俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章30 病院がたいへんっ⁉ たすけて! ステラ・フィオーレ! ⑤

 

 ついに『魔法少女ステラ・フィオーレ Season2』が開幕した。

 

 

「ふぅ……、紆余曲折あったッスが、どうにかここまで漕ぎ着けることが出来たッスね……」

 

<オマエが余計なことしなきゃもっと早かったけどね>

 

 

 おでこの汗を肉球で拭って一仕事終えた感を醸し出すメロに、エアリスは冷ややかな目を向ける。

 

 現在のエアリスさんは魔法少女コスチュームの胸のリボンに飾られた宝石の中に居るようだ。

 

 

 変身バンクとお決まりの口上が終わるまで大人しくしていたゴミクズーたちはバッと戦闘態勢をとる。

 

 模型の人とネズミさん――相手は2体だ。

 

 

「フン、変身さえしちまえばこちらのもの。さぁ、マナ! このゴミクズどもを惨たらしくぶち殺してやるんッスよ! 現世に遺ったことを後悔するくらいに!」

 

「ころさないよぅ」

 

 

 愛苗ちゃんはふにゃっと眉を下げて、

 

 

「でも……」

 

 

 背後で気絶しているギャルナースさんへ心配げな目を向けた。

 

 

「このままここで戦ったら、リンカさんを巻き込んじゃうかも……」

 

「む……」

 

 

 担当魔法少女の懸念を汲み取ったお助けマスコットは思案する。

 

 そして――

 

 

「ジブンとギャルナースさんを結界の外に出すことは出来ないッスか?」

 

 

――そう提言した。

 

 しかし――

 

 

「けっかい……?」

 

 

――愛苗ちゃんは不思議そうに首を傾げる。

 

 

「今ってこの病院に張ってる結界はマナが乗っ取ってるじゃないッスか?」

 

「え? そうなの?」

 

「え?」

 

 

 認識が噛み合わずにお互いにキョトンとしてしまった。

 

 メロはおヒゲをウニョウニョと動かして周囲を探る。

 

 すると――

 

 

「……うん。やっぱり今はここの結界はマナのモンになってるッス」

 

「そうなんだー」

 

 

 メロちゃんが言うんならそうなんだろうと、愛苗は他人事のように納得した。

 

 

「元々コイツらが出た時に結界が張られてたんッスよ」

 

「そういえば……」

 

 

 廊下に飛び出した時にそのような違和感を覚えたことを思い出す。

 

 

「その結界が、変身した時に支配権がマナに移ったみたいッス」

 

「そうだったんだ。よかった」

 

「だからその結界に一瞬だけ穴を空けてくれたらジブンがこのエロいお姉さんを避難させるッス」

 

 

 それは以前の愛苗には出来なかったことだ。

 

 しかし、先日の港での決戦では彼女は大きく成長した。

 

 最終的にはこの美景市全体を支配するレベルの影響力を発揮していたので、もしかしたらそういう器用なことも出来るようになっているのではとメロは考えたのだ。

 

 

「それに、敵はまだいるかもしれないッス」

 

「え?」

 

 

 さらに、結界の外に出るのにはもう一つの理由があった。

 

 

「ここに居るこの2匹には結界を張るようなマネは出来ねえはずッス」

 

「そうなの?」

 

 

 愛苗が目を向けるとゴミクズーたちはヒョコヒョコとヒョウキンな仕草を見せてくる。

 

 既に戦闘態勢をとっていた彼らだったが、今は“相談タイム”なのでお行儀よく待っていた。

 

 

「だから、きっと結界を使えるようなヤツが他にもいるはずなんッス。結界の中で戦ってる間に外でソイツが暴れたらいけねえッスから、ジブンが捜してくるッス」

 

「なるほど。さすがメロちゃん!」

 

「へへっ、ジブン正常で優秀なお助けネコさんッスから」

 

 

 ぱんっと手を合わせて愛苗が感心をすると、ネコ妖精は鼻の下を肉球でゴシゴシと擦る。

 

 

『…………』

 

 

 変身アイテムのエアリスさんはそれにイラっとした。

 

 ここまでのメロの無能ぶりを全て見ていたからだ。

 

 しかし、愛苗の前でこのネコにヤキを入れると自分の存在が愛苗にバレてしまうので自重に努めた。

 

 

