俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章31 The True Traitor ④

 

 弥堂もアレックスも自分の勝利を確信している中で、彼女は突然戦場に現れた。

 

 

「――アナタの考えは正しいわ。数には勝てない。誰だって……」

 

 

 テロリストたち以上の数の部隊を引き連れて。

 

 

「魔術師だって。異能力者(ギフテッド)だって。もちろん、テロリストだって――」

 

 

 彼女――ジャスティン・ミラーこそ勝利を確信しているのだろう。

 

 それを隠しもせずに顎を上げてアレックスに問う。

 

 

「それとも、この人数差で撃ち合ってみるかしら?」

 

 

 恭順か死か――

 

 それを問う通告だ。

 

 

 アレックスは歯を軋ませ、だがすぐには反論をしない。

 

 

 周囲に配置された“G.H.O.S.T(ゴースト)”の部隊を見て、それから首だけ動かして自分たちの後方を見る。

 

 倉庫の上部の窓からはいつの間にか潜入してきていた狙撃手たちが何名か構えていた。

 

 

「……クソが」

 

 

 そこまでを見回してアレックスは毒づいた。

 

 真正面から殺り合うのは以ての外、背後にも逃げ場はない。

 

 自分たちが“詰み”の状態にあることを知ったのだ。

 

 

 

(ミラー……、こいつ今までなにを……)

 

 

 一方で、弥堂も眼を細めてミラーを視ている。

 

 

 ホテル内でビアンキに襲われた際に彼女とは分断をされた。

 

 ミラーはその後、アレックスに攫われて屋上へ連れて行かれる福市博士を追跡していたはずだ。

 

 だが、弥堂が屋上へ向かう道中でミラーの姿を見ることはなく、それきり行方知れずになっていた。

 

 

 ただ逃げる敵を追い詰めるために、急ごしらえでこの戦力をここまで集めてきたのなら、『彼女が優秀だ』という評価をするだけで済む。

 

 しかし、弥堂にはどうしてもそのようには思えなかった。

 

 それというのも――

 

 

(――いくらなんでも速すぎないか……?)

 

 

 弥堂の記憶には残っていないが、屋上から飛び立ったヘリが道路も信号も全部無視して空中を一直線にこの港まで時速150キロ~200キロで飛んだ場合――

 

 その所用時間は数分といったところだろう。

 

『死に戻り』の記憶のバックアップが間に合っていなかったということは、長くてもせいぜい10分程度のはずだ。

 

 そしてそのすぐ後に始まった弥堂とビアンキの戦闘も10分もかかっていない。

 

 

 屋上でヘリが飛び立ったのを確認してからホテルを出て、戦力を集め、ヘリを追跡し、ここまで来る。

 

 どう考えても優秀さだけで間に合わせることは出来るはずがない。

 

 

 弥堂がそう疑いを浮かべていると、ミラーの目がこちらへ向く。

 

 彼女の少し後ろには秘書官の黒人女性、エマも控えていた。

 

 

「ご苦労さま。マッドドッグ。アナタはなかなかいい仕事をしてくれたわ。おかげで戦力を配備する時間が稼げた」

 

「…………」

 

 

 弥堂は答えず、先程のアレックス同様に“G.H.O.S.T(ゴースト)”部隊を視る。

 

 パッと見で5、60人は居る。

 

 不審な点と言えばこの人数も不審だった。

 

 

 この人数は元々ホテルに配備されていた“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員の半数以上のはずだ。

 

 しかし、それとほぼ同数の人員を弥堂はスパイ認定して拘束して死に兵にしてやった。

 

 それから弥堂やテロリストと戦ってさらに減っているはずである。

 

 

 ホテルに残っていた実働部隊を全てかき集めてきたとしても、ここまでの数にはならないはずだし、なによりあのホテルを完全に放棄するのも不自然だ。

 

 それに清祓課の者は一人も混ざっていない。

 

 この局面で人数が必要なら彼らも連れてくるはずだ。

 

 ということは、ここに居る戦闘員たちは――

 

 

「――それに。その獣人(ライカンスロープ)に単独で暴れられると少し厄介だったわ。アナタは本当にワタシの役に立ってくれた」

 

(こいつ、まさか……)

 

 

 自分は泳がされていたのでは――

 

