俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章29 La Bestia ⑤

 

――弥堂が16Fのエレベーターホールを通りがかった時に突然ホテル内に電気が戻る。

 

 急激な暗明の切り替わりに瞼を細める弥堂の目の前で、エレベーターの扉が開いた。

 

 それとほぼ同時に――

 

 

『――ユウくん、乗ってなのだ!』

 

 

――左耳に填めたままだったイヤホンから合成音声が聴こえる。

 

 

「これはお前の仕業か?」

 

 

 瞬時に意図が掴めずに弥堂はエアリスに訊ねた。

 

 

『そうなのだ。停めた電気を一時的に復旧させたのだ』

 

「何故だ」

 

『敵に使われると困るなら先にこっちが使っちゃえばいいの精神なのだ。爆弾と一緒なのだ』

 

「……それもそうか」

 

『それに、この停電の対応に業者も動いてるから、どっちみちそろそろ復旧されちゃうのだ』

 

「そうか」

 

 

 合理性に弥堂は納得し、エレベーターに乗り込む。

 

 扉が閉まると上階に向けて動き出した。

 

 

『高速運転でぶっ飛ばすのだ』

 

 

 エアリスの言葉どおり、エレベーターは上へと加速して昇っていこうとする。

 

 これならすぐに福市博士に追い付けるかもしれない。

 

 

 だが――

 

 

『あれ? なのだ』

 

「おい、止まったぞ」

 

 

――その上昇はすぐに、何故か19Fを過ぎたところで止まってしまった。

 

 

「どういうことだ?」

 

『ちょっと待ってなのだ』

 

 

 思わぬ不具合の原因をエアリスは探ろうとする。

 

 すると――

 

 

『――どうやら天井上のセンサーに何か引っ掛かってるみたいなのだ』

 

「天井の上?」

 

『この先のエレベーターの通り道になにか異物があるようなのだ』

 

「異物だと? 敵の罠……、あ――」

 

 

 弥堂は警戒を上げようとして、すぐにこの原因に思い当たった。

 

 

 この上といえば20F――博士の部屋があったフロアだ。

 

 そういえば弥堂はそのフロアのエレベーターの扉を零衝でヘコませて、エレベーターが通れないように自分で工作していたことを思い出した。

 

 つまり、自業自得だ。

 

 

「ということは、そもそも敵に使われる心配もなかったということか」

 

『ユウくんはなにも悪くないの! なのだ! 全部このホテルとエレベーターを作ったニンゲンどもが悪いの! なのだ!』

 

 

 なんて無駄なことを――と弥堂が舌打ちをすると、初代聖女さまはすかさずヘイトを“愚かなる地球人類”へと向けて、華麗に勇者さまをフォローした。

 

 自分の失敗を誤魔化すためのヨイショでもある。

 

 

 だが、自己肯定感が下限を突破している勇者さまは、そんなことで気持ちよくなったりはしない。

 

 

「うるさい。障害物を取り除けば動くのか?」

 

『なのだ!』

 

 

 弥堂はエレベーター内の角に寄ってジャンプすると、両脚を開いて隣辺の壁に足裏を付け、片手で天井にナイフを突き刺す。

 

 そして壁を蹴るとナイフを握る手を支点にして身体を回し、天井を靴裏で蹴り破った。

 

 

『あっ⁉ なのだ――』

 

 

 外側からビス止めされていた救出口の扉が弾け飛ぶ。

 

 弥堂は天井からナイフが抜けないように横方向へ力を入れながら、逆上がりの要領で足からエレベーターの外へ出た。

 

 

 エアリスが何か言っていたような気がしたが無視して、上階の方へ眼を遣る。

 

 すると、20Fのドアが歪んでこちら側に出ているのが視えた。

 

 

 弥堂は【身体強化】の魔術を使い、壁を連続で蹴って跳び上がる。

 

 そして、障害となっているドアに強烈な回し蹴りを放ち、ドアの歪みを力技で直した。

 

 そのままエレベーターの上に着地する。

 

 

「よし、出せ」

 

『いやいや、なのだ。そこに居たらユウくんが障害物認定されちゃうのだ』

 

「あ?」

 

 

 弥堂は不機嫌そうな眼でエレベーターの屋根の周辺を視る。

 

 そして――

 

 

『あっ――なのだ⁉』

 

