俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章31 The True Traitor ⑦

 

 掌で床を押すようにして、弥堂は自分の身体を持ち上げる。

 

 膝を折ろうとしてくる重みをしっかりと踏みしめた。

 

 

 視線だけを向けて、倒れたままのビアンキを見下す。

 

 意識はあるようだが息が荒い。

 

 ダメージよりも体力の限界のようでただちに死ぬことはないだろうが、戦場で動けなくなった者の末路など知れたものだ。

 

 

 ビアンキは言葉はなく、ただ目線だけで弥堂に何かを伝えてくる。

 

 まさか動けなくなった自分の代わりに仕留めてくれとでも言いたいのだろうか。

 

 

(バカめ――)

 

 

 共闘相手のその様を弥堂は心中で嘲笑う。

 

 

(だから死ぬぞと言ったんだ)

 

 

 戦場で敵を殺すのに必要なのは殺意だけで、それを濁らせるべきではない。

 

 それ以外の感情は全て余分なものなのだ。

 

 仮にそれが濁ってしまったのならば――

 

 

(傭兵ならアレを俺に押し付けて、逃げることを考えるべきだったのさ――)

 

 

 そう嘯いてビアンキから目線を切った。

 

 視界に敵だけを映し、殺意の純度を上げていく。

 

 

 視線の向こうの人狼の知性のない瞳の色は、まさしく殺意だけで塗られていた。

 

 弥堂とビアンキの二人がかりで攻撃をしていたが、あちらはしっかりと立っている。

 

 

 弥堂は未だ生き残っているものの、決定打はなく、状況は不利なままだ。

 

 しかし、これが絶望的な戦いなのかというと、それは全くそうではない。

 

 

 その証拠に――

 

 この人狼との戦いが始まってからずっと劣勢が続いているのにも関わらず――

 

 ルビアも、エルフィーネも、エアリスですら――

 

 誰も何も言ってこない。

 

 

 相手の方が強いのはいつものこと。

 

 不利な立場であるのもいつものこと。

 

 この程度の危機など、これまでに何度もあった。

 

 

 先日の勇者モードは例外中の例外であり。

 

 弥堂 優輝の戦いとは、常にこうなのだ。

 

 

 簡単に殺せる方法の持ち合わせがないだけで、殺せないわけではない。

 

 

(生きている以上は殺せる――)

 

 

 それに――

 

 

 相手も疲弊はしている。

 

 こちらに比べれば軽微なものだが、小さな手傷はあるし体力も減らした。

 

 

 おまけに、あれは所詮は獣だ。

 

 知性がない。

 

 

 自分より弱いモノを思い通りに殺せなくて、相当に焦れてきていることだろう。

 

 

 一方で、弥堂のは人狼の相手を可能な限りビアンキに押し付けるよう立ち回って多少消耗を抑えられた。

 

 傷は増えているし体力も減ったが、脳震盪のダメージは回復している。

 

 

(そろそろ殺れる)

 

 

 これまでのように凌ぐのではなく、仕留めにいくことを決めた。

 

 

 

 人狼(ワーウルフ)は咆哮をあげてから真っ直ぐに突っ込んでくる。

 

 弥堂は拳銃の引き金を適当に引いて牽制をした。

 

 

 当然その銃弾でダメージを与えられるわけもなく、目の前に迫った怪物が腕を振ってくる。

 

 これまでに何度も視たそれの軌道と速度は覚えている。

 

 

 弥堂は半身で躱し、人狼の鼻面を軽く拳で打つ。

 

 ヒットと同時に拳を引き戻しつつバックステップを踏んだ。

 

 

 零衝は使わない。

 

 ボクシングなどの現代科学的なパンチとは違って、あれは打ち込んだらすぐに体勢を戻せない。

 

 確殺がとれない状況では隙を作ることになるので多発は出来なかった。

 

 

 カウンターをとる形で相手の鼻先や目元に打撃を加えていく。

 

 当然こんな当てるだけの打撃でバケモノを痛めつけることは出来ない。

 

 

 だが、痛みもダメージもなくとも、女に引っ叩かれると瞬間的に頭に血が昇るのと同じように――

 

 自分より弱いと見下しているものに、パチン、パチンっと小気味のいい音を立てて引っ叩かれるとムカつくものだ。

 

 

 案の定、人狼の目がさらに血走っていき、涎を撒き散らしながら突っこんできた。

 

 最早、ただ爪で引き裂くだけでは気が済まないのだろう。

 

 組み付きを狙って激しい突進を繰り返してくる。

 

 

 それを何度か繰り返し、そして何度目かで弥堂は回避をミスする。

 

 躱してすれ違う瞬間に、人狼が怒り任せに振った腕に殴り飛ばされたのだ。

 

 

 反射的に両腕でガードして自分から飛んだが、派手に床を転がされる。

 

 膝を着いてすぐに立ち上がろうとした時にはもう、目の前で人狼が大口を開けていた。

 

 

(ここだ――っ!)

