俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章29 La Bestia ②

 

『――あーあ。オマエが自分の技使えってゴリ押ししたからだぞ……』

 

『そ、そんな……っ、私は……』

 

 

 幻覚女どもの声を聞いたことで、飛びかけていた弥堂の意識が戻る。

 

 それとほぼ同時に浮遊感は消え、地面への落下が始まった。

 

 ビルの15Fの高さ――落ちれば確実に死ぬ。

 

 

『ユ、ユウキ……、私そんなつもりじゃ――』

 

「――黙ってろ!」

 

 

 オロオロと狼狽えるメイドさんを叱りつけて、弥堂は15Fの部屋から勝ち誇った顔で見下ろしているビアンキを睨む。

 

 咄嗟に彼の方へ左手を翳した。

 

 

 それと同時にドクン――と、心臓を強く打つ。

 

 

「【這い寄る悪意(ディスマリス)】――」

 

 

 弥堂の左手から生成された魔力糸が伸びる。

 

 

「アァ――?」

 

 

 ビアンキは弥堂の行動に怪訝そうな顔をする。

 

 だが、最早何も出来まいと踵を返そうとした時――

 

 

「――な、なんだッ⁉」

 

 

――その右足に急激に重さがかかる。

 

 

 弥堂の手から放たれた黒い魔力糸がビアンキの足首に巻き付いた。

 

 その糸を目にしてビアンキはギョッとした。

 

 

「ま、まさか……ッ⁉」

 

 

 ビアンキは足を踏みしめて、窓の外に引っ張られぬよう耐える。

 

 そうしながら窓の下を覗くと、案の定そこにはビアンキの足と繋がる黒いワイヤーにぶら下がった弥堂の姿が。

 

 

「こ、このヤロウ……ッ、まだ……⁉」

 

「せいぜい俺の為に踏ん張ってくれよ」

 

 

 何フロア分か下に落下したところで魔力糸の維持に限界を感じる。

 

 弥堂は魔力をありったけ注ぎながら糸を引き、同時に身体を振る。

 

 振り子の要領でビル側に近付き、頑丈な窓ガラスに両足を付けた。

 

 

 左手で糸を掴み、右手では拳を作る。

 

 

「ぐ……っ」

 

 

 足先を捻ろうとしたところで頭がグラつく。

 

 先程ビアンキの攻撃から受けたダメージだ。

 

 ドロリと垂れてきた血が汚す視界を強く睨み、接触とほぼ同時に窓ガラスに“零衝”を叩きこんだ。

 

 

 上手く“威”を伝えられなかったせいでガラスを粉々にとはいかなかったが、大きく罅が入る。

 

 弥堂はその罅をブーツの足裏で蹴りつけて強引に割った。

 

 

 その反動でまたビルから身体が離れてしまう。

 

 もう一度足を振ってビルの方へ身体を戻し、割れた窓を蹴りつけながら建物の中へと飛び込んだ。

 

 

 バリンっと砕けた大きめのガラス片と一緒に部屋の中へ身体を落とす。

 

 魔力糸を消して、建物の外へ飛ばされぬように耐えながら床の上をゴロゴロと転がった。

 

 服から露出していた肌が何ヶ所か裂けて出血する。

 

 

 構わずにすぐに立ち上がろうとしたところで、弥堂はまた眩暈に襲われて膝を着いた。

 

 

 思ったよりもダメージが深刻なようだ。

 

 ビアンキの怪力から繰り出されたパンチの、その“威”の大部分を殺すことには成功したが、頭部で受けたのがよくなかったようだ。

 

 

 視界と一緒に思考がぼやけそうになるのを、頭を振って誤魔化す。

 

 すぐに次の行動を決めなければならない。

 

 

 敵の――ビアンキの次の行動は2つに1つだ。

 

 

 階段を使い――

 

 仲間の後を追って上に行くか、それとも下に降りて弥堂を仕留めにくるか。

 

 

 普通に考えれば潮時だと切り上げるべきだが、彼のあの獲物への執着ぶりを考えると弥堂を追ってくる可能性も十分ある。

 