 

――その辺にあったなんかセンサーっぽい物を拳銃の底でぶっ叩いて破壊した。

 

 エアリスさんがビックリする。

 

 

「よし、出せ」

 

『いやいや、なのだ。てゆーか、これもうダメかもなのだ』

 

「どういうことだ」

 

『さっきユウくんがぶっ壊した天井の扉に安全スイッチが付いてたのだ。扉が閉まるとそのスイッチが押される的な』

 

「つまり、なんだ?」

 

『つまり、天井の扉が吹っ飛んでいったからそのスイッチが押されなくなって、危険信号でエレベーターが動かないのだ』

 

「…………」

 

 

 弥堂は足元の穴――つまり救出口を見た。

 

 そして無言で連続発砲をする。

 

 

『あっ――なのだ⁉』

 

 

 なんとなくそれっぽいスイッチが破壊された。

 

 

「これでどうだ?」

 

『これもうわっかんねえな、なのだ』

 

 

 エアリスはダメ元でエレベーターの操作を試みる。

 

 すると、ガコンっとエレベーターが一瞬動作した。

 

 

『あっ、こいつ動くぞ、なのだ! なんかいい感じにバグったのだ』

「そうか」

 

『さすがユウくんなのだ。やっぱり勇者さまは凡百の雑魚とは違うのだ。なんかすっごく選ばれてるなって感じがしましたのだ。カッコイイしカワイイのだ』

「いいからさっさと出せ」

 

『あ、でも危ないからちゃんと中に入って欲しいのだ。今日は大丈夫な日だからナカでお願い、なのだ』

「めんどくせえな」

 

 

 鬱陶しいヨイショだけではなくセクハラまで始まったので、弥堂は仕方なくエレベーター内に戻る。

 

 エレベーターはすぐにまた上昇を再開した。

 

 

『ユウくん、でもでも、なのだ』

「なんだよ」

 

『行動が色々雑になってきたのだ。これはそろそろ一回死ぬパターンなのだ』

「そのようなパターンなどない。余計な口をきくな」

 

 

 目的の25Fへ急速に近づく。

 

 しかしその一つ手前の24Fでまた停止した。

 

 弥堂は眉を顰める。

 

 

「今度はなんだ」

『今回はトラブルではないのだ。ちょっと待ってなのだ』

 

「何故だ」

『今ドローンを屋上に回して偵察してるのだ。高度がありすぎてちょっちキツイのだ』

 

「どうでもいい。さっさと上に着けろ」

 

 

 弥堂はそう命じるが返事はなくなる。

 

 おそらくドローンのカメラ映像を確認しているのだろう。

 

 肉体を持たない女がどうやってその映像を視認しているのかはわからないが。

 

 

『……ゴーストっぽい兵隊がまだ屋上を占拠しているのだ。犯人とあのモッサリ女の姿は見えないのだ』

 

「そうか」

 

『こんなとこに逃げてきてどうする気なのだ。人質で押し切るつもりなのかしら、なのだ』

 

「どうでもいいだろ。どういうつもりだろうが、殺してしまえば済む。いいからもう上に行け」

 

『おかのした』

 

 

 苛立ち混じりにエアリスへ命じるとエレベーターが動き出す。

 

 その時に弥堂はふと気付く。

 

 

(そういえば、ミラーはどうした……?)

 

 

 もうアレックスに殺されたのだろうか。

 

 

『エレベーターを降りるとでっかいガラス戸があって、その外が屋上になってるのだ』

 

「……わかった」

 

 

 ミラーのことを考えるが、エレベーターはすぐに目的地の25Fに到着する。

 

 チーンっと音がなって、扉が動いた瞬間――

 

 

『あユウくんn天井にににげ――』

 

 

 エアリスが慌てて入力をミスした言葉を合成音声が読み上げ、それに弥堂が眉を顰めた時――

 

 

「――いよォ、待ってたぜ?」

 

 

――開いた扉の向こうに居た顔と眼が合った。

 

 

 25Fのエレベーター前ではアレックスが待ち構えていた。

 

 ライフル銃を構えて――

 

 

「に、にげてくださ――」

 

「――ハッハァーッ! ビンゴだぜェッ!」

 

 

 囚われの福市博士の悲痛な声はアサルトライフルの銃声に掻き消された。

 