「でもね、メロちゃん。私はあんまり上手に結界を――」

 

「あれ?」

 

 

 愛苗が何かを言いかけた時、二人のすぐ傍の空間にポッカリと穴が空く。

 

 人が一人通れる程度の大きさだ。

 

 

「これってもしかして……」

 

「元の世界に繋がってるみたいッスね」

 

「あれー? でも私なんにもしてないのに……」

 

「もしかして……」

 

 

 メロがそっと愛苗の胸元に目を向けると、パチンとウィンクでもするように宝石が一度だけ瞬いた。

 

 

(そっか……、この穴も、結界を乗っ取ったのも全部お姉さんがやってくれたんッスか)

 

 

 そのように察すると、宝石が得意げにバチバチと点滅した。

 

 今度はその光に愛苗も気付いたようだ。

 

 

「あれ? もしかして“Blue Wish”がやってくれたの?」

 

「そ、そうみたいッスね……」

 

「すごーい!」

 

 

 愛苗ちゃんが「きゃー」と歓声をあげると、宝石は今度はビカビカと赤く点滅する。

 

 攻撃色だ。

 

 

「マ、マナ? 早めに戦った方がよさそうッス」

 

「あ、そうだよね」

 

 

 危険を感じたメロがさりげなく彼女を促した。

 

 ともあれ――

 

 

「――とにかく、ギャルナースさんと外の敵はジブンに任せて、愛苗はコイツらに集中してくれッス。ジブンらが出たら勝手に穴が閉じると思うから大丈夫ッス!」

 

「うんっ。なんだかわかんないけどわかったよ! 無理しないでね、メロちゃん」

 

「なぁに、ジブンは弁えたネコさんッス。索敵だけしとくからコイツらをやっつけたら助けにきてくれッス」

 

「うん、わかった! 私いっぱいがんばるね!」

 

「では、しばしの別れッス! 友よー!」

 

「友よー!」

 

 

 なんだかんだ彼女らは別れることになり、最初と同じようなカタチになる。

 

 

 メロがリンカさんを引き摺って結界の外に出ると、空いていた穴が閉じる。

 

 それを確認してから愛苗はゴミクズーたちにステッキを向けた。

 

 

 

 

 

 

 外に出て結界が閉じると同時に、バフンっと煙のエフェクトを出してメロは女児フォームとなる。

 

 そして「えっちらおっちら」とギャルナースさんを引き摺って廊下を移動した。

 

 

 しばらく進んでいると突然窓の外がカッと明るくなる。

 

 

「なななななんッスか⁉」

 

 

 光はすぐに収まり、特に誰かが暴れていたり戦っていたりする気配もない。

 

 

「と、とにかく今は先にお姉さんを……」

 

 

 メロはビクビクと怯えながら先を急いだ。

 

 やがて、この入院病棟内のナースステーションに到着する。

 

 

 そろーっと中を覗くと幸いにも無人のようだった。

 

 どうやら今夜のこの病棟はリンカさんのワンオペだったことが発覚する。

 

 メロは涙を溢すと、労わるように彼女のお胸をナデナデしてあげた。

 

 

「こっちの病院は静かなもんッスね……」

 

 

 現実世界のこちらには被害はなく、騒ぎも起きていないようだ。

 

 安堵しながらリンカさんをその辺の椅子に座らせる。

 

 サッサッとあちこちを弄り、待機中に居眠りをしてしまった感を演出した。

 

 

「変身前に気絶してくれたのはある意味ラッキーだったッスね。魔法少女バレしたのが少年にバレたら、アイツこのお姉さんを始末しかねないッス……」

 

 

 視界共有で見ていたあの男の残虐ファイトを思い出す。

 

 相手が同じニンゲンでも、ゴミクズーや悪魔と戦う時と彼は全く変わらない。

 

 それどころか「ニンゲンは殺すのが楽でいい」的な頭おかしいことまで言っていた気がする。

 

 殺しの手口もいちいちグロいので、見ていられなくなったメロは鑑賞を止め、怯えて愛苗ちゃんにくっついていたら眠ってしまったのだ。

 

 

 あの冷徹な眼と残虐な所業を浮かべてブルっと躰を震わせると、不意に尿意を覚えた。

 

 

「あ、そういえば……」

 

 

 尿といえばと、椅子に凭れるギャルナースを改めて見遣る。

 

