福市博士の身柄を押さえた傭兵団のリーダーであるアレックスは、アサルトライフルの冷たい銃口の先端を博士の頬に押し付けた。
「ひ、ひぃ……っ」
「――オレたちの仲間はどこダ?」
「さぁな」
アレックスも、それに答える弥堂も、悲鳴を漏らす博士には見向きもせずに視線を合わせる。
返答を拒否されたも同然だが、アレックスはビアンキのようには揺さぶられずニヤニヤと笑ったままだ。
こちらの男の方が場慣れしていると、弥堂は判断した。
「じゃア、ベツのことを訊こうかねェ」
「何を訊いても無駄だ」
「さっきの爆発よォ……、あれ、テメエだろ?」
「…………」
予想外のことを訊かれ、弥堂はスッと眼を細める。
その反応にアレックスは気をよくした。
「ギリギリでのヤサの変更、戦力の分断、スパイの閉じ込め……、ここまではわかる。賢いやり口だ。ゴーストに清祓課……だっけか? 警察やら国の軍人やらのやりそうなことだ」
弥堂の顏を見ながら朗々と語り出す。
「だが――その後はクセエ。誤認上等のスパイ検挙、それから自爆上等の拠点爆破。コイツはチゲェ。品がねェよ。行儀が悪すぎる……」
「…………」
「お行儀のいい飼い犬どもにこんなマネは出来ねェ。このヤリ口はオレたちと一緒だ。こっち側のヤツだけだよ、こんなマネをすんのはよ……」
答え合わせを求めているようで、そうではない。
「仲間から聞いたぜ? 無茶苦茶なスパイ狩りをするニホンジンがいるって。すぐにピンときたね。一発で浮かんだよ。オマエが――」
アレックスは確信めいた目で弥堂を見ている。
「――街で会った時にニオイがしたんだ。同類のな。だからオマエしかいねェってオレは確信したんだよ」
「妄想が過ぎるぜ。気持ちの悪いストーカーめ」
「そう言うなよ。あの時からもう予感してたんだ。次には戦場で会うことになるってよ」
「そうか。俺も予感というか、予言をしてやる」
「ヘェ?」
「お前らは今日これから地獄に落ちる」
「カカッ!」
弥堂の挑発に獰猛に嗤ったアレックスはそこで追及をやめる。
実際のところどうでもよかったのかもしれない。
確信をしているのなら確認など必要ないのだから。
挨拶は終わりだとばかりに、アレックスは博士に向けた銃口を強調する。
「さァて、立場はわかってるか? 人質がいる。どうだ? いっちょ人質交換といかねェか?」
「殺せよ」
「ア?」
だが相手は――弥堂は交渉を全く聞こうともしない。
その問答無用さの前に駆け引きは通じない。
「殺してみせろよ。困るのはお前らだろ? 何しにここに来たんだ?」
「へェ? 強気じゃねェか。別に殺さなくても――」
「――だったら拷問しても構わんぞ。その女の手足がなくなろうが、生きてさえいれば俺は金を貰える。こっちは一向に構わない」
「ほれ見ろよ。行儀ワリィじゃあねェか」
「行儀をよくするのは目の前に飯が並んでからだ。腹ペコで行儀だけよくしてても飯が出てこないんじゃ意味がない」
「ウメエこと言うじゃねェか。カァーッ、こりゃあオレの負けかもなァ」
アレックスは額に手をやって大袈裟に笑うフリをする。
だが、言葉どおりのことを本当に考えているとは思えない。
「まァ、いい。こっちもビジネスだ。仕方ねェからこのままズラからせてもらうぜ――」
あっさりと退く姿勢を見せる。
弥堂は内心で舌打ちをした。
人質をとられた状態でテロリストと交渉などしても意味がない。
不利になるだけだ。
だが、相手も手練れだ。
弥堂の挑発にまったく乗ってこない。
本当に交渉を諦められてこのまま帰られてしまっては、困るのは弥堂の方だ。
どうにか相手の気を惹かなければならない。
「――行くぞ、ビアンキ」
弥堂がその方法を考え出す前に、アレックスは仲間に撤退の指示を出してしまう。
だが――
「ビアンキ……?」
「…………」
呼びかけられた仲間――アレックスよりも弥堂に近い位置に立つビアンキはその指示に応えなかった。
アレックスは一瞬表情を引き攣らせてから、無理矢理笑顔を造って取り繕う。
「え、えぇっと……、ビアンキくーん? 聴こえないのかなァ……?」
「……行けよ」
「ア?」
ビアンキはアレックスに背を向けたまま、鋭い目で弥堂を睨んだ。
「まだ捕まった仲間が見つかってねェ……ッ! 一人もだ……! フェリペも、シェキルも……ッ!」
「い、いや、それはだから……」
「シェキルは……ッ! アイツはオレと同じ“混じりモン”だッ! アメリカなんかに捕まったら、なにされっかわかんねェ……ッ!」
アレックスは「あちゃー」と目元を覆って天井を仰ぐ。
弥堂は――
(――混じりもの……?)
