俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章31 The True Traitor ③

 

 ビアンキの剛腕が弥堂を襲う。

 

 

 しかしそれは怒りに任せた猛攻なのか。

 

 どこか精彩に欠く。

 

 その攻撃は何度か弥堂に掠り、軽傷は増やしていくが決定打には欠けた。

 

 

 ビアンキはそのことに増々苛立ちを加速させる。

 

 

「クソッ……! なんでだ⁉ なんで当たらねえ……ッ!」

 

「さぁ? 下手くそなんじゃないのか」

 

「ウルセェ……ッ!」

 

 

 怒鳴り声とともに振り回された裏拳を屈んで躱し、弥堂はビアンキの鼻面目掛けて速度重視の左拳を放つ。

 

 それはやはり当てるだけの攻撃で、弥堂の方も決定打となるようなものではない。

 

 しかし、ビアンキは明らかに嫌がって少し下がった。

 

 

 ビアンキは憎々しげな目を向けて、再度襲い掛かる機を探す。

 

 すると、弥堂の顏からドロリと鼻血が垂れた。

 

 

「あ……?」

 

 

 弥堂はそれを手で掬い、指に付着した血液を不思議そうに視た。

 

 

「なンだ? パンチは当たってねェだろ。気持ちワリィな……」

 

 

 その弥堂の様子を見たビアンキは言葉どおり、気色悪そうにする。

 

 

 弥堂はどうでもよさそうに手を振って血を払う。

 

 鼻血の原因はわからないが、この現象自体には覚えがあった。

 

 

 これはオーバードーズだ。

 

 

 “WIZ”では初めてだが、異世界製の同種の薬品である“神薬(パルスポーション)”――通称“馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”――の用量をミスった時によく起こった現象だ。

 

 血流を加速させ過ぎて毛細血管から破裂していくのである。

 

 

<――ユウくん。オーバードーズよ>

 

 

 ちょうどエアリスからも同じ指摘が入る。

 

 弥堂も同意見だったが、しかしそうなる覚えがないので不可解だった。

 

 

「おかしいな。まだ1本目なんだが」

 

<違うわ。さっきので2本目よ。欠落している記憶の中ですでに一回使っていたの>

 

「あぁ、そういうことか」

 

<まだ1本目の効果が残っていたのね。症状は?>

 

「頭痛がひどいくらいだな」

 

 

 これは大丈夫なやつだと、弥堂はいい加減な自己診断をする。

 

 

 深刻な時は発熱から脳が溶けたように錯覚して突然意識を失ったり、あちこちの血管が破裂して血を噴き出したりなど。

 

 最も致命的なものでは心臓そのものが破裂することもある。

 

 そこまでの症状がでなくても、少し攻撃が掠っただけで血管が破裂したりすることもあるので、当然好ましい状態ではない。

 

 

 他には幻覚が見えたりなどもあるが、最近ではシラフの時から幻覚女たちが出しゃばってくるようになったので、それはもうどうでもいいと考えていた。

 

 弥堂的な判断基準としては、血涙が流れ出したらヤバイ――という適当なものだ。

 

 

「まぁ、死ねば治るからいいか」

 

 

 それを保険だと捉えているので、弥堂は以前からオーバードーズを軽視していた。

 

 

<い、いえ、ダメよ、ユウくん>

 

「あ?」

 

 

 しかし、全肯定風お姉ちゃんは珍しく否定気味だ。

 

 彼女は『生き物は死んではいけないんだよ』という基本的なことをどうにか彼にわかって欲しいと思っていた。

 

 

<さっきの『死に戻り』からの記憶の補完が終わるまでまだかかるわ>

 

「あぁ、そういえば」

 

<最低でもあと15分は死なないで。今死んだらまた「ここどこだっけ?」から始まるわよ>

 

「チッ、めんどくせえな」

 

 

 これまでとは変わってしまったことで生じた色々な不具合に苛立ち、その感情をのせてビアンキを睨む。

 