 彼女の股間部分の布地が色濃くなっていた。

 

 

「こ、これはいけねえッス……!」

 

 

 メロは猛烈な危機感にクワっと目を見開く。

 

 このままでは罪なきナースさんの股間がかぶれてしまう――と。

 

 

 ゴクリと喉を鳴らしてから「へへっ」と卑屈な笑みを漏らした。

 

 

「こ、これはあくまで人助けッスから……」

 

 

 そんな言い訳を口にしながら、メロは気絶したギャルナースさんのスカートの中に手を入れる。

 

 

「え、衛生を……。ジブン、正義の魔法少女のマスコットとして病院の衛生を守ってるだけッスから……」

 

 

 血走った目でブツブツと言いながら、リンカさんの白ストッキングを脱がす。

 

 緊張で震える指を叱咤し、リンカさんの顔を監視しながら、むっちりとした太ももからゆっくりと慎重に白を剥がしていった。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 見事に剥ぎ取りを成功させ、メロは一息吐く。

 

 しかし、人命救助はまだ終わりではない。

 

 捲れかけのスカートの下の小麦色と小麦色の間をジッと見た。

 

 

「つ、つぎは、おぱんちゅを……、ふへっ……」

 

 

 気持ちの悪い笑みを漏らしながら再度サルベージに挑む。

 

 

「サ、サキュバスッスから……、ジブン、サキュバスッスから……ッ」

 

 

 結界の外に出た目的など忘れ、淫魔は気絶した女性への卑猥な行為に夢中だ。

 

 

「ギャルといえばヒョウ柄おぱんつ。今日こそはゲットさせてもらうッスよ……」

 

 

 期待に胸を膨らませてスカートを一思いにベロンっといくと、そこには――

 

 

「――な、なんだと……ッ⁉」

 

 

 驚愕に目を剥いた女児はワナワナと躰を震わせる。

 

 

「く、黒のローライズ、だと……⁉」

 

 

 バッと屈んでリンカさんの脚を持ち上げて奥を覗き見ると、このおぱんつはTバックのようだった。

 

 

「バ、バカな……ッ⁉」

 

 

 ギャルといえばヒョウ柄おぱんつだと決まっているはずなのに――メロは現実が受け止め切れずに膝をガクガクとさせる。

 

 その時――

 

 

『ギャルのおぱんつと謂えば黒のローレグTバックだろ。異論は認めん』

 

 

――過日の弥堂の言葉が脳裏で蘇る。

 

 

「そ、そんなハズは……ッ!」

 

 

 メロは現実を否定する。

 

 淫魔といえばエロのプロフェッショナルだ。

 

 その矜持を、あんなローレグとローライズの区別もつかないような非モテ男子の言葉に否定されるなんてことは、彼女のプライドが許さなかった。

 

 

「…………」

 

 

 メロはギャルナースさんの黒おぱんつをジッと見て、そしてサッとスカートを元に戻した。

 

 さらに――

 

 

「えいっ――」

 

 

――女児ハンドを翳すとリンカさんの股間がぺかーっと光って、お漏らしが乾いてキレイになる。

 

 悪魔学校必修の証拠隠滅用の『お掃除魔法』だ。

 

 

 メロは『ギャルのパンティに関する自らの持論』を覆すことは出来ず、また弥堂にエロで負けを認めたくなかったので、色々と無かったことにした。

 

 スッと目を逸らすとそこには湿った白ストが。

 

 

「ちっくしょう――!」

 

 

 しかし完全に悔しさまで消すことは出来ず、メロはガッとストッキングを引っ掴むと、ダッとナースステーションを飛び出す。

 

 泣きながらストッキングをブンブンっと振り回して廊下を走った。

 

 彼女が走り去った後にはピチャピチャとおしっこが舞い散る。

 

 

 メロはそのまま女子トイレに駆け込んで用を足すと、お手てを石鹸で洗ってから鏡の前でサッサッと髪型を直し、そしてまたダッと勢いよく廊下に舞い戻った。

 

 

「クソッ! 平和な病院で悪事を働くなんて許せねえッス! 一体誰がこんなことを……!」

 

 

 義憤を燃やしながら廊下を走り、犯人を血眼になって捜す。

 

 そうして1分ほどして、「もういいかな」とテンションを戻して歩いた。

 

