俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章29 La Bestia ①

 弥堂 優輝(びとう ゆうき)と、傭兵団“ラ・ベスティア”のビアンキの戦闘が本格的に始まる。

 

 

 半獣の姿となったビアンキが先程以上の速度で飛び掛かってきた。

 

 

「――っ!」

 

 

 弥堂は横に転がってそれを回避し、急いで相手の戦力への見切りの修正を開始する。

 

 

 空振ったビアンキの手が壁を引き裂く。

 

 コンクリ製のホテルの壁に、熊のような凶悪な爪痕が残った。

 

 

 爪でも膂力でも、一発もらえば戦闘不能は免れない。

 

 

「ラ、獣人(ライカンスロープ)……ッ⁉」

 

「獣人だと」

 

 

 驚愕の声をあげるミラーを弥堂は一瞬だけ横目で見遣り、すぐに敵へと目線を戻した。

 

 

悪魔憑き(デモネード)ではないのか)

 

 

 生きながらの魔物化かと思ったが、どうもそうではないようだ。

 

 

「先祖返り……。遺伝子に獣の因子を持っている人間がごく稀に存在するの。普通はその因子は眠ったままで一生を終えることが多いらしいのだけど……」

 

「へぇ」

 

 

 どうでもよさそうに相槌を送って、続きの説明を拒否する。

 

 

 要は人間と獣の両方の特徴を持ったニンゲン種族。

 

 それは弥堂にも覚えがあった。

 

 

 弥堂の渡った異世界にも、やはりファンタジー世界よろしく獣人というモノは存在していたからだ。

 

 それはエルフと同じように人間の亜種として、一つの別種族と見做されていた。

 

 

 エルフには人間との違いとして、長い耳という見た目の違い、魔法の才能に優れるという適性の違い――そういった特長があった。

 

 では獣人はというと、まず獣の耳や尻尾に体毛という見た目の違いと、そして――

 

 

「――グダグダ言ってんじゃあねェよ……ッ!」

 

 

 自身の生物的な特徴について言及されていることに屈辱を感じたのか、ビアンキは目を一層怒りに染めて襲い掛かってくる。

 

 弥堂は応戦した。

 

 

 直線的に接近してきて、大振りの一撃を狙ってくる。

 

 対処の仕方は先程とそうは変わらない。

 

 だが、弥堂は防戦を一方的に強いられた。

 

 

「この……ッ! 逃げんじゃあねェよテメエッ!」

 

「……っ!」

 

 

 苛立ったビアンキは尚も攻撃の回転を上げていく。

 

 弥堂はそれをどうにか躱し、いなすことは出来ている。

 

 

 しかし反撃までは出来ない。

 

 それに行動を移す前に相手の次の攻撃が来る。

 

 

 この人間を凌駕した優れた身体能力――

 

――これこそが獣人の特長だ。

 

 

「ちっ」

 

 

 弥堂は舌を打って、とりあえず対応を続ける。

 

 

 異世界において、獣人との戦闘経験は当然ある。

 

 だが、この時に弥堂が思い出すのはその時の経験ではなく――

 

 

(――運がいいぜ。“アレ”を視た後ならな……)

 

 

――先日港で戦ったアンビー=クルード。

 

 あの獣の王を名乗り、魔王級に限りなく近づいた大悪魔との戦いだ。

 

 

 確かに半獣の本性を出したビアンキは弥堂の運動性能を圧倒的に上回っている。

 

 しかし、それでもあのクルードと比べれば劣化品もいいところだ。

 

 

 直近でのあの戦闘経験があるおかげで、このビアンキにも即座に対応することが出来ていた。

 

 

 だが――

 

 

(――どうやって倒す……?)

 

 

 あくまでどうにか回避が出来ているだけのことで、攻撃に移れないのでは大して意味がない。

 

 

 相手の攻撃を躱して踏み込んで拳で触れる――

 

――そこまでならおそらく実行可能だ。

 

 

 しかし弥堂の“零衝”はエルフィーネのそれと違い、完全にノータイムで打ち出せるわけではない。

 

 現在捌いているビアンキの攻撃の回転力を考えると、“零衝”を打ち込む前に次撃がくると予想される。

 

 そうすると相討ちにすら持ち込めない。

 

 

 弥堂には死に戻りがあるので、最悪それを使っての騙し討ちをするという手もあるのだが――

 

 