 ビアンキの方は嫌悪感を強く露わにした。

 

 

「何をブツブツと……。幻覚でも見えてんのか? ジャンキーめ」

 

「酷い言い草だな。鼻血くらい誰だって出るだろ? お前だって」

 

「アァ?」

 

 

 弥堂がビアンキの顏を指し示すと、彼の表情はまた怒りに染まる。

 

 屈辱を堪えるように歯を噛み締めた。

 

 

「その鼻。折れてるだろ? 誰にやられたんだ?」

 

「ウルセェんだよッ!」

 

 

 弥堂にはビアンキの怪我の原因などわからない。

 

 だが、相手の態度からそれを指摘されると怒るということだけはわかったので、積極的に擦っていく。

 

 案の定、ビアンキはすぐに激昂して真っ直ぐ襲い掛かってきた。

 

 

 弥堂は【身体強化】の効果を、ホテルで戦っていた時と同程度に調節してそれに応戦する。

 

 

 戦いの流れは変わらない。

 

 積極的に攻勢に出るビアンキが振り回す手足を弥堂が捌き、適時反撃をする。

 

 

 弥堂のカウンターは致命傷を与えるには至らず、ビアンキの方もたまに弥堂の身体を攻撃が掠めるのみで僅かな手傷にしかならない。

 

 その傷も【自動治癒(オートヒーリング)】の刻印ですぐに回復する程度のものだ。

 

 

 ホテルでは圧倒的なビアンキのフィジカルに振り回されていた弥堂だったが、ここでは互角に渡り合っていた。

 

 否――むしろ時間が経つとともに、外野が見ていてもわかるくらいに弥堂の方が優勢になっていく。

 

 

 そうなる理由はいくつかある。

 

 

 ホテルで戦った時との一番わかりやすい違いは“WIZ”の服用だが、そのアドバンテージは今のところあまり活かしてはいない。

 

 

 他の理由だと、まずは記憶だ。

 

 

 弥堂は自身の“魂の設計図(アニマグラム)”に記録された記憶を正確に思い出すことが出来る。

 

 それはそのまま身体に経験からのレベルアップとして反映されるわけではないが、それでも普通の人間よりは記憶から経験へと落とし込むまでの速度が速い。

 

 

 通常、戦場で敵として出会ったら大体はその場でどちらかが死ぬ。

 

 そのため、何度も何度も同じ敵と戦いを重ねていくなどという出来事は起きづらいものだが、しかしこうして回数を重ねる機会があった場合に、弥堂はその適応能力に優れていた。

 

 

 ビアンキの能力はホテルで戦った時を上回らないし、行動にも変わったものはない。

 

 何かまだ見せていない隠し手などがあった場合は話が別だが、そうでない限り弥堂の対応はどんどんと洗練されていく。

 

 

 もう一つの理由は、場所だ。

 

 ホテルの廊下や室内だと、ビアンキの大振りな割に速い攻撃を連続で捌くための安全圏が非常に狭く限られてしまう。

 

 この倉庫のように360度にある程度開けたスペースがある方が戦いやすいという単純なものだ。

 

 

 そして、最も影響の大きい理由がある。

 

 それは――

 

 

「――グッ……⁉ クソ……ッ!」

 

 

 弥堂の前蹴りを胸に当てられ距離を取られたビアンキは苦しげな顔をする。

 

 打たれた箇所に手で触れ、すぐには追えなかった。

 

 

(ちくしょう……ッ、マズイな……!)