 

「捜すったってどうしようッスかね。相手が悪魔や魔術師だったら迂闊に魔法使うと先にこっちが見つかっちまうかもしんねえし……」

 

 

 魔法なら先程使ったばかりだが、あれはなかったことになっているのでオッケーだ。彼女の中では。

 

 すると、結界から出てすぐの出来事を思い出す。

 

 

「そういえば、なんか外が光ってたッスね。シッポはないけどピンっときたッス」

 

 

 女児は廊下の窓を開けて「よいしょ」っとジャンプして窓枠に上半身を乗っける。

 

 外を覗いてみたが特に異常は見つからなかった。

 

 

「……いや、待てよッス」

 

 

 目を凝らしてよく見てみると、中庭が先程よりも気持ち荒れているように見えなくもない。

 

 

「これは一体どういうことッスか……、ムッ――⁉」

 

 

 周辺をよく見渡してみると、木の陰に怪しい人影を見つけた。

 

 推理アニメでよく見る黒いシルエットに包まれた人だ。

 

 テレビで見たよりはずいぶんとシルエットがずんぐりポッチャリとしている気がしたが――

 

 

「――黒くなってるってことはアイツが犯人で間違いないッス! あんなにわかりやすい恰好で現場に来るとはナメやがって。ヤツめ一体何者なんッスか」

 

 

 キッと眼差しを強めると、黒い人もメロに気が付いた。

 

 黒い人は両手を突き上げながらピョンコとジャンプして驚きを表現すると、着地と同時にダッと逃げ出した。

 

 

「あっ――⁉ 待ちやがれッス!」

 

 

 メロは先程愛苗と話したことを忘れて反射的に追いかける。

 

 ネコさんは逃げるモノを追う習性があるのだ。

 

 

 バフンっと煙を出してまたネコさんフォームに戻ると窓から飛び出す。

 

 おもらしストッキングを振り回しておしっこを撒き散らしながら、病院の外へと向かう黒い人の追跡を開始した。

 

 

 

 

 

 

 一方、結界の中に残った愛苗は――

 

 

「――なんか魔法少女久しぶりな気がする」

 

『気がしただけなら気のせいよ』

 

 

 エアリスさんの言う通り、たったの10日ぶりほどだから気のせいである。

 

 

 愛苗は変身した自分の手を見下ろし、真っ白手袋に包まれたお手てをグッパグッパと確かめるように動かしていた。

 

 すると、手に持っていた魔法のステッキをポロリと落としてしまう。

 

 ステッキはコロンっと転がって模型の人の足元で止まった。

 

 模型の人はそれを拾って愛苗に手渡してくれる。

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 愛苗ちゃんがペコリと頭を下げてお礼を言うと、模型の人とネズミさんもペコペコと頭を下げてきた。

 

 

「あと、いっぱいお待たせしちゃってごめんなさい……!」

 

 

 恐縮してしまった愛苗ちゃんはさらに「ごめんなさい」のペコリをするが、ゴミクズーたちもさらにペコペコとしてくる。

 

 一頻り頭を下げあってから改めてステッキを握った。

 

 

「入院しててずっと魔法使ってなかったから、気をつけて使わないと……」

 

 

 珍しく慎重な物言いで愛苗は自身を戒める。

 

 力持つ者には責任があるのだ。

 

 

『それはそうね』

 

 

 その言葉にはエアリスも同意する。

 

 彼女の声は肉声ではなく念話に近いものなので、相手に届ける意思を持たなければ聴こえないようにも出来るのだ。

 

 

『さて、変身までは上手く出来たけれど……』

 

 

 懸念すべきはむしろここから先だ。

 

 変身が出来たということは魔法自体は使えるのだろうが、戦闘に関してはどうなるだろうか。

 

 今の魔法少女ステラ・フィオーレにどれくらいの力があるのか。

 

 あの港での最後の戦いと同じくらいのものは望めないだろうと、エアリスは考えていた。

 

 

 あの時、愛苗の魔王化をなかったことにする為に、彼女の“魂の設計図(アニマグラム)”を魔王化する前のものに上書きをした。

 

 原理は弥堂の『死に戻り』と同じではあるが、それをアドリブで他人に転用したのだ。

 

 

