俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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序章38 茜色のパラドックス ②

 

 チラっと弥堂の顏を見る。

 

 

(うぅ……あたしお母さんに洗濯の仕方お願いしなさいとか軽く言っちゃったなぁ…………謝んなきゃ……でも、なんで親元離れてるのかわかんないし……そうしたらそのへんの事情に踏み込んじゃうし……)

 

 

 でも気になる。

 

 

 スッと弥堂から目を逸らす。

 

 

(不幸なこととかじゃなければいいけど…………でも、もしも。あんまりよくない環境とかで生きてきたせいでこんなヘンなヤツになっちゃってんなら……マナーだからってスルーするのも冷たいことよね……? うぅ……こんな時の正解なんてあるの……⁉)

 

 

 とっても気になる。

 

 

 ジロッと弥堂を見遣る。

 

 

(むぅぅっ、ひとがこんなに悩んでんのに、なにスカした顏してんのよ……っ! 大体なによ! なにが『どこにでもある普通の生活』よっ⁉ ぜってぇちげーだろこのやろぉ……! いっつも無表情で無口なくせに、こんなとこであたしなんかにうっかり漏らしてんじゃないわよ……!)

 

 

 あちらこちらへと向きを変える思考の指向性を固定するため、八つ当たり染みた怒りを燃やす。

 

 しかしそれも間もなくハッとなる。

 

 

(あれっ⁉ まって。おかしくない? 元カノさんは? 世話になってた……お師匠さん…………同一人物ってこと……? てことは、こいつ…………ヒモ⁉)

 

 

 ギロっと鋭い視線に侮蔑の色をこめる。

 

 

(や。待つのよ七海。早とちりはよくないわ。過去形で喋ってるし、中学時代のことだったとして……家出とか、かな……? そんで社会人と付き合ってたとしたら、別にお金面を相手の女が負担してても特におかしくはないわね。うん。いや、おかしいわ。社会人の女が家出した男子中学生飼ってたらやべーだろ。しっかりしろ七海)

 

 

 くわわっと目を見開いてワナワナ震える。

 

 

(怪しい拳法使うメンヘラのメイドさんが親元離れた中学生のお世話をしている…………どうしよう! ぜんっぜんいみわかんないっ! 意味わかんないけど、なんかすっごく犯罪くさいわ……ど、どうしたらいいの……? こんなのあたしみたいな一介の女子高生には手に余るんじゃ…………通報……? とりあえず通報したらいいのかな……?)

 

 

 おめめをキョロキョロさせてカーディガンのポッケをポンポン叩く。そういえばスマホは先程バッグの中に仕舞ったのだった。

 

 

(まって! まだこいつの気持ちなんにも訊いてないのに大騒ぎにするようなことしちゃダメっ! …………いつも無表情で無口なのも、もしかしたら感情表現がうまくできなくなっちゃったのかな……? 今日みたいに過激な極論みたいな言動ばっかするのも、いっぱいヒドイめに遭って、そんな時間を過ごした経験からくる防衛本能みたいなのだったとしたら……)

 

 

 じわっと目尻に涙が浮かぶ。

 

 カーディガンの萌え袖から出たおててをゆるく握り、口元に添えながらチロっと窺うように弥堂に上目遣いを向ける、が、すぐにまたハッとする。

 

 

(いやいや何言ってんだ。アホか。そんな事実はまだ一つも確認されてないでしょうが。勝手に思い込んで一人で暴走とかメンヘラ地雷じゃあるまいし。よく気付いた、あたし。うん、ぐっじょぶ)

 

 

 顎に手を当て「うんうん」と頷く。

 

 

(落ち着いて、冷静に。まずはちゃんと事実確認をしてから――って! だからそもそもそれをしていいのかって話だったじゃーん! ふりだしに戻ったあぁっ! や、やっぱり通報……? てか、これって絶対あたしの役割じゃないと思うんだけどおぉっ! あぁもうっ! どうしたらいいのよおぉぉぉっ!)

