俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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序章39 夕間暮れに写したいつかの約束 ➀

 

「あーあ。これだけの出来事だったらよかったのになー。マジへこむわー」

 

 腕を天に伸ばしてそう次に展開させる彼女のお喋りに引っ張られる。

 

 

 切り替えの速い彼女に、それが苦手な自分は着いていけない。只々振り回されるばかりだ。

 

 

「……また、そこに戻ってきたのか?」

 

「ん? んーーーーー……だってさぁ、わかんないだろうけど、女の子的にはあれはかなりショックよ。黒歴史だし下手したらトラウマになりそうよ。笑えるとこだけだったら面白かったねーって一日にできたのに……」

 

 

 彼女が何の話をしているのか、どうにか見当をつけて打った弥堂の合いの手に希咲は苦笑いを浮かべる。

 

 

 実際はトラウマという程には現在は深刻な心情にはなっていない。

 

 だけど、きっとそれは、このバカが来てくれてそんなの吹っ飛ぶくらいのムチャクチャをしてくれたからだろうと、そう思い心の内では感謝をしていたが口には出さなかった。

 

 

 何やら複雑な笑みを浮かべている彼女を見て、弥堂は先ほど切り替えが上手ではないと言っていた彼女の自己分析は正しいなと認める。そして切り替えが早いだけなのは考えものだなと、少々うんざりとした心持ちで、継ぎの彼女への言葉を発声する為に口を開く。

 

 

 

「共犯者がいればいい」

 

 

「えっ?」

 

 

 

 前後の会話と繋がらない突拍子もないことを言われ、希咲はきょとんと弥堂の顏を見て、ぱちぱちと瞬きをする。

 

 

 言われたことの意味がまったくわからないのだろう。

 

 だがそれは無理もない。

 

 

 その言葉を口にした弥堂自身、『今自分は何を口にした?』と自失し、口を閉ざしたまま驚きに目を見開いて希咲を見ていた。

 

 

 また話を蒸し返して落ち込もうとしている彼女に、『しつこい』『いい加減にしろ』と、そんなようなことを言うつもりで、しかし自分の口から出てきた言葉はまったく違うものであった。

 

 

「なんであんたがびっくりしてんのよ。あたしがびっくりだわ」

 

「いや……」

 

「……もしかしてまたヘンなこと言おうとしてる……?」

 

「違う。そうだな…………いや、ちょっと待て」

 

 

 警戒したように半眼になる希咲を制して眉間を指で抑える。

 

 

 

『共犯者』

 

 

 

 今ここで彼女としていた会話の何に紐づいてその言葉が己の裡から引き出されたのだろうか。

 

 

 記憶の中で記録を探る。

 

 

 だが、本当はそうするまでもなくわかってはいる。

 

 

 それを彼女に言うべきか、言わずにおくべきか。

 

 そう逡巡する暇を稼ぐために思い出す作業をしているフリをしている。

 

 

 すぐに彼女へ自分の吐いた言葉の説明をしないのは、自分自身そうは思っていないからだ。

 

 

 もうしばしの迷いの後、弥堂は諦め躊躇いながらも話し出す。

 

 

「……今日、あった出来事を。楽しかった思い出にするには。共犯者、協力者が必要。だそうだ」

 

「……?」

 

 

 ピンとこないのか希咲は首を傾げる。

 

 話している弥堂自身も同じ気持ちだ。

 

 

「仮に、今日の出来事が本当に楽しかったとしても、それを知るのが、楽しかったと言う者が自分独りだけでは、それは妄言にも等しいただの思い込み。らしい」

 

「……なんか難しいこと言ってる? よくわかんない」

 

「だが、いつかの未来で。今日の出来事を共に経験した者と、あの時は楽しかったと、そう口裏を合わせることがもしも出来たのならば。それは『楽しかった思い出』に出来る。そういうことに、出来る」

 

「…………」

 

「だから。もしもキミが今日のことを『楽しかった思い出』にしたいと、そう考えたのならば。そう変えたいと願ったのならば。無理に今ここで切り替えを試みるのではなく、いつかの未来で――それをいつに設定するのが最適なのかはわからないが――今日のこの時が楽しかったと、そう一緒に笑い合って口裏を合わせてくれる、そんな『共犯者』を見つけるべきだ」

 

「……きょう……はん、しゃ…………」

 