 弥堂の『死に戻り』も基は『死者蘇生』の術式であり、だが死んだ他人を生き返らせることは叶わなかった。

 

 しかし、弥堂がヤケクソ気味にルナリナに命令して、他の様々な術式も刻印にぶちこんで自分に打ち込んだら、なんかバグって自分を蘇生させることだけは成功するようになってしまった。

 

 エアリスはそれを刻印ではなく、リアルタイムで魔術式を構成して生きてる他人に使うという離れ業をやったことになる。

 

 

 膨大な勇者の魔力でゴリ押ししたアレは、実際にただの力技だ。

 

 成功したのも恐らくバグみたいなものだろう。

 

 もう一度やれと言われてもエアリスには成功させる自信はない。

 

 

 少し時間を巻き戻した時の“魂の設計図(アニマグラム)”で上書きしたので、愛苗の記憶には若干の欠落が出ているはずだし、それはチカラに関しても同じ――というのが術者であるエアリスの予想だ。

 

 それに、行ったことはそれだけじゃない。

 

 

 一時的な悪魔化による魔法少女への変身、それと魔王への孵化。

 

 これらを実現させていたのは“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”という別の魔王が創った魔道具だ。

 

 

 自我のない悪魔を魔道具化し、それをニンゲンの心臓に寄生させ、時間をかけて魔素を吸わせて同化させ育成する。

 

 そしてその魔道具を制御するデバイスが変身ペンダントである“Blue wish”だ。

 

 魔法のステッキはペンダントの分体のようなモノである。

 

 

 つまり、魔法少女の母体のニンゲン、“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”、デバイスの“Blue Wish”――

 

 この3つは魔術契約のようなモノで結ばれている。

 

 

 あの時、愛苗の“魂の設計図(アニマグラム)”を上書きするのと同時進行で、エアリスは自分を“Blue Wish”と【融合】させることで、この契約を乗っ取ったのだ。

 

 対象がまだ生きていたこと、それとその対象の心臓と半ば同化したこと――それが成功のカギとなったとエアリスは仮説を立てている。

 

 

 そしてその成功の結果、聖剣と勇者にある繋がりと同じように、現在はエアリスと愛苗の間にもそれと同種の繋がりが出来た。

 

 弥堂にしていたように、魔法少女となった愛苗の身体も精査してみる。

 

 

『魔力回路も魔力の循環も正常……、契約術式にも不具合はない……』

 

 

 今のところは問題がないように見えた。

 

 それよりも――

 

 

『……なんなの? この高性能……』

 

 

 思わず眉を顰める。眉は無いが。

 

 

 高純度な魔素を一度に膨大に生み出す心臓。

 

 それを余さず流す強固で強力な魔力回路。

 

 外部からも高効率で魔素を取り込む呼吸器。

 

 そしてそれを一気に圧縮して混ぜ合わせて高純度な魔力に換える肺。

 

 

 いつも見ている勇者さまとは比べるべくもないスペックの高さに聖女さまは嫉妬した。

 

 

『とはいえ――』

 

 

 ほぼ普通のニンゲンと変わらないような弥堂と比べるのでは、比較として適当でないと考える。

 

 コレと比べるのなら、初代や二代目の勇者だ。

 

 

『ちょっと待ってよ、これ……』

 

 

 いくら何でも存在自体がバグのような二代目ほどではないだろうが、もしかしたらこの小娘は素体として初代よりも上かもしれない。

 

 そう感じた自身の感覚がエアリスには俄かには信じられなかった。

 

 

 思考の沼に浸かってしまいそうだったので、一旦その考察を余所に置く。

 

 性能は問題ないことはわかった。

 

 だが、元々懸念しているのは実際の運用に耐えられるのかだ。

 

 

 魔力を、魔法を使おうとすると何か不具合が起きないか。

 

 戦闘能力が以前と比べてどれくらい下がったか。

 

 

 今回最優先で確認すべきはそのことだ。

 

 

 港でのあの時、愛苗の力は魔王級に相応しい強大なものに為っていた。

 

 だが、大樹の姿と為った時の愛苗は魔王級の悪魔そのものだった。

 

 だから、基準にすべきはその前のクルードを倒した時のもの――そこに設定すべきだろうと判断する。

 

 

 あれと同等を望むのは高望み。

 

 あの日の港に到着するまでの時に持っていた力が残っていれば儲けもの。

 