 

 弥堂が浮かべたその疑問にはそれ以上の情報を与えぬまま、ミラーは再びアレックスへ言葉を投げる。

 

 

「さて、投降の準備は出来たかしら?」

 

「……やれるだけ道連れにしてやるって手もあるぜ?」

 

「国を守る正規兵ならその道もあるかもしれないわね。だけど、根無し草の傭兵にそこまでする理由があるのかしら」

 

「どうだろな。だが、忘れたか? こっちには人質がいるんだぜ?」

 

 

 アレックスの言葉の直後、福市博士の近くに居た傭兵が彼女を拘束する。

 

 そしてミラーに見えやすいように博士の頭に拳銃を突きつけた。

 

 

「まぁ、ヒドイ。女性を盾にした交渉だなんて。やっぱり傭兵って品性と教養に欠けるのね」

 

「そうだ。オレたちは育ちがワリィ。だから、生き残るためなら何でもするぜ?」

 

 

 挑発的なミラーの言葉には乗らず、アレックスは歯列を剥き出しにして嘯く。

 

 その態度にミラーの方も怒りを露わにするでもなく、むしろ興味深げな視線をアレックスに寄こした。

 

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 誰に向けたものなのか、人質にとられた博士が謝罪を口にする。

 

 ミラーはそれを聞いても見下すように笑みを漏らすだけだった。

 

 その自信満々な態度に苛立つのはアレックスだ。

 

 

「退けよ」

 

 

 どうにかイニシアチブを握ろうと、自身でも拳銃を抜いて福市博士に向ける。

 

 しかし、ミラーの態度は変わらなかった。

 

 

「お断りよ」

 

 

 1秒も考えることなく要求を突っぱねる。

 

 アレックスの眼つきは険しくなった。

 

 

「テロリストとの交渉には応じないのが常識だって?」

 

「ん? そうね……。それも確かにそうだけれど。今回はそもそも応じる必要がないからというのが主な理由かしら」

 

「必要がない?」

 

「フフ。では、そちらがそう出るならこちらも同じことをさせてもらおうかしら」

 

「なんだと? どういう……」

 

 

 アレックスがその問いを最後まで言い切る前に、“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊列が一部割れる。

 

 出来上がったその隙間を通って一人の拘束された男が“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員に連れられてきた。

 

 その姿を目に移して、傭兵たちは瞠目する。

 

 

「――シェキルッ!」

 

「チィッ……!」

 

 

 足元で膝を着いたままのビアンキがいの一番に名前を叫ぶと、アレックスも盛大に舌を打った。

 

 連れて来られたのは彼らの仲間であり弟分でもあるシェキルという少年だ。

 

 

 頭には包帯が巻かれ片耳側に血が滲んでいる。

 

 他の肌が露出した場所にも多くの負傷が見られた。

 

 何をされたのかは一目瞭然である。

 

 

「テメ――ッ⁉」

 

 

 怒りのままに立ち上がろうとしたビアンキの目の前に手を差し入れて、アレックスは彼を制止した。

 

 代わりに殺気のこもった目をミラーへと向ける。

 

 

「……何のマネだ?」

 

「さぁ? 何のマネだと思うの?」

 

「……ッ! 人質交換でもしようってか?」

 

「減点よ。意外と自己評価が高いのね。たかが野良犬一匹と、シズカ博士の価値が釣り合うとでも?」

 

「……この女を痛めつけるぞ」

 

「仮にそうしたとしても、アナタたちは結局博士を殺せないわ。だって彼女を生きて持ち帰らないとお金にならないんだもの。違う?」

 

「…………」

 

 

 答えがわかっていながらわざと訊いてくる、そんなミラーの傲慢さの前にアレックスは沈黙した。

 

 ミラーはそれに増々満足げに微笑む。

 

 

「ふふ。ようやく本格的に焦ってくれたわね」

 

「……どうかな」

 

「ウソを吐いてもムダよ。ワタシにはわかるもの」

 

 

 サイコメトリーの“異能(ギフト)”を持つ者の前では、どんな相手も交渉で不利な立場を強いられる。

 

 だが、弥堂は今のやりとりに何か違和感を覚えた。

 

 

(なんだ……?)