 

 

 両手で頭を抱えてぐわんぐわん上体を回していると、ふと対面の弥堂が自分へと白けた目を向けていることに気が付いた。

 

 

 ハッとなった希咲はソソソっと撫でるように髪と衣服の乱れをなおすと、ついでに姿勢も正す。

 

 

「もういいか?」

 

「はい……失礼、しました……」

 

「もういいな?」

 

「それはダメ。ささ。つづきを」

 

 

 ダメ元でチャレンジをしてみた弥堂だったがあえなく却下された。

 

 ササッと促すように差し出された彼女の手を見ながら、諦めたように息を吐く。

 

 希咲も向こうから事情を話してくれるかもしれないと、表情を真剣なものに改めた。

 

 

「まぁ、その女に訊いた話だ。そいつはな、元娼婦で、俺が拾われた時は…………なんというか、そうだな。自警団の一種のようなもののボスをやっていた女なんだが――」

 

「⁉」

 

 

 希咲の脳内に再び大量の『⁉』が増殖する。

 

 

 弥堂的には、先程簡素に言い過ぎたせいで混乱をさせたと考えていたので、対象人物がある程度多くの人間を見てきた一定の人生経験がある人物であると、情報元の信頼性を担保する為のプロフィールを明かせる範囲で付け加えたのだが――

 

 

(『娼婦』⁉ 『拾われた』⁉ 『自警団』⁉)

 

 

 一般的な日本人の日常生活において、あまり身近に聞くことのないような単語が並べられ、希咲は先程以上の混乱の坩堝へと叩き込まれた。

 

 

「そいつが謂うにはな、女性の中には一日の中で、生活を送る上で特に必要がなかったとしても、気分の変化などで不意に下着を数回穿き替える者が一定数いるという。当然俺にはわからんが、希咲。これは確かか?」

 

「へ? え? えっ……と、その、そういうことも……ある、かも……」

 

「そうか」

 

「あっ⁉ 聞いた話! あたしじゃなくて友達に聞いた話だからっ!」

 

「そうか」

 

 

 大混乱中に投げかけられた『キミは気分転換にパンツを穿き替えたりするのかい?』というセクハラ染みた質問に、希咲は思考の大部分を先ほどのワードの処理に持っていかれていたので、つい答えてしまった。

 

 しかし、すぐに『自身のことではなく、あくまで聞いた話である』と慌てて強調し訂正した。弥堂は至極どうでもよさそうに流す。

 

 

「つまりお前のおぱんつが不自然なタイミングで変わったということは何かしらの心境の変化があったと考えられる」

 

「ひとのパンツ見て心境の考察とかマジできもいんだけど」

 

「そしてその変化があったのはちょうど別れて目を離した隙にだ。これを怪しむのは当然のことといえよう」

 

「…………」

 

「そんなわけで、俺はお前のおぱんつに関心を抱いたのだ。これで納得したか?」

 

「…………」

 

 

 弥堂が理路整然とクラスメイトの女子に『何故自分がキミのパンツに興味があるのか』という説明をしたが、クラスメイトの男子から『キミのパンツに興味がある』と真正面から正々堂々と告白された希咲さんは無言だ。

 

 ただ、ジッと、しばらく軽蔑の眼差しで弥堂を見てからその口を開く。

 

 

「あの、さ……」

 

「なんだ?」

 

「ビンタしていい? 一回でいいから。ちょっとだけだから」

 

「いいわけねーだろ」

 

 

 弥堂は唐突に暴力を奮わせて欲しいと申告をしてきた野蛮なクラスメイトを軽蔑した。

 

 

「あんたさ。マジでいいかげんにしなさいよ?」

 

「意味がわからんな」

 

「なんなの? なんか不穏で重そうな設定チラつかせてきといて結局またパンツなわけ?」

 

「設定? 何の話だ?」

 

