味わかんねェよ!”

 

「ふぁっく」

 

“殺すぞクソジャップがァッ!”

 

「ちょ、ちょっと……! 挑発はやめなさいマッドドッグ!」

 

 

 

 試しに適当におちょくってみたら、ビアンキはすぐに飛び掛かってきそうなほど怒鳴り散らしてきた。

 

 ミラーが慌てて間に入る。

 

 

“アァ? 狂犬だァ?”

 

“彼は日本語しかわからないわ”

 

「チッ……、クソめんどクセェ……ッ」

 

 

 すると、ビアンキは日本語に切り替えた。

 

 今にも爆発しそうな怒りをこめた目で弥堂を睨む。

 

 

「オマエ。外人街の近くで見たな」

 

「あ? なに言ってっかわかんねえよ」

 

「日本語だろうがッ!」

 

「悪いな。どの言語を使おうが獣の鳴き声にしか聴こえねえよ」

 

「テメエ……ッ!」

 

 

 どの言語を使おうがコミュニケーションをとれない男の挑発に、ビアンキは思わず拳を握り、そしてギリギリのところで堪えた。

 

 ギリっと、剥き出しになった彼の犬歯が音を鳴らす。

 

 

「……チッ、テメエ街でアレックスと揉めてたヤツだろ? そうかヨ。あの時からオレらを尾けてやがったのか……ッ!」

 

「フン、今頃気付いたのか? 間抜けどもめ」

 

 

 そのような事実はないのだが、弥堂はとりあえずマウントをとりにいった。

 

 ビアンキは顔中に青筋を浮かべるが、彼にしても殺す前に聞かねばならないことがあるようで、震える声で質問を続ける。

 

 

「中に誰もいねェ。オレの仲間をどこにやった?」

 

「先に俺の質問に答えてもらおう。このフロアに隊員が見当たらない。彼らをどうした?」

 

 

 質問に質問を重ねられた格好だが、ビアンキはむしろ得意げにニヤリと嘲笑った。

 

 

「ハッ――そこらの客室開けて見てみろよ。ここに来るまでに居た邪魔なノロマどもはみんなそこらの部屋に放り込んでやったよ。もちろん死体にしてなァ?」

 

「なんですって……⁉」

 

 

 その答えにミラーは眦を上げるが、弥堂の表情は変わらない。

 

 

「そうか。それはご苦労だったな」

 

「アァ? 強がんなよ?」

 

「そう思うか?」

 

「思うね」

 

 

 弥堂としては本心から自分の手間を省いてくれてありがとうと労っているのだが、相手もまさか目の前の男も自分と同じ“G.H.O.S.T(ゴースト)”の敵だとは露とも思わない。

 

 

「しかし、そうか……」

 

「アァ?」

 

「俺もここに来るまでにいくつか仲間の死体を見た。どうやらそれも貴様の仕業だったようだな」

 

「ハッ――そうかもなッ!」

 

 

 ビアンキは何のことかわからなかったが、ハッタリをかましてもう一度弥堂を嘲笑ってやる。

 

 しかし、まさかその男自身の犯行を擦り付けられたとはこれまた露にも思わない。

 

 

「う、うわぁ……」

 

 

 思わず博士はドン引きの声を漏らしてしまった。

 

 そのせいで、ビアンキに注意を向けられる。

 

 

「そいつがターゲットか。ご丁寧に白衣なんぞ着やがって。随分と親切なことダナ?」

 

「感謝をしたな? なら金を払ってもらおうか」

 

「払うわけねェだろ? バカかよテメエ。それより今度はオレの質問に答えろ」

 

「なんの話だ?」

 

「アァッ⁉」

 

 

 弥堂が素っ惚けるとビアンキはまた怒りを露わにした。

 

 

「こっちは先に答えただろうがッ!」

 

「だからなんだ?」

 

「テメエが言ったんだろ⁉ 答えて欲しかったら先に言えって!」

 

「言ってないが? 先に答えろと要求しただけだ。それをしたらこっちも答えるとは言っていない。お前が勝手に勘違いをしたんだ」

 

「テ、テメエ……ッ!」

 