 

 

 ビアンキは内心で毒づく。

 

 

 ここに来るまでに負った負傷が時間とともに彼のパフォーマンスを低下させていた。

 

 

 その負傷で最も深刻なのが肋骨だ。

 

 ホテルで弥堂の“零衝”を喰らった際に、直撃は免れたが骨に罅が入ってしまったのだ。

 

 ビアンキの怪我はそれだけではない。

 

 

 弥堂にホテルの12階から落とされた後、清祓課の黄沙(フワンシャ)と戦い劣勢に陥ったビアンキは避難中の一般人を人質にとろうと襲い掛かった。

 

 しかし、あろうことかその一般人の中の一人に手痛いカウンターを喰らってしまったのだ。

 

 

 一般人だと侮っていたのもあるが、それを抜きにしても獣人であるビアンキの目にも止まらないような圧倒的速度でまず顔面を蹴られて鼻の骨を折られた

 

 そして、その後さらに胸に蹴りを入れられて吹き飛ばされた。

 

 恐らくその際に罅の入っていた肋骨が一部粉砕したものと思われる。

 

 

(清祓課の獣人はともかく……、あの避難民は意味がわからねェ……ッ! なんなんだこの国は……ッ!)

 

 

 獣人の自分を超える速度の攻撃を繰り出してくる一般人の存在の意味のわからなさに、ビアンキは憤慨した。

 

 

 

 さらに弥堂はここまで、ビアンキ以外は楽に勝てる相手としか戦っていない。

 

 一方でビアンキは戦闘回数自体は弥堂よりも少ないものの、弥堂・黄沙(フワンシャ)・謎の一般人と――明らかに強敵との連戦をしていた。

 

 

『死に戻り』によって戦闘経験は残したままマイナス要素を無かったことにする弥堂と比べて、ビアンキの方は明確に疲弊している。

 

 これが弥堂が優勢となった最も大きな理由だった。

 

 

 弥堂はビアンキの負傷について厳密に把握しているわけではない。

 

 しかし――

 

 

「――くぅッ! テメッ、この……ッ!」

 

 

 ビアンキの攻撃を躱して当てるだけの打撃を顔や胸や脇腹に入れる。

 

 すると、負けん気からビアンキは打ち返してくる。

 

 その時にはもう弥堂は間合いの外だ。

 

 

 自分との戦闘、ホテル上階からの落下、そして次に会った時に目に見えて増えていた負傷――

 

 これらのことから、ビアンキの身体にどこかイカレている箇所がないかと、回避優先をした軽い打撃を繰り返して探っていたのだ。

 

 今はもう肋骨に問題を抱えていると確信している。

 

 

 さらに、ビアンキのフィジカルの優位性を最大限に制限するような立ち回りも固まってきていた。

 

 

 ビアンキの特長はフィジカル――力と速度に種族的な優位性があることだ。

 

 しかし、彼の速度は確かに速いがそれは直線的なものであり、余り小回りが効くタイプではなかった。

 

 

 長時間彼の懐に留まってはいけない。

 

 だが、距離を空け過ぎてもいけない。

 

 

 距離をとりすぎると彼の直線的な速さを発揮しやすくなる。

 

 その加速は次の攻撃に威力も与える。

 

 

 だから、相手の間合いの外周のギリギリを保って、内に入ったり外に出たりを繰り返して、思い切った加速をさせないように縛るのだ。

 

 そうして疲弊させていけば、時間と共に自分が有利になっていき、そのうちに大技を狙う機が訪れるだろう。

 

 

 そしてもうその時はきた。

 

 

(大体わかった……)

 

 

 弥堂は相手の戦力分析を終える。

 

 

 自分が渡った異世界でのそれなりにベテランの兵士や騎士――

 

 特別な“加護(ライセンス)”などを持たない一般兵の中では上の方に位置する程度の実力――

 

 

――そのように判断した。

 

 

 これならば――

 

 

(勝てる――)

 

 

 ドクン――っと心臓を打って、【身体強化(ドライヴド・リィンフォース)】の刻印に最大効果を求める。

 

 

「な――ッ⁉」

 

 

 次にビアンキが踏み込もうとした瞬間に先んじて前に出た。

 

 飛躍的に向上した弥堂の速度にビアンキは面食らう。

 

 そして――

 

 

「【不誠実な真実(トゥルーディストーション)】――」

 

 