 

 

 しかし、その違和感の正体に辿り着く前に話は進んでしまう。

 

 状況的にはもうチェックメイトの寸前だ。

 

 

「武器を捨てて投降しなさい。これは最後通牒よ。文書はないけれどね」

 

「……断れば?」

 

「人質がどうなってもいいの?」

 

「釣り合わないと言ったのはオマエだ」

 

「そうね。でも、この子を殺してもまだ次がいるわ」

 

「なに?」

 

「人質は一人じゃないの」

 

 

 ミラーの言葉にアレックスはますます追い詰められる。

 

 ミラーは適切な順番でカードを切った。

 

 

「こちらとしても想定外にラッキーなことがあってね。おかげさまで捕虜はたくさん居るの。多分ほとんどがアナタの仲間でしょ?」

 

「テメエ……ッ!」

 

「そんな目で見られるのは心外だわ。ホテルの戦闘に巻き込まれて死んじゃわないように、丁重に別の場所に隔離していたのよ? この場でこうしてカードを切るために」

 

「……クソが」

 

 

 ミラーの提示するそのカードの前で、アレックスの方は手詰まりのようだ。

 

 

「アレックスにビアンコのアニキ……、すまねェ……」

 

「諦めんなシェキル! 絶対に助けてやる!」

 

 

 掠れた声で弱音を漏らすシェキルをビアンキが励ましている。

 

 しかし、そうは言えども――

 

 

 傭兵団と、“G.H.O.S.T(ゴースト)”。

 

 そのお互いのリーダー同士の対決はミラーに軍配が上がりそうだ。

 

 

 そして、彼女にやりこめられたのはアレックスだけではない。

 

 

「…………」

 

 

 泳がされ、利用されたのは弥堂も同じだったようだ。

 

 

 弥堂の行動がミラーにとって、どこまでが計算内でどこからが想定外だったのかはわからない。

 

 しかし、この最終局面で勝利者となろうとしているのは明らかにミラーの方だった。

 

 

「政府の機関がそんなゲスなマネをしてもいいのか?」

 

「苦しい反論ね」

 

 

 ミラーの評価通り、それを言ったアレックスの表情は事実苦しげなものだ。

 

 その顔をミラーは鼻で嘲笑う。

 

 

「ここでの出来事は公的な記録には残らない。この事件の記録の中にも。わかるでしょ?」

 

 

 これがこの交渉における彼女の最後の言葉だ。

 

 それを示すようにミラーは言い終わると目を伏せた。

 

 

「アレックス……ッ!」

 

「ウルセェ、黙ってろ……ッ!」

 

 

 何かを訴えかけるように名を叫ぶビアンキに声を荒らげる。

 

 だが――

 

 

「…………チッ、しゃあねェか」

 

 

 数秒して、アレックスは博士へ向ける銃を下ろした。

 

 

 “G.H.O.S.T(ゴースト)”とテロリストとの争いの趨勢が決した瞬間だ。

 

 

「降参だ。シズカ博士は返す。だが身の安全は保障してもらう。仲間たち全員のだ。これには捕虜も全員含まれる。その条件でなら従う」

 

 

 アレックスの宣言にミラーは目を開けて満足そうに微笑んだ。

 

 

「構わないわ。殺す意味も価値もないもの」

 

「……そいつは嬉しいねェッ……!」

 

「フフ、身柄は拘束します。でも、その後も安全が欲しいのなら価値を示しなさい。持っているでしょ? 色々なネタを」

 

「ハッ――お眼鏡に叶えば幸いだぜクソッタレ!」

 

 

 精一杯の去勢を張りながら、アレックスは博士を拘束していた仲間に顎を振って指示を出す。

 

 それを受けた傭兵は銃を捨てて、博士を解放した。

 

 

「さぁ、シズカ博士こちらへ」

 

「は、はい……」

 

 

 福市博士はどこか躊躇いがちにアレックスを見て、それから弥堂の顏を見る。

 

 極度の緊張からか、少しフラついた足取りで“G.H.O.S.T(ゴースト)”たちの方へと歩き出した。

 

 

 彼女が辿り着くまでの時間――

 

 

 “G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員たちの持つ銃口の照準を直す音が一斉に鳴り、今まで以上の集中力を以てテロリストたちの動向を監視する。

 