 今すぐにやりあえばトドメを刺されるのは弥堂の方だ。

 

 

 ビアンキがどちらに行くにせよ階段を使うことになるだろう。

 

 

 それに博士の方にビアンキも合流されたら“G.H.O.S.T(ゴースト)”達では対抗出来ない。

 

 “G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員が殺されるのは構わないが、福市博士を連れ去られてしまうことは、弥堂にとっても任務失敗を意味する。

 

 なので、どの道自分で追って、自分で決着をつける必要がある。

 

 

 だから弥堂自身も、博士を追うにせよ、ビアンキを迎え撃つにせよ、階段を押さえるべきだ。

 

 しかし――

 

 

(ヤツら、ここからどうやって脱出する気だ?)

 

 

 博士を攫ったアレックスは上の階へと向かった。

 

 普通に考えれば追い詰められて逃げ場がなくなるだけだ。

 

 

(エレベーターをどうにかして、一気に1Fまで降りる……?)

 

 

 もしもそうだとしたら、階段を昇って連中を追ったら入れ違いになるかもしれない。

 

 いずれにせよ、ここでゆっくりしている暇はないようだ。

 

 

(一度死んでおくか……?)

 

 

 今の状態ではビアンキとは戦えない。それに魔力もかなり使ってしまった。

 

 接敵する前にここで一度死んで、身体の状態を戻しておくべきだと考える。

 

 

 弥堂はナイフを抜こうと、床に着いていた右手を動かした。

 

 その時――

 

 

「……ん?」

 

 

 右手のすぐ傍の床に置かれていた物に手が触れる。

 

 

「なんだ……?」

 

 

 暗い部屋の中でよく見えないそれを右手で触って確かめる。

 

 

「これは……」

 

 

 眼を凝らしてそれをよく見る。

 

 その形にも手触りにも覚えがあった。

 

 ボタンの付いている、何かのスイッチのような機械――

 

 

 それは割と最近に使った覚えのある物だ。

 

 該当する記憶を記録の中から呼び出そうとした時――

 

 

「――このクソヤロウッ! 逃がすかよォ……ッ!」

 

「なっ――」

 

 

 廊下ではなく窓の外――

 

 弥堂がそうしたように、割れた窓の外から怒り狂ったビアンキが飛び込んできた。

 

 

 どうやって――と考えている暇もない。

 

 今の状態でやり合えば確実に仕留められる。

 

 

 弥堂は反射的に指で触れていたそのスイッチを押し込んだ。

 

 

 すると――

 

 

「――グゥゥ……ッ! な、なんだ……ッ⁉」

 

 

 ビアンキが苦しげに呻いて顔を顰める。

 

 彼の頭の上のイヌのような耳はペタンと閉じられた。

 

 

 これは人間には不可聴の周波数で発せられた音だ。

 

 弥堂には聴こえないが、スイッチを押したことでそれがこの部屋の中で鳴り始めたらしい。

 

 それだけではない。

 

 

 弥堂が超音波のことを認識した瞬間――

 

 

――弥堂と、ビアンキの、視界がカッと真っ白に染まった。

 

 

 これは強烈な発光現象だ。

 

 

 強い光が部屋を染めるその白の上で、さらに別の白色の光が連続で何度も瞬く。

 

 

 この僅かな一瞬で弥堂の眼が眩む。

 

 反射的に通常の視界を捨て、魔眼に映るモノだけで視るようにする。

 

 

「グアァァァァッ⁉」

 

 

 ビアンキの叫びが聴こえる。

 

 どうやらあちらも同じ状況のようだ。

 

 

(行け――っ!)

