ギャリギャリギャリ――っと音を立てて
そのすぐ後に、キュルキュルキュル――っと鳴きながらネズミさんも出てきた。
おブラを咥えたドラ猫を裸足で駆けていくネズミさんが追いかける構図だ。
先行するメロがそこまで逃げきれば勝ち、それまでにネズミさんに抜かれれば負け――そういう
「上りでは
愛苗ちゃんが上の階にいるので、ここは上りコースとなるようだ。
ここから少しの間は
二匹の差はみるみると縮まっていった。
何秒もしないうちにネズミさんの鼻先はメロのケツの数cm後ろにピッタリとくっつく。
ネズミさんはヒクヒクとお鼻を動かして、メスネコのお尻のニオイを嗅いだ。
『めちゃくちゃ煽られてるわよ』
「クッ……! カンチガイするなよ? オマエが速いんじゃないッス……! その
『それってこの魔物が速いってことでしょうが』
メロが顏だけ振り返らせてフシャーっと威嚇をすると、ネズミさんにお鼻でチョンっとお尻を突っつかれる。
「あふんっ」
『ヨガってんじゃないわよ下等動物』
スペック厨のエアリスさんは自らが搭乗するマシンの性能の低さに苛立っていた。
『ネコ。もっと速く走れないの?』
「フッ。まぁ、落ち着いてくれッス。お姉さん」
それに対してメロは冷静に笑う。
どうやら自信がありげの様子だ。
「ジブン本当は下り専門のネコさんなんッスが、それでもまぁ、やりようはあるッス」
『へぇ』
「
『そう』
メロが自身のストロングポイントをアピールするが、聖女さまは興味なさそうだ。
初代聖女さまは高級な女なので、彼女の関心が向くスペックは車の値段とブランド力だけなのだ。
そうしている内に次の
メロはペロリと鼻を舐めて、冷静にラインを計算する。
その時、ネズミさんがまたクンクンとメロのお尻を嗅いだ。
ネコとネズミの本来の関係性は、狩る者と狩られる者だ。
当然ネコさんが上位者であり狩る側である。
なのに、ヒエラルキー的に下位の生物に性的な関心を向けられたことで、ネコさんとしてのプライドが擽られる。
「このネズミ……ッ!」
カっと、メロの
「上等っス! コーナー2コも抜けりゃあこの世から消してやるッス……!」
「キュキュキュ……ッ!」
両者とも気合十分だ。
次は左の直角コーナーとなる。
メロはスススっと廊下の左側に寄る。
するとネズミさんはメロの右側に出た。
メロがイン、ネズミさんがアウトだ――
二匹は並んで同時に四つ足ドリフトに入る。
ギャリギャリギャリ――っと派手な音を立てて、動物さんたちの爪が廊下の塩ビシートの床を削った。
「クッ……! しまったッス……!」
メロの走行ラインがアウトに膨らむ。
メンタル的に入れ込みすぎたせいで減速が不十分――ツッコミ過ぎたのだ。
このままではクラッシュして
「キュルキュルキュル……!」
すると、アウト側を走っていたネズミさんがそのずんぐりとしたボディでメロをそっと押さえてくれる。
「あ、こりゃどうもッス」
メロがハザードの点けっぱなしを指摘された時くらいのノリで「てへっ」とお礼を言うと、ネズミさんはコクリと頷いた。
二匹は並んでコーナーを抜けた。
この先にはすぐに階段がある。
「フッ、しかし勝負はまたベツの話! 全力の走りで応えさせてもらうッス!」
恩知らずなネコさんがイキると、ネズミさんはまた頷く。
二匹は階段を駆け上がった。
そうすると今度は4Fフロアの直線に突入する。
「着いて来いネズ公! ジブンがオマエをもっと上の領域に引き上げてやるッス!」
「キュキュー!」
動物さんたちは仲良く愛苗ちゃんのところへと走って行った。
同フロアでは、愛苗とリンカさんが模型の人から全力で逃げている。
今メロが駆け上がってきた階段の場所を目指していた。
「――っはっ……はぁ……はぁ……っ」