 その殺気の向かう先の間に立たされた博士は、経験のない重圧を受けて眩暈を感じた。

 

 

 しかし、この期に及んでまだ何かを出来る者はおらず、やがて博士はミラーの元まで到着する。

 

 

「シズカ博士。よくぞ無事でいてくれました。アナタの勇気に敬意を払います」

 

「い、いえ……」

 

 

 少しだけ表情を和らげたミラーの言葉に、恐らく感謝の言葉を返すべきだったのだろうが、不思議と博士はその言葉を思いつかなかった。

 

 特にそれを気にした風もなく、ミラーはまた見下すような顏でアレックスたちを見る。

 

 

「身の寄せ処のない傭兵なんて所詮こんなものね」

 

「…………」

 

 

 アレックスは何も返さない。

 

 

「寄る辺のない兵士。それは守るものも戦う理由すら自分自身にないということ。最期まで生命を賭する覚悟もない。だって、守るものも戦う理由も、他人に与えてもらわなければ、自分の敵すら見つけられないんだもの」

 

「……ちっ」

 

 

 それに舌を打ったのはアレックスでもビアンキでも、傭兵の誰かでもない。

 

 弥堂だ。

 

 

 今ミラーが言った言葉は正しい。

 

 弥堂自身ずっとそう思っていたことでもある。

 

 それについ最近にも強くその事実を痛感したばかりだ。

 

 

 だからこそ――

 

 

 わかっている事実を突きつけられたことに不快感と反抗心を覚えた。

 

 

 幸い今の舌打ちには気付かれなかったようだが、蒼い焔の漏れ出た瞳をミラーへ向ける。

 

 

 しかし、その瞳に映っているのは彼女ではない。

 

 

 記憶の中に記録された女を憎悪を燃やして睨みつけた。

 

 

 だが、そんな感情すら何の物理力を持つことはなく。

 

 

 この『世界』には何の影響も齎さない。

 

 

 弥堂の過去も思考も感情も伝わることなく、状況は動いていく――

 

 

――はずが。

 

 

 ふと、ミラーが弥堂の方へ顔を向けた。

 

 彼女の瞳にはどこか悲しげな、同情をするような色が浮かんでいた。

 

 

 そのことに、弥堂はますます不快感を募らせる。

 

 しかし、この期に及んで何かをすることもなかった。

 

 

 そうしている内に、人質を奪還した“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員たちが銃を構えたまま、慎重な足取りでテロリストたちに近付いていく。

 

 

「武器を捨てろ」

 

 

 銃口を向けて、武装解除の命令を出す。

 

 

「そうはいかねェ。先に仲間を解放しろ」

 

「貴様、自分の立場が――」

 

「――構わないわ。連れて行きなさい」

 

 

 “G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員がアレックスに銃を向けようとするが、先んじてミラーが許可を出した。

 

 シェキルを拘束していた隊員が指示に従って、傭兵団の方へと歩き出す。

 

 

 それを確認して、アレックスと彼に近い位置にいる傭兵たちは銃を床に落とした。

 

 

「傭兵団“ラ・ベスティア”のアレッサンドロ・ディ・ルフィオーリ。アナタの勇気と決断に敬意を表します」

 

「……ッ」

 

 

 自分たちの情報を掴まれていたこと。

 

 そして慇懃無礼な侮辱に対して喉まで出かかった罵倒をアレックスは意思の力で飲み込む。

 

 

 ミラーへの反論の代わりに、一人の仲間の傭兵に目配せをした。

 

 そのアイコンタクトを受け取った男は小さく頷き、肩から下ろしかけていた小銃を担ぎ直す。

 

 その行動は当然“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員に見咎められた。

 

 

「オイ、貴様! 銃を捨てろ」

 

「アン? イヤなこった」

 

「なんだと……ッ⁉」

 

 

 その騒ぎにはすぐにミラーも気が付いた。

 

 

「なにごと?」

 

「ハ。コイツが武装解除に従わなくて……」

 

「何のつもりかしら……?」

 

 

 隊員からの報告を受けてミラーはアレックスの方へ顔を向ける。

 

 アレックスは軽い調子で肩を竦めた。

 

 

「オレに訊かれてもな」

 

「……抵抗をする気?」

 

「してねェだろ? オレたちは」

 

「どういう意味?」

 