 エアリスはそのように考えを纏めて、愛苗の体内の魔力の動きを監視する。

 

 

『運よく、このゴミクズどもは大した敵じゃない』

 

 

 ユニーク個体の魔物であるギロチン=リリィやアイヴィ=ミザリィに勝てるくらいの力が残っていれば、目の前の人体模型やネズミのようなザコ魔物には余裕で勝てるはずだ。

 

 

『病み上がりの調整相手としてはちょうどいいわね』

 

 

 これなら愛苗の身を危険に晒すリスクもなく、彼女の現状を安全に知ることが出来る。

 

 幸いにも、エアリスの心情など知らないはずの愛苗も、久しぶりの魔法少女ということもあって慎重な姿勢をとるようなことを言っていた。

 

 

 今回の事件が発生した時はどうなることかとエアリスは焦った。

 

 だが、これならむしろ愛する弟クンがバイトに出掛けている留守の間に、有益なデータを揃えておいた正常で優秀なお姉ちゃんとしてアピールすることも出来るだろう。

 

 エアリスは下心で鼻息を荒くする。鼻はないが。

 

 

『小娘の言う通り、まずは小さい簡単な魔法から試して、それから使う魔力を段階的に増やしてどこまでの負荷に耐えられるかのテストを……』

 

 

 その指示はメロに出させればいいだろう。

 

 ブツブツと呟きながらテストスケジュールを組み立てていると――

 

 

「――よぉーし! いっぱいがんばるぞぉっ!」

 

『え――?』

 

 

――お手てをギュッと握って意気込む愛苗の口癖のようなその台詞に、嫌な予感が一気に膨らんだ。

 

 

「久しぶりだから、前よりもっとがんばっていっぱい魔力を……」

 

『ちょ、ちょっと? 小娘……?』

 

 

 魔法のステッキの先端に小さなピンクの光が灯ると、それが一気に大きく膨れ上がる。

 

 一瞬で廊下の足元から天井までをも埋めるほどの大きさだ。

 

 

 それを見た模型の人とネズミさんはギョッとする。

 

 エアリスさんもギョッとした。

 

 

『こ、この脳筋娘……、様子見の魔法弾じゃなくって、まさか初っ端から――』

 

「――いっくよぉ……っ。らぁーくぅーりぃーまぁー……」

 

 

 それはエアリスの記憶にも新しい、魔法少女ステラ・フィオーレの代名詞とも云えるビームのような魔力砲。

 

 しかし、今彼女が放とうとしているそれは記憶にあるそれよりも――

 

 

 その大いなる光を前に、模型の人とネズミさんはスッと真顔になり“気をつけ”の姿勢をとる。

 

 何をしても無駄だと悟ったのだ。

 

 

「――BASTA(バスタ)ァァーーーッ!」

 

 

 そして元気いっぱいの掛け声とともに、極大のごんぶとビームが発射される。

 

 廊下を埋めるどころか床と天井を消し飛ばしながら、愛苗の立つ場所から先を光に変えていった。

 

 模型の人とネズミさんはジュッと一瞬で蒸発した。

 

 

 数秒続いた魔力砲の照射が終わると、視線の先には何もない。

 

 愛苗の持つステッキの先から向こうは病院の建物ごと全てが消し飛んで、離れた位置にある美景山を削っていた。

 

 

 いつでもいっしょうけんめいがモットーの魔法少女は、小手調べなしの初手必殺技で地形ごと敵を消滅させてしまったのだ。

 

 

『な……っ、な……っ⁉』

 

「あれー?」

 

 

 驚愕する非実在系お姉ちゃんのことなど知らず、愛苗ちゃんはおかしいなと首を傾げる。

 

 

「なんか前よりも魔力がルンルンしてる?」

 

『こ、この小娘……っ!』

 

 

 エアリスはプルプルと宝石を震わせる。

 

 

『弱くなってるどころじゃない――』

 

 

 先程保留した件の結論は一瞬で出た。

 

 たったの一回の魔法で理解した。

 

 

 いや、正確には理解させられた――だ。

 

 

『――コ、コイツ、まさか前よりも強くなってる……ッ⁉』

 

 

 信じ難いがそうとしか思えなかった。

 

 

 クルードとの決着の時と同じは高望み――ではない。

 

 最低でもクルードを倒した時と同等程度の力がある。

 