 弥堂はチラリともう一度ミラーを横目で視る。

 

 

 それをするにはこの女が邪魔だ。

 

 最終的にこのミラーやアメリカとの関係がどうなるか未確定なままで、“死に戻り”までは見せたくない。

 

 いっそビアンキの攻勢に巻き込んで死なせてしまう手もある。

 

 

(単細胞め――)

 

 

――弥堂はビアンキのパンチを躱すと、当てるだけのジャブで相手の顔を打ち側面に回る。

 

 背後にミラーを置く位置関係に変えた。

 

 

 だが――

 

 

「――ウオォォォッ! このヤロウ……ッ!」

 

 

――ビアンキは怒りのままに真っ直ぐ飛び掛かってくる。

 

 

 弥堂はそれを大きく横に回避する。

 

 弥堂の居た位置を通り抜けたビアンキは、ミラーと弥堂の間に立つことになる。

 

 やろうと思えばミラーを仕留められる位置関係だ。

 

 

「逃げるなッ! 打ちあえよ腰ぬけ……ッ!」

 

「ちぃ――」

 

 

 しかしビアンキはもう獲物と定めた弥堂に夢中なようで、ミラーには目もくれずにまた弥堂へ向かってくる。

 

 

 現在のビアンキの役回りは、博士を奪ったアレックスを逃がす為の足止めだ。

 

 だから弥堂だけではなくミラーも牽制できるよう常にポジショニングを意識するべきである。

 

 なのに、彼はもう弥堂を殺すことしか考えていない。

 

 

 先程からも何度かミラーを戦闘に巻き込んで暗殺しようとしているのだが、どうにも上手くいかずに弥堂も内心で苛立っていた。

 

 

『だから言っただろ。スケベ心なんか出すからこうなンだ。選べる立場にいけるほど強かねェだろオマエは』

 

(返す言葉がねえぜ……!)

 

 

 呆れたようなルビアの言葉に自虐的に同意し、弥堂はもうミラーのことは諦めるように切り替えた。

 

 時間をかけすぎるのは様々な意味で面白くない。

 

 

 博士を連れ去られてしまうという意味でもそうだが、それ以前にこの戦闘の戦況上でもよくない。

 

 

 弥堂は今、一撃で相手の勢いを止められるようなダメージを相手に与えたい。

 

 だがそれは先程述べた理由の上で実行が難しい。

 

 ならば、それが出来るようにもう一工夫が必要だ。

 

 その工夫は、細かいダメージを重ねて相手が消耗するのを待つのが定石だ。

 

 しかし、そうやって時間をかけることは弥堂に利しない。

 

 

 クルードと戦ったおかげでビアンキを捌くのが楽に感じるとは言ったものの、決してそれで弥堂が有利になるわけではない。

 

 殺されるまでの時間を多少伸ばせる。

 

 その程度のアドバンテージだ。

 

 

 確かにクルードよりは楽な相手だが、しかしあの時とは違って、今回のフィールドは弥堂に不利な地形だ

 

 

 ここはホテル内の廊下。

 

 まず狭い。

 

 

 港ではクルードが本気でないということもあったが、今回の敵は本気で弥堂を仕留めにきている。

 

 それにあの場はややオープンなスペースだった。

 

 そして周りには盾代わりに出来る“屍人(グール)”どもがいたおかげで、それを利用することでどうにか立ち回れた。

 

 それにあの時は愛苗が来るまでの時間を稼ぐ戦いであったのに比べて、今回は自分で相手を仕留めなければならない。

 

 そこに大きな違いがある。

 

 

 なにより――

 

 クルード戦の時にも感じたことだが、この手のフィジカルで圧倒してくる敵は弥堂の苦手なタイプの敵だ。

 

 

 時間をかける程にジリ貧となっていくのは弥堂の方なのだ。

 

 

「――くっ……!」

 

「遅ェよッ!」

 

 

 案の定、弥堂はビアンキに押し込まれ始める。

 

 

 直線になっている通路では相手の攻撃を避けたら側面へ回るしかない。

 

 ここまでそれを続けていればいい加減相手にもそれを読まれる。

 

 ビアンキは振った右を躱された後パンチもキックもなく、ただその体格を活かして弥堂に体当たりを仕掛けた。

 

 

 そのぶちかましを受けて弥堂は吹き飛ばされる。

 

 

「――ぐっ」

 

 