 相手の自分への認知を曖昧なものにし間合いを誤魔化すと、弥堂はその隙にビアンキへ密着する。

 

 

「テ、テメエ――ッ⁉」

 

 

 弥堂の手が脇腹に触れた瞬間にビアンキは弥堂を認識する。

 

 脚を肩幅より開いて弥堂は“零衝”の構えを見せた。

 

 必殺の一を放つよりも速く――

 

 

「――それは一度見たぜェ……ッ!」

 

 

――ビアンキが身体を捻る。

 

 

 戦闘経験を重ねているのはビアンキの方も同じだ。

 

 ホテルでの相討ちの時よりもコンパクトに反撃を振って、弥堂へカウンターを放った。

 

 だが――

 

 

「――グゥッ⁉」

 

 

――弥堂が見せた“零衝”の構えはブラフだ。

 

 ビアンキの負傷箇所に親指を捻じ込んで、ほんの一瞬の硬直の隙に軽くバックステップを踏む。

 

 

 そこはまだビアンキの間合いのギリギリ内――

 

 拳は届かないが蹴りは届く距離だ。

 

 

「――この、クソがァ……ッ!」

 

 

 ビアンキは誘われるままに回し蹴りを放つ。

 

 弥堂はスウェーバックでそれを躱した。

 

 

 そして鼻の先をビアンキの爪先が通過した瞬間に、また前に出る。

 

 ビアンキの蹴り足側――その足の着地の瞬間を狙ってショルダーチャージを仕掛けた。

 

 

「ゥッ――⁉」

 

 

 鳩尾周辺に弥堂の肩が当たると、その威力というよりは肋骨に響いた痛みによってビアンキはたたらを踏む。

 

 数歩下がるビアンキへ追撃を仕掛けた。

 

 

 だが、弥堂が間近に踏み込んだ瞬間――

 

 

「――チョーシに、のるなァ……ッ!」

 

 

 待ち受けていたようなタイミングでビアンキの剛腕が振られた。

 

 

 完璧なタイミングでのカウンター。

 

 弥堂は自身の顔面へと迫る大きな拳を蒼銀の魔眼に写し――

 

 

「――なッ……⁉」

 

 

――最大発揮した【身体強化】によって、ビアンキの拳を右手で受け止めた。

 

 踏ん張ったブーツの踵がコンクリを僅かに砕き沈める。

 

 

 ここまで力比べでは完全に勝っていたために、ビアンキはまさか真正面から受け止められるとは僅かにも想像していなかった。

 

 次の行動への反応が遅れる。

 

 

 受け止めた拳の向こうで瞠目する獣の目を睨み、弥堂は右手を脱力させ、そしてそのすぐ次の瞬間にはまた別の方向へと引く。

 

 

「グッ――」

 

 

 ビアンキが引かれる力に対抗しようと目に力をこめた瞬間に、弥堂は今度は掴んでいた手を逆に押し込んだ。

 

 

「な、なに――ッ⁉」

 

 

 ビアンキは大きくバランスを崩す。

 

 その両足が揃った一瞬に――

 

 

「【這い寄る悪意(ディスマリス)】――」

 

「――なッ……⁉」

 

 

 弥堂は左手で魔力糸を生成して、ビアンキの両足首を纏めて縛り上げるように巻き付けた。

 

 

 その糸は強力なものではない。

 

 ビアンキの怪力をもってすれば引き千切れる程度のものだ。

 

 

 しかし、今回もまた――

 

 

 その糸の威力というよりは、突然拘束をされたという驚きで、ビアンキは反射的に身を強張らせてしまう。

 

 その一瞬はどうしても拘束された足に意識が強く向く。

 

 弥堂は作り出したその一瞬を使って仕留めにかかった。

 

 

 足の拘束と、弥堂――

 

 極限状態の中でそのどちらを優先して対処するかという2択を強いる。

 

 

 ビアンキと眼が合った瞬間に弥堂は糸を強く引いた。

 

 