「きっとそいつが、『楽しかった思い出(そういうこと)』にしてくれる」

 

 

 そこまで言って弥堂は口を閉ざす。

 

 希咲も言われた内容を咀嚼しているのか特に言葉を返さない。

 

 彼女も自分と同様に理解し難いようで、それには時間がかかりそうだ。

 

 

 そう考えて、納まりの悪さを自身の裡で処理している内に、予想に反してもう飲み込み終わったのか希咲がこちらを見ていることに気が付いた。

 

 だが、なにやら信じられないようなものを見るような目で、ぽかんとした顔をこちらへ向けている。

 

 

「……なんだその顔は」

 

「え? なにって……」

 

 

 そう喋り出そうとした彼女だが、しかしなにやらむず痒そうな様子で言葉を続けない。

 

 そして――

 

 

「――ぷっ。ふふふふっ……あははははははははっ――」

 

 

 そう声を出して大きく笑いだす。

 

 

「……今度は何が面白かったんだ?」

 

「え? だ、だって……ぷぷっ、あははははは」

 

 

 不可解そうに問いかけるが、よほど可笑しかったのかお腹を抑えて笑う彼女はすぐに話すことは困難なようだ。

 

 一頻り笑って。

 

 

「あーーー、めっちゃツボったー。おなかいたい……」

 

「なんだってんだ」

 

「えー?」

 

 

 ようやく彼女は説明を始める。

 

 

「だって……『楽しかった思い出』って……ぷっ、ふふっ…………」

 

「? ……なにかおかしいか?」

 

「ヘンよ。だってさ、似合わなすぎだもん」

 

「似合わない?」

 

「うん。だって、あんたが『思い出』って……ぷぷっ…………その顔で『思い出』…………あははっ……」

 

「もういい」

 

「あん、ごめんってば。怒んないでよ。バカにしてるわけじゃないの」

 

 

 慌ててフォローを入れてくる希咲に肩を竦めてみせ、別に怒ってはいないと示唆する。

 

 

「でも意外。あんたも案外いいこと言うじゃん。ちょっと見直したわ」

 

「……ただの受け売りだ」

 

「へー。ちなみに誰に教わったの?」

 

「部活の部長だ」

 

「…………なんか一気に信頼性がなくなったわ」

 

 

 感心するような目が一気に白けたものに変わる。

 

 

「貴様、ひとの上司を侮辱する気か? ただでは済まさんぞ」

 

「や。だってさ、『おぱんつリスペクト』とか頭おかしいルール作ってるヤツが言ってることでしょ? なんか素直に聞けなくない?」

 

「そんなことはない。部長はとても優秀な人物だ」

 

「…………あんたとその部長ってどんな関係性なのよ」

 

「キミには知る資格がない」

 

「はいはい、そーですか」

 

 

 すっかりお決まりの解答拒否をする弥堂を希咲も特に追及はしなかった。頭の後ろで手を組んで興味なしと示唆するが、すぐに一つ不安な点に思い当たる。

 

 

「……ちなみにちなみにさ、さっきの『取り引き』とかってやつ。あれもそいつの受け売りなの?」

 

「いや…………それは元保護者の方だ」

 

「あ、そうなんだ。けっこう物騒というか過激なこと言うひとなのね。エルフィさんって」

 

「エルフィ? 何故エルフィの話になる?」

 

「え? だってあんたの保護者兼彼女なんじゃないの?」

 

「どうしてそうなる。保護者はまた別の女だ」

 

「は?」

 

「恋人を保護者とは呼ばんだろう」

 

「……ま、それもそっか。…………ちなみに名前は?」

 

「何故だ? そんなことを聞いてどうする?」

 

「いいじゃん。教えてよ」

 

「…………ルビアだ」

 

「……ふーん…………」

 

 

 ジトっと半眼になった希咲の謎の圧に押され、弥堂はつい口を割ってしまう。

 

 希咲さんは、ちょっと突いただけで何やらただならぬ関係性を匂わせる二人の外国人女性の名前を出してきた男へ疑惑の眼差しを向け、引き続きの尋問をする。

 

 

「そのルビアちゃんはいくつなの?」

 

「ちゃん? そんな可愛いものじゃないぞあいつは。俺が出会った時で25をすでに超えていたと思うが」

 