 

 

 これはチャンスだと、弥堂は【身体強化】を全開にする。

 

 

 今、眼に映っているのは【根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】の視せる映像だけだ。

 

 “魂の設計図(アニマグラム)”を視ても、どこが実際の肉体のどの部位なのかなどは、弥堂には判別がつかない。

 

 つまり、精密な操作を要求される“零衝”は使えない。

 

 

 だから――

 

 

 刻印をカッと魔力で熱して、突進の勢いを乗せた渾身の蹴りをビアンキの“魂の設計図(アニマグラム)”にぶちこんだ。

 

 

「――ゥグァッ……⁉」

 

 

 呻き声とともに、ビアンキの“魂の設計図(アニマグラム)”が窓の外へ吹き飛ぶ。

 

 

「テ、テメ――」

 

「くたばれ――」

 

 

 宙でバランスを取ろうとするビアンキへ銃口を向け、弥堂は適当に引き金を引いた。

 

 ビアンキは咄嗟に両腕で顏と心臓を庇う。

 

 

「ク、クソが――」

 

 

 弾丸は先ほどと同様に腕に弾かれたが、ビアンキは怨嗟の声と共に階下へと落ちていく。

 

 つい先程とは立場が逆になる。

 

 落下するビアンキの“魂の設計図(アニマグラム)”を弥堂は蒼銀の魔眼で視下ろした。

 

 

 視線を窓の下に固定したまま視力の回復を待つ。

 

 弥堂は「ふぅ……」と息を吐いた。

 

 

 あれでビアンキを殺せたかはわからないが、時間稼ぎにはなる。

 

 その時間はビアンキにとっては致命的なものとなるだろう。

 

 

 外は外で清祓課とテロリストたちとの戦場となっているはずだ。

 

 そこを潜り抜けてホテル内の上階まで復帰するのは難しいだろう。

 

 

 実質的にあの強力な獣人を、博士を直接巡る局面からは排除することに成功した――

 

――そう判断してもいいだろう。

 

 

 清祓課に押し付ける形になったので、もしかしたらあちらで死傷者が増えるかもしれないが、それは弥堂にとってはどうでもいことだ。

 

 

 瞼を閉じて背後へ振り返る。

 

 そのまま何歩か部屋の中へ歩を進めた。

 

 

 瞼を開けてもう一度窓の方を向く。

 

 窓際は今も、思わず眼を細めるほどの強い光に照らされている。

 

 

「これは……」

 

 

 スタンドに取り付けられたいくつもの照明器具。

 

 恐らく撮影用の照明ライトだ。

 

 今も光が点いたままの物と消えている物がある。

 

 スイッチを押した瞬間強烈に瞬いた光もあった。

 

 消えている物はフラッシュライトかもしれない。

 

 

 それらが全て、先程弥堂が――ビアンキが立っていた割れた窓の前のスペースを取り囲むように並べられている。

 

 夥しい程の数の照明スタンドがそこ一点に向けられて――

 

 

「なんだ……?」

 

 

 その光景に、まるで宗教儀式に感じるようなものと同じ類いの気味の悪さを覚える。

 

 それに――

 

 

「こっちは……」

 

 

 照明スタンドよりも自分に近い位置にある物。

 

 害獣撃退用の超音波発生装置だ。

 

 これは4月22日の深夜に学園でネコのゴミクズーと戦った時に罠として使った物と同種の物だ。

 

 前日に愛苗の実家からの帰り道にホームセンターで弥堂が購入した物と同型機種である。

 

 

(いや……)

 

 

 同機種どころか全く同じ物であるように思える。

 

 弥堂が学園で使った物はY’sに改造をさせた強化品だ。

 

 獣人に市販されている超音波発生装置を喰らわせた時の平均的な効果などわからないが、あのビアンキの動きを止めるほどだからそれなりに威力の高い物だったと思われる。

 

 だが、それだけで同一の物だという確証にまでは至らない。

 

 

 何より、弥堂の購入した物は学園にあるはずだ。

 

 用済みになったので、裁判部(仮)の部室(予定地)に放置していたはずである。

 

 

(それが何故ここに……?)