「この……ッ⁉ 力で負けるかよォ……ッ!」

 

 

 転倒を狙った行動だろうと、ビアンキは糸に引かれる力に抵抗をする。

 

 弥堂はビアンキを直接掴んだ右手を押し込みつつ、その抵抗をする力とは逆側の方向から左足で足払いをかけた。

 

 

「な――」

 

 

 ビアンキの巨体がフワっと宙空で横倒しになる。

 

 

「【這い寄る悪意(ディスマリス)】――」

 

 

 弥堂は新たな魔力糸を創り出す。

 

 黒い魔力のワイヤーがビアンキの腕ごと胴体を拘束する。

 

 

 ほんの僅かな時間の完全な死に体――

 

 

 弥堂は掌をビアンキの肋骨に当てる。

 

 そして淀みなく繋げた次の動作で爪先をギュルッと強烈に捻った。

 

 

【零衝】壱式――徹威(とおい)

 

 

 大地を踏むことで生じる反動を爪先の捻りで汲み上げ、それを各部間接を適切に稼働させて体内で加速させることで、己の意を汲んだ威へと昇華させる。

 

 反動を何倍もの“威”へと練り上げて、敵との接点からそれを内部へと徹す。

 

 究極の武という物理現象を引き起こすそれは何者をも上回る“超絶の一”だ。

 

 

「――ガァァァァ……ッ⁉」

 

 

 ビアンキは口から血を吐き出しながら床と平行にぶっ飛んでいく。

 

 

「――う、うわぁぁ……ッ⁉」

 

 

 驚くテロリストたちの集団に突っ込んで何人かを巻き添えに転がっていった。

 

 

 やがてその転がる動きが止まる。

 

 その頃にはもう魔力の糸は消えていた。

 

 

 最後にゴロリと回って、ビアンキは仰向けになる。

 

 その顔は――完全に白目を剥いていた。

 

 一度だけ咳き込むと、ゴポゴポと口から血を溢れさせる。

 

 

「――なッ……⁉ バカな……⁉ ビアンキが……ッ!」

 

 

 傭兵たちに動揺が拡がった。

 

 しかし――

 

 

「――チッ……」

 

 

 弥堂は舌を打つ。

 

 

『敵を飛ばす方向には気を払いなさいといつも言っているでしょう』

 

 

 そしてここぞとばかりにお師匠様が出てきた。

 

 

「払ってる」

 

『嘘を吐きなさい。余計な者たちにぶつかったことでクッションになってしまいました。だから殺し損ねたんです』

 

「違う。狙い通りだ。見ろ」

 

『え?』

 

 

 弥堂はビアンキの手前で倒れている別の傭兵のオジさんを指差す。

 

 そのオジさんはビアンキの巻き添えになった際に受け身を取り損ねたのか、首が完全にイケナイ方向へと曲がって痙攣していた。

 

 あれはもう助からないだろう。

 

 

 その様子を目にしたエルフィさんは不可解そうな顔をした。

 

 

「あいつがこの中で一番強いオジさんだ。狙い通りあいつを仕留めた」

 

『……またそんなヘリクツを。あんな受け身すらとれない者など、武の心得もないただの犯罪者でしょう』

 

「そんなことはない。あれは最強のオジさんだと俺の魔眼が言っている」

 

『……あとはもう油断するんじゃありませんよ?』

 

「…………」

 

 

 どうやら呆れてしまったようで、これ以上は付き合わないと彼女は退散していった。

 

 弥堂は『勝った』と思うことにして、傭兵たちへと意識を戻す。

 

 

 すると――

 

 

「――う……ッ、ぐぅぅ……ッ! ぅがァァァァァ……ッ!」

 

 

――苦しみを吐き出すような咆哮をあげてビアンキが立ち上がった。

 

 

『ほら見なさい。だから殺せる時に確実に殺しなさいと言っているんです。それとも狙い通りですか?』

 

「……そうだ」

 