 

「――っ⁉」

『ユウくんっ!』

 

 

 急いでエアリスがドアを閉めようとするが、その前に驚きに眼を見開いた弥堂の顔面に何発も銃弾が叩き込まれる。

 

 閉まり始めるドアの隙間から身体にも何発も銃弾を受けて、弾かれた弥堂の身体は不気味な踊りでもするような恰好で後方の壁まで飛ばされた。

 

 

「そ、そんな……っ⁉」

 

 

 派手に血と肉片がぶち撒けられた壁から、ズルズルと弥堂の背が摺り落ちて糸の切れた人形のように手足を投げ出して座り込む。

 

 その姿が、閉ざされゆくドアの隙間から博士の目に映った。

 

 

 そしてその隙間は無情にも閉ざされる。

 

 エレベーターは再び下の階へと降りていった。

 

 

 そして、パッと照明がまた消えてしまう。

 

 

 幕は下りたとばかりに。

 

 

 

 

 

 

 

 25Fエレベーターホール。

 

 エレベーターの扉が閉まるとアレックスは銃を下ろした。

 

 

「――イヤな予感がしたからここで張ってたが、まさかビアンキを抜けてくっとはな……。殺されてねェだろうなアイツ……」

 

「あ、あの人、死……っ」

 

「さて、今の銃声で外の連中にも気付かれただろうし。とっとと逃げ道を確保しねェとな」

 

 

 アレックスは茫然とする博士を引き摺るようにして連れながら、外の屋上へと踊り出る。

 

 屋上には空を警戒する“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員たちが10名近く配置されていた。

 

 

“ヨォ、ゴーストども! 大変だぜェ! お姫様が攫われちまった! このオレになァ……ッ!”

 

“なッ――⁉”

 

 

 大声で呼びかけると、屋内での銃声に殺気立っていた“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員たちが一斉に銃を向けてくる。

 

 アレックスは彼らに見やすいように、自身の身体の前に福市博士を出した。

 

 彼女の姿を目にすると彼らはさらに驚き身を固まらせる。

 

 

「ハッ――」

 

 

 その様子にアレックスは嗤い、手に持っていた短筒の拳銃を上空へと向けた。

 

 ポンっと――抜けるような音がしてその拳銃から弾が発射される。

 

 それは一定距離を撃ちあがると、パッと暗い夜空に一瞬の光を瞬かせた。

 

 

“信号弾……⁉ 貴様……グワァ――⁉”

 

“遅っせェよッ!”

 

 

 “G.H.O.S.T(ゴースト)”たちが空の光に目を取られていた隙に、アレックスは素早くライフルに持ち替えて手近な場所にいた隊員を射殺する。

 

 悲鳴も上げられずに“G.H.O.S.T(ゴースト)”隊員の死体が屋上に仮設された弾避けの奥へ吹っ飛んだ。

 

 アレックスは博士を引っ張って、先住者のいなくなったその弾避けに滑り込む。

 

 シールドを屋上の奥の敵の方へと向け直し、すぐに射撃を開始した。

 

 

「ひっ……⁉」

 

 

 死体になったばかりの男の上に倒れる形になり、博士が悲鳴を漏らす。

 

 アレックスにもこの状況で彼女へジョークを言う余裕はなかった。

 

 

 出鼻は上手く挫けたが流石に多勢に無勢、相手はまだ10人近く居るがアレックスは1人だ。

 

 遮蔽物ごしの撃ち合いはすぐに劣勢となる。

 

 

“このまま押しきるぞ! 相手の弾が切れたらオレが突っこむ。援護しろ!”

 

 

 リーダー格の隊員が指示をだすと、“G.H.O.S.T(ゴースト)”隊員たちは冷静にアレックスが潜む弾避けに銃弾を当ててプレッシャーをかけていった。

 

 

「こ、こりゃちぃっとキツイなァ……」

 

 

 敵の弾幕の圧に押され撃ち返すことすら厳しくなりアレックスはシールドに身を隠す。

 

 残りの弾数を意識し始めた時、“G.H.O.S.T(ゴースト)”隊員たちが隠れる弾避けの背後で、カッと強い光が灯った。

 

 

「うっ……」

 

 

 また停電が起こったので周囲のビルの明かりがないこともあって、その光はやたらと強く感じられる。

 

 福市博士は腕で光を防ぎながら、その光源を見ようとする。

 

 

「あ、あれは……っ」

 

 

 “G.H.O.S.T(ゴースト)”たちの背後の空に浮かんでいたのはヘリだった。

 

 アレックスは揶揄うような声音で“G.H.O.S.T(ゴースト)”たちに叫びかける。

 

 

“オイオイ! いきなり光るから驚いただろッ! 初デートでそんなサプライズされてもリアクションに困っちまうぜ!”