――その言葉に引っ掛かりを覚えたがその思考は無理矢理振り払い、「しめた」とばかりに口を挟む。
「――へぇ、シェキルね。あのガキか……」
「アァッ⁉」
軽く仄めかすと、案の定ビアンキは喰いついてきた。
「あのガキを可愛がってやったのは俺だ」
「な、なんだとッ⁉」
「軽く拷問をしてやたらすぐに音をあげた。根性のない情けないガキだ」
「テ、テメエ……ッ!」
「ちょっと耳を千切ってやったら少女のように泣いたぞ? 簡単に情報も吐いた。お前、ビアンキだったか? お前のこともゲロったぞ。混じりモノだとな。許してやれ。自分の身がカワイイんだそうだ」
「ク、クソ……ッ! このヤロウッ……!」
ビアンキは血走った目で弥堂を睨み、今にも飛び掛からんばかりの形相だ。
こうして出来る限り自分へ執着するように、弥堂は相手の怒りを煽る。
博士を連れて賢く撤退などさせるわけにはいかない。
「オ、オイオイ、ビアンキちゃんってば――」
「――ウルセエッ! オレはコイツをぶちのめして無理矢理吐かせるッ! オマエは先に逃げろよアレックス!」
「いやいや、あのなァ?」
これはマズイと顔色を変えたアレックスは懸命にビアンキを宥めようとする。
「なァ、落ち着けってビアンキちゃんよォ。捕虜は交渉でどうにかなる。そのテーブルを作るには有利な状態でここを出なきゃなんねェ。そうだろ?」
「そんなのわかんねェだろうがッ!」
「まぁまぁ、ほら、こっち見てみろよ。カワイコちゃんがいるぜェ?」
女好きのアレックスは仲間の怒りを紛らわせるために女を見せてやろうと、博士を少し前に押し出そうとする。
その時、彼も初めて博士の姿をよく見た。
「…………」
「……アレックス?」
アレックスはスッと真顔になる。
ビアンキは嫌な予感を感じて訝しんだ。
アレックスはニカっと爽やかな笑顔を浮かべた。
「やァ、お嬢さん初めまして」
「えっ……?」
「オレはアレックス。愛の貴公子であり、アナタを愛する一人の紳士ダ」
「えっ? えっ……?」
「オレはアナタに出会う為にこの世に生を受け、そして今日お迎えにあがりました」
「あ、あの、だって、私を浚いにきたテロの人なんですよね……?」
「そう。連れていくぜ。オレたちの愛の巣に。ベローナの夜でこの革命的な出逢いに祝杯をあげよう。そして永遠の愛を誓いあうんだ」
突然グイグイと迫ってきた白人男性に、陰キャ女子である博士は萎縮する。
免疫がないということもあるし、何より彼が銃を持った犯罪者であることが問題だ。
女と見ればとりあえず口説く系の生粋の陽キャは、お構いなしにベラベラと喋る。
「トコロでお嬢さん。アナタはヤマトナデシコですか? そうデスよね? 艶のある煌めく美しい黒髪。化粧で汚されていない滑らかな肌。メガネの向こうの黒目が奥ゆかしくもミステリアスだ……」
「あ、あの……?」
「何より、男の手垢がついていなそうなのが素晴らしい。ズバリお嬢さん、アナタは処女ですね?」
「え、えぇ……っ⁉」
戦場でテロリストからナンパをされた博士はビックリ仰天した。
異性に関する知見に乏しい彼女は、弥堂といいこの男といい、男性とは初対面の女性に堂々と遠慮なく性体験を訊ねてくるものなのかとダブルでショックを受ける。
どうしていいかわからずにキョドキョドとし、博士は弥堂の方へ窺うような視線を向けた。
その視線に特に意味は無く、先程彼から手酷いセクハラを受けたからなんとなく見てしまっただけに過ぎない。
「アン?」
だが、ナンパ外人はそれを意味深に受け取った。
二人の注目を浴びた弥堂はコクリと頷く。
「残念だったな」
「アンだとォ?」
「その女はもう俺が手をつけた」
「アァ⁉」
「えぇ⁉」
弥堂の言葉にアレックスと博士はビックリした。
これはチャンスだと弥堂は真顔で続ける。
「その女の恰好をよく見てみろ」
「恰好だァ……?」
アレックスは暗がりで目を凝らして博士の服装をよく見る。
そして、ブラウスやストッキングを引き裂かれた暴行後スタイルにギョッとした。
「なッ――⁉ お、お嬢ちゃんアンタ……」
「え? い、いえ、これは……」
アレックスは弥堂に鋭い目を向ける。
「テメエ! まさか護衛対象をレイプしたのか……⁉」
「レイプではないプレイだ」
弥堂はあくまで同意済みだと主張する。
そしてアレックスへ見下すような眼で嘲笑った。
「そんな中古女が欲しいなら勝手に持っていけ。俺の使い古しでいいのならな。あぁ、避妊はしていないからもしもの時はお前が認知しろよ」
「こ、このガキャアァッ!」
ここで初めてアレックスは怒りを露わにした。