「そーなんだー……じゃあエルフィちゃんは?」

 

「だから『ちゃん』はやめろ。あいつはもっと年上だ」

 

「……へぇー……じゃああんたとは随分年が離れたカノジョさんなのね? お小遣いとかもらってたの?」

 

「金? 確かにエルフィには金を工面してもらうことは度々あったが……ルビアは逆に俺に酒代をせびってきてたな……というかお前、そんなことを知ってどうするつもりだ?」

 

「んーん。べっつにぃー。ただ、年上の女のひとを『あいつ』呼ばわりするんだーって。それも二人も。ふーん。随分おモテになるようね?」

 

「……お前ら小娘が面白いと好むような類の下世話な話はないぞ。もう終わりだ」

 

「……そうね。情報量多すぎてあたし的にもパンパンだから、この話は一度社に持ち帰らせて頂いて後日改めて伺わせて頂きます」

 

「……もう答えんぞ」

 

 

 ペコリとお辞儀をしながらも汚物に向けるような侮蔑の視線を射かけてくる希咲に拒否の意を表す。

 何故馬鹿正直に訊かれたことに答えてしまったのだと後悔しながら。

 

 

 今日のところは一旦解放はするが、この男は叩けばいくらでも埃が出てくるようなクズ男である可能性が高い。そんな目の前のクラスメイトの女関係について、自身の親友の為にも後日に必ず徹底的に追及することを希咲は心に誓った。

 

 

 それはそれとして、この話は今の本題ではないので、この場はパっと切り替える。

 

 

「でもエライじゃん?」

 

「あ?」

 

「その人たちに教わったこと、ちゃんと守ってるんでしょ? あんた誰の言うことも聞かなそうって思ってたから、意外と聞き入れたりもするのねって」

 

「……別に聞き入れている、というわけでもない」

 

「? そうなの?」

 

 

 首を傾げ問う彼女への言葉をしばし探す。

 

 

「……これはこうだ。あれはああしろと。そう言われて、それを理解や納得をした上でその言葉に従っているわけでは、必ずしもない」

 

「……じゃあ、なんで?」

 

「なんで、か…………。そうだな…………俺は色々と上手くない」

 

「上手く……?」

 

「あぁ。わかりやすく言えば無能だ。だから俺が理解や納得を出来なかったとしてもそんなことはどうでもいいことだ。無能が持つ疑問や意見には何の価値もないからだ」

 

「…………」

 

 

『そんなことはない』

 

 言い捨てるような弥堂の言葉にそう反論したかったが、それを口にする彼の顏を見て何故だか息を呑んでしまい、声にならなかった。

 

 

 自分のことを「俺は無能だ」と語る彼の表情には、特段苦悩やコンプレックスが表れているわけでもなく、いつも通りの無表情だ。

 まるで、手に持ったリンゴを見せて「これはリンゴ」だと、当たり前の事実を口にしているだけのようで、そこには何の感情も感じられない。

 

 彼の話に相槌を入れることも忘れ見入り聞き入る。

 

 

「対して、例えば部長だ。彼は優秀な男だ。だがお前の言うとおり彼の言葉は少々難解で、今でも俺には理解できないことが多い。最初は俺も疑念を抱いた。だが、現実には彼の言ったとおりの現象が多く起こり、彼のプラン通りに部は発展した。だから彼の言うことは正しく、俺の疑問には価値がない」

 

「…………」

 

「そしてルビア。あいつを優秀と言っていいのかはわからん。いい加減で、ガサツで、暴力的で、だらしがない、酒浸りのクソ女だった。だが、強い人だった。俺が今ここでこうして学生などをしていられるのは、あの女に教わったことの多くが影響をしている」

 

「…………」

 

「だから、彼女は正しい。あいつに教わったことは教訓というよりはどちらかというと流儀のようなものが多かった。どう振舞うべきか、といったものだ。何故そんなことをしなければならない? そう思うようなことが多い。だが、大体の場面で、彼女の言ったとおりにしていれば大体のことがどうにかなった。だから、そういうものなのだろう」

 

「…………」

 

「優秀な者や強い者は基本的に勝つ。そして自分たちが正しくなるルールを作る。その正しい者がその後もより勝ち続け易くなる仕組みを作る。だから正しいことは正解になりやすい。この『世界』は――とりわけ人間の社会(せかい)はそうなっている」