 

 

 弥堂は逃げを選ばずに、【治癒強化(オートヒーリング)】の刻印に魔力を注ぎ込む。

 

 そして――

 

 

 弥堂の頭部に齧りつくために大きく開けている人狼の口の中に、右の拳を叩きこんだ。

 

 

「――ッ⁉」

 

 

 ダメージではなく、口の中に腕を挿し入れられたことの驚きで人狼は瞠目する。

 

 だが、すぐにその顎を閉ざした。

 

 

 鋭い牙が弥堂の腕に突き刺さる。

 

 それが喰いちぎられる前に、弥堂は自分からさらに腕を突っこんで、喉奥にある口蓋垂(こうがいすい)を強く握った。

 

 

 “のどちんこ”を掴まれたことからの生理的な反応で人狼は嘔吐く。

 

 顎の力は緩まり口が開いてしまった。

 

 だが弥堂は牙から腕を引き抜くことはしない。

 

 

身体強化(ドライヴド・リィンフォース)】――

 

 

 刻印に魔力を送り込み身体強化で筋肉を強く固めてむしろ牙が抜けないようにしながら、同時に【治癒強化】で止血を速めて腕が壊れるまでの時間を稼ぐ。

 

 さらに――

 

 

「【這い寄る悪意(ディスマリス)】――」

 

 

 大量の魔力を消費して幾本もの魔力糸を創り出した。

 

 

 人狼が爪で弥堂を引き裂こうとする動きを見せる。

 

 その前に弥堂は人狼の鼻に噛みついた。

 

 

 鼻の穴に下顎から伸びる尖った歯を突っこんで、自身の歯が折れるのにも構わずに暴走領域にまで及んだ【身体強化】を使って人狼の鼻を喰いちぎった。

 

 

 人狼は堪らずに鼻を押さえて天を仰ぎながら痛みを叫ぶ。

 

 すると、人狼の口に腕を咥えられたままの弥堂の身体は自然と持ち上げられることになった。

 

 

 弥堂はその力の向きに逆らわずに、喰いちぎった鼻の肉片をベッと吐き捨てながら自分から飛んだ。

 

 そうしながら同時に、牙の刺さったままの傷口が抉れるのも構わずに人狼の背中側へと回る。

 

 右足を胴体に巻き付け、左足の膝裏を肩に乗せてロックし、その両足首を魔力糸で縛って繋げた。

 

 

 他の魔力糸も“ゆらぁ”っと一度揺れると、それぞれが別々に動き出す。

 

 

 弥堂の腕ごと人狼のマズルをグルグル巻きにし、手足にも他の糸が絡まる。

 

 魔力糸に人狼の怪力を拘束するだけの力も耐久力もない。

 

 あちこちに巻き付けて気を逸らさせることが目的だ。

 

 

 その間に本命の作業を行う。

 

 

 一本の魔力糸が弥堂のボロボロのスーツの懐に入り、ペンケースのような物を引っ張り出す。

 

 それにさらに何本かの糸が近づいていき、ケースを開けて中の物を取り出した。

 

 

 それは3本目の“WIZ”だ。

 

 

「ま、まさかそれも――」

 

 

 先程の“促成溶液(セイタンズミルク)”擬きの時のような反応を福市博士がしているが、構っている暇はない。

 

 

 両手が塞がっている弥堂は、覚束ない魔力糸の操作で注射針を首筋に持っていく。

 

 多少ズレたような気もするが、最後の魔力増強薬を自身に投与した。

 

 

 ドクンッ!――と、2本目の時よりも強く心臓が跳ねると同時に、ゴボォっと口から大量の吐血をする。

 

 上手い具合にその血が人狼の目に零れ落ちて片目の視界を塞いだ。

 