「うっさい! マジさいてー! あんたパンツ好きすぎっ!」

 

「人聞きの悪いことを言うな。引っ叩かれたいのか」

 

「あたしにひっぱたかせろってゆってんの!」

 

 

 地獄のようなモラルとコミュニケーション能力しか持ち合わせない弥堂としては聞かれたことに答えただけの感覚なので理解出来ていないが、当然のこととして希咲さんはご立腹だ。

 

 

「かりにっ! あくまで仮にだけど! あたしがなんか気分かわってパンツ替えたとしても別にあたしの勝手でしょ! いちいちキョーミもつなっ!」

 

「そうはいかん。俺は風紀委員だからな」

 

「風紀委員だったらなおさらダメでしょーが! バカなの⁉」

 

「ふん、素人め」

 

 

 浅はかに喚きたててばかりの短慮な女を弥堂は見下した。

 

 わかっていたことではあるが、あまりに一般常識に関する認識に隔たりのある目の前の男の弁に、希咲は眩暈を感じつつも辛抱強く先を促す。

 

 

「じゃあ、プロフェッショナルな変態さんのご見解を伺いましょうか」

 

「誰がプロの変態だ。連行されたいか」

 

「うっさい、早く言え、ばかっ」

 

 自身に与えれた不名誉な称号の撤回を試みる弥堂だったが、あえなく却下され弁明を求められる。ちなみに風紀委員に他の生徒の身柄を連行する権限などは当然ない。

 

 

「ふん、いいか? 何気ない日常の平穏というものはどんなきっかけで崩壊するものか知れない。だから風紀委員の俺は例えお前らにとっては小さな変化だとしか思えないようなものでも見逃すわけにはいかんのだ。それがどんな些細なものだったとしてもな」

 

「そこだけ聞けばご立派ね」

 

「つまり俺がお前のおぱんつの変化に目を光らせるのは、性的な興味からではなく、あくまで安全保全上の観点からだ。わかるな?」

 

「わかるか! あたしのパンツがどう治安に影響するっていうのよ!」

 

「さぁな。それはわからない。影響があるかはわからないが、それは同時に影響がないこともわからない、という意味にもなる。事が起こった後で、まさかこんなことになるとは思わなかったので見逃しました、などという言い訳を誰が聞いてくれる?」

 

「不良風紀委員のくせに何でヘンな方向に無駄に意識高いの⁉ あんたはもっと別のことに気を配りなさいよ! 例えば自分のこととか!」

 

「ふむ……そうだな」

 

 

 希咲としては完全に皮肉で言ったつもりなのだが、コミュ能力が終わっている男はそういう時ばかり同意や共感を示す。

 

 

「確かに第一として学園の治安維持のためと説明したが、これは俺自身の安全確保のためでもある」

 

「はぁ?」

 

「いいか? 先ほど俺とお前は一度敵対をしたな?」

 

「敵対ぃ? 大袈裟な気するけど……まぁ……うん……」

 

「一応手打ちにはなった。だが、少し目を離してから再び合流した時に、相手に何かしらの心境の変化の兆しが発見できた。これは疑うなという方が無理があるだろう?」

 

「考え過ぎよ! そんなわけないでしょ⁉」

 

「だが、考えなしよりはマシだ。自分の首から流れる血を見て己が油断をしていたと気付く。そんなこともあるからな」

 

「あるか! あたしのパンツがあんたの生活にどんな影響があるっていうのよ!」

 

 

 またもや連発される異次元解答へのツッコミに希咲さんは息が切れてきた。

 

 

「さぁな。影響があるかもしれないし、ないかもしれん。それは俺にはわからんな。少なくとも今は」

 

「ないから! あたしのパンツはあんたの人生になにも影響しません! てか、あんたもそれはないって言え! あたしのパンツを重要視すんな!」

 

 

 自身の着用する下着について並々ならぬ関心を寄せる男子に、希咲は一人の女性として当然の要求をしたが、弥堂にはつまらなさそうに鼻を鳴らされた。

 