「「う、うわぁ……っ」」

 

 

 別口ではあるが、ここまで少なからず弥堂の言動に苦労させられてきたミラーと博士は声を揃えてドン引きした。

 

 いいように翻弄される敵に思わず同情の視線を送ってしまう。

 

 

 女どものその目に屈辱を感じたのか、ビアンキは力任せに腕を振るった。

 

 彼の手が壁に当たると、その部分がひび割れて破片を散らす。

 

 

 それを見てミラーと博士の表情は真剣なものに戻った。

 

 弥堂は当然表情を変えない。

 

 だが――

 

 

(短気、怪力、頭が悪い……)

 

 

――戦いが始まる前に相手の情報を集めていた。

 

 

 それは今日このホテルでの戦いでは見せなかった対応だ。

 

 先日の悪魔や魔物と戦った時には行っていた対応ではある。

 

 

 つまり――

 

 

 目の前の男に相応の警戒をしているということだ。

 

 

 弥堂の魔眼に映るビアンキの“魂の強度”は、普通の範疇を超えているように視えたからだ。

 

 

「もう一度聞くぜ。オレの仲間をどこにやった?」

 

「言うと思うか?」

 

「思わねェな。だから言いたくなるようにしてやんよ」

 

「お前には無理だ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 睨み合う両者の間に言葉は無くなる。

 

 急に訪れた静けさとは裏腹に、二人の間で視線に乗ってぶつかる殺意は急速に高まった。

 

 

 それは戦闘者ではないミラーや福市博士にも伝わるほどで、緊迫感に曝された彼女らは口の中に渇きを覚えた。

 

 

 そして唐突に始まる。

 

 

 ゼロから一瞬でトップスピードに――

 

 ビアンキが弥堂の間合いに飛び込んでくる。

 

 

(――速い)

 

 

 真っ直ぐに踏み込んできて右を振りかぶる。

 

 フィジカル頼りで技も駆け引きもない直情的な暴力だ。

 

 

 だが、弥堂も一発でカウンターを取りにはいかない。

 

 

 左足を斜め前方に大きく踏み出しながら、伸びてきた相手のストレートを半身で空かしつつ、外側から肘に左の掌を当てて受け流す。

 

 左回りで相手の側面をとった。

 

 

 相手は魔術師か加護持ちである可能性がある。

 

 上の階で戦った陰陽師や魔術師よりも、目の前の男の“魂の設計図(アニマグラム)”の“魂の強度”は高く感じられた。

 

 迂闊に決めにいくとどんな隠し技を使われるかわからないので、反撃はせずに少し様子を視ることにした。

 

 

 すると、ビアンキは強引に腰を回して今度は左を振ってきた。

 

 弥堂は短いバックステップでそれを躱し、今度は右に回る。

 

 

 この手の敵は、相手を中心にして周りながらいなすのが定石だが、下手に位置を入れ換えると博士の方を狙われるかもしれない。

 

 弥堂はその場に留まる形での対応を強いられた。

 

 

 同様の攻防が何度か繰り返される。

 

 

 顔のすぐ傍を強烈な風切り音を鳴らして相手の拳が過ぎていく。

 

 

(ただの“身体強化系”か……?)

 

 

 ビアンキの表情は攻撃が当たらないことに焦れている。

 

 それが演技だったり、或いは感情を抑制して奥の手を出し惜しんだり――そういったタイプの人格には見えない。

 

 

「クソがッ! 避けんな……ッ!」

 

 

 ビアンキは強引に振った右の裏拳が躱されると、青筋を浮かべながらその右をまた無理矢理振ってくる。

 

 弥堂はそこで仕掛けることにした。

 

 

 ブン回すような相手の右を、今度はステップを踏まずにスウェーバックでやり過ごす。

 

 目の前を拳が通過した瞬間に、相手の右の肘を右の掌でカチ上げる。

 

 そしてコンビネーションを打つように次は左の掌で、カチ上げたビアンキの二の腕を打った。

 

 打撃の反動を使って左足を後ろに入れ換える。

 

 そして、打った左を引き戻す動作とともに、左足を即座に振り上げた。

 