 

「…………」

 

「それは、『世界』がそう在ることを許し、『世界』がそうすることを許し、その為の『加護(ライセンス)』を一部の者どもに与えたからだ。だから、正しい者の言うことは正しくなる。それが許されている。ならば、それに従っていれば、優秀でない俺も正解を引きやすくなる」

 

「…………」

 

「もしも。仮にそれを覆したいと、そう考えたのならば。その時は――」

 

「…………?」

 

 そこで不意に弥堂の言葉が止まり、耳を傾けていた希咲は首を傾げることになる。

 

 続きが語られないのはどうしたことだろうと目線を向けた彼の顏は苦虫を噛み潰したようなものだった。

 

 

「……どした?」

 

「…………喋り過ぎた。すまない」

 

「……んーん。だいじょぶ。続きはいーの?」

 

「……あぁ。ルビアのことはキミに関連する話ではないからな。忘れてくれ」

 

「ん」

 

 

 頓挫を告げる弥堂を希咲も追及はしない。

 

 

『そんなことはない』

 

 

 やはり、彼の話にそのように反論をしたかった。

 

 だが――

 

 

(勝つ者が正しい。正しいことが正解。だから勝つ者に従う。そういうものだと受け入れる……)

 

 

 そんな彼の言葉に理解も共感もできない。

 

 

――しかし、そう言い切ってしまう彼にとても危うさを感じて、それを否定するための言葉が出てこなかった。

 

 

 どうするべきか逡巡していると、

 

「……実のところ。さっきの思い出がどうのって話のことだが。やってみて実際にどうなるかはわからん。だが、恐らくそれが正しいのだと思う」

 

 さすがに納まりが悪かったのか弥堂が口を開く。

 

「何故お前にそれを話す気になったのか、話してしまったのかは自分でもわからない。恐らく口が滑っただけだ。だから特に信じなくてもいいし、実行する必要もない」

 

「…………」

 

 

 まるで言い訳でもするかのような口ぶりの彼の顔を見る。

 

 

「あんたはどう思うの?」

 

「?」

 

「今日のイヤなことも、いつか『楽しかったね』って誰かが言ってくれたら、いい思い出になる。あんたはそうなると思う?」

 

「さっき言ったとおりだ。それが正しいのだと――」

 

「――違うわ。優秀な人が言ってたからとかじゃなくて。『あんたは』どう思う?」

 

 

 言葉を遮られ、重ねて同じ言葉で問いかけてくる彼女に眉を顰める。

 

 

「……わからない」

 

「わからない?」

 

「あぁ。実際にそんなことをして過去のロクでもない記憶が、いい思い出に変わるなどとは思えない。というか、仮にそれが可能だったとして、そんなことをする必要があるのか、そんなことに意味があるのか、それが俺にはわからない」

 

「どうして?」

 

「……思い出になるかどうかとは、ようするに記憶に対しての自分の感情次第だろう? 出来事が起こればそれは事実として記憶に記録される。その出来事に対して好悪どちらの感情を抱こうが、事実は何も変わらない」

 

「だから、意味ない?」

 

「……そうだ。思い出――いい記憶が多いことが、人生だか青春だかを充実させることに繋がると聞いた。だが、俺はそれに価値を見出せない」

 

「なんで?」

 

「いい記憶がなく嫌な記憶ばかりだとしても人は死なない。逆にいい思い出ばかりを集めて記憶を埋めたとしても死ねば全てが無くなる。過去が充実したとしても未来は約束されない。だから、意味がない」

 

「そっか。あんたは、そう思うのね」

 

「…………」

 

 

 渇いた絵具のような黒色の瞳。

 

 のっぺりとした弥堂のがらんどうのその瞳がより空虚さを増したような気がした。

 

 

「じゃあ、あたしはどうしたらいいと思う?」

 

「……それは、わからない」

 

「わかんない?」

 

「あぁ。俺にはわからない」

 

「そか」

 

 

『わからない』

 

 

 そう言う弥堂に対して、『わからないくせに偉そうに言うな』だとか『無責任だ』などと非難をすることもできる。

 

 

 しかし――

 

 

 わからないことをわからないと、そう言ったことを――言ってくれたことを、希咲は彼なりの『誠意』なのだと勝手に解釈することにした。

 

 

 だから――

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