 

 含みを持たせたアレックスの言葉にミラーは目を細める。

 

 すると、その問いには抵抗を続けていた男が答えた。

 

 

「オレは“ラ・ベスティア”じゃねェからな。そいつの命令に従う義理はねェよ」

 

「なんですって?」

 

 

 表情に僅かに混乱を見せたミラーに、アレックスはニヤリと厭らしい笑みを浮かべる。

 

 

「ここに居るのはオレの仲間だけじゃあねェからな。オレはオレの傭兵団のことは決められるし、傭兵団のメンバーには指示を出せる。だが、それ以外は知ったことじゃあねェ。なんせ今回のシゴトだけの行きずりの関係でしかねェからな」

 

「は?」

 

 

 その言葉に反応して、他にも何人かの傭兵たちが抵抗の意思を見せ始めた。

 

 

「オォ。オレも別口だ」

「オレも命令は聞けねェなァ」

「つーか、前からそいつのことは気に入らなかったんだ。むしろ言うことを聞きたくなくなったね」

 

 

 口々にそんなことを言いながら武装解除を拒む。

 

 

「ヘッ――」

 

 

 アレックスは笑みを深めた。

 

 

 アレックスや彼らの言うことは嘘だ。

 

 本気で戦闘を継続させるつもりまではないが、ゴネることだけはする。

 

 

 そんな中途半端な抵抗をするだけの者を迂闊に射殺すると、投降をした者たちまでまた暴れ出すかもしれない。

 

 “G.H.O.S.T(ゴースト)”側はすぐに強硬手段に踏み出すことは出来なかった。

 

 

 しかし、ゴネているだけではこの場を切り抜けることも出来ない。

 

 アレックスの狙いは――

 

 

(――もう少しだ……! もう少し時間を稼げればダリオが来る)

 

 

 幸いこの場にはまだ到着していなかった相棒の到着だ。

 

 

(アイツならこの状況に気付いて不意打ちをしかけれくれるはず……!)

 

 

 それまでどうにか時間を稼いで逆転の機を狙っていた。

 

 

「…………」

 

 

 ミラーは目を細めたまま隊員たちと口論をする傭兵たちを見ている。

 

 やがて、小さく嘆息をして指示を変えることにした。

 

 

「人質を一旦戻しなさい」

 

 

 シェキルを移動させていた隊員へそう伝える。

 

 このまま返すわけにはいかないし、かといって戦闘を再開する気もない。

 

 ミラーも少し様子を見ることにしたのだ。

 

 

(くだらない)

 

 

 この状況下ではすることも出来ることもなくなった弥堂は心中で吐き捨てる。

 

 痛い所を追及される前にバックレてしまおうかと思いながら、なんとなくミラーが声をかけた人質の拘束をする隊員の方を見た。

 

 

 そうすると、気が付く。

 

 

 “G.H.O.S.T(ゴースト)”本隊とテロリストたちのちょうど中間点で、人質とそれを連れる隊員2人は、ミラーに指示を受けるまでもなく立ち止まっていた。

 

 その光景が何故か不自然なように視えた。

 

 

 何に違和感があるのかと、ほんの少し前の記憶を再生してみると――

 

 

(1人増えている……?)

 

 

 シェキルを連れていた隊員は1人だったはずだ。

 

 いつの間にか、もう一人の“G.H.O.S.T(ゴースト)”隊員がそのすぐ傍に立っていた。

 

 

 彼らはそこで立ち止まったまま、進みも戻りもしない。

 

 その様子にミラーも不自然さに気付いたようだ。

 

 

「ヨギ……? アナタいつの間にそこに」

 

 

 やはり一人増えていたのは弥堂の気のせいではなかったようだ。

 

 それに聞き覚えのある名だ。

 

 軍人にしてはかなり痩せていて目立つ隈のある枯れ木のような男を視ながら、さらに記憶を探る。

 

 

(あいつは……)

 

 

 ダニーに名だけを紹介された“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員。“異能(そっち)系”だとダニーは言っていた。

 

 そして、ホテル1Fで見た時はもう一人の男とセットで、同じプロフィールで紹介をされた。

 

 

 インド系のアメリカ人。

 

 スカウトされてアメリカ国籍を取得した。

 

 もう一人居た男はハサン。

 