 

“フン、軍から借りた最新のステルス機だ!”

 

 

 それが去勢に聴こえたのか、“G.H.O.S.T(ゴースト)”部隊のリーダーは勝ち誇ったような声音で返した。

 

 

“へぇ。マジでここまで近付いても気付かねえモンなんだな”

 

“ここまでだ! 犯罪者め!”

 

 

 時間稼ぎの戯言になど付き合うつもりはないと、リーダーは手を上げる。

 

 それに反応して、ヘリの前面に取り付けられた銃口が動き、狙いを付けた。

 

 

 アレックスの口の端が持ち上がり、獰猛な歯列が剥き出しになる。

 

 

“撃てェ!”

 

 

 そして号令とともに、戦闘ヘリの機銃がホテルの屋上に掃射された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテル24F。

 

 その廊下を弥堂は走っている。

 

 

 アサルトライフルで蜂の巣にされエレベーター内で一度死に、そして屋上へ戻るために階段を目指している。

 

 

「余計な真似をしやがって」

 

『安全に死に戻るためによかれと思ったのだ』

 

 

 死に戻ってすぐに撃たれたら今度こそ本当に死ぬことになるので、気を利かせたエアリスがエレベーターを閉めて念のために一つ下の階まで下ろし、さらに念入りにエレベーターを呼び戻されないようまた電気を落としたのだ。

 

 わりと至れり尽くせりだったが勇者さまは効率厨なので、一度上がったのにもう一度昇り直すということにストレスを感じていた。

 

 

「それにしても、身体強化の魔術を使っても銃弾なんて防げないんだな」

『筋力や各種反応は上がるけれど、肌が極端に硬くなったりはしないのだ。でもユウくんは悪くないのだ。全部あの大魔導士とかイキってるオタ女が悪いのだ』

 

「そうだな。もしまた会うことがあったら、ルナリナのケツをぶっ叩いてやるか」

『……それは喜ぶからダメなのだ』

 

 

 25Fへの階段に辿り着き、上へ駆け昇っていく。

 

 

「とはいえ、魔力を大分使っちまったし、そろそろ一回死んでおこうと思ってたから別にいいんだが。ライフルの銃弾も一回くらってみたかったしな」

 

『ユウくん痛い? てっぽう痛かったのだ?』

 

「ん? まぁ、そこそこだな」

 

 

 一度その痛みを覚えておけば不意に撃ち込まれたとしても、パニックになることはない。

 

 それに、“魂の設計図(アニマグラム)”を万全の状態のものに上書きをしたので、特にビアンキとの戦いで消耗した魔力も充分となった。

 

 

異世界(あっち)だったらもう5、6回は死んでるな。やっぱりぬるいぜ。こっちは」

 

『さすがです勇者さま! なのだ!』

 

「…………」

 

 

 よくわからないイキりをする勇者さまを聖女さまが持ち上げるが、よくわからなかったので勇者さまは無視をした。

 

 

 そうしている内に最上階へと辿り着く。

 

 ガラス戸の向こうに強い光が灯っているのが見えた。

 

 

 開けっ放しになっているドアを抜けて屋上へ弥堂は出る。

 

 

「あれは……」

 

 

 視線の向こう――屋上の縁にヘリコプターが浮いていた。

 

 

 そのヘリの開いているハッチに押し込まれるようにして福市博士が乗せられたところだ。

 

 その彼女を押し上げていた男がこちらへ振り返る。

 

 

「――はぁッ⁉」

 

 

 その男は――

 

 アレックスは弥堂の姿を見ると素っ頓狂な声を上げて驚きを露わにした。

 

 

 どうやら博士がヘリで連れ去られる寸前のギリギリのタイミングだったようだ。

 

 

 弥堂とアレックス。

 

 

 今度はゆっくりと向かい合って視線をぶつけることになった。

 

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