 

「ふん、いいか? なにも俺は一切の根拠もなくお前のおぱんつを警戒し、関心を寄せているわけではない」

 

「……とりあえずその言い方やめて……だいぶ感覚麻痺してきたけど、フツーにきもいから……」

 

「言い方など問題ではない。俺が問題視したのはその色だ」

 

「べっ、べつにいーでしょ! 赤くらいフツーだからっ!」

 

 

 自分たちの年頃としては少々背伸びしているとも受け取られかねない、現在着用中の下着の色について言及された希咲は羞恥から赤面し口ごもる。

 

 

「普通だと? 見え透いた嘘を」

 

「はぁっ⁉ なにが嘘よ⁉ あんたにそんなことわかるわけ⁉」

 

「当然だ。俺はプロフェッショナルだ」

 

 

 女子高生の着用する下着についての専門家であると名乗った男を希咲は心の底から軽蔑し、敵意をこめて睨みつける。

 

 

「いいか? 赤だ。赤は攻撃色だ。そして警告色でもある」

 

「……なにいってんの?」

 

「お前も写真や映像でなら一度は見たことがあるだろう? トカゲやカエルなど、毒をもつ個体は大体赤い」

 

「あたしのパンツをそいつらと一緒にすんな!」

 

「なにもお前の体液に毒性があると言っているわけではない。だが、何か心境に変化があった。その際に選んだ色は赤だ。興奮状態にあるか攻撃の意思がある可能性が高い。そう考えるのが自然だ」

 

「んなわけあるか、ぼけぇっ!」

 

「貴様、一体どういうつもりだ? 殺る気か?」

 

「やっ――⁉ だっ、誰があんたなんかにやらせるか! バカじゃないのバカじゃないのバカじゃないの⁉」

 

 

 意味の擦れ違いから希咲はカっとなって弥堂に詰め寄る。

 

 

「む。貴様ここでやりあう気か? 俺は構わんぞ」

 

「ここでっ⁉ そんなわけないでしょ⁉ ここでもどこでもさせないからっ! ちょっとえっちぃパンツ見ちゃったからって、自分を誘ってると思っちゃうとかホンキでないから! マジきもいマジきもいマジきもいっ! スケベへんたいバカ! どーてーよりどーてー!」

 

「何言ってんだお前」

 

 

 もはや罵倒なのかどうかすら定かでない言葉を叫ぶ、そんな酷く興奮した様子のクラスメイトを見て、弥堂はやはり自分の考えは間違っていなかったと確信する。

 

 

「あたしがあんたと……とか! 冗談でもやめてよね! 愛苗のいる前で絶対そんなこと言うんじゃないわよっ!」

 

「水無瀬? 何故ここで水無瀬が出てくる?」

 

「うっさい! とにかくありえないからっ! 何があっても!」

 

「ありえなくはないだろう」

 

「は? それってどういう――」

 

 

『どういう意味?』と続けたかったが言葉が最後まで出てこない。考えたくもない最悪の可能性に思い当たり、一気に顔を青褪めさせ声を失う。

 

 

「そもそもすでに一度やりあっているだろうが。二度目が絶対にないと俺が油断をするとでも思ったか? ナメられたものだな」

 

「は? え? あんたなに言って――」

 

「自分から戦いを挑んできておいてお前こそ何を言っている」

 

「たた…………か……い…………? あっ⁉」

 

 

 ここでようやく希咲は自分が盛大な勘違いをしていたことに気が付く。

 

 

「なんだ?」

 

「なんでもない! わかってた! わかってたからっ!」

 

「あ?」

 

「だいじょーぶっ! そのあの……とにかくだいじょうぶなのっ!」

 

 

 日本語って難しいと心中で言い訳しつつも、まるで自分がサカっているようで、先程とは違った意味で顔を紅潮させ、とりあえず大丈夫であることを強調した。

 

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