 

 ホテル内で弥堂が殺害した魔術師だ――

 

 

「アナタの持ち場はここではないはずだけれど……。まぁ、いいわ。ひとまず人質を連れて下がりなさい」

 

 

 ミラーの追加の指示にヨギも、もう一人の隊員も従わない。

 

 シェキルを拘束しているその隊員も、ヨギやハサンと似た人種のように弥堂には見えた。

 

 

「アナタたちどういうつもり? 命令が聴こえないの?」

 

「押さえテロ」

 

 

 苛立ちを露わにしたミラーを無視して、ヨギはシェキルを拘束する男に命令を出す。

 

 男はそれに従い、より力をこめてシェキルを羽交い絞めにした。

 

 

「ちょっと……?」

 

 

 その様子を見咎めたのはミラーだけではない。

 

 弥堂も、福市博士も、他の“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員も、そしてテロリストたちも――

 

 

 全員が訝しげな目で彼らに注目をした。

 

 

 つまり、ここに居る全員にとっての想定外ということだ。

 

 

 ヨギはシェキルの正面に回りながら、何かを取り出した。

 

 それは注射器のように見えた。

 

 

「あれは――」

「え? あれって――」

 

 

 直感的にそれを魔眼で視た弥堂は驚く。

 

 ヨギの手にある注射器――というよりもその中身の白く濁った液体を視た瞬間に勝手に記憶が再生された。

 

 

 目の前に浮かぶ映像にあるのは悪魔――

 

 

 ボラフとアスだ。

 

 ヤツらがゴミクズーに使った試験管の中身。

 

 

 僅かな違いはあるが、弥堂の魔眼にはそれらが極めて似通ったモノのように視えた。

 

 あれについて愛苗がアスから何か説明を受けたと言っていた。

 

 あれは――

 

 

(“促成溶液(セイタンズミルク)”……?)

 

 

 ゴミクズーを――魔物を強化し狂わせる薬物だったはずだ。

 

『何故それがここに』という疑問を浮かべるものの、しかしそれをまた別の思考に上書きされる。

 

 

「な、なんで……? それを……」

 

 

 反射的に口から出た弥堂の驚きの声に重なる形で、同じタイミングで声を発していた人物がいる。

 

 

 それは福市博士だった。

 

 

 彼女は信じられないモノを見るような目で、ヨギの持つ注射器を凝視している。

 

 

 博士のそんな仕草に気をとられたせいで、弥堂は自分の行動の決断をするのが遅れた。

 

 

「ヨギッ! 一体なにをするつもり⁉」

 

 

 ミラーの声を無視して、ヨギはシェキルの首筋に注射器を近づけていく。

 

 その針の先端を目に映して、シェキルは本能的な恐怖を露わにした。

 

 

「な、なんだソレ……⁉ やめろ、まさか……⁉」

 

 

 必死に抵抗をしようとするが、拘束をする男の方が力が強いようで逃げ出すことは叶わない。

 

 針の先端がシェキルの首の肌に触れた。

 

 

 この光景の後に想像出来る未来など一つしかない。

 

 それに違わず、シェキルの首に針が突き刺さった。

 

 

 だけど、そのさらに先に何が起こるのかは、それを行っている者以外には想像も出来ない。

 

 

 否――

 

 

 弥堂は反射的にビアンキの方へ顔を向けた。

 

 

 傭兵団の一員で、その身体の裡に獣の――魔物の因子を持つ“獣人(ライカンスロープ)”の男。

 

 

(まさか――)

 

 

 その想像が絵になるよりも先に、シェキルの体内に注射針を通って白濁液が流し込まれてしまう。

 

 反応はすぐだった。

 

 

「――う……ッ、グゥゥ……、ぅぁぁあああああああッ……⁉」

 

「シェキルッ!」

 

 

 シェキルは絶叫をあげ、喉を両手で押さえて掻き毟りながら床に倒れる。

 

 その時にはもう瞳孔が開ききっており、呼びかけるビアンキの声に反応する余裕などないようで、身体を襲う苦しみに激しく床をのた打ち回った。

 

 

 ヨギともう一人の男はシェキルから離れて、その経過を見守る。

 

 あまりに異常な光景に、他の誰もがその様子を見ていることしか出来なかった。

 

 

 この後何が起こるのか。

 

 その答えを待つ。

 

 

 やがて、目に見えた結果が現れ始める。

 

 

(やはり……!)