相手を逃がさないために自分に怒りを向けさせ執着させる。
弥堂のいつもの手口だ。
だが、相手も素人ではない。
「クソが、許さねェ……ッ! ビアンキ!」
「アン?」
大声で名前を呼ばれて、ビアンキは胡乱な瞳をアレックスへ向けた。
「そいつをボコれ!」
「……別にいいけどよ。なんか萎えたな……」
「女を犯すようなクソ野郎をオレは許せねェんだ!」
「どのクチが言ってんだよ。つか、いいからアンタもうバックレろよ。ジャマだわ」
これ以上彼の話を聞いていると余計にやる気がなくなりそうだったので、ビアンキは手を「シッシッ」と振って追い払う。
アレックスは博士の腰から手を離して肩を抱いて身体の向きを変えさせた。
「さァ行くぞ、お嬢さん。認知は絶対にしないけど後で一晩だけ楽しもうな。あ、あとそこのトランク持ってくれる?」
「い、いやああぁぁぁぁッ!」
廊下に悲痛な叫びが木霊する。
女性に対するリスペクトがカケラもない野蛮な男どもの言動に胡乱な瞳になっていたミラーだったが、離れていく二人の姿を見てハッとする。
「し、しまった! 博士が……! ていうか、あのケースってアムリタじゃないの……⁉」
今更気が付いても後の祭りである。
「ビアンキ! 急げよ!」
「わかってる!」
アレックスは角を曲がって姿を消した。
弥堂がその後を追おうとすると、当然ビアンキは立ち塞がる。
打倒して進むことを弥堂は決めた。
目線だけを振り返らせてミラーへ視線を送る。
「俺が受け持つ。隙をついて追え」
「わかったわ。上の階の戦力で足止めが出来れば……ッ」
アレックスが向かった方向は弥堂たちがここに来た道順だ。
つまり上の階へ繋がる階段がある。
「…………」
ミラーが口にした展望は叶わないだろうなと無言になる。
何故なら上の階の戦力は弥堂が殺してしまったからだ。
少なくとも20Fまではほぼ素通りになるだろう。
いよいよを以て本気で仕留めなければならない。
だが相手の戦力はもう把握出来ている。
弱い相手ではないが、どうにでも出来る範囲だ。
だが――
「――ぅぅぅぅるぅるるるるぁ……ッ」
ビアンキは喉の奥から低く唸り声を上げる。
その声は段々と大きくなっていき、そして――
「――ぐるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!」
ビリビリと肌と鼓膜を震わせるような咆哮となった。
その声を浴びて、ミラーは思わず膝から力が抜けてしまい壁に掴まる。
弥堂は魔力と殺意を強めて吞み込まれないよう耐えた。
まるで獣のような咆哮。
だが、異変はそこで留まらない。
ビアンキの身体が変異する。
怒り狂った犬のように大きく瞳孔が開き、その瞳の中心に妖しい光が赤く灯る。
元々屈強な腕の筋肉がさらに膨張し、その腕の体毛が手首から肩口までの範囲で伸びていく。
それは人間の体毛ではなく、まるで獣の毛皮のようだった。
その毛皮が両腕を包み、手のカタチまでも獣のモノに変わる。
鋭い爪が飛び出した。
全身の筋肉がバンプアップし、頭の上には二つの獣の耳が生える。
そして服を突き破って尻尾までが飛び出した。
まるでイヌ科の獣のように見える。
弥堂はその光景に少し驚き、そして――
「――これは……、“
人間の魔物化――自身の知識にある言葉を口にする。
「アァ……ッ⁉」
その言葉に反応して変貌を遂げたビアンキがギロリと睨んだ。
「オレは、ニンゲンだァ……ッ!」
怒りを叫んで力任せに腕を振り回す。
すると、その腕が当たった廊下の壁が派手に弾ける。
先程とは違い、今度はコンクリートが完全に砕けた。
さっきまでとは比べ物にならない膂力。
手応えを確かめてから手を振って、ビアンキは吠える。
「傭兵団“ラ・ベスティア”! ゼゴール・ビアンコネッリだッ! 名乗れよ! 狂犬……ッ!」
傭兵には騎士や武芸者とは違って、戦場での誇りも名誉もない。
傭兵が戦場でその名を告げる時は、『必ず殺す』という殺害宣告となる。
「別に。誰でもねえよ」
暗殺者は名乗らない。
ただ其処に居るという事実のみで、殺意の証明となる。
弥堂は【身体強化】の刻印に更なる熱を灯す。
「そうかよ。なら――」
これ以上は語らず、半獣の姿となったビアンキは真っ直ぐに向かってくる。
これまで以上のスピード、これまで以上のパワーをその身に感じる。
「――誰でもねェまま、死んじまえやァ……ッ!」
ビアンキは凶悪な獣の爪を振り上げて弥堂を狙った。
弥堂はその姿を魔眼に映しながら迎え撃つ。
暗い廊下で、蒼銀と赤い光が交錯する――