俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章30 病院がたいへんっ⁉ たすけて! ステラ・フィオーレ! ⑨

 国道66号線。

 

 

 美景台総合病院へと繋がる道の角に一台の軽バンが停車していた。

 

 軽バンのサイドボディには『里見縫製工場』と書かれている。

 

 

 運転席には煙草を吸う小太りの中年男が居た。

 

 車内には他に誰も乗ってはいなく、空の後部座席には一枚のパンティストッキングがダランっと置かれている。

 

 運転手――里見工場長はスピーカーから聴こえてくる平成アイドルソングに贅肉を揺すりながら煙を吐き出した。

 

 

 その時――

 

 

 誰もいないはずの後部座席に突然人の姿が現れた。

 

 軽バンに似つかわしくないタキシード姿の老紳士――パンスト卿だ。

 

 

 その御姿をルームミラーで見た工場長は特に驚きもしない。

 

 無言で灰皿へ持っていた煙草を押し込んだ。

 

 

「もうよろしいので? 伯爵」

 

「あぁ。出してくれたまえ。里見君」

 

「はい――」

 

 

 慣れた調子で言葉を交わし、工場長は軽バンを発進させる。

 

 今の時間帯はこの国道も車通りが少ない。

 

 交通ルールを無視して片側2車線道路で強引なUターンをかまし、駅方面へと進路をとった。

 

 

「港へと向かいますか?」

 

 

 少し走ると工場長がそう訊ねた。

 

 

「ふむ?」

 

 

 伯爵は少しだけ考える素振りをし――

 

 

「――いや。やめておこう」

 

 

――そう答えた。

 

 

「よろしいので?」

 

「あぁ。可憐なレディが民たちを守るために身を張ったのだ。ヤツも男を見せるべきだよ。今夜はもうワタシの出る幕はない」

 

「かしこまりました」

 

 

 何を言っているのかわからなかったが、それはいつものことなので、里見工場長は知った風に頷いた。

 

 しかし、知らぬままでいてもいいわけではない。

 

 

「伯爵。この街で一体なにが……?」

 

 

 少し間を空けてまた訊ねると、伯爵はまた首を横に振った。

 

 

「それはわからない。このワタシにもね。しかし、そろそろ我が友も京都から帰ってくるであろう。落ち着いた頃に学園を尋ねてみようじゃないか」

 

「は。御意に」

 

「とはいえ、だ。里見君。この街はこれから面白いことになりそうだね」

 

 

 クックックッと人の悪そうな笑みを漏らす伯爵に、里見工場長は今度は答えなかった。

 

 答えずに、彼はルームミラーへジッと粘着質な目を向ける。

 

 その目で伯爵の胸元を見ていた。

 

 

「待て――だ。里見君」

 

「は」

 

「まったくキミも鼻だけはいいねェ」

 

「ご指導の賜物です」

 

 

 伯爵に嘆息交じりに窘められ、工場長は冷静に答える。

 

 しかし、彼の目線はミラーから一度も動いていなかった。

 

 

 伯爵は今度はわかりやすく溜息を吐く。

 

 そして、懐からジップ付きのビニール袋を取り出した。

 

 ギンっと、工場長の目が一瞬で血走る。

 

 

「待て――だよ。里見君」

 

「は」

 

「運転中は駄目だ。キミは先月も事故を起こしたばかりだろう?」

 

「面目ありません」

 

 

 まだいくらも走っていない車は路肩に寄って停車した。

 

 伯爵がビニール袋を手渡すと、工場長はそれを引っ手繰るようにして手に取った。

 

 ジッパーを開封すると袋の隙間に団子のような鼻先を突っ込む。

 

 

 礼を失した振る舞いだが、伯爵は苦笑いを浮かべるだけで彼を咎めはしなかった。

 

 気持ちはわかるからだ。

 

 

「まったく……、キミも好きだねェ。里見君」

 

「ジーニアス……、これはまったくジーニアス……ッ!」

 

 

 最早声も聴こえていないくらいに興奮する工場長に笑い、伯爵は車の窓を開けた。

 

 葉巻を口に咥えて火を点ける。

 

 そして港の方向の空を見た。

 

 

「さて……、しっかりやりたまえよ? 友よ――」

 

 

 語り掛けるようにしながら、吹かした煙を吐き出す。

 

 その煙は夜と彼とを遮るように宙を漂う。

 

 幕を下ろしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美景新港。

 

 

 ガンっと――

 

 

 派手な音を鳴らして、倉庫の扉が開く。

 

 普段使われていないそこは、たったそれだけの行為で埃が浮かび立ち煙のように舞う。

 

 

 その白煙を突き破って姿を現したのは――

 

 

“――アレックス!”

 

 

 倉庫で待機していたテロリストたちが歓声をあげた。

 

 アレックスは彼らに自慢するように、仕事の成果を見せつける。

 

 左手で福市博士の肩を抱き、右手には銀色のトランクだ。

 

 

“お宝は2つとも頂いてきたッ! ズラかんぞテメエらァッ!”