 

 

 弥堂の想像した通り、ビアンキの獣人化と同じようなことがシェキルにも起こった。

 

 

 頭の上にイヌ科の動物の耳が現れ、衣服を破ってシッポが飛び出す。

 

 腕が獣の体毛で覆われていく。

 

 

 ここまでは一緒で、そしてここからが違った。

 

 

 同じ獣人のビアンキよりも大分小柄だったシェキルの少年の身体が大きく膨張していく。

 

 服を破りながら手足の長さが伸び屈強な筋肉で膨れ上がると、あっという間に2mを超えるような大男に変わった。

 

 

 さらに、それだけではない。

 

 

 その身体からニンゲンの部分が失われていく。

 

 爪や牙に体毛だけでなく、カタチまでもが獣のように変わる。

 

 

 尻から背骨を駆け上がるように毛皮が出来ていくと、鼻と口が伸びていって頭部が完全にイヌのそれに変化してしまった。

 

 

 四つん這いの状態で苦しみながらその変化に耐え、そして身体が伸びて頭部が変わるとともに獣の後ろ足のような二本足で立ち上がる。

 

 そして、倉庫内の空気をビリビリと震わせるような大声量で咆哮を上げた。

 

 

 それは喪失の嘆きか、解放の歓びか――

 

 

 いずれにせよ、ピィーっという少し空気の抜けたような笛の音が鳴ると、シェキルだったモノの咆哮は止んだ。

 

 その笛はヨギの口に咥えられていた。

 

 

人狼(ワーウルフ)……」

 

 

 弥堂は思わず知識にあるその名を口遊む。

 

 

 今そこに居るモノはそれで間違いがないだろうが、そうなるまでに至った経緯は理解が追いつかない。

 

 

 いや、それも想像はついている。

 

 

 ゴミクズーと同じだ。

 

 愛苗の目の前でアスは犬の死体に促成溶液(セイタンズミルク)を振りかけて、ゴミクズーに変えたと言っていた。

 

 それと同じ現象だとしか思えない。

 

 

 だが、それは死んだモノがアンデッドになるまでを短縮しただけだと理解は出来る。

 

 一方で、今目の前で起こったことは、生きているニンゲンを魔物に変えたという現象だ。

 

 

 その現象を何と呼ぶか――

 

 

「“悪魔卸し(デモネード)”……?」

 

 

 それは“悪魔憑き”とも謂う。

 

 自然とそうなるか、意図的にそうするかの違いで、結果は変わらない。

 

 

 何気なく口にした弥堂の言葉に、ここで初めてヨギが反応した。

 

 

 腫れぼったい瞼から飛び出してしまいそうな目玉でギョロリと弥堂を睨む。

 

 

「悪魔はオマエラだ……ッ!」

 

 

 所々裏返った甲高い声で激しい憎悪を吐き出す。

 

 その痩せぎすの身体に似つかわしくない声の大きさに不快感が増した。

 

 

「ワガ神ノ秘宝ヲ盗ンダ邪教徒ドモメ……ッ!」

 

 

 ヨギはそこまでを言ってから大きく頬を膨らませて、そしてまた笛を吹いた。

 

 吹き込んだ息に比べて笛の音は小さい。

 

 大部分はニンゲンには聴こえない音域で鳴っているためだ。

 

 

 その音を聴き取った人狼が大きく吼える。

 

 

「コロセェェェェ……ッ!」

 

 

 その獣の咆哮に負けないほどの大きさの怨嗟をヨギが吐き出す。

 

 人狼はテロリストたちの方へ向かった。

 

 

 その速度は速く、獣人のビアンキですら咄嗟には反応出来ない。

 

 

 大きな獣の前足が振り下ろされた。

 

 

 それは傭兵も“G.H.O.S.T(ゴースト)”も一緒くたに巻き込む。

 

 

 何人かの身体を爪で引き裂き、何人かの身体をミンチのようにして、床のコンクリートを砕いた。

 

 

 それは何人かの謀略や思惑すらも斬り裂く一撃。

 

 

 決着が着いたはずの戦場に血肉を舞い散らせた。

 

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