 

 魔法行使時の彼女の体内の情報、それから現実に起きた現象。

 

 それらからはそういう判断をするしかない。

 

 

『そ、そんなワケが……』

 

 

 しかし俄かには受け止め難い。

 

 だが――

 

 

『目の前で起こった現象以上の説得力を持った理屈など存在しない』

 

『そ、そうよね、ユウくん……っ!』

 

 

 大好きな推し勇者の過去の言葉を思い出してエアリスが正気を保とうとしていると――

 

 

「へ?」

 

 

――バリンっと音を立てて結界がぶっ壊れた。

 

 異界から現実世界へと戻ってきてしまう。

 

 

 愛苗ちゃんのコスチュームのお胸の宝石が真っ白になる。

 

 エアリスさんが白目を剥いたのだ。

 

 

「えっと、もう終わりなのかな……?」

 

 

 自分で自分がわかっていない愛苗ちゃんはもう少し魔法を使いたそうにしている。

 

 

「あ、そうだ、メロちゃんがお外にまだいるかもって言ってたよね」

 

 

 ポンっと魔法のお花を咲かせるエフェクトを出して、愛苗は窓の方へ向かう。

 

 

 カラカラっと窓を開けて外の中庭へ顔を出して見ると――

 

 

「あ――っ⁉」

 

 

 ピョコンっ、ピョコンっと――

 

 画面の端から次々にネズミさんが飛び出してきた。

 

 ネズミさんたちは思い思いに病院に迷惑をかける。

 

 

 あるネズミさんはガリガリっと地面に穴を掘り――

 

 あるネズミさんはムシャムシャと花壇の花を食べ――

 

 あるネズミさんはガジガジと木の幹を齧り――

 

 またあるネズミさんは「うぅ~ん」っと踏ん張って、舗装された遊歩道にポロポロと糞を落とした。

 

 

「たいへんっ⁉ このままじゃお庭が荒れちゃう!」

 

 

 ネズミさんたちの奔放な悪魔的所業に愛苗は慌てる。

 

 

「【飛翔(リアリー)】――あいたぁーっ⁉」

 

 

 急いで飛行魔法で飛び出していこうとするが、力が入りすぎて窓枠におでこをぶつける。

 

 窓枠がグシャァっと歪んだ。

 

 

「み、みんなダメだよぉ~っ」

 

 

 頭をクラクラさせながらお庭に下りていってネズミさんたちを窘めるが、誰も言うことを聞いてくれない。

 

 仕方ないので実力行使に出ることにした。

 

 

 弥堂くんの影響なのか、そこまでの切り替え速度も若干向上している気がした。

 

 

「【光の種(セミナーレ)】――」

 

 

 愛苗は魔法球の複数生成を行う。

 

 だが――

 

 

「あれっ?」

 

 

 やっぱり久しぶりだったのでちょっと力が入りすぎてしまった。

 

 

『ななななな――ッ⁉』

 

 

 お空いっぱいにピンクの光弾が創り出され、まるで日中のようにカッと中庭が照らされる。

 

 

『このバカ娘ェェーッ!』

 

 

 エアリスは急いで結界を創り直し、勇者さまに迷惑をかけるバカ者どもを全員その中に引き摺り込んだ。

 

 

「え、えっと……えっと……、ご、ごめんなさぁーいっ!」

 

 

 エアリスの声が聴こえたわけではないが、創りすぎた魔法球をどうしていいかわからずに、愛苗ちゃんはとりあえず全弾発射する。

 

 阿鼻叫喚の地獄が生み出された。

 

 

『結界魔法……、改良強化しなきゃ……』

 

 

 魔法少女本人の火力に耐えられないのでは今後に支障がありすぎる。

 

 エアリスさんは何千年ぶりかの頭痛を感じた。

 

 

『それにしても……、本当にどういうことなの……⁉』

 

 

 強くなる前の状態に戻したのに、何故か前よりも強くなる。

 

 全くを以て意味がわからないと、数千年を生きる女は嘆いた。

 

 

『まさか初代どころか、二代目みたいに存在自体がバグとか、そういうレベルの化け物なんじゃないでしょうね……』

 

 

 絨毯爆撃から必死に逃げ惑うネズミさんたちを見ながら、エアリスさんはしばし思考を放棄した。

 

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