ホテル外の戦場に、獣人の大男が突然現れる。
「な、なんだコイツ……ッ」
「て、敵……だよな……?」
「オイ、う、動くなよ……ッ!」
清祓課の隊員たちは慌てて取り囲んで銃を構えながら、潰れた消防車の上のビアンキへ警戒を向ける。
「アァ……?」
「うっ――」
そんな彼らをビアンキがジロリと見下ろすと、その獣の凶眼に隊員たちは気圧された。
獣の耳と尻尾、そして両腕を覆う毛皮。
それは彼らの知識にある代表的な獣人の特徴だ。
何より実際に目のあたりにして感じた相手の生物としての迫力に、実戦経験の乏しい者は圧倒されてしまう。
だが、そうでない隊員たちも居た。
“竿兄弟”の三人だ。
「テメコラァ、その耳とれやァ」
「男はお呼びじゃねェんだよォ」
「死刑な? 犬耳への冒涜は死罪って日本国憲法で定められてんだわ」
口々に啖呵を切りながら彼らはビアンキへ殺気を放った。
「雑魚どもがァ……、誰にクチきいてんだ……ッ!」
挑発的な彼らの言葉に激怒したビアンキは、自身の足元の消防車に拳を叩きつける。
破裂でもするように車の破片が飛び散り、余すことなく直撃を受けた“竿兄弟”は即座に戦闘不能となった。
「あぁ⁉ 竿兄弟がやられた⁉」
「お前ら真面目に訓練しないから……」
「は、早く運び出せ……っ!」
よくあることなのか、周囲の隊員たちは手際よく三人を回収して運び出そうとする。
その光景に、ますますビアンキの額に青筋が浮かんだ。
「平和ボケのカスが……ッ! 生きて帰れると思うなよッ!」
大破した消防車から飛び降りて、ビアンキは清祓課の隊員たちに襲いかかる。
「ぐ、ぐわぁーっ⁉」
「こ、こいつ速いぞ……⁉」
隊員たちは応戦しようとするが、ビアンキの速度には対応出来なかった。
銃を向けても発射前にはもう敵はそこにはいない。
そして一撃で倒されていく。
「く、くそ……っ!」
一人の隊員が発射したショットガンから放たれた暴徒鎮圧用の弾がビアンキを捉える。
「効くかよ! そんなモン!」
だが、獣の両腕でガードしながら構わずに突っ込んでくる彼を止めることは出来なかった。
「ごぁっ……⁉」
また一人清祓課の隊員が倒される。
「チッ、弱すぎる。なんでこんな国のヤツにこのオレが……ッ!」
舌を打ってビアンキはホテルの上階を見上げた。
「どうする……。アレックスに追いつけるか……? だが……」
呟きながらホテルの入口の方へ目を向ける。
そこではまだ仲間たちが血を流しながら戦っている。
どちらへ加勢をするべきか――
そんな僅かな迷いを浮かべた時――
「――ッ⁉」
ビアンキの髪と毛が、危険を感じてブワっと膨らんだ。
予感に身を任せてビアンキは身体を前に投げ出した。
「チィ……」
ほんの少し前までビアンキの首があった位置をナイフが空振りする。
「だ、だれだ……ッ⁉」
体勢を立て直しつつビアンキが振り返ると、そこには清祓課の部隊長の
「オマエ、キケン、シトメル」
「クッ――」
「――ッ⁉ ガキ、だとォ……⁉」
「シネ、犬コロ」
高速で振られる
「チョーシにのるなッ!」
そして防戦を強いられることに苛立ち、強引に腕を振った。
「チョーシ、のってる、オマエ」
「グッ……! 効かねェよッ!」
距離が空いた瞬間に
二人の間に距離が出来て、一旦睨み合う形となった。
ビアンキは
そしてクンクンと鼻を鳴らしながら彼女の頭の上のイヌ耳を睨んだ。
「……オマエ。そうか……、同族かよ……」
ビアンキは少し苦々しそうな声でそう言って、眉間に皺を寄せる。
「同族、チガウ」
「アァ?」
「群れネバ、狩り出来ナイ、臆病ナ、イヌコロ」
「な、なんだとォ……ッ!」
「ワタシ、サバクの、オオカミ。孤高ナ、狩人。一緒ニ、スルナ、子犬メ」
「こ、このガキがァ――ッ!」
激昂したビアンキが
弥堂よりも長身の獣人の男と、イヌ耳カチューシャを着けた小学生女児のような見た目の
どちらが勝つかなど考えるまでもない程のミスマッチ。
だが――
「――官憲のイヌめ……ッ! 躾をくれてやんよッ!」