 

 だが、短時間でのクスリの大量投与の影響は吐血だけで収まらず、眼や耳や鼻などの各所から血が流れだし、噛まれた腕からの出血も増大する。

 

 

「――ぐ……っ、ぅぅぉぉぉおおおおおおっ……!」

 

 

 喉の奥から獣のような唸り声が膨らんでいく。

 

 全身を駆け巡る解放感、全能感、暴力衝動に正気を蝕まれた。

 

 

 ギリギリで繋ぎ止めた理性でそれらの全てを殺意の燃料にする。

 

 

「この犬ッコロ……っ! ブチ殺してやるぁ……っ!」

 

 

 弥堂は極度の興奮状態に陥り、普段はやらないような怒声を喚き、左手を人狼の左の眼窩に突っ込んだ。

 

 

 人狼が絶叫をあげて暴れ出す。

 

 弥堂は自身の身体ごと魔力糸を人狼の身体に巻き付けて固定し、ズルリと目玉を引き抜いた。

 

 

 上を向きながら暴れる人狼の残った目玉――

 

 弥堂の血で汚れて充血した目が弥堂を見上げてくる。

 

 

 冷酷な蒼銀の眼で視返し――

 

 その目によく見えるようにしてやりながら、抉り取った人狼の目玉を自身の口元へと持っていく。

 

 そして血塗れの口を開いて、果実を齧るようにその目玉に歯を立ててジュプリと潰す。

 

 すぐにガチンっと前歯が打ち鳴らされ、それは噛み千切られた。

 

 

 大きく開いた獣の瞳に映った、汚い自分の顏をつまらなそうに視下ろす。

 

 グシャリ、クチャリと下品な音を大袈裟にたてて見せびらかす様に咀嚼をすると、口の端から血と得体の知れない汁をどんどんと溢れさせた。

 

 

 顎を伝ったそれは人狼の顏にボトボトと垂れていく。

 

 そして、震える瞳の前で、弥堂はそれを飲み下した。

 

 

 人狼の瞳の奥に違う色が表れる。

 

 

 ニンゲンを喰らうからこそそう呼ばれるはずのバケモノが、逆にニンゲンに喰われる。

 

 そのパラドックスを目の当たりにし、実感したことで生まれるその感情は恐怖だ。

 

 

 単純に自分を喰ったモノへの恐怖。

 

 そして、自分という存在が有耶無耶にされてしまうことへの恐怖。

 

 

 その恐怖の感情は、サイコメトリーの能力が色と指向性としてジャスティン・ミラーへと伝え――

 

 

 そして、弥堂 優輝には【根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】が“魂の設計図(アニマグラム)”の輝度の劣化として伝えた。

 

 

「――揺らいだな?」

 

 

 魔眼がギラリと凶悪に光る。

 

 

 弥堂はこの間に魔力糸を操作して懐から取り出しておいた黒鉄のナイフを、死角側から人狼の空洞となった左の眼窩へと動かし、その先端を穴に合わせる。

 

 魔力糸で固定したナイフの柄尻へ左の掌底を叩きつけた。

 

 

 ズプリっとナイフが頭部に刺し込まれ、人狼は絶叫をあげて暴れ出す。

 

 構わずにナイフを押し込み続けると、やがてその先端が硬いモノ――頭蓋骨に触れた。

 

 

 柄尻に手を押し付けたまま、弥堂は暴れる人狼の地面を踏む足の動きを読む。

 

 そして、人狼の右足がダンッと床を打った瞬間に、人狼の身体に巻き付けていた自身の足の踵を強烈に捻った。

 

 

 零衝――

 

 

 人狼が地を踏んだことで生まれた反発を、その身体に付けた自分の足から吸い上げて己の“意”へと変える。

 

 そして自身の体内で加速・増幅させながら変換したその“威”を黒鉄のナイフの先へと徹した。

 

 

 ナイフはバギンっと人狼の頭蓋骨を割る。

 

 その瞬間、弥堂はナイフから手を離し、さらに奥へと突っこんだ。

 

 邪魔なナイフを魔力糸を使って回収すると、ナイフの刃は弥堂の腕を切り裂きながら外へと飛び出す。

 

 魔力糸で掴んだナイフはついでとばかりに人狼の耳に突っ込んでおき、その間に左の掌で直接脳を鷲掴みにした。

 

 