 

 

 ありえない物がありえない場所に在る。

 

 俄かに、先日の希咲との校門前での痴漢バトルの時に感じたものと同種の不愉快さが湧き上がった。

 

 何かに見透かされ、操られているような錯覚。

 

 

 それに、この超音波発生装置のことを差し引いたとしても、窓際の照明だけでも充分に不自然だ。

 

 

 この客室は、火事の偽装が起きるまでは一般客が泊まっていたと思われる。

 

 例えばこの部屋で、タレントだかインフルエンサーだかがカメラマン付きで撮影をしていて、その途中で火事が起き、並べた荷物をそのままに逃げ出した。

 

 窓際の照明が向けられるあの場所に被写体が立っていて、撮影をしていたのでは。

 

 

 あんな強い光を集中させてまともに写真が撮れるのかは弥堂にはわからないが、可能性としてはそういうことも考えられる。

 

 

「……いや、待て。おかしい」

 

 

 このホテルは現在停電中だ。

 

 何故この照明器具だけ電気が点いている。

 

 そのことに気が付く。

 

 

 弥堂は照明のスタンドから伸びる電源ケーブルを辿った。

 

 それらはタコ足コンセントに纏めて挿しこまれていて、その延長コードはベッドの向こう側に延びている。

 

 それを追っていくと――

 

 

「――これは、バッテリー……?」

 

 

 延長コードの差し込みプラグは部屋の壁のコンセントではなく、ベッドの陰に置かれている箱のような物に繋がっていた。

 

 これは災害時などに使われる非常用のバッテリーだ。

 

 

 弥堂は去年のサバイバル部の活動で、こういった非常時に役立つアイテムを揃えて学園のあちこちに仕込むという任務に就いていた。

 

 だからある程度こういった物には見覚えがある。

 

 というか――

 

 

「――これも……?」

 

 

 このバッテリーと同機種の物も、弥堂が集めた物の中にあった。

 

 それとこれが同一の物体かは断定できないが、増々不愉快さが増す。

 

 

 本来ならばこの部屋の考察よりも、博士を攫ったアレックスの追跡にすぐに移行するべきだ。

 

 だが、そういった戦闘員として完成された弥堂のメンタルを以てしても、これは無視をすることが出来ない。

 

 

 ここの宿泊客がこの部屋に居た時は停電など起きていなかったはずだ。

 

 

(なのに、何故非常用バッテリーから電源を取っている?)

 

 

 非常に不自然だ。

 

 それとも弥堂が知らないだけで、こういった撮影をプロが行う時には自前の電源を使うものなのだろうか。

 

 それは考えてもわからないので、すぐに別の点に眼を向ける。

 

 

 最も不自然なモノに――

 

 

 弥堂は再び窓際を視た。

 

 

 先と同様、割れた窓の前のスペースをいくつもの照明が囲んでいる。

 

 まるで、あそこの位置に誰かが立つことを想定したような配置だ。

 

 

「偶然か……?」

 

 

 弥堂が侵入の為に破壊した窓が左右に一つでもズレていたら、あの照明スタンドに激突してそこらに倒していたことだろう。

 

 ガラスを割って部屋に侵入し床を転がって部屋の中央のスイッチの所で止まる。

 

 その際に外からの着地点と部屋の中のスイッチまでの場所へ転がるための出口のようなものまでもが、ご丁寧に開けられているように照明が配置されている。

 

 

 これをただ『運がよかった』だけで片付けてもいいのだろうか。

 

 

「そういえば――」

 

 

 20Fの博士の部屋でも、ここの部屋でも、窓ガラスを割った際に気圧の関係で建物の外へ吸い出されるような風が発生した。

 

 あれらのスタンドは何故にそれに耐えられたのか。

 

 

「どういうことだ」

 

 

 それらの答えはスタンドの足元の三脚にあった。

 

 どのスタンドも床にボルトを打ち込んで強く固定されている。

 

 いくらプロの撮影だといっても、宿泊で借りているだけの部屋にこんなことをするはずがない。

 

 

(やはり……)

 

 

 これらのセットに感じること。

 

 

「これは罠だ――」

 

 

 それも極めて限定的な罠だ。

 

 

 この夜に弥堂が窓を破って停電中のこの部屋に侵入し部屋の真ん中のスイッチの場所まで逃げてきて、そしてそれを追ってきた獣人(ライカンスロープ)が窓際のあの位置に立つ。

 