リンカさんに手を引かれる愛苗の息は絶え絶えだ。
元々体力がある方ではなかったが、入院生活もそれに拍車をかけていた。
「ま、愛苗ちゃんがんばって……! 次の角を曲がったら階段だから……!」
とはいえ、3Fに降りたところで何が変わるというものでもない。
このまま1Fまで走って逃げ続けるのは厳しいものがある。
不安感から生じた爪を噛みたくなる衝動を自覚した時――
「――え……?」
――ニュルリと何かがリンカさんの足首に巻き付く。
驚きに目線を足元にやると、それは小腸だった。
「ひ――っ」
嫌悪感と驚きに身を強張らせると、彼女はバランスを崩して転んでしまう。
その直前に反射的に愛苗の手を離した。
「リンカさん……⁉」
「愛苗ちゃん行って! ワタシのことは――」
自分を置いて逃げるように叫ぼうとすると、さらなる悲運が彼女の身に降りかかる。
ベチャっと――何かが顔に叩きつけられた。
「あ……、これ……」
それは先程模型の人が振り回していた大腸だ。
ベッチャリと顏に張り付き、ヌラリとした感触を肌に与えてくる。
あまりの気色悪さに、ギャルナースさんはグリンっと白目を剥いた。
「あぁ⁉ リンカさん……!」
床にお尻をつけて壁に背を凭れさせたまま失神してしまったリンカさんに、愛苗は慌てて駆け寄る。
すると、リンカさんの足の間から“しょわぁ~”と水たまりが広がってきた。
「た、たいへんっ」
それを見て顔色を変えた愛苗はリンカさんに背を向けて立つ。
ヒタッ、ヒタッと足音を立てて近づいて来る模型の人へキッと視線を向けた。
「リンカさんはもう大人の女の人なのに、おもらしするまで恐がらせるなんてヒドイです……っ!」
そう言いつつもしかし、模型の人を止めるための実際的な力がない。
もう一度ペンダントを手に取って強く願った。
「おねがい、“Blue Wish”……っ!」
しかしペンダントからはやはり反応がない。
まるで中身が空っぽになってしまったかのようだ。
ヒタッ、ヒタッと足音がさらに近付く。
暗がりの中から模型の人の姿がヌッと露わになった。
「ど、どうしよう……っ。“Blue Wish”、どうして……っ」
このままではギャルナースさんを守ることはできない。
愛苗が強い焦りを浮かべたその時――
「――マナぁーっ!」
――背後から聞き慣れた声が聴こえた。
「――メロちゃんっ!」
“しましまブラジャー”をお口に咥えたネコさんがこっちへ駆けてくる。
その隣には何故かネズミさんもいた。
愛苗が歓喜の声をあげた次の瞬間、ヒュンっと風切り音が身体の脇を駆け抜ける。
「――えっ……?」
模型の人が素早い動きで愛苗を追い抜いていったのだ。
愛苗とメロの間に立ち塞がるようにして立った。
「むっ⁉ なんッスかこのハードな露出ヤロウは……⁉」
ダッシュしながらメロが敵意を向けると、模型の人はその場で高速の反復横跳びを繰り出す。
その動きは残像を残すほどで、まるで壁のようだ。
「クッ……! 速い……⁉ 抜けるコースが見当たらねぇッス……!」
メロは一瞬瞠目し、そして隣をチラリと見る。
「こうなったら……、ネズ公……ッ!」
メロが呼びかけるとネズミさんもこちらを見た。
「頼むネズ公……、ジブンに力を貸してくれッス……!」
ネズミさんは静かな目でコクリと頷く。
そしてダッと加速した。
先行したネズミさんは反復横跳びをする模型の人の手前で止まると伏せの姿勢になる。
そして鋭い視線をメロへと向けた。
「ウオォォォッ! ネコさんダァーッシュ……ッ!」
友の意思を受け取ってメロも全力で走る。
「真っ直ぐもダメ……! 右も左もダメ……! それなら――」
メロは蹲ってジッとするネズミさんの背中を踏んだ。