 壁に背中から叩きつけられると息が詰まり、強烈な衝撃に一瞬意識が飛ぶ。

 

 次に視界がクリアに戻った時にはもう敵は眼前でトドメの一撃を振り被っていた。

 

 

「くたばれやァッ!」

 

 

 顔面狙いの振り下ろしの右――

 

 

 弥堂はギリギリのところで首を捩ってそれを躱した。

 

 

 だが――

 

 

 弥堂が空かしたことで通り抜けたビアンキの拳は、弥堂の背を支える壁を砕いて大穴を空ける。

 

 

「チィッ!」

 

「――っ!」

 

 

 弥堂は相手の膝を足裏で蹴って、その反動で部屋の中へと転がった。

 

 

 どうやらここは広めの客室のようだ。

 

 急いで壁の穴から離れる。

 

 

「待てこのヤロウ……ッ!」

 

 

 ビアンキは迷わずに弥堂を追ってくる。

 

 

「マッドドッグ!」

 

「行けっ!」

 

 

 穴の向こうから深刻そうなミラーの声が聴こえると、弥堂はすぐに彼女を追い払った。

 

 ミラーは少し逡巡し、そしてアレックスの後を追った。

 

 ビアンキの追撃を捌きながら、弥堂は彼女がこの場から離れて行く気配を感じとる。

 

 

(これで邪魔者はいなくなった)

 

『ハッ――まるで、いなけりゃいつでも勝てるみてェな言い草だな。イキんなよ』

 

(うるさい黙れ)

 

『へぇへぇ』

 

 

 茶々を入れてくるルビアを短い言葉で斬り捨てると、彼女はニヤニヤとしたような雰囲気で消えていった。

 

 弥堂が窮地に瀕していることが愉快なようだ。

 

 

『ユウキ。黙って見ていればなんですか。その体たらくは』

 

「…………」

 

 

 すると代わりにお師匠さまのお小言が始まった。

 

 弟子の醜態に我慢ならなくなったようだ。

 

 

『何故この程度の相手にこうも梃子摺るのです。近付いて零衝を打ち込むだけのことでしょう』

 

(それが簡単に出来りゃ苦労しねえんだよ。お前と一緒にするな)

 

『鍛練を怠るからです。もっと速く、もっと正確に打てるように日々繰り返さないからこうして実戦で困るのです』

 

 

 弥堂は敵を引き付けてからギリギリのところで背後のベッドの上を転がって攻撃を躱し、そのベッドを障害物とする。

 

 ビアンキは構わずに空振りした腕をベッドに叩きつけた。

 

 

 ベッドは粉々に砕ける。

 

 弥堂は宙にバラけた破片の一つをビアンキの顏目掛けて蹴り飛ばした。

 

 

「しゃらくせェんだよッ!」

 

 

 ビアンキは乱暴に腕を振ってその破片を振り払う。

 

 それから追いかける獲物へ視線を戻すと――

 

 

「――死ね」

 

「チッ!」

 

 

――そこには拳銃を向ける弥堂の姿が。

 

 ビアンキは両腕で顔をガードする。

 

 弥堂は連続で引き金を引いた。

 

 

「クッ! 効くかよ……ッ!」

 

 

 銃弾はビアンキの両腕の毛皮に弾かれ、何の負傷を負わすことも出来なかった。

 

 弥堂は舌打ちを残して再び距離をとろうとする。

 

 

『小手先の小細工など通用しない相手なんてこれまでにもいくらでも居たでしょう。戦いとは零衝一つを極めればそれで足りると何度も教えたのに、貴方は姑息な手段ばかりを増やそうとして……』

 

「嘘つけ。その零衝一つを苦労して覚えたら、今度はその先に全部で7つありますとか抜かしただろうが。もう騙されねえぞ」

 

『べ、別にあれは騙したわけでは……っ』

 

 

 エルフィーネに言い返しながら考える。

 

 

 銃弾は効かない。

 

 

(だが、ガードした……)

 

 

 獣の毛を纏う両腕で、人間の姿のままの顔を守った。

 

 つまり、頑強なのは獣の部分だけ――その可能性が高い。

 

 

(試してみるか)

 

 

 弥堂は銃を仕舞ってナイフを抜く。

 

 

「なんだァ? 誰に言ってやがる?」

 

「味方に決まっているだろ。今に増援がここに来る」

 

「ハッ――じゃあそいつらにテメエの首を返してやるよッ!」

 

 