 ただそれだけの状況のみを想定して張られたトラップだとしか思えない。

 

 

 ターゲットが獣人でなく只の人間だったら、超音波は全く効果がない。

 

 そして弥堂がスイッチを押したのは反射的なものだったが、以前に見たり触ったりした覚えがなかったら、咄嗟にこれを押そうとは思わなかったはずだ。

 

 

『誰が』よりも『どうやって』という方に強く思考が引かれる。

 

 

 だって、そうではないか。

 

 

 こんなもの――

 

 

 まるで今日のこの時にこうなると――

 

 

 全ての状況の遷移と位置関係を予め完璧に知っていなければ、こんなことを実行するのは不可能だ。

 

 それも、仕掛けた本人は現場で一切手を下さないままで。

 

 

 しかも――

 

 

 結果だけを見れば、この罠はまるで弥堂のことを援護する為に仕掛けられているとしか思えない。

 

 

 誰が――

 

 何故――

 

 そもそもどうやって――

 

 

(Y’s――エアリスか……?)

 

 

 彼女を疑ってすぐに否定する。

 

 

 エアリスにはこのホテルの爆弾の制御などの工作を任せたが、この部屋の仕掛けについてはここに来て実際に作業する者がいないと不可能である。

 

 学園の時計塔の屋根に仕掛けたトラップの時と同じ条件だ。

 

 あの時はY’sは正体不明の人間だと思っていたから流せたが、その後で彼女の正体は肉体を持たない聖剣の管理人格のエアリスであることがわかった。

 

 どちらのトラップも実際に作業をする実行役がいないと成り立たない。

 

 

 やはり彼女にはまだ彼女自身が口にしていない真実が何かある。

 

 だが、それを加味してもこの部屋の罠が彼女の仕業だとも思えない。

 

 

 これを仕掛けるにはやはり現在のこの状況が起きることを予め知っていないと不可能だ。

 

 仮にエアリスがそれを知っていたなら、こんな回りくどいことをせずにただ弥堂に前もって報せるだけで済むはずだ。

 

 

 では、Y’sの仕事でないのだとしたら一体誰が――

 

 何故――

 

 そもそもどうやって――

 

 

 答えが一向に見いだせないまま同じ思考がループして――

 

 

「――ダメだ……っ!」

 

 

――額の傷に指を捻じ込んで、その痛みを使って無理矢理思考をフラットに戻す。

 

 

 流石に時間を使い過ぎた。

 

 

「素人かよ、クソが……」

 

 

 口元まで垂れてきた血をベロリと舐めとり、唾と混ぜて床に吐き捨てる。

 

 

 優先順位が違う。

 

 今は奪われた福市博士と“賢者の石(アムリタ)”を取り戻すことが先決だ。

 

 

 この部屋の謎を解いても金にならないし、愛苗も守れない。

 

 

 だが、あれから時間がかなり経っている。

 

 アレックスは博士を連れてどこまで移動したのだろうか。

 

 今から後を追って上に昇るよりも、先程も考えたヤツの最終的な逃走路を割り出して待ち伏せをするべきか。

 

 

 普通に考えれば1Fまで降りてくるはずだ。

 

 エレベーターを使う確率が高い。

 

 わざわざ階段で20F近くも下に降りるのなら、そもそも上に行く必要がない。どうせ来た道をそのまま引き返すことになるのに。

 

 

(じゃあ、何故上に行った?)

 

 

 高層階から直接脱出する手段でもあるのだろうか。

 

 

「ちっ……」

 

 

 それも結局ここで足を止めて考えているだけではわかるわけがない。

 

 せめて博士の現在地だけでも掴めれば少しは動向を読みやすくなるのだが。

 

 そんな手段は――

 

 

「……仕方ない」

 

 

――ある。

 

 

 弥堂は諦める。

 

 出来るだけ取りたくない手段だったが、ここに至ってはそうも言っていられない。

 

 博士を奪われたのは自分のミスだ。

 

 受け入れなければならない。

 

 

 弥堂は「スゥ……」と短く呼吸をし、精神を集中させる――

 

 

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