『そうですか。それにしてもさすがは獣人(ライカンスロープ)ですね。打ち損ないの“零衝”とはいえ、あれを喰らってすぐに立ち上がるとは。私たちの世界に居た獣人にも劣らない屈強さです』

 

「うるせえな。もう帰るんだろ? 早く行けよ」

 

 

 弥堂も苦しくなったので、師にお帰りを願う。

 

 彼女は一回だけジト目で弥堂を見てから消えていった。

 

 

 弥堂は魔眼をビアンキへ向ける。

 

 だが、あちらの方は意識が定まっていないのか、茫洋とした瞳で頭もフラつかせていた。

 

 

 立ち上がってきたのは想定外だが、あの様子なら次で確実に殺せるだろう。

 

 トドメをくれてやると弥堂が動き出そうとした時――

 

 

「――そこまでだ。ビアンキ」

 

 

――これまで黙って見ていたアレックスが口を挟んできた。

 

 その言葉で意識がハッキリしたのか、ビアンキはアレックスを睨みつける。

 

 

「アレックス……! オレは――」

 

「――いい加減にしろ」

 

「だが……ッ!」

 

「オマエは傭兵だ。アスリートじゃない。割り切れ」

 

「……ク、クソ……ッ!」

 

 

 続きをやれば負けるのは自分――それを判断し受け入れるだけの冷静さは残っていたのか、ビアンキは悔しげに膝を着いた。

 

 聞き分けの悪い弟分がようやく言うことを聞いてくれた形だがしかし、アレックスの顔には嬉しそうな色などカケラもない。

 

 むしろカタキにでも向けるような怒りの顔で、弥堂の顔を見た。

 

 

「やってくれたじゃねェか」

 

「どういたしまして」

 

「オレを挑発してもムダだ。コイツを負かしたところで有利なのはオレたちだからな」

 

「…………」

 

 

 アレックスの言葉と同時、周囲の傭兵たちが一斉に弥堂へ銃口を向けてくる。

 

 彼らも気持ちは一緒なのか、一様に怒りの表情だ。

 

 どうやら随分と仲間意識の強い傭兵団のようだ。

 

 

「ハッ――犯罪者のくせにイッチョマエに被害者ヅラか?」

 

「うるせェンだよ。結局は変わらない。この人数に一斉に撃たれれば、いくら魔術師でも何も出来ねェだろ?」

 

「どうかな? 試してみるか?」

 

 

 弥堂が挑発を続けると、アレックスが腕を上げる。

 

 あの腕が下ろされた時が集中砲火の時だ。

 

 

 普通ならアレックスの言うとおりだろう。

 

 しかし弥堂には、彼らの理解の外にある術法――反則がいくつかある。

 

 

 最初に浮かべたプラン通り。

 

 一斉射撃は【falso(ファルソ) héroe(エロエ)】でカモれる。

 

 

 むしろさっさと撃ってくれと、弥堂はわかりやすく嘲笑をした。

 

 

「数には勝てねェよ。魔術師――」

 

 

 その思惑通りアレックスが腕を下げようとしたその時――

 

 

 

「――その通りよ」

 

 

 

――聞き覚えのある女の声が乱入してきた。

 

 

「なにッ?」

 

「…………」

 

 

 弥堂は背後を振り返り、アレックスも同じ方向へ目を向ける。

 

 

 弥堂も使った倉庫の入口から続々と武装した兵士が突入してきた。

 

 あれは“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員たちだ。

 

 

 10秒もしない内にテロリストたちの3倍近くの人数の部隊が展開を終える。

 

 その整然と並んだ兵隊たちの間を通って、一人の女が前に出てきた。

 

 

 まるでヒールでも鳴らすように、自信に満ちた靴音をゆっくりと聴かせながら現れたのは――

 

 

「――アナタの言うとおり、最後にモノを言うのは数よ」

 

「お前は……」

 

 

――“G.H.O.S.T(ゴースト)”の指揮官ジャスティン・ミラーだった。

 

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