「――地元ネコだけが知ってる第4のラインを見せてやるッス!」
ネズミさんはメロを乗せたままでピョコンっとジャンプする。
その勢いを利用してメロは高く天井近くまで跳んだ。
「これが掟破りの悪魔走りじゃいッ!」
床で高速反復横跳びをする模型の人の上空を抜けようとする。
「うおぉぉぉ……ッ! いっけぇぇぇ……ッ!」
見事に模型の人を跳び越えると、メロはネコさんボディをグリンっと捻って愛苗の目の前に華麗に着地をキメた。
「メロちゃん!」
「マナ! これを!」
ネコさんはお口に咥えたエモノを飼い主さんに差し出す。
「ぶらじゃー……?」
“しましまブラジャー”を渡された愛苗ちゃんはコテンと首を傾げた。
「これを使って変身するんッス!」
「え?」
メロがその意図を説明するが、愛苗にはやっぱり理解が追い付かない。
「でも、ぶらじゃーだよ?」
「え⁉ えっと、これは魔法のブラジャーなんッス!」
「でも、これはお母さんが“MIKAGEモール”で買ってきたやつだし……」
「そ、それは……」
「ぶらじゃーは変身するものじゃないよぅ」
「う、うぐぐ……」
ふにゃっと眉を下げた愛苗ちゃんに正論を述べられ、メロは苦しげに呻いた。
<ネコ! さっさと言い包めなさい!>
エアリスさんからも急かされて中間管理ネコは胃がキリキリ痛む。
あまりゆっくりしていると敵が襲ってくるかもしれないと焦りながら、ゴミクズーたちの方へ視線を向けた。
しかしあちらでは、目的を見失ってついノリでメロの手助けをしてしまったネズミさんがヤキを入れられているところだった。
模型の人が大腸でネズミさんのお尻をピシピシっと引っ叩いている姿を見て、もう少し余裕がありそうだとメロは気を落ち着けた。
「マナ、聞いてくれッス」
「うん、いいよー」
「ナナミを思い出して欲しいッス」
「ななみちゃん?」
大好きな親友の七海ちゃんを思い出してほんわかする愛苗ちゃんに、メロはコクリと頷く。
「ナナミのヤツってほら、ブラを使って上手いこと盛るだろ?」
「もる……」
「色々こう頑張って、おっきく見えるようになるじゃないッスか」
「おっきく……」
「それってある意味変身じゃないッスか?」
「たしかに!」
愛苗ちゃんの頭上にピコンっと電球のエフェクトが浮かんだ。
しめたと、メロのシッポもピンっとする。
「つまりブラは乙女の変身アイテムなんッス」
「そっかー。ななみちゃんもしてるんなら大丈夫だよね!」
「そッス。ナナミがしてるからオッケーなんッス」
「でも、これ前は普通のぶらじゃーだったのに、どうして急に魔法のアイテムになったの?」
「そ、それはアレッス。マナの新たなチカラってやつッス。さっき妖精界から電報が届いて、ジブンも知ったばっかなんッス」
「そうなんだー。不思議だねー」
メロはペラペラと適当をコイたが、愛苗ちゃんは“よいこ”なので『メロちゃんが言うんならそうなんだー』と信じた。
メロはこのまま勢いで押すことにする。
「さぁ、マナ! 変身っス!」
「うん! メロちゃん!」
愛苗ちゃんはいつものやりとりに釣られて、ブラジャーをギュッと握った。
「おねがい! “Blue Wish”――ッ!」
先程と同じ言葉。
しかし、今回はしっかりと反応がある。
愛苗の手にある“しましまブラジャー”の青い宝石からパシューっと光が飛んで、それが首から提げたペンダントの宝石に着弾する。
すると、さっきまで反応のなかったペンダントの宝石に光が宿り、ペンダントがひとりでに動いて愛苗の目の前に浮かび上がった。
『いける』という手応えを感じて、愛苗は祈りを唱える。
「
“しましまブラジャー”をポーイっと両手で上に放ると、おブラはふわぁっと可憐に宙を舞いながら光を大きく拡げて謎空間を形成した。