 

「な、なに――ッ⁉」

 

 

 自身の振り回した右腕が顏に押し付けられたことで、ビアンキの右目側の視界は塞がっている。

 

 その死角を使って、弥堂は自分より身長の高い相手の頭部を狙った。

 

 

 鉄板入りブーツによるハイキックが側頭部にヒットする。

 

 弥堂はすぐに密着してトドメの“零衝”を打ち込むために動こうとする。

 

 だが――

 

 

 下ろそうとした左の足首をビアンキに掴まれた。

 

 足の陰からギロリとした目が弥堂を見下ろす。

 

 ダメージはない――

 

 

「――掴まえたぜクソヤロウ……ッ!」

 

 

 ビアンキは掴んだ弥堂の足を右手で引き寄せながら、弥堂の顔面を目掛けて左の拳を打ち下ろしにいく。

 

 

『だから安易に地から足を離すべきではないと――』

 

「黙ってろ――」

 

 

 幻覚お師匠さまのお叱りに逆ギレをしながら、弥堂は蒼銀の魔眼に相手の拳を写す。

 

 そうしながら、相手の打撃が放たれる寸前に、弥堂は右足を踏み切って跳んだ。

 

 

 左足を掴まれた状態で身体を床と平行に倒す。

 

 直立状態の顔面を狙って放たれた拳は目算を乱される。

 

 ビアンキは構わずにストレートを伸ばした。

 

 

 拳が顔面にヒットする直前に弥堂は自由な右脚を振って、膝でビアンキの左腕を蹴る。

 

 ビアンキのストレートは内に流れ、弥堂は同時に首を回して受け流し、受けるダメージを最小限に留めた。

 

 

「な、なんだとォ……ッ⁉」

 

 

 サーカス芸のような技に驚くビアンキは体勢を僅かに崩す。

 

 弥堂は右足の爪先で、ビアンキの右肘を蹴ると同時に身体を横回転させた。

 

 そうして相手の握力が僅かに緩んだ隙に、拘束から脱出した。

 

 

「よく狙え、間抜けが」

 

「テメエ……ッ!」

 

 

 弥堂は両足を地に着け直すと同時にベッと唾を吐き、相手を挑発する。

 

 激昂するビアンキの前で、打たれた口の端を右手で拭った。

 

 そうやってわかりやすく頭部のガードを空けると、ビアンキは誘いに乗ってまた拳を振ってきた。

 

 

 弥堂は膝を抜いて頭を下げて、大振りのフックを潜る。

 

 その瞬間、ドクンっと心臓を打たせて【身体強化(ドライヴド・リィンフォース)】に送る魔力を全開にした。

 

 

「なッ――⁉」

 

 

 弥堂の急加速にビアンキは驚く。

 

 あっという間に肉薄し、勢いそのままで弥堂はタックルをしかけた。

 

 

 相手の腰に組みつき、本部の部屋のドア側の壁にビアンキを押し付けて拘束する。

 

 ビアンキは無理矢理跳ね除けようとしたが、弥堂を動かせなかった。

 

 

「コ、コイツ……ッ、こんな力が……ッ⁉」

 

 

 驚くビアンキを無視して、弥堂は顔を横へ向ける。

 

 

 そっちに居るのはドアを挟んだ向こうに居るミラーだ。

 

 

「ミラー! 博士を!」

 

 

 弥堂の声にミラーはハッとし、弥堂の向こう側に居る博士を見る。

 

 

「――ッ! 任せてッ!」

 

 

 瞬時に意図を察し、彼女は走り出そうとする。

 

 

 そのミラーが、開いたままの部屋の入口を横切ろうとした瞬間――

 

 

――部屋の中から放たれた銃弾が彼女の顏の前を過ぎて壁に穴を空けた。

 

 

「なに――ッ⁉」

 

 

 反射的にミラーの足が止まり、バックステップを踏んで元の位置に戻る。

 

 

 それとほぼ同時に、ビアンキの口の端がニヤリと持ち上がった。

 

 

「――っ⁉」

 

 