 そして――

 

 

 腹の底の底――

 

 

 己の起源とも謂えるような遠い日から燻り続ける種火をありったけの魔力で一気に燃え上がらせる。

 

 

『世界』がルビア=レッドルーツに赦し能え、彼女を“神意執行者(ディードパニッシャー)”足らしめた最上級の“加護(ライセンス)”――

 

 

「【燃え尽きぬ怨嗟(レイジ・ザ・スカーレット)】……ッ!」

 

 

 人狼の脳みそにその焔を直接浴びせた。

 

 

 怒りとも痛みともとれない純粋な絶叫をあげて、人狼は立ったまま藻掻き苦しむ。

 

 右へ左へとフラフラと酔っ払いのように動いた。

 

 

 燃やすと決めたモノを燃やす――

 

 それがルビアの加護だ。

 

 

 魂の強度や肉体の頑強さの影響で、弥堂ではその焔で燃やすことは体表からでは難しい。

 

 だが、躰の中で直接その焔を燃やしてやるなら話は別だ。

 

 そして今は、格下の弥堂に恐怖を覚えたことでその魂は揺らぎ、存在の強度も落ちている。

 

 

(徹る……!)

 

 

 弥堂はその手応えを感じた。

 

 瞬時に脳を破壊し尽くすことは出来なかったが、このまま死ぬまで頭蓋骨の中を炙ってやれば殺せると確信した。

 

 

 人狼の残った右目がブクブクと泡立ってやがてパンっと弾ける。

 

 弥堂が腕を突っこんでいる眼窩からも、沸騰しかけた血液の付着した肉片が飛び散り、無様なダンスを踊る人狼の足元をビチャビチャと汚した。

 

 

 人狼は震える両手を頭の上に遣り、弥堂を引き剥がそうとその身体を掴む。

 

 弥堂は新たな魔力糸を生成し、爪が突き刺さるのも構わずにその手と自身の身体ごと、人狼の躰に巻き付けて拘束した。

 

 

 オーバードーズで暴走生成される魔力をさらに糸に流すと、触手のように膨れ上がる。

 

 その触手で掴んだナイフで人狼の千切れた鼻の傷口を抉り、自分は耳に齧りつく。

 

 どちらのモノかわからない血がさらに飛散した。

 

 

 バランスを崩した人狼は重みのある背後へフラフラと倒れるように歩いていく。

 

 やがて後ろにあった工事車輛にぶつかり、人狼も失った視界の中で必死に頭を振って弥堂の身体をそれに叩きつけた。

 

 

 打ち付けられる度に、腕に牙が、肩や背中に爪が突き刺さる。

 

 弥堂はそれらの痛みから逃げず、どちらが先に死ぬかという勝負を続けた。

 

 

 蒼銀に煌めく瞳の色は冷たく。

 

 されど沸き立つ血を撒き散らす。

 

 眼の色とは対照的なように口元は血塗れで。

 

 周囲で蠢く黒い触手は悍ましく。

 

 血涙を流しながら化け物を喰らう化け物。

 

 

 

 この戦いを見守る人々の目には、弥堂の姿は人狼(ワーウルフ)よりも恐ろしい化け物のように映る。

 

 

 異形の躰よりも歪な精神の在り方が、それに触れた者の魂の在り方を歪ませるのだ。

 

 

 自分を育てた女から与えられた分け火が、存在の格差の壁を超えようとしていた。

 

 だが――

 

 

(――もっと……)

 

 

 それはまだ、あともう少し足りず、己の中にさらに火を求める。

 

 

(もっと、強い焔を……!)

 

 

燃え尽きぬ怨嗟(レイジ・ザ・スカーレット)】は怒りで敵を灼く焔の“加護(ライセンス)”だ。

 

 

「もっと……、なにか……っ!」

 

 

 最後の一押しに届くだけのもっと強い怒りを求める。

 

 

 何かそれに値するものがなかっただろうかと、直近の記憶の中を探った。

 

 

 すると――

 

 

 それは在った。

 

 割とつい最近のことだ。

 

 

 記憶がそれを再生する――

 

 

 

――金髪に近い色の明るい髪。

 

 光を反射して所々がピンクゴールドに輝いている。

 

 意思と自我の強い虹を内包した瞳が、アーモンド型のネコ目の瞼の中で見下してくる。

 

 造形の整った貌。

 