変身バンクver.2だ。
おブラの代わりに、愛苗の手の平の上に輝くペンダントが降りてくる。
愛苗はそれをハシッと掴まえて、身体の前に構えた。
「
力強い魔法の呪文に応えてバシューっと光の柱が愛苗の身体から立ち昇る。
ペンダントは愛苗の手から飛び出してギュイーンっと飛んだ。
そして“しましまブラジャー”も何故かギュイーンっと飛んだ。
さらにマスコットネコさんがグリンとムーンサルトをキメる。
ペンダントがピュイーンっと軌跡を描くと、おブラも負けじとグンッグンッとキレのある軌跡を描いてイキる。
やがて、ペンダントとおブラはお互いの軌道を螺旋を描くように絡ませながら天へと昇って行く。
そして、いい感じのところでバシーンっと左右に別れてから戻ってきて勢いよく衝突した。
その瞬間に発生した強い光が収まると、なんとおブラとペンダントが合体した。
青と白の“しましまブラジャー”はピンクと白に変化し、さらに宝石が大きくなって装飾も豪華になる。
ほぼ同タイミングで、愛苗ちゃんの首から下がピンクの光のシルエットに変わり、着ていたパジャマが弾け飛んで桜の花びらを周囲に舞い散らせた。
愛苗ちゃんのおさげが解けるとそこに花びらが舞い落ちてくる。
花びらが溶けて混ざるように髪の色がピンク色に変わり、その長さも伸びていく。
キュルルンっと髪型がツインテールに変わり、お目めの中にもキラーンっとお花のハイライトが浮かんだ。
豪奢になったおブラがピュゥーンっと愛苗ちゃんの元へと飛んでいき、お胸にミラクルフィットする。
おっきなお胸をしっかりと包み込みつつガッチリと支えることで、激しい戦闘をしてもお胸が荒ぶらないように抑え、前より痛くならないのだ。
ビカビカビカっとおブラの宝石が発色すると、そこから光のリボンが飛び出してくる。
リボンは愛苗ちゃんの身体の各部位に巻き付くと、キラーンっと光を弾けさせて魔法少女のコスチュームへと変わっていった。
手袋と腕のアクセサリー、ニーソとショートブーツ、そして首のアクセサリーと順番にお披露目していく。
きゅわーんっとリボンがお尻を包んで、ピンクと白の“しましまパンツ”へと変化した。
輝くお胸の宝石から魔法少女のステッキが現れる。
愛苗ちゃんはそれを手に取るとシャランラーっと可愛く振った。
大きな光のリボンが空間を走る。
目を閉じ、クルクルと身体を横回転させながら愛苗ちゃんが宙を泳ぐと、上半身にリボンが巻き付いてラブリーな半袖ブラウスへと変わった。
次に愛苗ちゃんはギュッと身体を丸める。
そして蝶が孵化するように身体を再び伸ばすと、キュートなフリフリミニスカートがシャラァーンっと生えてきた。
ぴゅおーんっと飛びながらバッと腕を伸ばすと光が弾けてアクセサリーに光が灯り、バッと脚を伸ばすとニーソにも装飾が付く。
くりんっとお尻を突き出せば腰の後ろに大きなリボンが装着された。
ビュオーンっと空へと昇って行き、そして落ちながら加速をする。
その勢いのまま謎空間の壁的なものを突き破った。
愛苗ちゃんはお手てをいっしょうけんめいにグルグルさせて、最後のポーズのための力を溜める。
久しぶりの変身なのでグルグルしすぎて、バランスを崩して転んでしまいそうになった。
それをマスコットのネコ妖精が背中を支える。
二人は「えへへっ」と笑い合った。
クリンっと回って並んで立つ。
「水のない世界に愛の花を咲かせましょう……! 魔法少女ステラ・フィオーレ!」
改めてパシーンっとポーズをキメた。
「病院でふざけて迷惑をかける子はおしおきですっ!」
魔法のステッキでビシッと指すと、模型の人とネズミさんは「しまったぁー!」って感じで慌てる。
夜の病院の眠りを乱す悪の前に、ようやく正義の魔法少女が登場した。