「アマイ――」
膂力任せに振り下ろされるビアンキの右ストレートへ
そして円を描くように回した右の手首を、外側からビアンキの手首に被せ、手首と手の甲で引っ掛けるようにして打撃をいなす。
「なッ――⁉」
驚くビアンキの右腕を死角にし、下から自身の左腕を彼の懐に入れる。
敵の右側面に身体を滑らせて左足をビアンキの右の踵に当てる。
そして左の手首でビアンキの鳩尾を打つと同時にその足を払った。
ビアンキの巨体がクルっと宙で回り、あっさりと地に倒される。
「クタバレ――」
そして
「ウ、ウオォォォッ――⁉」
ビアンキは形振り構わず巨体を横に転がして、ギリギリでその拳を回避する。
すると、空ぶって地面を打った
「クッ……!」
その破片を浴びながらビアンキは慌てて背後に飛び退って距離をとる。
「オマエ、スペックだけ。クンフー、足りナイ」
「な、なんだそりゃ……⁉
「使えるモノ、ナンデモ、ツカウ。ツカッテ、コロス」
今の差しあいでお互いに傷はない。
だが、互いの戦力の差は互いに理解した。
「ク、クソが……、オマエも清祓課か……⁉ ニオイがこっち側だぞ……!」
「ソウダ。ワタシ、オマワリサン。来る国、間違えたナ、
「な、なんなんだこの国は……ッ⁉」
想定外の強敵に続けて出遭ったことでビアンキは動揺する。
先程ホテル内で殺りあった日本人の男は、信じられないくらいにムカつくヤツだったが勝てる相手だ。
だが、今目の前に居るこの子供の姿をした
野生のカンが彼にそう伝え、そして傭兵としてのカンは続闘を避けるよう警鐘を鳴らしている。
ジリっと、ビアンキの踵が下がる。
その時――
ど派手な破砕音とともに、ホテル入口のガラス窓が砕け散った。
「なに……⁉」
「ナンダ……?」
それはビアンキにも
そちらは阿鼻叫喚の様相だ。
ガラス壁のなくなった建物の穴から、次々に武装した兵隊たちが外へと飛ばされてくる。
それはテロリストたちで、自分の意思でそうしているのはなく、何か強烈な力で吹き飛ばされているようだ。
こうして見ている間にも、中に侵入した戦力が続々とホテルから強制退去させられている。
「く、くそ……ッ! なんなんだアイツ!」
「い、いいからとっとと撃てッ!」
慌てふためきながらも、十数名のテロリストの兵隊たちはライフルをホテルの中へと向けて構える。
しかし――
「――ぐあぁっ⁉」
引き金を引く前に、彼ら全員の手に小さな黒い刃物が突き刺さった。
一発も弾丸を放つことなく彼らは銃を取り落とす。
「こ、今度はなんだ……? まさかあのヤロウか……⁉」
「あの、ヤロウ?」
ほんの僅かな時間でホテル前の兵は無力化され、建物の中から聴こえる銃声も静かになる。
一体何が起きているのだと様子を見守っていると、ホテル内から集団が走り出てきた。
「アレハ――」
出てきたのはホテル従業員たちだ。
中に残されていた一般人たち10名ほどが一斉に外に逃げ出してくる。
「ナニガ……?」
“
今度は一体何が起きているのだと、行動選択に迷いが生じた。
「ハッ――バカめッ!」
「アッ――」
彼が向かう先は、避難してくる一般人の集団だ。
「シマッタ――」
だが、位置はビアンキの方が圧倒的に一般人に近い。
「逃げてきたとこワリィが人質になってもらうぜェ――」
これは間に合わない。
コンタクトまであと数秒もない。
「逃ゲ――」
逃げろと叫ぼうとして無駄かと止める。
一般人が獣人の速度に対応できるわけがない。
走りながら、
猛スピードで迫るビアンキに気付いてもいないのか、彼はそのまま走り続けている。
黒いキャップを被った華奢な少年。
帽子のツバが陰になりその顔は見えない。
ビアンキはそのキャプを被った少年に走る勢いそのまま腕を振る。
少年はまだ何も反応を見せていない。
気付いてさえいないのかもしれない。
無防備なキャップに凶爪が振り下ろされる。
「手っ取り早く見せしめに死んでもらうぜェ――ッ!」
銃声の止んだホテル前で、骨が砕けるような鈍い音が響いた――