 弥堂を押し返そうとしていた手で、今度は逆に抱きしめるように拘束してくる。

 

 

《――アレックス! 行けッ!》

 

《おうよッ――!》

 

 

 イタリア語でビアンキが叫ぶと、それに呼応して部屋の中から人影が飛び出してきた。

 

 通路からは死角になる位置に潜んでいたようだった。

 

 

 廊下に躍り出たアレックスはライフルの銃口を向けてミラーを牽制しながら彼女の前を横切り、そしてビアンキに拘束される弥堂の背後を一気に駆け抜けた。

 

 その先にいるのは――

 

 

「――え……?」

 

“大人しく捕まってくれよ? お嬢さん”

 

 

 状況に対応できずに茫然と立っているだけの博士に接近すると、あっという間に彼女を掴まえる。

 

 

《ビアンキ! 助けは?》

 

《いらねェよ! このままヘシ折ってやるァ……ッ!》

 

 

 ビアンキは両腕の筋肉を膨張させ、力尽くで弥堂の背骨を折りにいく。

 

 

「ぐっ……」

 

 

 苦しげに呻きながら、今度は弥堂が相手の腕を押し返そうとするが、身体強化の魔術を使ってもビクともしない。

 

 すぐに見切りをつけて上体を反らすと、弥堂は相手の顔面を狙って頭突きを仕掛けにいった。

 

 

「ハッ――そうくるしかねェよなァッ!」

 

 

 それを見通していたビアンキはむしろ表情に歓喜を浮かべ、落ちてくる弥堂の頭を自分から頭突きで迎え打とうとする。

 

 

 身体強化の魔術を使ってもビクともしない膂力、それに渾身の蹴りを当てても揺らがない首の強さ――

 

 このまま頭をぶつけ合ったらどちらに軍配が上がるかは明白だ。

 

 

 だから、弥堂は衝突の前にスッと顔を横に逸らす。

 

 

「――ア……?」

 

 

 頭透かしを喰らったビアンキが呆けた声を出している内に、弥堂は彼の顏へ自身の顏を近付ける。

 

 唇を開け、舌を伸ばし――

 

 

「――は……?」

 

 

――彼の唇をベロリと舐めた。

 

 

「んな――ッ⁉ テ、テメエ……ッ!」

 

 

 反射的に湧き上がる生理的嫌悪感からビアンキは拘束を解いてしまい、それから怒りのままに拳を振ろうとする。

 

 弥堂はそれが振られる前に素早く前蹴りで相手の腹を押し、その反動を使って身体の向きを大きく変えた。

 

 

 そして博士の方へと駆けだそうとするが――

 

 

「――おォッと! 動くんじゃあねェ……ッ!」

 

 

 進行方向の床に銃弾がバラ撒かれた。

 

 

「ちっ」

 

 

 足を止めざるえず、舌打ちをする。

 

 

 視線を向けると、そちらには既に進路を阻むようにビアンキも立っていた。

 

 

「テ、テメ……ッ! この……ッ! ニホンジンはやっぱ全員ヘンタイなのか……ッ!」

 

「ダハハー! よかったじゃねェかビアンキ! カワイコちゃんにキスしてもらえてよォ!」

 

「ジョーダンじゃねェよクソがッ!」

 

 

 口を拭いながらベッベッと唾を吐くビアンキは仲間におちょくられて一層怒り狂っている。

 

 弥堂は静かに博士を捕える男に眼を向けた。

 

 こちらも見覚えのある“魂の設計図(アニマグラム)”。

 

 

「よォ、ニイチャン。また会ったナ?」

 

「…………」

 

「ヒューッ、ヤッベエ目つきだぜ」

 

 

 その男は先日のデートの際にカフェで乱入してきたイタリア人だ。

 

 そして今回の襲撃事件に参加している傭兵団のリーダーでもある。

 

 

 その男――アレックスは言葉とは真逆に余裕の態度で、挑発でもするように博士の腰に手を回し自分の方へグイっと引き寄せる。

 

 そしてもう一方の手で持ったライフル銃を肩に担ぎ、ニヤリと笑って歯列を剥き出しにした。

 

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