 

 

 ボスの勝利宣言に仲間たちの「おぉーッ!」と野太い返事が重なる。

 

 彼らはすぐに撤収の準備へと散っていった。

 

 

 アレックスは煙草を一本咥えると、ポンポンっと身体のあちこちを叩いてライターを探しながら、目線は周囲へと振る。

 

 だが、目的のモノはどちらも見つからず、近くを通りがかった一人の男を掴まえた。

 

 

“――オイ、ダリオはどこだ? あと火ィ持ってねェ?”

 

“アン? あれ……? さっきまであの辺にいたんだが……”

 

“そうか。捕虜になった仲間たちのことでちィっと相談したかったんだが……。あと、火ィ持ってねェ?”

 

“そのうち戻ってくるだろ。脱出用の潜水艦の準備でもしてるんじゃねェか?”

 

“それもそうか。なァ、あと火――って、もう行っちまった”

 

 

 三度目のライターの催促をする前に話していた男は忙しなく立ち去ってしまった。

 

 アレックスは仕方ないと諦め、博士とアムリタの入ったケースをビアンキに渡すと、煙草を咥えたまま通信班の元へと向かう。

 

 ビアンキも博士を連れてその後に続いた。

 

 

“よォ、オマエ火ィ――”

 

“――アレックス、ちょうどよかった。少し妙なことが……”

 

“アン? どうした? その前によ、火を――”

 

“――実は、後続のヘリと連絡がとれてないんだ”

 

“なんだって?”

 

 

 その報告に、アレックスは咥えていた煙草をポロっと落として慌てて手でキャッチする。

 

 もう一度咥え直し、眉間に皺を寄せた。

 

 

 後続のヘリとは、ここまで逃げてくる際に殿を務めたヘリのことだ。

 

 アレックスたちの搭乗するヘリにぶら下がって着いてきた、あの日本人のイカレた魔術師の処理を任せた仲間である。

 

 相手が魔術師とはいえ、まさか空中でヘリが生身に負けるとは思っておらず、これは想定外のことだ。

 

 

“一体なにが……、ところでオマエ火をさ――”

 

“――大変だ! アレックス!”

 

“なんだよッ⁉ 火ィくれよッ!”

 

 

 そこに別の仲間が慌てて駆け寄ってきて、アレックスは苛立たしげに声を荒らげた。

 

 その男は知ったことじゃないとばかりに、報告を始める。

 

 

“もう1機のヘリが戻ってきたんだが……”

 

“なんだよ。ちゃんと帰ってきたじゃねェか”

 

“それが……、ありえねェスピードでこっちに飛んできてて……”

 

“アン?”

 

“無線で呼びかけても返事がねェんだ。このままじゃ――”

 

 

 その先の報告はもう聞くまでもなかった。

 

 男の声を遮って物凄い轟音が響く。

 

 音源は隣の倉庫――衝突音に続いて爆発が起こった。

 

 

 原因はすぐに察する。

 

 今しがた報告にあったヘリが隣の倉庫に突っ込んだのだ。

 

 

 倉庫の壁の上部に取りつけられた窓から、火の手が上がっているのが映る。

 

 暗い夜の倉庫が赤い炎と白い煙によって照らされた。

 

 

“な、なんだ……ッ⁉”

 

“撃墜されたってのか⁉ まさか相手もヘリか戦闘機を……⁉”

 

 

 周囲は途端に騒がしくなる。

 

 目的のモノを手に入れて、あとは逃げるだけ――

 

 そのはずが、一瞬で倉庫内は混乱に包まれる。

 

 

 慌てふためく仲間を落ち着かせようと、アレックスが声を張り上げようとしたその時――

 

 

 ゴォォーンッというデカイ音とともに、先程アレックスが入ってきた扉が内側に吹き飛んできた。

 

 

 全員の視線がそこへ集中する。

 

 

 開いた入口からは、隣で燃える倉庫の煙が大量に侵入してきた。

 

 黒ずんだ灰色の煙でそこは覆い隠される。

 

 

 静まった倉庫内に、コッコッコッ――と、一定のリズムで足音が響く。

 

 曇った煙の中から、一人の男が姿を現した。

 

 

 弥堂 優輝だ――

 

 

 ボロボロになった質のよかったであろうスーツ。

 

 だが、着ている本人には傷ひとつない。

 

 その手には松明代わりのつもりか、火の点いた角材を一本持っている。

 

 その男はまるでその辺の店に入るかのように当然の態度でテロリストたちの拠点に踏み入ってくる。

 

 

 弥堂は歩を止めると、左から右へスッと視線を流した。

 

 

 そして――

 

 

「――どこだ? ここ」

 

 

 僅かに首を傾げながら不愉快そうに眉間を歪めた。

 

 

 自分からカチコミに来ておいてこの男は何を言っているんだと、犯罪者たちは不審感と警戒感から緊張を高める。

 

 とりあえずナメられてはいけないと、弥堂はベッと唾を吐いた。

 

 

 その時、エアリスから念話が入る。

 

 耳に着けていたイヤホンはヘリの墜落と爆発に巻き込まれてどこかへ失くしてしまった。

 

 

<――ユウくん⁉ まさか記憶の更新が……>

 