 ビアンキの着ている清掃業者の作業着を睨む。

 

 あの下の身体はどうなっているのだろうか。

 

 

 力いっぱい振り回してくるビアンキの腕を掻い潜って接近し側面をすり抜ける。

 

 その最中でビアンキの脇腹にナイフの切っ先を突き立てた。

 

 

「――いッ、てェなこのヤロウ……ッ!」

 

「く……っ」

 

 

 だが、黒鉄のナイフはその刃先が僅かに沈んだだけで、それ以上進む前にビアンキが振り回した腕の回避を余儀なくされる。

 

 

「そんなモンでオレが殺れるかよッ!」

 

「お前の身体はどうなっているんだ? その服の下も毛皮なのか?」

 

「アァ? どうだっていいだろンなこと」

 

「よくないな。俺はケモナーだ。獣の特徴を持つ人間に欲情するんだ。お前の肉体に関心がある」

 

「きッ……もちワリィんだよヘンタイジャップが……ッ!」

 

 

 嫌悪感を露わにしたビアンキは突っこんでくる。

 

 弥堂は床を転がってそれを回避し、また位置を入れ換えた。

 

 部屋の中央側に弥堂、ビアンキの背後には博士の部屋にあったような大きな窓がある。

 

 その窓の向こうは夜の闇だ。

 

 

 立ち上がった弥堂はビアンキへ魔眼を向ける。

 

 暗い部屋の中で妖しく光る蒼銀の光に、ビアンキは一層気味が悪そうにした。

 

 ビアンキは作業着の前をガバっと開いて、素肌を晒す。

 

 

「オラッ! 身体は人間のまんまだろ! 気色ワリィ目で見んじゃねェよヘンタイが……ッ!」

 

「そうか。それは残念だ」

 

「な、なんなんだコイツ……ッ!」

 

 

 ビアンキはケモナーの業の深さに戦慄した。

 

 その様子を見て弥堂は内心ほくそ笑む。

 

 

(さすがは部長だ……)

 

 

 当然弥堂はケモナーというものをよくわかっていない。

 

 だが、以前に廻夜部長のケモナーについての熱い持論を聞かされていたことがあり、『ケモナーは畏怖されている』という部分だけを何となく覚えていたのだ。

 

 

(やはり部長の教えには無駄がないな)

 

『……それは私へのあてつけですか?』

 

 

 改めて部長の偉大さを噛み締めると、それにメンヘラの元カノが噛みついてきた。

 

 

『むしろ私はもっと無駄をなくせと言っているのです。無駄に小細工を増やすのではなく、貴方の零衝に、業に、もっと無駄をなくせと』

 

(しつけえな)

 

『貴方が何度言っても聞かないからです。武を極めるとは零衝を極めることです。それを極めるだけで全てに打ち勝つことが出来ます』

 

(お前は零衝が好きすぎんだよ)

 

『そのような事実はありません。茶化さないでください。私は真面目に言っています。零衝を極めることで己そのものを武とするのです。もっと肉体も動作も効率化し、もっと無駄を削ぎ落し、もっと業を磨きなさい。出来るまでやれば出来るのです。そうすれば己自身が武そのものとなります。それは肉体そのものが拳になるということです。己という拳が武の極みに至れば、己を使って放たれる攻撃は全てが必殺となります』

 

(だからなに言ってんのかわかんねえんだよ)

 

『ですから! 身体は拳なのですから、指で触れても、髪が触れたとしても、それは拳で打ったことと同じですよね? 何をしても、というか、生きてるだけで殴ってることになるんです! つまり、“魔討ち”が使えれば貴方は存在するだけで世界を徹して全てを――』

 

(――うるせえな、わかったよ。今、零衝でぶち殺してやるから黙って見てろ)

 

 

 別れた後になってもアレコレとワガママを言ってくる図々しい元カノにうんざりとしつつも、弥堂は結局その要求を呑むことにする。

 

 魔力を練って魔術の使用に備えた。

 

 

「おい、どうした犬コロ。ビビってんのか? かかってこいよ」

 

「アァッ⁉ ロクに殴り返してこれねェくせに噴き上がってんじゃねェよこの狂犬ヤロウがッ!」

 

 

 挑発に乗ってビアンキは真っ直ぐに襲いかかる。

 

 弥堂は彼の顔の前の空間を注視した。

 

 

「いい加減死ねよ……ッ!」

 

 