 細い顎先が高飛車に持ち上げられると、薄く白い肌を滑らかに張らせた華奢な喉元がチラリと見える。

 

 耳を塞いでも聴こえてくるような鮮明な声が、鼻につくイントネーションでツラツラと言葉を紡いだ。

 

 

『――えー? あんたそんなにあたしのこと好きなわけ? あたしはー、ぜんぜんー、あんたのことなんかー、好きじゃないけどー? でもぉー、土下座してー、あたしのクツをペロペロしながらー、カワイく「わんっ」って言えたらー? ちょっとだけなら付き合ってあげてもいいかもー? あ、でもー。付き合ってって言ったのはあんたの方だからー、キホンあたしの言うことに絶対服従ね? デート代も全部あんた持ちなのはアタリマエよね? あとー、あたしは自由に浮気するけど、あんたはダメね? 当然よね? えー? それでもあたしと付き合いたいのー? やだー。あんたあたしのこと好きすぎー。マジきもいんだけどー。でもー、しょうがないからお情けで付き合ったげる。あくまでしょうがなくなんだから、そこんとこカンチガイしないでよね?』

 

 

 普段から実際に在った記憶を幻覚だと言い張るような男に、おまけにヤクでガンギマリしている時に、事実と妄想の区別はつかない。

 

 麻薬の過剰摂取によって記憶に存在しない台詞を喋る七海ちゃんの幻覚を視た男は、腹の奥底に沈んでいた怒りを一瞬で頭頂部までカっと噴火させた。

 

 

 

「――だ、れ、が……っ」

 

 

 怒りに任せて【身体強化】の刻印を暴走させると、人狼の脳を掴む指が爪を剥がしながら食い込む。

 

 腕か足か――どこかの筋線維が千切れた音を、頭の中でナニかがブツリとキレた音だと錯覚した。

 

 

「誰が……っ! テメエなんかと……、付き合ってるわけねえだろクソギャルがアァァァ……ッ!」

 

 

 真正の嘘吐きから嘘を奪うほどに狂わせた怒りは、蒼い焔として『世界』に表現される。

 

 人狼の頭部の穴のあちこちからその蒼い焔が漏れ出し、そして脳を完全に炭化させた。

 

 

 ボッと火が噴き出て、怪物の躰から力が抜ける。

 

 ブスブスと各所から黒い煙を出しながら、人狼は今しばし左右にヨタついた。

 

 

 瞬間的に【燃え尽きぬ怨嗟(レイジ・ザ・スカーレット)】に全魔力を注いだために、弥堂の身体を固定していた魔力糸は消えてしまう。

 

 魔力を過剰消費したことで弥堂の身体は一気に衰弱し、自力で掴まっていることが出来なくなった。

 

 人狼の膝が折れると、弥堂の身体がズルリと前に落ちる。

 

 

 その弥堂の身体に躓くと数歩ほど前にたたら踏んでから、怪物はついに地へと斃れた。

 

 

「……ぅ……あ……っ」

 

 

 頬を倉庫の床に擦りつけて、弥堂は人狼の方へ顔を向ける。

 

 視界が霞んだ。

 

 

 体力も、魔力も、血も――

 

 身体から流れ出て喪われてしまった。

 

 

 なけなしの魔力を使って、煙を上げる人狼の骸を【根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】に映す。

 

 

 その“魂の設計図(アニマグラム)”からはもう生命の輝きは失われており、すでに崩壊を始めていた。

 

 

 敵は殺した――

 

 

 それを確認して弥堂は魔眼を切った。

 

 そうすると視界がまたぼやけてしまう。

 

 

 魔眼に使っていた魔力を使って魔力糸を創る。

 

 その糸を人狼の死骸へと伸ばした。

 

 

 眉間に力をこめて眼を凝らし、目的のモノに糸を絡める。

 

 糸を動かして人狼に刺さったままだった黒鉄のナイフを引き抜いた。

 

 

 不愉快な音を鳴らしながらナイフが床を擦って手繰り寄せられる。

 

 あともう少しというところで体内の魔力が枯渇し、糸は消えてしまった。

 

 

 血塗れの手を無理矢理伸ばすが上手く動かせない。

 

 視界は白んで何も見えなくなり、指先が馴染んだ冷たい感触を確かめた瞬間――

 

 

 ブツンっと白が黒に変わった。

 

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