「ん? あぁ。そういうことか。なんかおかしいと思ったんだ」

 

<エレベーターで殺されたところまでの記憶しかないのね? あの後、ヘリで逃げる敵を追って美景の港まで来たのよ!>

 

「そうか」

 

 

 原因がわかったので、弥堂はどうでもよさそうに返事をする。

 

 

 一度『死に戻り』が発動してから次に死ぬまでの記憶の更新が完全に終了するまでは約30分の時間が必要となる。

 

 途中からクスリで魔力をブーストしたとはいえ、どうやら間に合わなかったようだ。

 

 その為、一つ前の『死に戻り』までの記憶しか弥堂には残っていない。

 

 

 弥堂本人は憶えていないが、アレックス達の乗るヘリと入れ替わりで現れたもう1機のヘリに飛び乗って操縦席のガラスをぶち破った後――

 

 弥堂はパイロットを脅してこの港までヘリを飛ばさせたのだ。

 

 

 だが、目的の倉庫が見えたところで弥堂はうっかりパイロットを殺してしまう。

 

 着陸の仕方がわからないことに気が付いたのは、パイロットを外へ放り捨てた後だった。

 

 仕方ないので適当に操縦桿をガチャガチャしてみたら、なんかいい感じに隣の倉庫に突っ込んでくれた。

 

 本当は普通に降りたかったのだが、弥堂はそこでもう一度死んでしまったのだった。

 

 

 その一部始終を見ていたエアリスさんが「こりゃマズイ」と、慌てて念話で語り掛けたという流れである。

 

 

「お前、これ、あいつに聴かれてんじゃないのか?」

 

<仕組み的に聴こえるものだとしても、今はもう問題ないわ>

 

「何故だ」

 

<今はもうあの子とユウくんの繋がりが切れてる。さっき死んだ時に切れたみたいよ>

 

「へぇ。それは都合がいいな」

 

<でもエレベーターで『死に戻り』した時はすぐに繋がり直したのよ。有効範囲か制限回数でもあるのかしらね? 理由まではわからないけれど、今は繋がってないわよ>

 

「そうか」

 

 

 弥堂はやはり興味なさそうに流して倉庫内を視回す。

 

 すぐに福市博士の姿を見つけた。

 

 

<それで、エレベーターの後に起こった出来事は――>

 

「――どうでもいい」

 

 

 エアリスが急いで重要な出来事を報告しようとするが、弥堂は聞かずに斬り捨てた。

 

 

「皆殺しにして女を奪えばそれで済む」

 

<それもそうね! さっすがユウくん! 頭いい!>

 

 

 まるで山賊のようなことを言う勇者さまを聖女さまがヨイショするが――

 

 

「――ところで、そっちは何も変わりないか?」

 

<え――っ⁉>

 

 

 何も知らない弥堂に他意はないが、非常に都合の悪いことを聞かれた聖女さまは声を上擦らせた。

 

 

<え、えっと……、問題なかったわ!>

 

「そうか」

 

 

 聖女さまは咄嗟に保身に走った。

 

 大体のことはメロのせいに出来るが、勇者さまのライブを視聴することに夢中になっていて病院に結界を張られたことに気付かなかった件の言い訳はまだ思いついていなかったからだ。

 

 

 彼女が嘘を吐いていることには弥堂も気付いたが、それを訊くのはここを生き残った後のこと――この場では適当に流した。

 

 そしてエアリスとの会話も打ち切り、敵へと鋭い眼を向ける。

 

 

「テ、テメェ……ッ⁉」

 

 

 驚きと警戒と殺意を露わにするビアンキを無視して、弥堂は燃える角材をアレックスへと投げつけた。

 

 クルクルと回転しながら飛んできたそれを目にしながら、アレックスは微動だにしない。

 

 

 目前まで近づいたところで、木材はビタっと止まった。

 

 隣に居たビアンキが掴みとっていた。

 

 火の発する熱気がアレックスの前髪を揺らす。

 

 

 アレックスは数十cm先の火に顔を近づけ、咥えたままだった煙草に火を点けた。

 

 

「よォ、助かったぜ。ちょうど誰も火をくれなくって困ってたんだ」

 

「そうか。だが足りないだろ?」

 

「アン?」

 

 

 煙を吐きながら嘯くアレックスへ、弥堂も挑発を返す。

 

 

「ここがお前らの棺桶だ。もっと火をくれてやるよ。骨も残さない。手足を捥ぎ取って生きたまま焼き殺してやる」

 

「ハッ――」

 

 

 アレックスは煙草を吐き捨てて踏み潰した。

 

 

「上等だぜッ! ここでキッチリとカタをつけようぜェ……ッ!」

 

 

 彼の宣言とともに、ビアンキが松明を放り捨て、テロリストたちが一斉に弥堂へ銃口を向ける。

 

 

 何の因果か、決着の場はまたもこの港となるようだ。

 

 

 相手は10数人の銃で武装したテロリスト――

 

 

 一万を超える悪魔に比べれば実にイージーな仕事だ。

 

 

 首筋を炙る赤い炎を背景に、弥堂はその瞳に蒼い焔を灯らせた。

 

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