 弥堂の目の前でダンっと床を踏み、腕を振りかぶる。

 

 その瞬間に――

 

 

「【不誠実な真実(トゥルーディストーション)】――」

 

 

――ビアンキの目の前の霊子情報を乱して自分を見失わせる。

 

 

「な、なんだ――ッ⁉」

 

 

 ほんの一瞬の意識の間隙――

 

 

 その隙に弥堂は重心を落としながら相手の懐に踏み込む。

 

 ナイフを逆手に持ち替え、もう片方の手で柄尻を押さえる。

 

 下から伸びあがるようにしながら、切っ先でビアンキの喉を狙った。

 

 

「こ、この――ッ!」

 

 

 ビアンキからしてみたら、見失っていた弥堂が突然超至近距離に現れたように見える。

 

 慌てて拳を振った。

 

 

 そのパンチが弥堂の頭部を捉えるのは、弥堂のナイフがビアンキの喉に刺さるよりも速い。

 

 それくらいに身体能力に差がある。

 

 

 しかし――

 

 

「【falso(ファルソ) héroe(エロエ)】――」

 

 

――そこで『世界』から自分を引き剥がす。

 

 

「――ッ⁉」

 

 

 視覚だけでなく、ニオイも、音も――

 

 何なら弥堂という敵が存在するという事実すらも――

 

 

 ビアンキは弥堂に関する全ての情報をロストする。

 

 

 そうして『世界』からいなくなっていたのはほんの一瞬――

 

 

「なッ――⁉」

 

 

 背後から突然触れられたことでビアンキは我にかえる。

 

 

 首だけを急いで振り返らせると、いつの間にかそこには敵が。

 

 

 弥堂はビアンキの肋骨に掌を当てている。

 

 あばら骨を破砕して、飛び散る破片で肺や心臓を損傷させる目論みだ。

 

 

(もらった――)

 

 

 ほんの一間の虚の内に、爪先を捻って“零衝”を放った。

 

 だが――

 

 

「――クッソがァ……ッ!」

 

 

――弥堂の掌に手応えが生じた瞬間に、ビアンキは無理矢理身体を捻りながら腕を振るった。

 

 

「――ぐっ⁉」

 

「――がァ……ッ⁉」

 

 

 二人は相撃ちとなる。

 

 

 零衝は徹ったが、“威”の内部破裂を起こさせる前にビアンキが身体を捩ったことで打点をズラされてしまい不発となった。

 

 

「グァ……ッ⁉」

 

 

 だが決して無傷ではなくビアンキは口から血を吐く。

 

 しかし、ビアンキの怪力によって振られた腕も弥堂の顔から胸にかけてヒットし、後ろへと吹き飛ばした。

 

 

「くぅ、ぐ……っ!」

 

 

 弥堂は廊下での立ち合いの焼き増しのように、大きな窓ガラスに背中から叩きつけられる。

 

 しかし、先程よりも遥かにダメージが大きい。

 

 故に、先程よりも立ち直りが遅れた。

 

 

「く、くたばりやがれこのヤロウがァ……ッ!」

 

 

 数瞬早く立ち直ったビアンキは弥堂を追い、そして追撃の拳を放つ。

 

 弥堂はぼやけたままの視力を捨て、【根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】が視せる映像のみで敵の位置を把握した。

 

 

 今回は回避が間に合わない。

 

 後ろに衝撃を逃がせない状態であの怪力を受けたら、間違いなく頭蓋骨が潰されてしまう。

 

 

「――っ!」

 

 

 素早くそれを判断した弥堂は、咄嗟に背後のガラスに掌を当てて【身体強化(ドライヴド・リィンフォース)】を強める。

 

 そして、爪先を強烈に捻った。

 

 

「潰れろやァ――ッ!」

 

 

 不完全な形での零衝――

 

 

 だが、ビアンキの拳がヒットする直前に、大きなガラスに罅が入る。

 

【身体強化】で首を固めて、弥堂は額で拳を受けにいった。

 

 

 強烈なパンチが弥堂を打った瞬間にガラスは粉々に砕け散る。

 

 弥堂は相手の力に逆らわずに、その衝撃を逃がしながら背後へと飛んだ。

 

 

 それにより即死は免れた。

 

 しかし――

 

 

「ハッ――地面でペシャンコになっちまいなァ……!」

 

 

――15Fの窓から、弥堂の身体は外へと放り出された。

 

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